Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies


ポカポカ春庭のニッポニアニッポン事情

歴史と文化 美術編

| 日付2006 |
歴史と文化 美術編 |
| 08/10 |
古代オリエント美術館 |
| 08/11 |
東京国立博物館法隆寺館 |
| 08/12 |
東京国立博物館本館 国宝「納涼図屏風」 |
| 08/13 |
東京国立博物館平成館 プライス・コレクション「若冲と江戸絵画展」 |
| 08/17 |
三の丸尚蔵館「花鳥」動植綵絵」 |
| 11/04 |
江戸東京博物館 ボストン美術館「江戸の誘惑」 |
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2006年08月10日
ペルシャ文明展と古代オリエント博物館
夏の好きなものめぐり。古代オリエント文明。
8/08にサンシャイン60ビル文化会館の中の古代オリエント美術館、8/10に東京都美術館で開催のペルシャ文明を見ました。
紀元前6000年ごろから紀元後7世紀ごろまで、現在のイランを中心とする地に花開いた文明、ペルシャ文明。
去年私大で受け持ったイランからの私費留学生ナミ、今年4月から国立大で受け持ったイランからの国費留学生サラ。
ふたりとも、自国の文化に誇りを持ち、ナミは「日本と自国の交流史」という発表のとき、ペルシャ文化がシルクロードを通って、正倉院まで伝わった歴史について発表しました。
ペルシャ文明展はイラン国立博物館の200点の作品を展示。
黄金のリュトス(酒杯)やダレイオス1世の銀製定礎碑文など、イランで発掘された貴重な出土品に見入っている観客たち。
なかには、「夏休みこどもカルチャーツアーズ・ワークブック」という冊子を手に、熱心にエンピツで書き込みをしている子供の姿もありました。
きっと夏休みの自由研究のひとつなのでしょう。
古代オリエント博物館も、こどものための自由研究向けの企画がいろいろありました。
古代オリエント文明の経済的な基礎となった小麦栽培。その麦を古代の石臼でひいてみる体験コーナーがある。
古代の印章のレプリカを作り、自分自身でデザインした印章を完成させるコーナー、古代のオリエント風衣装を着て写真を撮ってもらうコーナーなどがありました。
私は、くさび形文字のコーナーで、「自分の名前のくさび形文字のスタンプを選び、名前を書いてみる」というのをやってみました。
新アッシリア時代(紀元前9〜7世紀)のくさび形です。日本語五十音にあてはめた母音のうち、「う」と「お」は、古代アッシリアの発音は区別がないので、両方とも「く」の形のくさび形です。
古代オリエント博物館はビルの中のこじんまりした展示ですが、エジプトからトルコ、アフガニスタンまで、オリエント文明の広がりを地域と時代によって幅広く知ることができます。
古代オリエント博物館とペルシャ文明展の両方に同じような「こぶ牛型土器」が展示されていました。
こぶ牛は今でもイランで家畜として飼われているそうです。
オリエント世界は、マケドニアのアレキサンダー大王の征服によって、ギリシア文明と融合し、ヘレニズム文化が生まれました。
世界の文化が影響しあい、文明がぶつかったり、融合したりしながら広がっているようすを見ると、文化は独自の発展をとげながらも、決して孤立した存在ではなく、関わりあいながらあることが、感じられます。
ペルシャで生まれた切り子のガラス椀が、正倉院の中に宝物として納められ、ガラスの透明感を残して保存されているのを知ると、はるばるシルクロードをこえて、アジアの東端まで文化が旅してきたはるかな道のりに思いがとびます。
夏休みの親子連れ、楽しそうにワークブックのクイズの答えを考えています。
切り子ガラスの作り方がワークブックにのっています。
「分厚いガラスのおわんをつくり、それから、外側をグラインダーという回転する砥石で削ってつくります。カット(切り子)された部分が反射しあうデザインはとてもきれいで、奈良時代の日本にまでやってきたものもあります」
親子で歴史クイズに挑戦して、これから先、小さな歴史学者や考古学者が育っていくかもしれません。
夏休みの自由研究、がんばってね。
<夏休みおでかけリポートつづく>

2006/08/11
東京国立博物館 法隆寺館・伎楽面
8/01に東京国立博物館へ息子といっしょにでかけ、法隆寺館、本館、平成館、を見ました。
今回は、最初に「法隆寺宝物館」を見ました。
法隆寺館1階は、法隆寺にあった観音像や菩薩像が、たくさん並んでいます。仏像の専門家や見巧者なら、ひとつひとつの違いについてわかり、興味深い展示だろうと思いますが、私には、尊い仏様には申し訳ないけれど、「同じような仏像がいっぱい!」に、見えてしまいます。
「レプリカをひとつ作っておいて、この仏像とそっくり同じ形のものは、何番の仏像ででしょう」というクイズを出題しておいたら、ひとつひとつ違いを探して熱心に見るかも、なんて、「夏休み親子ワークショップ」の企画を考えながら、仏像の間を歩きました。
2階には、法隆寺の宝物の数々。
いつもは閉じられている第3室の伎楽面を、運良く見ることができました。
飛鳥奈良時代に、朝鮮半島経由で伝わったり、遣隋使遣唐使が持ち帰ったりしたのであろう伎楽の面。その手本をもとに日本でも伎楽面が作られました。
伎楽は、呉楽(くれのがく)ともいい、百済人味摩之(みまし)が、呉国(くれのくに=中国)で学んだものを、推古天皇の時代(612年頃)に伝えました。
伎楽師の指導のもと、楽戸から集められた伎楽生が踊りを修得し、寺院の法会で奉納されました。聖徳太子もこの伎楽を見たことでしょう。
法隆寺や、正倉院に、後頭部まで覆うおおぶりな面が残っていて、法隆寺所蔵の面が東博法隆寺館に展示されています。
伎楽面の、「酔胡王」や「酔胡従」は、中国の都に来ていたペルシャ人の姿を面にしたものと言われています。高い鼻や唇に、ペルシャ人の特徴があります。
古代オリエントとのつながりが、伎楽の面にも感じられました。
法隆寺館の展示、伎楽面の3室がいつも開室されているわけではないし、展示替えがあるので、その時その時で何が見られるか、わかりません。
本館の展示も、入れ替えがなされるので、毎回、初めて見る国宝や重要文化財、重要美術品があります。
数年前に、息子と本館を見たときは、信長や秀吉の書簡を見て、「信長の野望」とか「太閤伝」というゲームで知った逸話にでてくる手紙の本物を見ることができ、息子はいっそう歴史に興味を持ったようでした。
秀吉の妻おね(ねね)が、秀吉の女好きを嘆き、上司の信長に「秀吉をたしなめてほしい」と訴えたのに対して、信長は「悋気もほどほどに」などと返事を書いている手紙が残されているのです。
今回、本館、書状の展示は、上杉謙信のものを見ることができました。また、三好長慶の肖像画もあり、本館の武将の甲冑刀剣や、茶道具を見ました。
「戦国時代ゲーム」フリークの息子には、これらの展示も「ゲーム」に結びつきます。
2006/08/12
東京国立博物館 本館
東京国立博物館本館に展示の茶碗を見て、私が「お城ひとつもらうより、お茶碗をもらったほうがいいって信長に言った人いたよね」と聞くと、戦国時代フリークの息子は「あ、それ滝川一益ね。でも、実際はお茶碗、もらい損ねたんだ」と解説してくれます。
滝川一益が、恩賞として珠光小茄子(しゅこうこなす)という茶碗を望んだが、信長は与えず、この名器は信長とともに、本能寺の変で焼失してしまったそう。
ほしがった人に惜しみなく与えておけば、家宝として伝わったかもしれないのに。
「信長の野望」では、家宝の茶道具のやりとりも大事な要素なので、「九十九髪茄子つくもなす」とか、「上杉瓢箪うえすぎひょうたん」「新田肩衝にったかたつき」など、茶碗の名前もゲームの要です。
「新田肩衝」は、村田珠光が所有したのち、三好政長、大友宗麟、織田信長、豊臣秀吉らに渡り、大坂城の落城後は徳川家の家宝となった茶入。
淀の方や秀頼とともに大阪城で焼失しなかったということは、千姫といっしょにお城から運び出されたのかしらね、なんて、茶道具の美しさを「芸術鑑賞」するより、歴史トリビアに興味シンシンの親子です。
息子の歴史興味は、戦国時代に集中しています。鎌倉時代や江戸後期、幕末にはあまり興味が広がらず、戦国ひとすじ。ま、ゲームのためだけですけど。
JR電車の中で、息子が上野駅まで読んでいた文庫本は、『フロイスの見た戦国日本』でした。
東博・平成館は、企画展のほか、常設展示に「考古学展示室」があります。
縄文土器や土偶、弥生土器、古墳時代の埴輪や銅鐸、平安時代の瓦など、考古学出土品が展示されています。授業で歴史を学ぶ子供たちに、ぜひ本物を見せてやりたい品が並んでいます。
また、平成館1階には、「親子ギャラリー」のコーナーがあり、親子で絵を楽しむためのさまざまな工夫によって、日本画の技法や構図について学べるようになっていました。
美術は好きじゃない息子も、割合熱心にのぞいていました。
近頃の博物館は、小学生から楽しめるイベントをたくさん用意しています。
東博本館にも、「親と子のギャラリー 博物館の動物園」が、夏休みいっぱい9月3日まで展示されています。
原始から現代までつづく日本の工芸品の中から、縄文時代の猪型土製品、奈良時代の獅子(ライオン)の形の香炉、江戸時代の兎や亀の形の水滴など、さまざまな動物をモチーフにしたものが並べられており、小さな子供も、「あ、ゾウさんだ」などと楽しんでいました。
小学校卒業するころから、特に男の子は、母親と出かけたがらなくなるし、いっしょに行っても、うちみたいに「いやいやお義理で」になります。幼稚園小学生の夏休みが「親子おでかけの季節」です。
夏の一日を親子いっしょに博物館ですごすのも楽しいですよ。
東京国立博物館HPトップ
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=X00&processId=00
8/10に、もう1度東京国立博物館本館を見ました。8/01に出かけたときと、展示が入れ替えになっているものがあったからです。8/08から、「新たな国民のたから」が展示されています。(2005年の購入品展示)
同じく8/08から、重要文化財の、酒井抱一『夏秋草図屏風』と、国宝の、久隅守景「納涼図屏風」
が展示されています。これらの国宝は、1度展示されたあと展示替えになると、次にいつ見られるかわからないから、見ておこうと思ったのです。
東博でボランティアをしたことのある娘に言わせると、「展示すると作品が劣化するから、できれば展示などせずに、収蔵庫の奥深く隠しておきたいって、研究者たちは思っているんだよ」だそうです。作品を大切に保存したい研究者や学芸員たちの気持ちはわかるけれど、シロートだって、見たいよ。
ライトを当てたりするので、絵の具その他が劣化することも多いだろうなあと、思います。でも、国の宝なのだから、国民にも、外国から来た人にも、見せてほしい。見たい。
「夏秋草図」も、「納涼図」も、とてもすばらしい絵でした。
国宝「納涼図」。
画面左上には、夏の月。
画面右下にあばら家が建っています。
この絵です。
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?&pageId=E16&processId=01&col_id=A11878&img_id=C0017658&ref=&Q1=&Q2=&Q3=&Q4=&Q5=&F1=&F2=
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=D01&processId=01&colid=A11878
ひなびた屋根の前に、夕顔の棚がしつらえてあります。棚にぶら下がっているのが、ひょうたんなのか、夕顔なのか、私には区別つかないのだけれど、この絵は和歌をもとにして描かれており、和歌に出てくるのは夕顔。
木下長嘯子の
「夕顔のさける軒端の下涼み男はててれ女はふたの物」
という和歌をそのまま絵にしたのだという。(ててれ=襦袢、ふたの物=腰巻)
画面にいる三人は、夫婦親子と思います。
棚の下にござを敷き、親子水入らずで夕涼みをしています。
父親はござの上に寝ころび、足をのびのび伸ばしています。母親は上半身もろ肌脱ぎになり、なんの遠慮もなくくつろいでいます。やんちゃ盛りの年頃のこどもは、ゆたっりくつろぐ両親の姿をみて、やわらかな表情で、涼風を感じているようです。
月の光も涼しげに、夕顔棚を照らしています。
親子三人の納涼のひととき。平凡な親子の一日の情景から、一家の情愛が伝わり、なんともいえずほのぼのとした気持ちになる絵でした。
江戸時代の平和な夕暮れ。
金持ちではないけれど、親子そろってのどかに夕涼みできることが、何よりの幸せなのだと、見入りました。
2006/08/13
プライス・コレクション「若冲と江戸絵画展」
アメリカのコレクター、悦子&ジョー・プライス夫妻による、伊藤若冲(1716〜1800)を中心とする江戸絵画コレクションが、東京国立博物館・平成館に展示されています。
8月1日、「若冲と江戸絵画展」を観覧しました。
プライス氏が江戸絵画の収集を始めのは、50年前のこと。
伊藤若冲や長沢芦雪などの江戸絵画は、一般の人々にはもちろん、研究者にもあまり知られていない存在でした。
川島織物(京都市左京区静市市原町)は、約100年前、若冲の「動植綵絵」(宮内庁所蔵)30枚のうち15枚を、原寸大の綴織で再現しました。
1904年、セントルイス万国博覧会に、この綴織の「動植綵絵」を出品し、評判を博したそうですからが、一部の人には知られていたのかもしれません。
しかし、私が学んできた昔の美術教科書には、江戸時代絵画として、狩野派、円山派、琳派、などが掲載されていたけれど、伊藤若冲の名を見たことがありませんでした。
プライスが最初に収集したのは伊藤若冲の「葡萄図」。
友人の建築家ライト(旧帝国ホテル、自由学園明日館などを設計)といっしょにいたとき、若冲の絵に出会ったそうです。
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/
プライスはそれが日本画であることも何も知らないまま気に入り、大学の卒業記念に車を買おうと思っていたお金をつぎ込んで、「葡萄図」を買いました。
ニューヨークの美術品店。何十年も店ざらしになっていて、「とうてい売れそうにない」と思われていた作品を買おうとする若者がいたことに、店の人も驚いたのだそうです。
それ以来収集をはじめ、「画家の名前や落款ではなく、自分の目で見ていいと思った絵」を集める、という方針で収集して、コレクションを充実させてきました。
結婚後、悦子夫人とともにコレクションを続け、プライスのコレクションは、日本では忘れられていた江戸絵画が再評価されるきっかけとなりました。
夫妻は、若冲の画号「心遠館」からとり、自宅を「心遠館」と名付けました。
夫妻の自宅「心遠館」を飾るだけではなく、一般の人に見てもらうため、ロサンゼルス・カウンディ美術館に日本美術展示館を寄贈し、作品を公開しています。
京都画壇円山派の祖・円山応挙や、江戸琳派の雄・酒井抱一の作品は、これまであちこちの美術館で見てきましたが、長沢芦雪(ながさわろせつ)、鈴木守一(すずきしゅいつ)、葛蛇玉(かつじゃぎゃく)らの作品、私は、このプライスコレクション展で初めて見ました。
鈴木守一「扇面流図屏風」の大胆な構図と色の取り合わせ、葛蛇玉「雪中松に兎・梅に鴉図屏風」、長沢芦雪「白象黒牛図屏風」など、墨絵で描かれているのに、鮮やかな印象を残す絵。
また、源氏物語図屏風、酒井抱一「佐野渡図屏風」などが展示されているコーナーでは、光のかげんで、印象が変わる演出が試みられていました。
日本家屋では、朝の光、夕方の光、それぞれの光によって、絵が違った印象に見える、ということを、観客にわかったもらうための試みなのだそうです。
若冲と江戸絵画展
平日(火曜日午後)に出かけたにもかかわらず、若冲展会場はすごい混みようで、伊藤若冲の「花鳥人物図屏風」の前には二重三重の人垣。
8万個の方眼モザイクに、ひとつひとつ色を塗り分けて完成したという絵。列に沿って進み、近づいて方眼の塗り目を見ることができましたが、遠くから全体を見ることはとうていかないません。
8/01に「若冲と江戸絵画展」をいっしょに見ていた息子は「テレビのイベント紹介とか、日曜美術館とかで、放送したんじゃないの?伊藤若冲ってこんなにいっぱい人が押し寄せる画家だったっけ」と、言います。
はい、私も、今回の展覧会開催まで、若冲の絵をまとめて見たことなどなかった、にわかファンです。
1973年に国際文通週間に若冲の「群鶏」が記念切手となったときも、「皇室の名宝」展が東京国立博物館で1999/12/14〜2000/02/13に開催され、若冲の作品が展示されたときも、私は無関心でした。
2000年に「若冲没後200年」の大きな展覧会が京都国立博物館で開催されたとき、大ブームがおきましたが、私が京都まで出かけて見ることもありませんでした。
また、2002年1月2日のお正月特番として、若冲の生涯の再現ドラマ「神の手を持つ絵師」がNHK総合で再放送(制作は2001年)されたときも、見なかった。(若冲役:岸部一徳)
今回、若冲の動物植物の絵、その他の絵を見て、大ブームが起こったという理由もわかりました。ほんとうにすごい画家です。
ひとつひとつの作品については、東博のブログでどうぞ。
若冲と江戸絵画展、作品解説ブログURL
http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/200606
酒井抱一は、もともと好きでした。
酒井抱一の『四季草花図・三十六歌仙図色貼交屏風』.
ひとつひとつの色紙をじっくり見ました。混んでいて、観覧の列が先にすすまないので、じっくり見る結果になったのですけれど。
私は、「変体仮名一覧表」と照らし合わせながらでないと、昔の変体仮名をすらすらとは読めません。
えっと、これが、「は」で、これは「な」で、これは「の」だよね、と苦心惨憺で変体仮名でかかれた色紙の和歌をたどたどと読んでみました。
あ、だれの和歌か、わかったかも。
列を離れ、混雑をかき分けて、母と離れていたい息子のそばまでいって、袖をひっぱり
「ねぇ、ね、あれって小野小町じゃないの?」と言うと、息子は「ちがうよ、小野小町はこっち」と、別の色紙を指さします。
「あれ?どうしてわかるの?」
「和歌の前に、小町って名前が書いてあるよ。これくらいの草書なら読めるでしょ」
「あれま、和歌のほうを読もうとしていて、はなって字が読めたから、はなのいろはうつりにけりな、だと思っちゃった。アハハ、じゃ、あの女の人はだれだろう」と、オバカな会話をしながら、ともかくも会場ひとまわりしました。
息子に知ったかぶりをしようと思ったのに、どうも分が悪いようです。
円山応震の『麦稲図屏風』を見た息子が「この麦や稲の間に渡っている白い帯は何?」と質問をしてきました。
「さあ、なんだろう、道が通っているみたいだけど、麦の穂の間にも通っているので、道じゃないよね。日本画では、こういう風に描かれていたら何を表しているっていう決まりごとがあるんだろうけどね」と、答えたのみで、何を表現しているのか、わかりませんでした。
わかったのは、息子が一足先に帰ったあと。
「若冲と江戸絵画展」チケットは、「当日にかぎり再入場可能」とあったので、ちょっとすいてからもう一度見ればよいと、ささっと一回りしたあと、東洋館の中にあるレストランでランチ。ここも混んでいて名前を呼ばれるまで、30分くらい待った。
息子はランチをすますと「これで、母親につきあう義務は果たした」と、帰りましたが、私は若冲展に再入場しました。
再入場後の会場もやっぱり混んでいました。混んでいたけれど、こんどは作品音声ガイドを借りて、説明を聞きながらまわったので、また別の楽しみ方ができました。
息子が「何を描いたのかわからない」と、疑問に思った白い帯。
音声ガイドを聞いて、この白い帯がなんであるのか、判明しました。「霞」がただよっている、という表現でした。
向かって右側の青い麦の穂の図と、左側の穂を垂れている黄金に実った稲の図、この二双をひとつにまとめる視覚的な働きもしているのが、右側と左側の屏風を貫いている「霞」の帯です。
家に帰って、さっそく受け売りで、「ふたつの屏風をつなぐ白い帯」の正体を息子に語りました。受け売りは得意中の得意です。
「やっぱり、あの白い帯はいったい何?って疑問に感じる人が多いみたいね。イヤホンガイドがちゃんと説明してくれたよ」
受け売りのネタモトも付け加えました。
「若冲と江戸絵画展」東京国立博物館での展示は8月27日(日)まで。
京都国立博物館での展示は2006年9月23日(土)〜11月5日(日)

2006/08/17
三の丸尚蔵館「花鳥」
8/01に国立東京博物館の「若冲と江戸絵画展」を見ていたとき。とても混雑していたので列を作って少しずつ移動しながら絵をみている間、隣に並んでいるふたり組の話し声が聞こえてきました。
「今、三の丸尚蔵館でやっている若冲の展示も、いい絵があるし、こんなに混んでないよ」
8/02夕刊に出ていた高階秀爾の「若冲展」についての紹介のなかでも、三の丸尚蔵館での「花鳥・愛でる心彩る技 若冲を中心に」がとりあげられていたので、ミーハーファンとしては、見にいかなくちゃ、と思ったしだい。
8/06(第4期展示最終日)と、8/12(第5期展示初日)に、三の丸尚蔵館を見ました。
皇居東御苑は、竹橋の近代美術館を訪れたついでなどに、散歩したことがあるのですが、三の丸尚蔵館は、初めて拝観しました。立ち寄るたびに「展示替えのため休館中」だったりして、間が悪く、観覧したことがありませんでした。
昭和天皇崩御(1989年)に伴う皇室財産整理で、皇室の私有財産と国家財産が分けられた結果、国家財産になったうちの芸術美術品は、三の丸尚蔵館で保存研究がなされることとなりました。
1993年に開館。これまでの40回ほどの展示替えが行われてきました。大手門を入るとすぐ尚蔵館があり、無料で観覧できます。
三の丸尚蔵館は、地下鉄東西線大手門から徒歩3分。
国立文書館や近代美術館を回るお堀端を歩く散歩コース、また皇居東御苑を散歩するコースも、私の足で歩くのにちょうどいい距離です。
私は、自転車で走り回るのなら1時間でも2時間でも平気なのですが、歩くと15分でいやになる。でも、このコースなら、55分は歩いていられます。60分すぎたら、疲れてしまうだろうけれど。
「混んでない」と聞いていたのに、8月6日は、日曜日だし若冲ブームだし、「花鳥」の第4期展示の最終日なので、ものすごく混んでいました。
展示スペースは狭い一室。
あとで、知ったのだけれど、テレビ『たけしのだれでもピカソ』という美術紹介の番組でも、若冲特集があったのだって。
混むはずです。
三の丸尚蔵館「動植綵絵」
若冲など江戸絵画の修復が行われ、2006年3月の第1期から展示されてきました。7月から展示されている第四期の展示、8/06は第四期の最終日。
研究修復の過程で、若冲が紙の裏側から彩色している技法などが新たにわかりました。
若冲の「動植綵絵(どうしょくさいえ)」と、酒井抱一『十二ヶ月花鳥図』の展示。
「十二ヶ月花鳥図」は、東博でプライスのコレクションの「十二ヶ月花鳥図」を見て、尚蔵館で皇室コレクションを見て、ふたつを見比べることができます。
展示替えがあり、8/12から「花鳥・愛でる心彩る技 若冲を中心に 第5期」の展示がはじまったので、再び尚蔵館へでかけました。
8/12、家をでるときに、ごろごろと雷鳴が聞こえ、ぽつぽつと雨が落ち始めていました。
地下鉄内に「埼玉に落雷があり停電になった影響で、地下鉄のダイヤが乱れています」というアナウンスがあったので、JRに乗り換えた。東京駅のホームに降り立ったとたんにものすごい雷鳴。あとで新聞を読んだら、秋葉原への落雷でした。私が降りたあと、都内JRは止まってしまった。
大手町まで歩き、大手門から三の丸尚蔵館へ。皇居東御苑散歩の人たちの雨宿り場所にもちょうどいいので、中はこの前とおなじくらい混んでいました。
お目当ての若冲「動植綵絵」の、最後の6枚の展示。8/06に見た分と併せて、12枚の「動植綵絵」を見ることができました。
丸山応挙の「牡丹孔雀図」なども見事でしたが、なんと言っても、8/06に見た若冲「旭日鳳凰図」と「老松白鳳図」、8/12に見た「老松孔雀図」、若冲の絵に、圧倒されました。
享保年間に、将軍吉宗の命で日本にやってきて、江戸絵画に強い影響を残した沈南蘋(シェン ナンピン)の「餐香宿艶図巻」の草花と昆虫の絵も見ることができました。
三の丸尚蔵館が1993年に開館して以来、修復が成った絵画からこうして展示されるのは、とてもうれしいこと。
「動植綵絵」を掲載しているHP紹介。30枚を全部掲載しているサイトは見つかりませんでしたが、一部ずつ、ブロガーが掲載しているサイトをひとめぐりすると、30枚のうちの何枚かはどのような絵かわかると思います。
もちろん、一番いいのは尚蔵館へ行って、自分で見ること。
http://park5.wakwak.com/~birdy/jakuchu/trip/gallery01.html
http://blog.livedoor.jp/inumayu/archives/50781883.html
http://blog.livedoor.jp/inumayu/archives/50827830.html
プライスコレクションも、尚蔵館の動植綵絵も、圧倒されるすばらしい絵を堪能できた、夏の美術散歩になりました。

2006/11/04
| 江戸東京博物館 ボストン美術館所蔵浮世絵・江戸の誘惑 |

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