Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies


ポカポカ春庭のニッポニアニッポン事情

ニッポン今転ポラリ 2006 炎上編

| 日付2006 |
ニッポン今転ポラリ 炎上編 |
| 09/15 |
ミクシィ295万円 燃える株価 |
| 09/16、18 |
戦後最大級の台風。&ブログ炎上について |
| 09/20 |
炎上 海外タイ版 |
| 12/17 |
燃えるか燃えないか、くすぶったまま消火 |

2006年09月15日 15:51
あまりに買い注文が多くてさばききれず、初売りの値段がとうとうつかなかったというMIXI株。
会員500万突破を期しての上場だそう。ほりえもん失脚いらい沈んでいたITアイドル市場に、MIXI社長は、一躍トップに躍り出ました。
あれま、MIXI社長も東大在学中に起業だって。30歳で株の上場創業者利益ン十億円。
この創業者利益をささえてあげた500万人ミクシィ会員、ご苦労さん。あなたが、コミュニティだの日記コメントだのと言っている間に、笠原健治社長は着々、ン十億円だよ。
どうして、うちの親戚に派、在学中に起業して株をわけてくれるような若いモンが育たなかったのか!
って、育てたのは、私の世代だったよな。
うちの子らは、株どころか地道な労働者にもなりゃしない。
明日の飯はどうやって食うのだ。
という日記をさきほど書いたら、ミクシィ初値は295万円というニュースがでていた。
まあ、買いたい人は買ってください。
<マッチポンプなつっこみ>
2006年09月16日 09:10 ちえのわ
笠原社長の創業者利益をウン十億円と思っているところが、大金に縁のない庶民の発想らしいですね。
初値295万となったミクシィの時価総額は2080億円に達しています。そのうちの何割が社長の分かしらないけれど、ン十億ってことはないでしょう。
ま、わたしらにはまったく関係ない金額なので、ン十億だろうと二千億だろうと、大差はないのだけれど。

2006年09月17日 19:39
大型で強い台風という13号、すでに九州では被害が出ている模様。
山陽新幹線は止まるし、宮崎延岡では、台風の影響によるらしい竜巻で特急が脱線横転。
被害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。
沖縄や九州など、台風による被害が大きい地方にとって、台風はほんとうにつらい思い出しかないのかもしれない。
しかし、、、、関東地方に在住していると。
向田邦子のエッセイに、台風接近は「戦前のささやかな暮らしを営んでいるフツーの一家」にとって、「緊張感と、なにか非日常的な気分が家族の間にみなぎる、一種のお祭のようだった」という趣旨の文章がある。
前の日から「台風最接近のその時」を前に、停電時の懐中電灯を用意したり、夕食朝食が用意できない場合に備えておにぎりをこしらえたり。
お母さんはきりりと立ち働き、お父さんは「3年前の背広」を着て出社する。普段は今年の背広を着て出社し、洗濯に出すときは「去年の背広」を着る。「3年前の背広」は、帰宅するときずぶぬれになってもいいように、古い服を着る。
お父さんが3年前の服を着て出社する朝、こどもたちは「いよいよ台風が近づいてきたのだ」という緊張感で、被害へのおそれよりも「わくわく感」があった、という内容だった。
ずいぶん前に読んだので、細部はちがっていて、私自身の台風の印象が紛れ込んでいるかも知れない。
子供のころの私にとっても、台風は「非日常的なイベント」の印象があったから、この向田邦子の台風エッセイをときどき思い出すのだ。
さくらももこの「ちびまるこちゃん」の第1巻だったか第2巻だったかに、まることおじいちゃんが、台風の水害にあった清水市の川を、つぎつぎに被害にあった家が流されていくようすを「どきどきしながら見物」している話が掲載されている。
被害にあって家が流されてしまった人は、ほんとうにお気の毒。お気の毒ではあるが、見物しているおじいちゃんとまるこにとっては、「わくわく」のイベントなのだ。
被害当事者と見物者の視線のちがいを、これほど鋭く表現した作品を、ほかに知らない。
他人が受けた被害や幸福に関して思ったことを、そのままに述べるのはとても難しい。その困難を引き受けて、率直にものを言ったがために思いも寄らぬ非難を受ける人もある。
昨今の「ことばテロ」ともいえるような状況のなかで、言論は沈黙してしまうのではないかというおそれが、台風以上に私には脅威に感じられる。
本日のメインテーマは、タイトル前半の「台風」ではない。後半の「炎上」、または「ブログ炎上」についてである。
MNSニュース「乙武ブログ炎上」を引用する。
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「五体不満足」などの著書で知られるジャーナリストの乙武洋匡さん(30)が7日、自身のブログに紀子さまの男児ご出産に触れた文章を書いたところ、読者から内容に対する批判や、それに対する批判などのコメントが殺到し、“炎上”。乙武さんが「深くお詫びします」と同ブログ上で謝罪する事態になった。
乙武さんは7日付けのブログに、「紀子さま出産」というタイトルで「世間は昨日から『めでたい、めでたい』と騒いでるけど……ひとつの命が誕生したことがめでたいの?それとも誕生した命が『男児だったから』めでたいの?」などと書き込み。これに対し、「そんなひねくれた見方しかできないなんて…お気の毒な方ですね」「紀子さんと生まれてきた男の子に対して土下座をして謝罪しろ」との批判や、「よく言った」「乙武殿の言う事には賛同」との賛成など、8日午後4時時点で800を超えるコメントが寄せられた。
この事態に、乙武さんは7日付けで、「深くお詫びします」とのタイトルで、「言葉足らずの文章を書いたために、多くの方の誤解と憤りを招いてしまったことを、深くお詫びするとともに、弁明させていただければと思います」として、「今回、親王のご誕生を『めでたくない』と考えているように受け取られる文章を書いてしまったことを、深く、深く、反省しています」などと謝罪の文章を掲載した。しかし、この文章にも8日午後4時現在700を超えるコメントが寄せられており、“炎上”状態は続いている。
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乙武さんは、生まれたばかりの自分を見たお母さんが「まあ、かわいい」と受け止めてくれた、というエピソードを「五体不満足」に書いていた。「男の子だったから、よりいっそうめでたい」「五体満足だからよかった」という受け止め方が人々の間にあるとしたら、それは乙武さんさんでなくても、素直にうけとめがたい気分が残る。
もし、新生児が男の子でなかったら、もし五体満足でなく、なんらかの障害をもって生まれたのであったら、いったい国民は「こぞって祝福」ちょうちん行列を行ったのか、という思いは、祝福にわく人の胸に去来しなかったのか。
秋篠宮ご夫妻は主治医に「どのような状態で生まれてこようとも大切なふたりの子供として受け止めたい」と語ったそうだ。
しかし、「女の子」「五体不満足」であった場合、ご夫妻以外の人々はどのように受け止めたのであろうか。
新しい命の誕生は、めでたい。祝福したい。
しかし、「女の子だったら」「五体不満足だったら」今と同じめでたさを人々は歓呼の声で祝うのか、という不安を感じてしまったことを率直に書いてしまったがために、乙武さんは「謝罪」する事態になった。
「サイバーテロ」というような「ブログ炎上」、これから燎原之火(りょうげんのひ)のように、この種の「ことば狩り」が燃え広がることのないように、祈る。
率直に自分の感想や意見を述べると、テロにも等しい扱いを受ける。もう何も言えない、という状況。
60年前70年前に、率直にものを言えない状態を経験した国であるはずなのに、のど元すぎれば熱さ忘れていいことではないのに。
2006年09月18日 15:49 乙武ブログ炎上のつづき
ニフティココログの「乙武洋匡公式サイト」2006/09/07の「お詫び」文とそれに対する4000件以上の書き込みコメントを読んでまいりました。
熟読したわけではなく、ずいぶんとすっとばして読んだのだけれど、朝9時半から15時半まで、かかりました。なにしろ4000件。なかにはここ以上の長文もあり。
言論、特に菊のタブーに挑戦したかのようにみえる乙武ブログ、翌日はあっさり謝罪弁明文を掲載。しかし、謝罪文も友人メールを引用するなど、あまり「ちゃんとあやまっているようには見えない」と批判されていて、9/7のブログから10日たっても書き込みは衰えずに続いている。
書き込みのなかで、まともな論議もあるし、わざと問題点をずらしているものもあるし、乙武氏の身体的な問題についてのあからさまな誹謗中傷もある。2チャンが引っ越ししてきたようなコメントが多い。
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コメントからいくつか引用する。
@音丈、お前はいったいいつからそんなに偉くなったんだ?
勘違いするな!このイモムシ野郎 投稿者: イモムシ (2006/09/09 12:34:43)
@たとえ全身全霊を持って深くお詫びしても手と足の分が足らないんだな。口も不満足だったら良かったのにね♪(^^)b
@手足の無いもの同士、頑張ってくれや 不幸自慢に付き合っていられないよ
@人間歪むと、慶事にもこんな見方しかできないんだなあと納得
@あんたら不幸だわ そう思ってる段階で既に五体不満足だけじゃなくて脳みそも不満足なんですね。
@いつジャーナリストになったんだ?
TVであなたの姿を見てウチの姪は泣いたぞ「イモ虫みたい」って
それが新宮さまに文句いうかな 素直に祝ってやれないのか?そりゃ心の障害だね 投稿者: オレ (2006/09/09 3:14:31)
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というようなコメントの羅列。このようなアホな誹謗中傷は相手にすることもないと思うけれど、謝罪文の書きように対する彼の「物書き」としての姿勢を問うまともな書き込みもあった。
あとは、「乙武は皇室をないがしろにしている」批判派と、「スポーツジャーナリストを名乗るにしては、文章を書く者としての姿勢がおそまつ」という批判派。
それらのコメントに対して、ひとつひとつの反論はないとしても、10日以上たって、やはりこの問題を無視して次の話題にはいけないだろうな。
9月7日の謝罪文から乙武ブログは更新がないが、次の文章に何をもってくるかで、彼の今後のスタンスがきまると思う。次の更新が注目される。
教育問題に関わっていこうとしていたシフトを一時中断し、スポーツライターとして書いていくほうが、たぶん世渡りとしてはよい、というのが私のシロート判断だけれど。
今はまだ、乙武番組のスポンサーであるトヨタとか、彼が関わった企業や自治体が「事後対策」を練っている段階なのかもしれない。
『五体不満足』の印税収入が7億円に達したという時点から、彼は単なる「障害にめげずにがんばっている身体障害者の象徴」以上の「ねたまれる存在」になっていた。
乙武ブログもプロジェクトのなかに組み込まれて、チェックが入っていると思っていたけれど、チェック受けずにほんとにホンネで書いてきたんだ、ってことがわかったことだけでも、彼はえらかったナーと思います。
今後の文章に注目していきたいです。
<マッチポンプなつっこみ>
2006年09月19日 13:24 ちえのわ
朝9時半から6時間乙武ブログコメントを読んでいたって、すごくヒマな人生おくっているみたいですね。

2006年09月20日 16:23
放火容疑者、右翼団体構成員堀米正広容疑者(65)
自分では右翼と名乗っているが、どうも「右翼の仲間から最近無視されているので、注目を集めて名をあげたかった」というホンネがちらつく。
容疑者は職を失ったので右翼の仲間入り。借金も抱えていたという状態で、加藤氏の地元をねらったのも、ご都合主義のような感じ。事件を起こす名分があれば、別段だれでもよかった、ということらしい。
加藤紘一氏の「靖国問題」への発言に反発してというのが放火の理由だが、数時間違いで加藤氏の高齢の母親が在宅中の放火であったら、放火殺人になったかもしれない、という重大事件なのに、いまひとつ動機が思想問題だけではないらしいのが、不可解。
しかし、「靖国問題に関する加藤氏の発言が気にくわない」として放火したのであるなら、これは思想テロ事件である。
9・11のアメリカのテロには「テロは絶対に許すべきでない」と主張して、多額の税金を投入して自衛隊派遣を行ったのに、日本国内のテロに関して、政府は、特別なコメントも対策もしていない。
アメリカに対するテロは大問題だが、国内では自分たちの派閥でなければ、だれがテロにあおうと、知ったことではないのだろうか。
どのような政治問題社会問題に関する発言であろうと、言論の自由が守られる社会でなければ、社会の健全な維持はむずかしい。
ネット炎上であれ、自宅炎上であれ、言論を暴力や圧力でおさえこもうとする風潮がこれ以上広がらないように、切に願う。
■政治主張と個人事情入り交じる…加藤事務所放火で起訴(読売新聞 - 09月19日 19:41)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=89903&media_id=20

2006年09月21日 09:20
2006年9月19日夜、タイで、軍事クーデターが発生した。
今年2006年3月に妹とバンコクを訪れた。
妹が見物先のお寺の段差に足をひっかけて捻挫し、車いすを借りての観光となったため、思うような町歩きができなかったのだが、バンコク、アユタヤの歴史と文化を愉しんだ。
3月のタイ旅行の最中、プミポン国王在位60周年を祝う祝賀気分が町中にあふれていた。また同時に観光ガイドの口からもタクシン首相に対する国民の信頼低下が語られてもいた。
タクシン首相は、タイの通信事業に大成功を納めた「成金」のひとり。日本でいうなら、NTTとソフトバンクを合わせたような企業の社長だった。
財をなすのはもう十分、あとは政治的野心を存分にふるうはずだったが、身内ばかりを豊かにして、国民の生活の豊かさがあとまわしになる政策に批判が集まり、汚職事件をきっかけに、信望も急降下。
しかし、総選挙をやり直すと約束したり、一応の安定は得ていたはずだった。
タクシン首相は、国内情勢にひとまずの安心感を抱いてニューヨークに乗り込み、国連総会で演説をする予定だったのだろう。
演説中止。タクシン一家は、私邸のあるロンドンに事実上の亡命するに至った。
クーデターを指揮したソンティ陸軍司令官は、タイ中部地方出身のイスラム教徒。
仏教徒が多いタイのなかでは、「少数派」に属する。
タイの中部北部は仏教徒が圧倒的だが、マレーシアに近い細長い半島地域のタイ住民は、イスラム教徒が多い。
半島の先のマレーシアになると、完全なイスラム教国になる。
そのタイ南部ではイスラム派による争乱がたびたび起き、タクシン首相は武力制圧をしようとしていた。
それにタイしてソンティ司令官は、「対話を続けて解決しようとするソフト路線」を打ち出し、タクシンと対立していた。
タイのクーデター1991年から15年ぶりのことになる。前回のクーデターを納めたのは国王プミポン陛下だった。
1991年、新聞に載った写真。国王を真ん中に、クーデターを起こした側と起こされた側が和解している写真が印象に残っている。
へぇ、タイではこれほど王様に政治的な力があるのだ、という認識を新たにしたことも記憶に残っている。
夫は「タイ国憲法」を読んでいて、タイは立憲君主国であり、日本の天皇が「国民の象徴」であるのに比べて、大きな政治的権力を保持していることを解説してくれた。
今回のクーデターでもソンティ司令官がタクシン首相を追い落とす理由として「タクシンは国王に対して不敬にあたる言動が多い」という点を上げている。
国王への態度がクーデターの原因となるくらい、国王が尊敬されている、ともいえるし、国王への態度がよくなかったから首相の座から追い落とすのだ、といえば、国民が納得してくれる国民性をうまく利用したとも言える。
今回のクーデターへの国民の支持率が8割に達した、という世論調査も、国王がソンティ司令官にお墨付きを与えた、という報道の前とあとでは、かなりちがっていたのではないか。
国王がソンティを指示し、暫定政権を認める発言をした、ということで、今回のクーデターは区切りがついた。タクシンの負け。
今年3月にタイ旅行をしたのは、1月に「風の前奏曲」というタイの映画を見たことをきっかけにしている。「風の前奏曲」は、ラナートというタイ伝統の民俗楽器、タイ式木琴の演奏者を主人公とする映画だった。
「風の前奏曲」の感想をまとめるにあたって、タイの歴史、タイ王室の歴史を学んだ。
タイが、日本と共に、アジアで唯一植民地化されなかった歴史をもつこと、日本の明治天皇にあたる王様がチュラロンコン王で、タイを近代化したことなどは知っていたが、細かい歴史は今年のはじめまで、あまり知らなかった。
歴史教育で習う「アジア史」も、中国韓国インドが中心で、タイの歴史をならった記憶はなかったが、タイの歴史や文化を知ればしるほど、タイに親近感を感じるし、タイ文化を尊重する気持ちも大きくなった。
毎年チュラロンコン大学タマサート大学などから日本へくる留学生に出あう。
みな優秀で、「将来のタイ国を背負う」という気概を持つ若者たち。
彼らがきっとタイを今以上に心ゆたかな微笑みの国にしていくだろうと信じている。
クーデターが燃え上がったタイ、この炎上は、タイをどのような方向にむかわせるのだろうか。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=90641&media_id=4

2006/12/17
一度発表した文章に関して、誤字誤変換の訂正のほかは、軽々しく訂正削除はしないという方針です。
「本多勝一が、ベトナムやカンボジアなどの東南アジア情勢に関する著作を発表し、初版とあとの版では、削除や書き換えが著しい」という問題に関して、批判がありました。
若い頃の考え方、見解とことなったことを感じるようになった場合、元の版はそのままに、新しく考えたことを発表し、「以前とは考え方、見方がことなった」と、書くほうがいいと思っています。
ネット世界辺境のささやかなサイトであっても、一度発表したことに対して責任を持つ、という方針は守りたいと思っています。
今回、2006/12/08のOCNカフェ日記「HAL-niwa annexいろいろあらーな」から、引用部分を削除いたしました。一度ネットにのせたものを削除しないという方針に反しましたが、やむをえず。
12/08にMさんの日記から引用をしました。
ミニメールでその旨おことわりをし、「これからもよろしくね」という返信をもらったので、引用を肯定的に受け止めてくれたと解釈しました。
日記にも本人からのコメントをもらいました。
引用部分への感想をかいたことについて、Mさんを誹謗中傷するつもりなどまったくないし、文章中にMさんを否定する文も書いていないと思っています。
2006/12/17に、引用したMさんの友人というAさんから、「本人は、引用をいやだと言っている。心を痛めていて、自分からはイヤだといえないので、かわりに言います。引用部分を削除してください」という内容のミニメを受けました。
削除については、ためらいました。
「Mさんの友人Aさん」からのメールひとつで、本人からの連絡ではありません。
だれもが匿名で書いているネットのなかで、AさんがMさんの友人であると名乗っているのも、確認はできません。
しかし、「本人は心を傷めている人だから、イヤだと思っても言えないのだ」と言われると、人のいやがっていることをわざわざしたいとは思いません。
本人からの希望であるかどうかは、確認しないまま、削除しました。
本人へメールをだすと、また、「ほんとうの気持ちをなかなか言い出せない人に対して、強く追求してはいけない」ということになり、いつまでたっても、本人が本当にいやだと言ったのかどうかは、わからないから。
ただし、引用したこと自体をまちがっていたとは思っていません。
ネットに一度公表した文について、その文を誰かが引用し、評論感想を書き加えることは、自由です。
著作権問題で、「そっくりそのまま転載し、自作として発表する」ことは、犯罪になりますが、著作者を尊重し、誹謗中傷でない論評や感想を述べるのは、自由な言説空間に許されるべきことと思います。
もし、自分の仲間でない人に自分の文章を読まれるのがいやだったり、引用されるのがいやな場合は、ミクシィなどの「ともだちにだけ公開する日記」のように、公開に段階制限を付け加えることのできるネット媒体を選んだほうが、いいのではないでしょうか。
「一般に公開」が前提であるブログやOCNカフェのようなオープンサイトに書くのは、不特定多数に読まれることや、引用を禁じ得ないことに注意すべきだと思います。
読者を管理者が制限できるbbsもあります。
仲間でない人が読むこと、仲間でない人によるコメント書き込み、引用などをされたくない人には、オープンサイトは不向きなのではないかと懸念します。
オープンな場に書いたことを、著作権を守りルールにのっとって引用するなら、引用を禁止することはできないですから。
今回は、本人への確認なしの引用文削除となったこと、不本意ではありますが、やむを得ない措置として行いました。

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