Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies


ポカポカ春庭のニッポニアニッポン事情

ニッポン今転ぽらり2005

| 日付 |
ニッポン今転(こんてん)ぽらり2005 |
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| 09/02、03 |
プラチナ通り(1)(2) |
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| 09/08 |
ジニ係数と希望格差(1)カトリーナ |
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| 09/09 |
ジニ係数と希望格差(2)サッチャー |
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| 09/10 |
ジニ係数と希望格差(3)豊かさ指数 |
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| 09/11 |
ジニ係数と希望格差(4)明日へ |
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| 09/12 |
踊る大選挙戦 |
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| 10/08 |
「あはき」と小選挙区(1)あはき法(按摩針灸) |
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| 10/09 |
「あはき」と小選挙区(2)障害者自立支援法 |
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| 10/10 |
「あはき」と小選挙区(3)介護の負担 |
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| 10/11 |
「あはき」と小選挙区(4)国会議員の給与は年収4400万円 |
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| 10/12 |
「あはき」と小選挙区(5)小選挙区制マジック |
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| 10/13 |
「あはき」と小選挙区(6)コメント返信 |
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| 10/14 |
「あはき」と小選挙区(7)コメント返信 |
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| 10/15 |
「あはき」と小選挙区(8)ついでに愚痴 |
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| 10/23 |
障害者自立支援法(1)問題点がてんこもり |
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| 10/24 |
障害者自立支援法(2)友からのメール |
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| 10/25 |
障害者自立支援法(3)障害者の自立をはばむ法 |
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| 10/26 |
障害者自立支援法(4)税の無駄遣い |
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| 10/27 |
障害者自立支援法(5)地の小塩 |
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2005/09/02 金
東京ふり-ふり-生活>プラチナ通り(1)
親和力がある地名、親しみを感じる人名。
自分となんらかの関わりや共通点が発見できると、今まで関わりが薄かった土地や人に対して、いっぺんに親しみがわく。今までよく知っていた人や土地でも、これまで以上のつながりができたような気持ちになる。
「親が同じ寺の墓に眠っている」というだけの共通点なのに、その方の書く文章に親しみを感じたり、誕生日が同じ月ということが、とてもうれしかったりする。
Kさんとは、「時期がちょっとずれたけど、同じキャンパスで学んだ」という共通点がある。私の日記の記述から、目ざとく「学科はことなるけれど、同じ学校に行っていた」と、気づいてメールをくださった。
ホームページを開設してやっと数ヶ月、というころ、私にとって、初めての「ネットで知り合った人と実際に会って話す」という機会を作ってくれた人。
ネットの記事に「オフ会」なんて文字をみたり、みんなでいっしょに食事をしてしゃべったときの楽しそうな写真が掲載されているのを見ると、いいなあ、と思う。
いいなあ、とうらやましく思うだけで、自分から「じゃ、会おうか」なんて積極的な行動をとるのは、からきしダメ。だれかがお膳立てしてくれて、無責任にのっかれる都合のいい話がこないかと、口をあけて待っている。
Kさんは、そんな横着な私に、再度声をかけてくれた。「また会ってお話しましょう」と。
二度目なので、私も少しは「会う場所と時間」など、セッティングしなければ。
そこで、Kさんに、「松岡美術館へ行ってみませんか」とメールして、半日「シロカネ散歩」が実現した。美術館招待券2枚入手済み。
これまで、白金台駅から庭園美術館へはよく出かけたが、プラチナ通りを歩いたことなかったので、「東京ふり-ふり-生活」のひとつとして、一度はやってみようかと思っていた。
プラチナ通りに面して建つ松岡美術館で「フランス近代絵画展」と「中国青花展」を見た。静かな落ち着いた美術館。
「青花展」、景徳鎮窯で完成された青花磁器の逸品が並んでいる。白磁にコバルトブルーで模様を焼き付けした美しい磁器。
若い女性のグループが、説明役の先生のまわりを取り囲んで、熱心にメモなどとりながら元代と明代の青花を見比べている。
先生の説明。「元代の青花は、びっしりと模様を埋め尽して焼かれているけれど、明代になると、余白が出てくる」へぇ、なるほどね。
それから、プラチナ通りのカフェレストランで、お茶とケーキ。Kさんのお子さんの教育問題や、私の山積みの問題の数々、話はつきず、場所を変える。
ベトナムレストランで、生春巻きをつつきながら、ベトナムの花のお酒をいただく。私のお酒は、蓮をつかった香りのよい、すっきりした味。
Kさんの息子さんから「早く帰って」というケータイを二度三度と受けるまで、おしゃべりしてしまった。
小学生はいいなあ。お母さんに早く帰ってほしい年頃。私など、「飯作りのばあや」程度の扱いですもん。
夏の思い出のひとつ、Kさんとの「白金おしゃべりOff」楽しかった。
真夏の午後のプラチナ通りは、犬を連れて散歩する人にちょこっと会っただけで、人通りなし。
話にきく「シロガネーゼ御用達のショップやレストランが並ぶプラチナ通りは、たく
さんの人でにぎわって、、、、」って、雑誌の中だけのことだったのかしら。
気取ったシロガネーゼファッションの若奥様から、「ふん、よそ者が」なんて目で見られたらイヤだな、と思っていたほどのことはなかった。<つづく>
09:59 | コメント (8) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/03 土
東京ふり-ふり-生活>プラチナ通り散歩(2)
知らない街を歩くとき、気後れすることがある。
初めての町へ行ったとしても、自分が育ったのと同じような田舎町や温かそうな東京下町だと、平気。
しかし、25年東京に住んでいても、「お上りさん気分」がぬけないので、「山の手お屋敷町」あたりだと、その町から疎外されているような気分になる。親和力の欠如。
今までの街中散歩で、ひとりで歩いていて「うわっ、この町、居心地わるいなあ、はじき出される気分だなあ」と、感じた場所がいくつかある。
いわゆる「高級住宅街」と呼ばれる地域。(露骨な話をしてしまうと、坪単価(3.3u)500万円以上の土地値也)
渋谷区松濤(しょうとう)の住宅街。松濤の都知事公邸はレストランとして貸出されているが、周辺には、個人の邸宅が並んでいる。
目黒から恵比寿にかけての、品川区上大崎、通称「長者丸」のあたり。品川区の通称「池田山、島津山、御殿山」。
今年4月に新首相公邸が完成するまで、首相仮公邸が池田山にあった当時は、日本の住宅街の中で一番警備が厳重な地域だった。
池田山の正田邸(皇后実家)は取り壊されて「ねむの木公園」になったが、周辺のお屋敷は、今も静かなたたずまい。
池田山あたり、よそ者が歩くと、「住人かどうかすぐわかる」っていうけど。はい、ものほしそうな怪しげな目つきで歩いていますけど、私、怪しい者じゃ、、、、。
大正時代、松濤富ヶ谷住宅地の住人を募集したとき、「爵位、勲位を持つ人、社会的名声を持つ名士に限る」という条件がついたという。ただお金があるだけでは松濤の土地を買うことができなかった。
たぶん、私の「居心地悪さ」は、このあたりが原因なのだろう。爵位も社会的名声も縁ないもん。金に縁のないことはムロンのことだけど。
東京の山の手線の内側、道に面した塀の長さが100mも続くような大きなお屋敷に、個人名の表札がかかっている。その前を歩くと、門の脇を通っただけで、監視カメラにさらされているような、圧迫感がおこる。これぞ、貧乏人のヒガミであろう。
道路歩くだけで、どうしてこんな疎外された気分になるのだろう、やだな、根っからの貧乏性。
お屋敷の塀に沿って歩きながら、ついつい計算してしまうセコさ。土地値、坪単価500万として、100坪で5億、200坪で10億かあ。ま、一生住むことはない街であるのは確かだな。
Kさんは、私のこのような「根っから貧乏性」の性分など気にしないで、きさくにしゃべり、私の愚痴も受け止めてくれる。
プラチナ通り程度に「ひとりで歩くのいやかも、、、」なんて心配している私の「疎外気分」を吹き飛ばして、プラチナ通りカフェでの「ティータイム」は、話題満載ですぎていった。
白金、白金台。自然教育園と庭園美術館以外のところは、今まで親しみのない土地だったけど、「疎外感」ってほどじゃなくなったな。次は池田山攻略だ!
池田山で100坪以上の一戸建てに住んでいる方、お茶の時間にお招き下さい。と、言っても、そういう方とはご縁がないなあ。それじゃ、せめて「ねむの木公園」のベンチで、缶コーヒーでも飲むとするか。<おわり>
11:36 | コメント (4) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/08 木
ニッポニアニッポン事情>ジニ係数と希望格差(1)カトリーナ
台風14号、被害を受けた地域のかたがた、お見舞い申しあげます。
大型で強い台風。土石流、浸水などの被害、たいへんでした。復興がすみやかであることを、お祈りします。亡くなった方、ほんとうに、残念なことです。お悔やみ申し上げます。
去年の津波や、先日のハリケーン・カトリーナのような大規模災害も思い出される。
インドネシア沖の津波被害から1年もたたないのに、大災害のニュース、アメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」。十日たっても、まだ救助を待っている人がいるというニュースが報道されている。
カトリーナの被害、去年の津波被害に比べ、際だって異なっている部分がある。
「金持ちは被害を最小限に食い止めた。大きな被害を受けて生活基盤を失ってしまったのは、貧しい層、多くはアフリカ系の住民(黒人)であった、ということだ。
お金のある人達は、ハリケーンに備えて、ある程度の準備もしていたし、避難勧告がでたら、大きな車に大事なものは積み込んで、さっさと安全な場所に避難した。
しかし、被害を受けた人々の多くは、避難勧告を受けても、逃げ出して行く先も荷物を運ぶ手段もなかった。救援を待つスタジアムに劣悪な状態でとじこめられ、災害後の町では、暴行や略奪の二次被害も横行しているという。
災害対策にあてる予算はイラク戦費優先のために削られ、災害救助などに出動するはずだった州兵もイラクへ派遣されていて、救助活動の人員も不足。
カトリーナは自然災害であるが、ブッシュ政策が招いた人災の面もある。
ハリケーンは、自然の猛威をみせつけたと同時に、アメリカの貧富の差をみせつけたのだ。
アメリカは、お金持ちの国だけれど、世界の中でも貧富の差が激しい、格差の大きい国である。
「ジニ係数(ジニ指数)」という数値がある。数字が並ぶと、頭が混乱してしまう私には、うまく説明できないのだが、経済用語のなかで、最近注目を集めているので、ちゃんとわかっている人がいたら、教えてください。私が理解したのは、以下に略述した程度。
「国民所得配分の格差の程度をしめす数値」がジニ係数ということだが、私にわかった範囲でいうと、「ある国の国民の間の貧富の差がどれくらい広がっているかを数字でしめした値」
計算方法は私の頭ではさっぱり理解できないのだが、もし、社会に貧富の差がまったくないなら、ジニ係数はゼロ。数字が少ないほど、貧富の差が少ない、平等に近い社会である。
数値が低ければ低いほどいい、と言うわけではない。あまりに低すぎる、ゼロとか0.1という数値は、人為的政治的に富の配分を疎外しているにすぎない場合があり、人々は向上しようという意欲を失うことがある。
ジニ係数が 0.3の場合をみてみよう。富裕層が全体の2割を占め、この層だけで、国全体の富の5割を所有していることになる。つまり5人の国民で1万円を分けるとして、1人の金持ちが5千円を所有し、のこりの4人で5千円を配分することになる。
数値が0.5以上になると、格差が大きすぎ、ほんのひとにぎりの人が富を独占する状態となる。大多数の国民は、いくら努力しても向上する機会は極端に少なくなり、これまた、社会の停滞を生むことになる。
〜0.1 人為的な背景によって、平等が仕組まれていることがある
0.1〜0.2 相当平等だが、向上しようという意欲がみられなくなる心配も存在する。
0.2〜0.3 社会で一般にある通常の配分型。格差は、競争の中で向上しようという意欲を生む。
0.3〜0.4 少し格差が広がってくる。
0.4〜0.5 格差がきつい
0.5〜 ごく一部に富が占有され、大多数は生活を疎外される。
一概にはいえないが、ジニ係数が0.2〜0.3の社会が最も望ましい発展を遂げる可能性がある。
高度成長期とその直後は、「一億総中流」といわれた。みんな「自分たちは中流市民だ」と思っていた時期があった。この「中流意識」の裏付けとして、1960年代後半から70年代にかけて、日本のジニ係数があげられる。係数は0.2だった。
世界のなかで、もっとも貧富の差が少ない国だったと言ってよいだろう。もちろん日本のなかに、金持ちもいたし生活に苦しむ人もいたが、おおざっぱにジニ係数でみる限り、これほどの所得格差の小さい国は、産業革命以後ではまれなことだった。
一方、アメリカのジニ係数は、やや古い統計だが、2000年の係数は0.408(日本総研資料)である。
中国は、「(建て前)国民は平等」であるはずの社会主義体制をとっているが、経済開放により貧富の格差が広がり、1999年にアメリカのジニ係数とならんだ。中国も「貧富の格差が大きい」国のひとつである。<つづく>
09:17 | コメント (2) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/09 金
ニッポニアニッポン事情>ジニ係数と希望格差(2)サッチャー
高度経済成長期にジニ係数0.2という数値を示した日本は、現在急速に数値を上げている。すなわち、アメリカの数値に近づいている。
貧富の格差をしめすジニ係数のほか、国民の貧困度を知る数値がある。ある国の平均所得の半分の所得しか得ていない層がどれくらいの割合で存在するかを示す数値。
例えば、スウェーデンの貧困層は5%、フランスの貧困層は7%前後。これに対して、アメリカの貧困層は20%に達しようとしており、日本は、このアメリカの数値に近づいている。
上記の数値は人口比率であるので、世帯数による比率を補足すると。厚生労働省発表の2003年度世帯平均国民所得は579万7千円。
この約580万円より低い所得の世帯数は、全体の59.7%。つまり、全体の6割の世帯が平均以下。580万円の半分の所得290万以下しか得られなかった世帯数は全体の30%に達している。
1980年ごろまでは、最高所得階層と最低所得階層の所得格差は10倍以下だった。しかし、2002年の格差は168倍。2005年はおそらく200倍以上に開いているだろう。
希望格差社会とか、勝ち組負け組などと呼ばれる格差が、社会を大きく変えようとしている。貧困層の拡大とその固定化は、社会不安を生みだし、社会全体を不安定なものにしていく。
どんなに努力して働いてみても、今より良くなる見込みはなく、現在の境遇から抜け出すチャンスは少ない、こういうあきらめが社会の半数以上をしめたら、社会の活力は衰える。希望のない社会は、衰退の速度を速めつつ凋落する。
自分だけが勝ち、金持ちになれればいいと思っているうち、社会全体が衰弱してしまうことになる。そうなると国の健全な建設機能が失われてしまい、結局は国全体がだめになる。
アメリカが世界の中でも高いジニ係数であったのに、社会的な秩序や安定が、他の国に比べて悪い状態でなく保たれたのは、「アメリカンドリーム」の幻想がまだ根付いていたからだ。
努力をして、他の人より優れた面を発揮できれば、社会的に這い上がることができる、という夢を社会全体が持ち続けることができた。
しかし、21世紀になってはっきりしてきたことのひとつが、「社会階層の固定化」である。今後、アメリカは国内の「貧困層対策」を取らない限り、国内からのテロを誘発することになるだろう。
イギリスは、産業革命以来格差の大きい国である。「国民を差別化することを肯定する」国家であり、今も貴族制度を残している。
1979年以後のサッチャー政権は、疲弊した経済を活性化させるために、カンフル剤的な政策をとった。「小さな政府」および「市場メカニズムの活用」すなわち国営企業の民営化、金融制度改革などを行った。
政権が変わっても路線は続行され、ここ20年間の改革で、最悪時よりは経済が復興してきた。
対外的には、成功面ばかりが強調されてきたが、実は、国内にさらなる問題点が広がったことも、目が向けられるようになってきた。
社会保障の切り捨て、労働賃金の低水準固定などにより、改革による「痛み」は、底辺層へ押しつけられてきたのだ。
サッチャー路線の改革がもたらした最大の弊害は、貧富の格差の大幅な拡大と、それに伴う低所得者層の一層の困窮である。貧富の格差は、広がる一方だったのだ。
その結果、「はいあがることを拒否された層」「常に抑圧下におかれる層」も拡大していき、それが顕在化したのが、先日のテロに集約されるような、一部分の先鋭化であったとも言われている。
経済的に恵まれる見込みがない層や、社会的な抑圧を受け続けた層が、宗教派閥やナショナリズム右派と連結してアイデンティティを極端な形にとがらていく。テロによって社会に風穴をあける以外に、はけ口をもたないようになる。<つづく>
00:31 | コメント (2) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/10 土
ニッポニアニッポン事情>ジニ係数と希望格差(3)「豊かさ」指数
「国を守るために防衛力は必要だ」という論がある。現代に有効な防衛力とはどの」ようなものなのか。
20世紀のふたつの世界大戦にみられるような、近代国家による宣戦布告を伴う型の戦争の場合、武力を強化することが防衛力を高めることにつながった。しかし、20世紀型の戦争と防衛方法は、21世紀の今、意味を持たない。
21世紀の戦争は、核を使用した一瞬で全世界を殲滅させる戦争か、地域的テロが繰り返されるテロリズム戦争になる。
テロをふせぐには、武力をどれだけ増強しても、無意味である。アメリカの膨大な防衛軍事力が2001年9月11日のテロを防ぐことができなかったように、これからの時代に必要な防衛力とは、軍事力強化ではない。
特定の国とだけ関係を強化したり、やみくもに武力を増強することは、周辺との摩擦軋轢を生み、かえって懐疑や不安を高めるおそれがある。
国同士の信頼を広げる外交や草の根の友好、異なる文化を認め合い学び会う交流、そして、格差の解消。武力増強以外に有効な防衛策がいろいろある。
南北の格差、国ごとの貧富の格差、国内を分断する貧富の差。この格差を解消しない限り、金持ちがどんなセキュリティを自宅にはりめぐらせようと、国境や空港の警備を増強しようと、必ず、この次ぎ、さらにその次のテロが起る可能性を否定できない。
社会保障を伴わない自由競争社会、自己責任だけを強調する社会というのは、ジニ係数でいう0.4〜0.5の社会へと向かう。経済の法則でそうなる。ごく一部の人が富を独占し、大多数の生活がなりたたなくなる社会である。
少子化、人口減少などが懸念されているが、「年収と結婚出産の相関」の報道でみると、年収が少ないほど、結婚出産数が減ることがはっきり統計に出ている。
このまま二極分化がすすめば、21世紀中に「子どもを生んで育てるのは金持ちの特権」になるだろう。
富裕層のなかで、サラリーマン層は、夫証券会社勤務年収100億円妻専業主婦という家もあれば、夫外資系銀行勤務年収2千万円妻商社総合職年収1千万という30代の夫婦もある。
かれらは「勝ち組」と思っているのかもしれない。自分は2%の富裕層のなかに入っているからから大丈夫、と、安心している人もいることだろう。
しかし、98%の国民は、安心していられない。2極分化が進む結果、中間層が減少し、大部分の世帯はじりじりと貧困下していくことが、統計的に推定され、あなたの老後と子ども世代の底辺層転落は、ほぼ確実です、ご用心下さい。
我が家?うちはご用心なんかしなくても、最初から貧困層だから、心配いらないの。
国連による「人間の豊かさ」指数という調査がある。人間の生活の三つの本質的側面、すなわち、1)健康で長生きすること、2)よりよい生活のための知識を得られること、3)許容し得る生活水準を維持するのに必要な資金が手に入ること、この三つを測定するのである。
平均寿命や就学率、国内総生産などをもとに測定し、教育、健康医療などの分野で、人々が「豊かに生活できているかどうか」を測る。
世界でも豊かな国といわれている日本だが、2005年は世界の中で、11位のランクである。
90年代はじめには、トップクラスの国だった日本が、年ごとに「豊かさ」の指数をさげてきた。このまま下がり続けるかどうかはわからないが、ノルウェー、アイスランド、オーストラリア、カナダなどのトップクラスの国が、豊かさの水準を維持しているのに対して、日本がこの10年間でランクを下げ続けているいることは、特筆される。
貧富格差の広がりと、「豊かさ」測定ランクの低下は、連動しているように見える。<つづく>
00:28 | コメント (3) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/11 日
ニッポニアニッポン事情>ジニ係数と希望格差(4)明日へ
というわけで、現在の経済活動分析によれば、二極分化が進み国民10人のうちのひとりは、優雅な暮らしをし、2人はまずまず食べていくことはでき、7人は「どんなにがんばって働いても、明日への希望は生まれてこない」という生活になる、ということが見えてきた。
もちろん、お金だけが幸福の指数ではない。しかし、医療、老後の生活、子どもの教育、人生のすべての面で、持つ者と持たざるものが差別され、しかもその差別が固定化されていったとき、社会のなかに、根深い虚無と怨嗟が増殖してくる。
来年から看護師として働く姪は、複数の病院での実習を終え、友人との意見交換でどの病院への就職をめざすか考えている。さまざまなタイプの病院がある。
都内のある病院では、すでに二極分化対策を終えている。、健康保険対応の6人用大部屋入院病室は、全体で一室だけ(全部なくすと問題になるらしい)。
あとは、すべて高級ホテル並みの個室に改装をすませた。差額ベッド代も高級ホテル並み料金。一室一日3万5万はあたりまえ。
一日の差額ベッド代3万円。一ヶ月の入院費用として毎月医療費とは別に100万円以上を払える人は、高度だが保険適用は受けないという医療を受けて健康をとりもどし、払えない人は、先端医療を受けるチャンスもないままとしたら、あなたは、「払う能力のない自分であるが、お金だけが幸福ではない」と、あきらめられますか。
日本ではまだ承認されていないアメリカ開発の新薬を輸入するのに、毎月40万円支払っているという難病患者が「貯金も底をついた」とコメントを寄せている記事もあった。
高度な医療、先端的な治療は、保険適用外となったとき、金がない人は経済的な理由で治療をあきらめざるをえない。金の力で命の値段も変わるのだ。
病院経営的には、万人の健康を願うよりは、金持ちだけを相手に確実に治療費をとったほうが、ずっとよい経営状態になるのだそう。
医療だけではなく、教育もその他も、すべてが二極分化していくだろう。
現在でも貧乏な我が家は、ますますの貧困化をじっと我慢の子でいるべきでしょうか。それとも、数%の富裕層の仲間入りをすべく、「他をけ落とし、競争にうち勝つ子どもに育て」と、子どものシリを蹴飛ばすべきでしょうか。
この20年間、「自然を大切に」「仲間を思いやりなさい」などと教えてきて、どうやらうちの子も親に似て、金儲けには縁なさそうに育ってしまった。
金持ちでなければ、よい医療を受けられないという社会があるとき、自分たちだけはその高度な医療を受けられる階層に入るようになればいいと考えるより、よい医療を皆が受けられる世の中にしたほうがいいと、考える。
姪は、都内の病院での実習のほか、自主研修としてインドのマザーテレサの病院へも行ってきた。経験を積んだ後に「国境のない医師団」のような組織で働くことを希望している。
安定政権を維持し、人々を保守化させるには、どうしたらいいか、という課題に、ある政治家は、「建築業界と一体となって、持ち家をせっせと買わせることだ。たとえ30年のローンを抱えようと、持ち家が一軒あるだけで、人々は自分を資産家と思い、保守化する。勤労者に良質で適正な値段の賃貸住宅を供給するなんて、とんでもない。貸家では、人は保守化しない」と、答えたのだという。
なるほど、この政略は功を奏したのかもしれない。これほど格差拡大が目にみえており、年金健康保険、その他の社会保障の縮小も逼迫しているのに、「自分は富裕層にはけっして入ってはいないし、自分の子ども世代は今より劣悪な生活になる」と、心配している人は少ないみたい。みんな自分たちの現在と未来に満足しているのねぇ。
私は、30年来賃貸住宅に住んでいる。したがって、現在の行政に満足していない層となり、なんとか、弱者にやさしい行政にならないか、希望のある未来が作れないものだろうかと、一票のゆくえをあれこれと考える。
「支持政党なし」だから、選挙のたびに公約、マニフェストも読むし、候補者アンケートも読み比べる。
今日は投票日。もちろん、一票を大事に使います。こんな貧乏な家に生まれて育ったうちの子どもたちにも、明日への希望が生まれるように、「努力して働こう」という希望がもてる社会になるといいのですが。<おわり>
00:11 | コメント (8) | 編集 | ページのトップへ
2005/09/12 月
やちまた日記>踊る大選挙戦
11日、朝いちで投票をすませた。無党派なので、小選挙区と比例区では、異なる政党に一票を投じたが、結果は、事前の報道通りの与党圧勝。
お祭のようだった選挙戦。刺客だホリエモンだ、ワッショイワッショイと御輿をかついだり、踊る阿呆になって踊ったり踊らされたり。
おまつりのあとの政事(まつりごと)、これからどうなるのだろうか。
お祭と政事(まつりごと→政治)は、もともとは同じことば。収穫を感謝しこれからも豊壌であることを祈って神に食物やお酒をたてまつり、踊りや歌でもてなした。神と共に飲み踊り、生産の豊かなること、生活の安穏などを願った。
神に祈った生活の向上と安定を、現実の行いとして実行していくのが、「まつりごと」である。
これから4年間のまつりごとが、私たちの生活にどう関わってくるのか、よくなるのか、悪くなるのか。
今朝の新聞ヨンコマ漫画の未来予想。「勝ち組・負け組」の二極化から、「ボロ勝ち組・ボロ負け組」の二極化へ。ジャパニーズドリームを夢見ている人々、夢見るのは勝手だが、夢を見続けて終わりと揶揄し、ライオンヘア宰相も「眠から棺へ」と、勝ち誇っていました。ジャパニーズドリームを実現できた2%に対する、98%のボロ負け組は、このまま棺桶入りするしかなさそうです。
「先細りする暮らしと八方ふさがりの将来への閉塞感をうち破ってくれそうな、強力なリーダーシップを求める庶民」という図式は、70年以上前にも、そっくり同じ状況があったことを思い出す。
『広範な大衆に働きかけ、少数の論点に集中し、同一の事柄をたえずくり返し、反論しえない主張になるまで把握する』という方法を駆使した演説。具体的な政策は示さないまま、繰り返してひとつの事だけを言い続ける声高な演説に、人々は酔った。強力なリーダーシップが、自分たちの閉塞をうち破ると信じた。オペラが好きな独身のリーダーは、国民を思うがままに操り、人々は狂騒に踊った。疑問を感じた人々もいたけれど、批判を封じられ、、、、、。70年前の外国の話ですけど、なんだか身につまされて、、、、
11日の午後には、文化センター祭に参加。所属するジャズダンスサークルの発表がありました。センターを利用しているサークルの、活動発表の場です。
作品を展示している、手芸絵画写真山野草盆景など、参加団体の平均年齢は、60代から70代といったところ。平均年齢50代の私たちのサークルが「若手」なほう。
その「若手」たち、日頃の練習の成果を見せて、せいいっぱい踊りました。私は今回、新曲への参加はなく、何回か発表会で踊ってきた「エルポロンポンペロ」というスペインの曲と、ソーラン節。今回はちゃんと振付を覚えて、間違えないで踊れました。
打ち上げで、乾杯。それぞれの感想をのべあったあと、雑談。「10年後、20年後もダンスを続ける体力を維持していきたい」と皆、希望を持っている。
老後生活の話題がたくさん出た。アルツハイマーになった親の介護をしている人の体験談、90歳の義母がデイケアセンターに通所しているという人の話。
その中で、「親を老人ホームに入れたいという知り合いにつきあって、ホームを何軒も見て歩いた」という人が、見てきたホームの話をする。「貧富の差っていうのを、肌身に感じたければ、老人ホームを覗いてみるのが一番てっとり早いかもね。すごいよ、その違い。友人のひとりは、入居権利金数千万、介護と食費などの支払いが、一ヶ月36万円のところに入れた。36万は基本料金で、あといろいろかかるけど。ここは、個室もバストイレつき。共同利用の談話室娯楽室も充実している。でもね、見学しているうちに、心が寒々してきちゃって、年はとりたくないなあと思う施設もあった」
「今から心配しても仕方がないって言っているうちに、すぐだからね。みんな、健康に気をつけて、ダンスを続けて、体きたえていきましょうね」という決意で、おひらきとなった。
健康で元気に暮らしたいと願うのは、みんな同じ。でも、だれでもがいつでも健康でいるという保証はないし、事故や病気は予測できない。私も5月にころんで捻挫した。捻挫ではなく、骨折になるのか、寝たきりになるのか、先のことはわからない。
元気で働けるうちはなんとかがんばる。けれど、病気のとき、年をとって思うように動けなくなったときも安心していられる社会にしていくには、どうしたらいいのだろう。「眠から棺へ」にしないために、眠ったままではいられない。
13:16 |

2005/10/08 土
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(1)あはき法(按摩針灸)
弁慶や義経の説話、説教節や浄瑠璃節、各地を歩いて語り伝えたのが、琵琶法師、瞽女たち。かれらの多くは盲目であった。
目が不自由となった人々は、師匠をさがし、光を失ったかわりに鋭敏になった聴覚を生かして、琵琶や三味線を覚え、語りを暗記した。
村から村へと足を運び、常磐御前の物語、弁慶の物語を、寺社の縁起や観音御利益に結びつけながら語った。
「語り物」のほか、「按摩、針、灸」は、視覚障害の人達の仕事だった。ギルドの形で仕事を保持し、労働の場を作っていた。
江戸時代には「当道座」という目が見えない人達による組織があり、検校・別当・勾当・座頭などの官位名を与えられた。最高位の「検校」は社会的な地位も高かった。
現代、視覚障害者の方達が多くついている仕事のひとつに、この「按摩、針、灸」がある。
「あんま、はり、きゅう」を略して「あはき」と、呼ぶことも、視覚障害者のための朗読ボランティアを行うようになってから知った。
これまで、「あはき」の労働は、視覚障害者が優先的に仕事につける措置があった。
「あはき法=あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」という法律があったからだ。しかし、最近、「自由化」の名のもとに、晴眼者健常者も、「あはき」の仕事に参入してきた。「自由化」「民営化」が、「あはき」に影響してきたのだ。
あはき法第19条には、按摩針灸専門学校の新設や定員増につき抑制措置がとれる旨、明記されている。
しかし、現在は按摩針灸の仕事に晴眼者が多くなり、盲人が仕事を得ることが圧迫されている。
あんまマッサージ指圧師は、かつて6割が視覚障害者だった。今は28%、3割を切っている。はり師、きゅう師も、5割近かったのが今は22%以下。
視覚障害者の独立した職業としてこれまで安定していたが、自由化だからと、医療マッサージの免許を受けていなくても、カイロプラティツク、リフレクソロジー(足裏健康法)、クイックマッサージなどの店舗が設立許可されるようになった。健常者が簡単な講習を受けただけで、仕事ができるようになってきたのだ。
その結果、医学的に解剖学や病理学を学び、専門職としてマッサージの免許を得た視覚障害者の仕事が圧迫されてきた。
例をあげると、健康ランドでマッサージ師として働いていた視覚障害者が解雇されたり、契約延長を断られたりするなどがある。
視覚障害者であるから、という理由で解雇するのではない。マッサージ業務を縮小するから、という理由がつけられる。マッサージ師の仕事がなくなるので、これ以上雇い続ける余裕がない、などの理由である。
そのあと、業務成績が回復したからと、マッサージ部門が復活する。しかし、次ぎに雇用されるのは、健常者であり、障害者が復職できる機会は少ない。
雇う側からすると、同じ給与で働いてくれるなら、マッサージの他の仕事も頼めたりする健常者のほうが、使い勝手がいいという理由。
障害者の多くは、働く意欲を持ち、努力を重ねて専門技術を身につけている。しかし「健常者のほうが、使いやすい」という理由で職場から閉め出されたら、もう他に行くところがない。<つづく>
09:54 | コメント (13) | 編集 | ページのトップへ
2005/10/09 日
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(2)障害者自立支援法
私たちの生活について、憲法第25条に
『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』
と書かれている。
健康で文化的な生活を営むため、社会保障を要求することは、基本的な人間の権利であり、病気や障害、老齢のために生活していくことができないのなら、誰に遠慮することもなく、憲法25条が保障する「すべての生活部面について、社会福祉、社会保障」を国民のひとりとして要求することができる。
収入の道がたたれたとき、社会保障に頼る場合も多い。しかし、専門職として「あはき按摩針灸」の技を身につけた視覚障害者にとって、専門の技を生かして働くことは、単に収入の問題だけではない。
あはきの仕事を続けてきた方たちは、「ああ、楽になったありがとう」という施療を受けた人のことばを働く喜びとして受け止め、自分を社会に役立てることで生き甲斐を感じてきた。
「按摩の仕事がなくなったってそれがどうした、障害者なのだから、生活保護でももらったらいいじゃないか」と、言い放った政治家もいたという。
しかし、単純に「生活保護をもらったらいいじゃないか」で、すまされることではない。
利益誘導のみに敏感な政治家には、人の心がわからないのだろう。
「あはき」の仕事への圧迫に加えて、視覚障害者だけでなく、ハンディキャップを持つ人すべてにとって、みすごすことができない問題がでている。
前回の通常国会では時間切れとなって、障害者自立支援法が通過しなかった。今回、与党が三分の二を得て、おそらくこの法案が通過するだろう。
障害者自立支援法、という名であるが、障害者のヘルパー利用などに、自己負担を求める内容である。
ただでさえ、不自由な生活を送っている障害者にとって、これ以上の自己負担、これ以上の介護ヘルパー減少は、生きていくことを否定されるような、厳しい法案である。この法案、これからどうなるのだろう。<つづく>
00:07 | コメント (12) | 編集 | ページのトップへ
2005/10/10 月
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(3)介護の負担
先日の国会中継のニュースで、憲法問題について質問を受けた首相は「我が党が憲法を改定しようとしていることは、前々から言っていることなのだから、与党に民意が集まったということは、憲法改定をみとめてもらったということ」と、答弁していた。与党に投票した人たち、どのような改定案が出されているのか、認めたうえで投票したんでしょうか。
また、障害者自立支援法については「ある程度の収入をもっている人には自己負担してもらうという法案」と答弁していた。
「青い鳥chiruchiru77」さんからコメントをいただきました。
『 春庭さんのおっしゃる通りなのです。障害を持っていると、働きたいと思っていても雇ってくれる会社がないのです。障害が重ければ重いほど、どこも雇ってはくれません。収入の道が経たれ、年金だけが唯一なのです。ヘルパーさんを利用する時間帯も多いのです。
1割負担などされたら生きていく道を経たれる事と同じ事なのです。その事を政治家さんにはわかってもらえないのですね。もし、その政治家さん達ご自身が不自由な身体に成られた時、どう思われるのだろう。自分が作られた法律や決まり事に………。青い鳥 』
感性豊かな詩を書いて私たちに届けてくれる青い鳥さん、息子さんを立派に育て上げてきた年月も、これまでの歩みは険しく厳しい道のりであったことでしょう。一人暮らしの今も、たいへんなこともあるとお察しします。
やはり、今回の障害者自立支援法の成立に、固唾を呑む日々だと思います。
視覚障害をもちながら、明るくがんばっている阿子さんも、自立支援法のゆくえを案じているひとり。
阿子さんと私は、視覚障害者のための図書館朗読サービスを通じて友達になった。
阿子さんといっしょに出かけるとき、私がガイドヘルパーのかわりをする。私はガイドの講習を受けたわけでもないし、ボランティア保険にも入っていないので、不安もあるが、電車にのるときや、階段など、気をつけながら、なんとか案内をする。
阿子さんは、馴れている道のときは、白杖をたよりに一人で出かけることも多い。
馴れているつもりの道に物が置いてあったり、急に飛び出してきた自転車にぶつかったりで、怪我をしたこともある。
障害を持つ人にとって、ヘルパーさんをお願いしなければならない部分が、日常生活の中にたくさんある。
阿子さんは点字の読み書きはとても早い。しかし、印刷された請求書などが届いても気づかず、利息がついてしまったこともある。
視覚障害の不自由をヘルパーさんにカバーしてもらいながら、自立生活を保っている。
ガイドヘルパーは、はじめて出かける場所や、不慣れな道のときだけにしている。日常の生活介助ヘルパー依頼を優先しているから、外出のたびに頼むわけにはいかない。
今後、さらにヘルパー利用に自己負担が増えれば、外出のガイドヘルパーを頼むことなどますます難しくなり、家にひきこもることも増えるだろうと、阿子さんは言う。<つづく>
00:01 | コメント (10) | 編集 | ページのトップへ
2005/10/11 火
ニッポニアニッポン事情>あはき」と小選挙区(4)国会議員給与は年収4400万円
阿子さんは見えないながらも、料理洗濯などできる限りの家事は自分でやってきた。しかし、これまで生活介助のヘルパーさんにまかせていた「見えない目でこなすことが難しい家事」についても負担が増えるなら、今よりさらに不自由な生活となることだろう。
障害を持つ人の多くは、ぎりぎりの生活をしている。
「ある程度の収入の人は自己負担」というなら、その基準は「国会議員給与と同じ、年収4400万」にしたらどうか。
国会議員のように年収4400万円もの給与を得ている人なら、介護ヘルパー費用を負担をするのも仕方がないだろう。
ひとりの議員には、公務員給与+諸手当として、国税から1年間に4400万円が支払われる。さらに公設秘書手当として年間2000万円。一人の議員に対して、国民は税金から6400万円を支出しているのだ。そのほか、住まいとして議員会館があり、新幹線グリーン車乗り放題。
6400万円に相当する働きをしてもらいたい。この6400万円は国民のために働くための給与であって、ベンツを買ったり料亭へ行ったりしてはしゃぐためのお金ではない。
一般給与生活者、女性の平均給与は、2004年は年収額平均、273万6千円。月額にすると、22万8千円。男性平均は、月額45万円。どちらも、月収400万円の議員さんからみたら、ささやかなものだが、ことに女性は低い。
新人女性議員たち、ピンクスーツの井脇のおっちゃんも、エコノミストゆかりさんも、「私はほかの新人議員とは違いますから」のエラそうなさつき様も、国会より自分の料理講演会を優先したフジイ公孝夫人のカリスママキコ奥様も、自分が国税から年間6400万円を受けるようになったのは、女性たちが年収273万円のなかから、必死に税を納めた中からであることを忘れないでほしい。フジイさんち、夫婦ふたりして国税から貰う分、1年間に1億2千万円!
阿子さんは、衆議院選挙の結果に意気消沈していた。
障害者自立支援法の問題、年金や増税の問題、12月で派遣期限がきれる自衛隊イラク派遣問題、憲法問題、これからの生活や人生を左右する重要な問題がほとんど論議されることなく、郵政民営化だけが争点になった。刺客だ落下傘候補だとマスコミも浮かれて、これから4年間、「その気になれば、増税でも憲法改定でもなんでもやりたい放題」の三分の二の議席数を、与党が占めた。
カフェ日記でも、あちこちのブログでも、多くの人が増税年金憲法の問題について論じ、懸念を表明しているのを読んでいたのに、結局、選挙の票数となると、「改革か否か」だけを繰り返した劇場型選挙が勝つのか、民意とはそんなものなのか、と、がっかりした。
だが、与党大勝は「小選挙区制度」による選挙マジックの結果だった。<つづく>
00:11 |
2005/10/12 水
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(5)小選挙区制度マジック
三分の二の議席を得た与党。しかし、全国の有効投票数を比べると、与党合計得票数は野党合計得票より、100万票少ない得票なのだ。与党合計と野党合計得票はほぼ互角、どころか、野党合計のほうが多い。
小選挙区制度は、二大政党が確立している社会にとっては、公約、マニフェストなどを比べることによって、次の政権をまかせるのにふさわしい政党を選び取ることがたやすくなるという利点がある。
しかし、政権交代がむずかしい社会にあっては、小選挙区制度は、少数意見を切り捨て、大政党に有利な選挙制度となる。
今回ほど、小選挙区制の矛盾を感じたことはない。
100万票の差をもって、全国の有権者は与党に「ノー」と言った。しかし、それは議席数には反映されない。小選挙区制度では、少数派の声は、切り捨てられるからだ。
「小さな政府がよい」「公的な部分はできる限り小さくして、民間にまかせられる部分は民間へ」これらの内容を「改革!」と位置づけ、現政権は大議席を得た。
100万票多くの「NO!」を切り捨てての現政権であることを忘れずに、真の改革へ向かってほしい。
公社化した郵政よりはるかに大きな税金の無駄遣いとなっていた道路公団改革が、現在どうなっているのか、与党ははっきり現在の状態を国民の前に示したらどうだろうか。天下り役職者退職金など旧態依然で、あの「改革」のかけ声は一体何なのかと思う。
「小さな政府」となって、汚職や談合のもととなる資金の流れや、税金のムダ遣いなど、改革していくべきなのは当然だ。
しかし、やみくもな「改革」によるしわ寄せは、弱者にいく結果となることを、もっと知ってほしい。
自由化が、弱者切り捨てという結果になることは、欧米社会ですでにわかっていたこと。
しかも、先進国とみなされている国のなかで、日本は最も福祉予算の少ない国なのだ。
国内総生産(GDP)に対する障害者関連予算の比率は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、日本が最低である。経済が発達しているにもかかわらず、福祉には予算を使わないことが、数字の上でもはっきり出ている。
これまで日本が福祉にお金をかけないでも済んできたのは、家族による介護や障害者の援助、会社の終身雇用制による健康保険や年金への依存などがあったから。
家族のあり方も会社の終身雇用も変わっているのに、福祉の水準はあいかわわず、最低レベルのままだ。<つづく>
00:00 |
2005/10/13 木
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(6)番外編コメント返信
arigatocsm さんからのコメント(2005/10/12日記コメント)
『 明るいところがいっぱいあるのに、わずかに残っている暗い面ばかり見る人と、どんなに暗いなかにあっても、わずかな光を求めようとする人がいる。なにごとも欠点ばかりあげつらっては、うまくいくものもうまくいかない。
「人間は悲しいから泣くのではない。泣くからいっそう悲しくなる」との名言あり。
広く、広く、もっと広く。』
春庭返信
arigatocsmさん、コメントありがとうございます。ほんとうに、明るい部分もたくさんあります。
世界中の人口の三分の一は、毎日の水や食料も不足し、世界の子どもの半分は、生きていくのに必要な基礎的な学習の機会がありません。
それを思えば、日本では、飢えて死ぬ人は稀ですから、世界の中ではたいへん恵まれている社会ですね。
arigatocsmさんは、きっと毎日の生活の中で、明るいところをたくさん見つめて暮らしていらっしゃる方だと思います。うらやましい生き方。
奥様お子さま3人と仲良く暮らし、おいしいカニを食べに行くために、奥様との旅行も計画なさるなど、とても明るくステキなご家族です。
しあわせなご一家を築いてこられたarigatocsmさん、IDから察するに、いつも感謝の心を忘れないで明るく暮らしていらっしゃったのでしょうね。敬服します。
春庭の「いろいろあらーな」の文章、ほんとに暗いです。
世の中に、旅行どころか、台風から逃げようとしても逃げだすお金も車もなかった貧困階級の話とか、仕事を奪われた視覚障害者、などの暗い話ばかりしている私に、「もっと明るい面に目をむけなさい」と、コメントしていただき、恐縮しております。
「暗いなかにあっても、光をもとめようとする」とても大切なことです。
阿子さんたち視覚障害者も、視力を失ったときは文字通り真っ暗な世界に追いやられ、その中から、わずかな心の光を見いだし、経済的には恵まれなくとも心ゆたかに生きる努力を続けてきました。障害を持つ方たちから、学ぶところがたくさんあります。
しかしながら、真っ暗な中にわずかな光をたよりに生活してきた阿子さんたちが、今、悲鳴をあげているその声に耳をふさぐことは、難しいことです。
「泣くからいっそう悲しくなるんだよ。お金がないなら、障害者はじっと我慢して閉じこもっていればいいだけだよ。国の政治、欠点だけあげつらったらダメじゃないか。
お金はあるところには、ちゃんとあるんだから、あんたのところにないからって、泣いていることないよ。カニを食べに行く余裕をもって明るく暮らしている人もいるんだから、あんたの台所に、カニどころか明日の米もないからって、泣いてちゃだめよ」とは、とても言えません。
「わずかに残った明るい部分をも奪おうとする法案」を危惧し、弱い立場の人たちが少しでも明るい方へ向かっていけるよう、微力ながら、努力を続けたいと思っています。
広く広くもっと広く、多くの方が明るい生活をおくれるように、願っています。
アメリカ国民も「いかにうまくイラクから手をひくか」を考え始めたという撤兵問題、憲法問題、市民が集会をもって話し合うことまで規制されかねない「共謀罪」法案、さまざまな問題に「欠点をあげつらうばかりではうまくいかない」というarigatocsmさんのことばを胸に刻んで、しっかりと考え続けていきたいです。
コメントありがとうございました。<つづく>
00:00 |
2005/10/14 金
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(7)番外編コメント返信
掲示板コメントへの返信を、日記に再録します。
mi1711it 「人生はユリカゴから〜!!!!!」(2005/10/10 カフェ掲示板コメントより)
『 人生はユリカゴからユリカゴまでといわれます。はじめのユリカゴは親、国が予防し、成長させてくれます。終わりのユリカゴはいかがでしょうか?、子供をはじめ、多く人に介護を長期受けるようでは、いけません。予防を自分で行い、おわりのユリカゴの介護期間を短くしましょう』
春庭より返信コメント
『コメントありがとうございます。
どんな人生をおくってきた方でも、「長いこと寝たきりの晩年をすごしたい」とか、「介護を長期間たくさんの人に受けよう」と思って老齢となる人もいないし、障害をもつようになることを願って暮らしている人もいないでしょう。
皆、健康で最後まで生き生きとすごし、最後は安らかに旅立ちたちと願っていると思います。しかし、人生はままならず、寝たきりになってしまう人もいるし、思いも寄らぬ障害を負うこともあります。
mi1711itさんは、インシュリンによって毎日の生活を「一病息災」にておすごしなのですね。自己管理によって、じょうずに病気とおつきあいされていらっしゃるようす、感服します。
加齢によって骨折しやすくなることや、生活習慣病などを予防していくこと、大切ですよね。同感です。
私も、毎日の食事に気をつけ、運動を続けて、健康生活を心がけています。
でも、若い頃から健康に留意し、病気予防していても、障害を負うこともあるし、老齢が思わぬ病気や怪我を招くこともあり、そうなった場合の人のことを考えていくのも、今、なんとか日常生活をすごせていける者の役目ではないでしょうか。
皆が健康でいたいし、病気を持つにしても、mi1711itさんのように、注射や薬を利用しながらも、日常生活に支障なく過ごせていくことを望んでいるのです。
mi1711itさんは、インシュリンによってそれが可能になりました。私は近視乱視に加え老眼もありますが、眼鏡があれば、なんとか日常生活に支障なく見ることができます。子どものときから、耳の聞こえが悪いので、まもなく補聴器も必要になるでしょう。
インシュリンは、健康保険でカバーできると思います。私の母も患っていました。
私の眼鏡は、レンズ度数が強いため高いレンズを購入するしかありませんが、せめてフレームは安いもので間に合わせ、なんとか自力で購入してきました。
しかし、障害の程度により、自立が難しい方もおられます。
私の友人、阿子さんも、子どものころ病気のために失明しました。阿子さんが病気になったのは、予防をしていなかったからでもないし、健康に気をつけていなかったからでもありません。
私は眼鏡で視力をカバーできます。阿子さんも、私の眼鏡にあたる分のカバーを受ける必要があると思うのです。私の眼鏡にあたる部分、朗読ヘルパー、ガイドヘルパー、日常生活介助ヘルパー、さまざまな助けが必要となります。パソコンは視覚障害を持つ人にも大切なコミュニケーションの道具ですが、音声対応仕様のものが必要です。
阿子さんは実に心が温かく、賢い人です。眼鏡にあたる助けがあれば、すぐれた能力を発揮できます。現在、ヘルプが不足しているけれども、バリアフリー演劇鑑賞のための音声ガイドを監修したり、心身障害者のための演劇鑑賞会を支援したり、さまざまな活動を行っています。
世の中の近眼の人老眼の人、想像してみてください。自立支援眼鏡利用法という法律ができたとします。「あなたの眼鏡を利用するには、物を見るごとに、1時間につき千円お金を払いなさい。ただし、国が補助してあげますから、あなたの負担は1割。1時間につきたった百円でいいのです。ありがたく思いなさい」ということになったら、どうなるでしょう。
寝ている間以外は眼鏡を必要としているなら、一日16時間、1600円は眼鏡利用費を支払わなければなりません。一ヶ月で5万の負担になるとしたら、、、、。
そのくらいの負担はかまわない、眼鏡無しで過ごすことを考えれば安いもんだ、という方もいらっしゃるでしょうが、私にとって、5万円の負担は厳しいです。
今、障害を持つ人になされようとしているのは、「国の福祉費用は貧弱だから、障害者が介護ヘルパーを頼みたいなら、お金を負担しなさい」という法律なのです。
mi1711itさんの『おわりのユリカゴの介護期間を短くしましょう』というコメントは、健康に留意し、予防をすることが大事だよと述べていらっしゃる有意義なものと思います。
もちろん、私も健康に気をつけていきたいです。
ただ、どうしても避けられない加齢老齢による不自由さや、病気や怪我による障害、生まれたときからの障害を持っている方々に、できる限り不自由のない生活をおくってほしいと願っている私たちにとって、現状はあまりに厳しく、「健康で文化的な生活」をおくることからほど遠いということにも、お心にとめていただければ、ありがたく存じます。
春庭は、掲示板に書き込みがあった日に、以上のような返信を書きました。
しかし、mi1711itさんは、返信コメントを読まない方らしく、まったく同じコメントを10/12に再度、掲示板に投稿なさいました。
どうやら、春庭の日記を読んでのコメントではないようです。この日記の文章も読んではいただけないでしょうね。
この方の別のHPを訪ねたら、健康食品を売る会社に関わっている人でした。OCNカフェでは直接に商品宣伝の記入をすることは禁じられているので、「健康に関して」ということで、掲示板に書き込みをなさったみたい。
「健康」に関わるサークルを設け、サークルメンバーに自社製品を売り、しばらくすると退会して新しいIDになって、新会員として活動再開。
私も本家HPを訪問するまでは、新IDなので、新入会かと思っていました。「腸に善玉菌を」という足跡コメントは以前のものと変わりばえしてないから、同じ方と気づきました。
私も健康には注意していきたいですし、健康食品のサイトを見ることもあります。
しかし、カフェのコミュニケーションは、商売とは関わりなく、自分の思いや考えと述べたり、意見を交換したりという場にしたいと思っています。今のところ、御社の健康食品を購入する気持ちはありません。販促のお役にたてなくて、ごめんなさいね。<つづく>
00:17 |
2005/10/15 土
ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(8)おわりに
人は、みな、健康に人生をすごしたい。文化的な生活をおくり、生き甲斐をもって暮らしていきたい。
そのささやかな望みも断たれてしまうことを危惧して、このシリーズを書いてきたが、わかっていただけないこともあるし、考え方が違う、とおっしゃる方もいらっしゃると思う。
阿子さんは、視覚障害者が健常者と共に演劇を楽しむための、「バリアフリー観劇」の活動を続けているが、「介護費用自己負担ができないような貧乏障害者は、家にとじこもっていなさいという、政府の方針なんでしょうか」と、今後の活動を懸念している。
せめて、阿子さんがたったひとつ心の灯火にしている観劇を続けていけるよう願い、演劇によってうるおいと喜びがもたらされる生活を今後も奪われないよう祈るのみ。
財源を確保するべきところ、税をとるべきところ、有り余るお金を持っているところはたくさんある。そういう財源は「料亭へいきたい」とか「ベンツ買う」費用にするためか、とっておいて、庶民のなけなしの稼ぎのなかから、取りやすいところから搾り取るような徴税をする。
私たちは、まっとうに働き、まっとうに使い、日々をつましく生きていきたいと願っているのに。障害者はさらにも仕事を奪われ、「弱者はひっこんでろ」と、追い立てられていくのみである。
今期、私は再び減収となった。
国立大学が法人化し、自主自営の経営となって経費削減につとめている。人件費も大幅縮減となった。
人件費節約の対象となるのは、身分を保障された常勤職ではない。私のような、健康保険も失業保険も厚生年金もない、身分保障のない1年契約の非常勤講師である。
授業料を確保するために、学生の人数は減らさず、授業コマ数だけ減らしていくから、数年前に比べ、クラス人数が倍になった授業もある。少人数制によって、効果的な授業を行いたい語学授業も、講師をどんどん減らしている。
身分保障のある常勤の場合はどうか。たとえば私の出講先大学のある教授は、セクハラ事件を起こして1年間自宅謹慎となった。身分が保障されているから、休んでいる1年間も給料は払われ、謹慎期間がおわったら、何事もなく復帰した。
非常勤講師は、人件費削減となると、真っ先に切られてしまう。
よい授業をしようと工夫をし、学生の期末アンケートでも「このクラスで学べてよかった」と、感想をもらってきた。
だが、そんなことは何の関係もない。非常勤講師は、紙切れ一枚で、契約は打ち切りとなり、次期の授業はできなくなる。
というわけで、このシリーズ、ますます貧乏になる自分自身の愚痴話で終了となります。ちょっと情けない終わり方ではありますが、現実はこんなもの。泣き!
00:00 |
2005/10/23 日
ニッポニアニッポン事情>コメント返信・障害者自立支援法(1)問題点がてんこもり
投稿者:k*****2005 (2005 10/23 7:27)
障害者自立支援法、もっと教えてください。
というコメントをいただきました。
検索(サーチ)機能を使って、「障害者自立支援法」を検索すると、約770000 ものサイトが見つかります。こんなにあったのでは、いったいどのように必要な情報を選んだらいいのか、迷いますよね。
Google検索で一番上に出るのは、厚生労働省の「障害者自立支援法案について」「障害者自立法案の概要」ですが、これを読んでも、問題点はわかりません。
自立支援法案のどこが問題で、なぜ、障害者は、この法案の成立を憤っているのか、問題点を見つけるためには、いくつかのサイトを見比べる必要がありますが、Luckyさんが、春庭掲示板に投稿して教えてくださったサイトを紹介します。
弱者の問題に積極的に発言してきた社会学者、立岩真也さんが運営しているHPです。
とてもわかりやすく、この法案の問題点について解説してあるので、参考にしてください。
「障害者自立支援法案は、問題点がてんこもり」というページです。
http://www.j-il.jp/jil.files/daikoudou/siryou/ronten.html
「障害者自立支援法、最初っからやり直すべし」というページはこちら。
http://www.arsvi.com/0ds/200502.htm
障害者自立支援の基本理念はどうあるべきなのか、という問題について春庭は、カフェ日記「いろいろあらーな」2005/10/14(金)に、「ニッポニアニッポン事情>「あはき」と小選挙区(7)番外編コメント返信」として、書き込みました。お読みいただければ幸いです。
要点をくりかえすと、「眼鏡をかけている人、(自分の問題として)想像してください。『自立支援眼鏡利用法』という法律ができて、眼鏡を利用している人は、1時間につき1000円の利用費が必要。国がその利用費のうち、9割を出してやる。眼鏡をかけている人、あなたの負担は1割でいいんです。一日に約1600円負担しなさい。一ヶ月に5万円の負担で、老眼の人、近眼の人、視力をカバーするのに必要な眼鏡が利用できます』
このような法律ができたら、あなたは、「ああ、国が9割も負担してくれるんだ、ありがたいなあ。眼鏡をかけて視力をカバーするために、1ヶ月5万円の負担ですむ」と、喜びますか?」
このような「たとえ話」を、10月14日に書きました。
障害者が必要な援助を受けるために、一部費用負担を求めていくという「自立支援法」は、このような法律を骨子としています。
友人の視力障害者、阿子さんから、「緊急」と題したメールが届きました。
音声対応コンピュータ利用で、時々メールをくれる阿子さん。小学校2年生のとき完全に失明したのだけれど、小学校1年生でならったひらがなを覚えていて、上手に書くことができます。でも、自分の書いたひらがなを、今は見ることはできません。普段の読み書きは点字でしています。
阿子さんは、メール内容を多くの人に知ってもらうことを望んでいるので、転載させていただきます。障害者自立支援法の応分負担審議に対してのメールです(2005/10/21 22:55受信)
==================
こんにちわ、阿子です。
私たちは国会要請や傍聴行動をしてます。
政府(内閣府や自民公明)に反対メールを送っています。
はるさんもぜひ、メールを送ってください。おねがいします。
<つづく>
10:42 | コメント (6) | 編集 | ページのトップへ
2005/10/24 月
ニッポニアニッポン事情>障害者自立支援法(2)友からのメール
(視覚障害者、阿子さんからのメールつづき)
今日、厚労委傍聴に行きました。(春庭注:厚労委=国会厚生労働委員会)
そこで、大臣が、「障害者を持つ家族には税金の優遇措置という、特典が有ります。」
こんな答弁をしました。
「優遇」というのもきにいりませんが、「特典」なんて言い方はぜったいに許せません。
こんなになにもわかってない大臣に政府に私のこれからを、未来を決められるのは、我慢ができません。
来週も国会行動に参加します。怒りをこめて参加しましょう。
はるさんにも聞いてほしくて。無理だとは思うけど、月曜抗議運動にこれたら来てね。
==================
阿子さんが現在抗議しているのは「障害者自立支援法」の応益負担導入に対して。
応益負担金制度が導入された場合、次のように変わる。
(以下の数字は、与党が提示している試算による)
負担の一例として、ホームヘルプを一ヶ月125時間(1日に5時間、週6日間)利用する場合を示すと。
これまでの負担から、自立支援法施行後の負担金額がどれくらい変わるか。
年収500万円の人、3300円→22000円
収入が障害基礎年金1級のみ(月83000円年収996000円)0円→12300円
収入が障害基礎年金2級のみ(月66000円年収792000円)0円→ 7500円
まず、障害を抱えながらも、年収500万円を得ている人、ごくわずかだと思うが、そういう方がいるとしても、障害をカバーするために、さまざまな面で支出を余儀なくされ、障害がない人が年収500万円を得ている場合以上に、生活は厳しいと思われる。
負担は3300円から22000円と7倍近く跳ね上がる。年収に対する負担総額の割合は5%になる。
年収500万円あっても、たいへんとは思うが、多くの障害者に働く場がなく、福祉作業所などの働く場があっても、年収(月収ではない)が、20万円に満たない場合が多い。
障害基礎年金がたよりの方の場合、1級障害基礎年金月額8万3千円の中から、家賃光熱費、食費を払い、日常生活に最低限必要なヘルプを受けるのに、12300円の負担をするのも、とても厳しい状況となる。 年収約百万円に対する負担額の割合は、なんと15%の15万円になる。これでは、生活していけない、と障害者が悲鳴をあげるのも、わかる。
視覚障害の阿子さんが受けている家事型介助、身体が不自由な方が受けている介護型介助、介助の性格はことなるが、どちらも、生きていくための最低限必要なものだ。
身体が不自由な人がおふろに入る介護をしてもらったり、目が見えない人が点字以外の請求書などの文字を読んで貰ったり。
不自由な面をカバーして少しでも「普通の生活」を送ろうとすることは、特典でも優遇でもない。カバーできて当然のことだ。
こんな「人間らしく生きていくのに欠かせないこと」をこなすために、年収の15%を払うと、食べる分も光熱費もこと欠くようになる。
障害者自立支援法案について、chiruchiru77(青い鳥)さんからbbsにコメントをいただいた。(2005-10-23 11:50:53 投稿)
『なぜ、障害者自身が、この法案に胸を痛め、頭を悩まさなければならないのかと言うと、障害が重たくなればなるほど負担額が大きくなっていくからです。
障害が重い人は働きたくても雇ってくれる会社がありません。
収入と言えば障害基礎年金だけなのです。その年金も月額約8万円です。
私の例をあげて見ますね。その方がわかりやすいと思いますから。
私は脳性小児麻痺の重度障害1級です。身体全体が不自由なんですけど、手が特に悪いです。となると自分の事が出来ないですよ、洋服を着替えたり、お風呂に入ったり、身だしなみをするのが困難なのです。となるとヘルパーさんにお願いするしかないのです。私のように一人暮らしで障害の重いと、いっそう困るのです。収入は障害基礎年金だけです。
その中から家賃3万5千円を払います。手が悪いとどうしても電化製品に頼る為、電気、ガス、水道、電話などの必要経費が多くなります。3万5〜6千位払います。後残りは1万円です。この1万円が1ヶ月の生活費なのです。今はまだ一割負担になっていないからヘルパーさんに来てもらっていますが、私は月曜日から土曜まで3時間お願いしています。
これの一割負担となるといくらになるのでしょうね。どこからこの一割負担を支払えばよいのでしょうね。払えないとなればヘルパーさんに来てもらえません。お風呂にいれてもらったり、洗濯や掃除をしてもらったり食事を作ってもらったりしなければ生きてゆけないのです。だから皆が躍起になっているのです。私の説明でわかっていただけたでしょうか?青い鳥 』
<つづく>
09:16 |
2005/10/25 火
ニッポニアニッポン事情>障害者自立支援法(3)障害者の自立をはばむ法
視力障害者の阿子さんは、9月の選挙前、全国紙の社会面囲みコラムに登場した。
「おかあさん、見て見て、阿子さんが新聞に載ってる」と子どもが指さすコラムのなかで、阿子さんは、ご主人との生活の年収を打ち明け、障害者にとって、応益負担が導入されると、どれほどの打撃となるかということをインタビューに答えて語っていた。
阿子さんは、弱視者のご主人と結婚。ご主人は働く場を持っているから、仕事を得たくても得られない障害者の多くの方よりは恵まれている。しかし、恵まれている方の阿子さんご夫婦でも、年収は夫婦合わせて300万円前後。
そのなかから、住宅家賃光熱費、交通通信費などを払っていった場合、食費二人分をやりくりするのがたいへんな月もある。
ヘルパーさんに来てもらい、全盲の阿子さんにはできない家事ヘルプなどをやってもらった場合に、一ヶ月15000円〜20000円の負担はとてもきつい。
障害基礎年金1ヶ月8万円のなかから、12300円の負担金を捻出することがどれほど厳しいことことであるのか、為政者はわかっているのだろうか。
数字を見れば一目瞭然であるが、これは、完全に逆累進制になっている。障害の重い人、年収の少ない人ほど負担が重い。年収500万円の人の負担率は5%、年収100万円の人の負担率は15%、こんなおかしなことがあるだろうか。
非常に厳しい状況のなかで、阿子さんはバリアフリー観劇、青い鳥さんは詩やエッセイ執筆というすばらしい世界を自分の中に広げている。しかし、応益負担制度がはじまれば、心の世界をひろげる機会さえ狭まってしまうかもしれない。
重複障害のある方、重度障害のある方、それぞれの障害に応じてカバーを受けるべきであり、それぞれが健康で文化的な生活ができるよう、生き方を求めていくことは、憲法が保障するところ。
thumugiさんからもコメントをいただいた。(2005 10/23 23:27)
『 「障害者自立支援法案」は障害者を自立させないようにする法案なのでしょうか?いったい何を支援するんでしょうか?』
つむぎさんが指摘しているように、この法案は、障害者の自立をはばみ、動けなくする法案であるとしか、思えない。
ほんとうに、動けなくなったら、どう扱われるか。
重度障害で、自己表現もままならず、寝たきりでいる方に対して、某都知事は「ああいう人にも生きている意味があるのか」と発言したことがある。
為政者とは、障害に負けずに生き生きと活動する人を動けなくし、動けなくなったときには「生きている価値のない人」と烙印を押す係りなのだろう。
重度の障害をもちながら懸命に生き、毎日すごしている方たち、寝たままで話すことも自己表現もできない人も、「命の尊さを私たちに教えてくれる」という大仕事を身をもって毎日こなしている。
「閉経して子を生む能力のなくなったババアに、生きている価値はない」と発言したこともある某都知事より、よほど大きな仕事をしている存在だと、私はその命の尊さを仰ぎ見る。<つづく>
17:35 | コメント (2) | 編集 | ページのトップへ
2005/10/26 水
ニッポニアニッポン事情>障害者自立支援法(4)税の無駄遣い
さまざまな状態の、あらゆる存在を受け入れ、命を尊ぶことが、「人がこの世に命を受け、寿命まで生き抜くこと」の基本であると、私は信じている。
障害を持つ人を切り捨てることにつながる法律が、この国の国民が選んだ与党議員、三分の二の圧倒的多数によって可決された。現在審議されている「応益負担導入」も、多数の論理の前に、可決されてしまうだろう。
障害者切り捨て、医療と介護での弱者切り捨て、次は、、、
次々に「貧乏な人は生きていなくてよい」という法律が可決していくのだろうか。
一生懸命にできる限りのことをして地道に働いてきたが、ますます生活は逼迫し、ゆとりがなくなっていく。親譲りの資産もなく、ギャンブルのような投資で成功する才覚もない者は、貧苦の中で滅んでいくしかないのか。
この国の財政が危機的状況であることは、わかっている。現総理のもとで内閣が誕生した4年前に比べても、現在の「国の借金財政」は増え続けている。現内閣は、国をいっそうの「借金まみれ」にしたのだ。
それに対して、国会議員の「圧倒的優遇年金」を改めていこうという動きはようやく始まったところだし、手つかずのままの税の無駄遣いも多い。
国と地方では、財政も異なるが、使わなくてもいい税金を、市の事業に使わざるを得なくなった例を紹介する。
今年、私の妹が関わっている市委託のファミリーサポート事業で、文具コンピュータなど必要な備品を購入することになった。
業者に見積もりを出してもらい、もっとも適切な値段を示している業者を指名して購入しようとしたが、できなかった。
これまで市の備品を扱ってきた大手業者が、安い値段で納入しようとした業者に圧力をかけのだ。安い値段を提示した業者は、見積もりを取り下げてしまい、市の斡旋により、高い値段の大手業者から買わざるを得なくなった。
市から委託を受けたNPOの事業であるから、備品購入にも市からの補助がでる。税金を使わせてもらうのだからこそ、少しでも適切な価格で納入してくれる業者を選びたいと、業者の資料を集め、見積もりを出させた妹たちの苦心は、水のアワとなった。
「いくらかかろうと自分の腹が痛むわけではない。税金を使うのだから、自分たちに都合のいい業者を選びたい」という市側の意向が優先されたのだ。
小さな町のちいさな事業にさえ、このような「わざわざ高い値段で買わなければならない」という無駄遣いがあるのだから、公共事業などでは、もっと大がかりに税の無駄遣いがあるのだろう。<つづく>
00:02 |
2005/10/27 木
ニッポニアニッポン事情>障害者自立支援法(5)地の小塩
構造的に出来上がっている既得権益を優先し、良心的な人は蹴落とされる社会の仕組みがこの先も続くのだろうか。
そういう既得権益構造を壊すために、道路公団民営化などが始まったのだと思うのだけれど、いったん出来上がった権益の仕組みをこわすのは、容易ではない。
この「自分が儲かる仕組み」の中に組み込まれている人は、現状を維持したいだろう。しかし、私は「儲からない側」にいるんだし、このまま「貧乏人は消えろ」と言われても消えていきたくもないので、声を上げ続けようと思う。
10/22夜、ローカルテレビの再放送で「大塩平八郎の乱」を見た。
江戸幕府の役人だった大塩平八郎。
大阪の幕府役人と金融業者が結託した不正に声をあげ、天保大飢饉の貧苦にあえぐ民を守ろうと立ち上がった。
大塩は役人を引退して私塾を開き、自分の蔵書を売ったお金を貧民救済にあてるなどしたが、ひとりの力で困窮した民を救うには限界があった。
豪商と大阪町奉行(老中水野忠邦の弟)は、食べるものに事欠く民衆を顧みず、結託して米を独占した。豪商は買い占めで儲かり、豪勢な暮らしを続ける。奉行は賄賂を貰って儲かり、出世を願って江戸の覚え目出たくなることだけ行う。
大塩は一揆(反乱)を決意した。
大塩に心を寄せる門弟も多かったが、反乱の罪を負うことをためらった門弟のひとりが、密告した。大塩は一族もろとも死ぬことになり、いっしょに立ち上がろうとした門弟の多くが磔(はりつけ)の刑に処せられた。1837年のこと。
大塩平八郎個人は、幕府の腐敗と対決する前に命を奪われたが、彼の起こした行動は、語り伝えられた。大塩の書いた檄文はひそかに写されて広まり、30年の後、幕末の変革意識を呼び起こすひとすじの光となった。
大塩は「地の塩」であり、「世の光」であった。
よらば大樹、長いものには巻かれろ、と、思うのもひとつの考え方。自分は不自由していないから、他の人のことは関係ない、というのもひとつの生き方。人は、それぞれ自分の考え方に従って生きればよい。
でも、私には私の思いがある。
大塩平八郎のようにはいかなくても、私は、地の「小塩」ほどではありたい。ひとつぶの麦、草の根の声として、ささやかな生き方を続けていきます。
小さな声だろうけれど、未来へ伝えたい。未来が存続するかどうかもわからないが、すでに私は「地の小塩」である。
2千年も前に、はりつけの刑に処せられた人(イエス)が語ったことばがある。「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」
巷間広まった「地の塩であれ」ではない。彼が言ったのは「地の塩である」。
すでに、塩として存在しているのだ。
と、いっても、磔の刑を受ける気はないけどね。ま、むち打ちの刑くらいは受けることになりそうだ。
私は弱虫だから、じっと刑に耐えるなんてカッコいいことできなくて、すぐに叫ぶだろう。
じょ、女王様、痛いです!!
「痛みに耐えて改革を」と、ぶち上げた人たちは、少しも痛みを負うことはしない。痛みは弱い者たちに負わされる。
痛いときは「痛い!」と叫ぼう!
<おわり>
00:05 |

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