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話しことばの通い路
Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies
HAL-niwa workshop2
ポカポカ春庭のニッポニアニッポン言語文化研究

ニッポニアニッポン語2005年2月d
  
ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語 日本語生々流転2005年2月d

日付 タイトル
2005/02/12 新語・新用法の生成
02/15 対象をしめす「が」と「を」
02/22〜02/26 生きていることばだからこそ変化する@」
2005/02/12 (土)09:12 編集
ニッポニアニッポン語>新語・新用法の生成

 子どもは、赤ん坊のときから周囲のことばを耳にし、しだいに母語を獲得していく。子どもの「ことば獲得過程」を観察するのは、本当に面白い。
 大人のいうことをそっくり真似したり、同じように言っているつもりで間違えたり。

 やわらかい→やらわかい、エレベーター→エベレーターのような発音しにくい語の言い間違いのほか、過剰適用と呼ばれるまちがいがよく起こる。
 ことばに規則があることを発見した子どもが、見つけ出した規則を過剰に適用していくのだ。

a****さんの投稿
 『まだ就学前のこと。夏の夕方、浴衣に下駄を履いて、両親と姉と散歩に出た帰り道、劣化したコンクリート舗装の道でつまずいて転んだことがあります。『大丈夫?』と声をかけられて何と答えてよいかわからず『だいじょばん(・・ばない』と答えました。皆大笑いでした。爪先と膝を打って痛かったので、とっさのことに「形容詞+否定語」を発したのでした。
「ちがくない」「きれーくない」を見ていて思い出しました。。。 投稿者:a**** (2005 2/10 0:50)

 この投稿に書かれているように、子どもは母語獲得の過程でことばの規則を発見し、さまざまに応用していく。
 行く→いかん、食べる→たべん、という否定の表現を覚えたら、さっそく応用する。
 だいじょぶ→だいじょばん(だいじょぶない)
 子どもの「だいじょばん」に、周りの大人たちは大笑いし、子どもは「だいじょばん」と言ったのでは間違いらしいと気づく。そして、周囲の人々は「だいじょうぶではない」「だいじょうぶじゃない」という言い方をしていることを学ぶ。
 
 しかし、ある程度のまとまった層が「たいじょばん」とか「たいじょぶくない」と皆で表現し出したとき、変化が起こる。
 だいじょうぶナ(ナ形容詞、国文法の形容動詞)をイ形容詞として、「だいじょぶイ、だいじょぶくない」という言い方をする人たちがでてきているし、チョキの形の指2本、Vマークとともに「だいじょV」というのもある。

 発音の変化や文法規則の変化は、あっという間に広まっていく。たいていは、「言いやすいほう」「簡単なほう」へと変わっていく。また、「既成の規則を他の語にも応用する」ほうへ向かう。

 たとえば、赤→赤い、青→青いという規則を、昔の人は、黄色→きいろい、茶色→ちゃいろい、と過剰に適用した。その結果、現在、ちゃいろい、きいろいは、形容詞として成立している。「まっしろ」「まっくろ」に対する「まっきいろ」もある。

 さらに、子どもは、緑→みどりい、紫→むらさきい、と応用する。
 留学生から「青は青いになるのに、紫はなぜ紫いと言ってはいけないのか」という質問が出たとき「今は、まだ名詞の紫だけ。形容詞の紫いはありません。紫いセーターと言わずに、紫のセーターといってください」と、答えている。

 しかし、「黄色→きいろい」が成立したあと、「紫→むらさきい」が、誤用とされる根拠は、今のところ「紫い」は、成立していない、というだけであって、皆がつかえば、成立する。
 「みどりい」「むらさきい」は、現在のところ認められていないのであって、将来は色彩形容詞として定着すると思う。
 外来語にも適用されて、ぴんくい、オレンジい、まで出現するかどうか、ウォッチング。

 色彩語として、ピンクのかわりに桃色、オレンジのかわりに橙色を使用する人は、若い世代にはほとんどいない。ぴんく、おれんじを外来語意識を感じない幼児のうちから使用している。

 「正しい日本語」とは、「現在広く使われ、共同体の精神的基盤・共通財産として理解しあえる表現」「現在のところ、大多数の人に不快な感情を与えずに伝達できる表現」にすぎない。

 「まっか」に対する「まっぴんく」を不快とは思わず、当然の表現として使う層が広がれば、「まっぴんく」が成立する。
 「むらさきい」「だいじょV」なんて、変!と、現在のところ感じる人がいても、将来の変化を憤ることはできない。<おわり>

2005/02/15(火)09:03 編集
ニッポニアニッポン語>対象をしめす「が」と「を」

 私は、省略語や新語、流行語のチェックも言葉を教える教師の「職業訓練」のひとつとして続けており、新しい表現を耳にしたとき、いつも「おもしろ〜い」と思って受けとめるのだが、自分が使うとなると、なじんだ古い言い回しのほうを口にするほうが多い。

 たとえば、「明日のサッカー試合が見たい」「明日のサッカー試合を見たい」、あなたはどっち?
 私は、まだ「が」を使っているが、若い世代には「を」が広がっている。
  動詞に「〜たい」をつけた欲求希望の表現で、助詞の変化が起きている。

 これまでの規範的日本語では、「水が飲みたい」「テレビが見たい」というように、「〜たい」という表現で欲求を表わすとき、対象を示すことばにつく助詞は「が」だった。

 しかし、この「が」が、「を」に変わりつつある。「水を飲みたい」「テレビを見たい」というように、助詞が「を」になる表現は、新聞雑誌などの文章中でもよく見るようになった。
 探し出せば、「ほら、明治の文豪でも対象語にヲをつかっている」という用例がみつかるだろう。

 「きく」と「きける」と「きこえる」の使い分けは、留学生にとって戸惑うことのひとつで、助詞もまちがいやすい。今のところ、日本語教科書では「〜を聞く」「〜が聞ける」「〜が聞こえる」と、教えている。

 「みえる、きこえる」を使った文で、「音楽をきこえる」「富士山をみえる」と、留学生が作文に書いたら、誤用として赤ペンで添削を入れる。

 教科書に従うなら、@「生演奏の音楽を聴く」A「品質のよいスピーカーで生に近い音がきける」B「どこからともなく音楽がきこえる」となる。
 @は「を」、Bは「が」、こちらは今のところ問題ない。しかし、現実社会の会話でAの可能形表現は、ゆれがある。Aは「音がきける」「音をきける」、両方が使われている。

  「〜たい」の文を練習するとき、留学生には「が」の方を教えている。
 しかし、「母が作った料理を食べたい」のように複文になった場合は、「母の作った料理が食べたい」と共に、「を/が」どちらも許容としている。

 「昔、友達といっしょによく食べにいった、なつかしいあの料理 を/が 食べたい」は、「を/が」どちらも許容できるとして、「おいしい料理が食べたい」「おいしい料理を食べたい」などになると、さてどうしたものかと悩み、「肉が食べたい」「肉を食べたい」、ここまで許容してよいものやら、と困ってしまう。
 現実社会では、留学生がいっしょに食事をすることの多い若い世代の日本人の間で、「肉を食べたい」と言う人が確実に増えている。

 私の方針としては。
 書き言葉はできるだけ規範に準ずる。レポート中にひとつでも「自分が気に入らない新語や新用法」が書かれていると不可にする大教授も現実にいるのだから、留学生だから大目に見てもらえるなどと甘えてはいられない。

 留学生の作文での、生き生きとした生活描写部分では「いまどきの言い方」を許容しつつ、レポート・論文をこれから書こうとしている学生には「この言い方は、まだ正式な書き言葉では使えない」と、教えている。

 論文の書き方練習では、「だんだん多くなる→しだいに多くなる」「ぜんぜん〜ない→まったく〜ない」「もっと多く→より多く」などの言い換えドリルもある。

 話しことばの場合、公式な会議などでは、書き言葉に準じて話す。
 友達との会話では、若い世代に流行している言い方をとりいれてもかまわない、というごくあたりさわりのないやり方をとっている。

 2005/02/11に出した「かぶる」。
 若い世代同士の会話の中や作文のセリフ描写でも、認めよう。

 書き言葉で、レポートや論文に「かぶる」が出てきたとき、どうするか。論文なら「重複する、かさなる」と訂正せざるを得ない。
 新語や新用法を目の敵にして、ひとつでもレポート中に「ら抜き」その他の新用法があったら、容赦なく不可にする先生の目に「かぶる」など「逆鱗!」かも。

 日常生活では使えても、論文中では使えない語がたくさんあることを伝えるのも、作文指導のひとつなのだが、現在の書き言葉はやっと百年の歴史しかもっていない表現方法。話しことばの変化スピードには追いつかないけれど、書き言葉の変化も少しずつ現れる。

 発表論文中に「ら抜き」の受け身形「見れる」「でれる」がいつ現れるか、「本を読みたい」がいつ出現か、ウォッチング。

 書き言葉もしだいに変化して行くであろうことは念頭にいれておかないと。<おわり>

2005/02/22(火)14:47編集
「ニッポニアニッポン語>生きていることばだからこそ変化する@」

 「動詞、形容詞の変化」「挨拶語の変化」「漢字の読み方の変化」など、言葉の変化についての話題を続けています。

まっこと、まっこと!!言葉はいつの世でも、「生きている」
つまり必要がなくなった「言葉」も「言い回し」も絶えてしまうのは、ごく自然なことなんですね・・・・。投稿者:c********** (2005 1/22 13:26)

 と、いうコメント感想のとおり、ことばは消えたり変わったり。生まれたり絶えたりして世につれ人につれていく。私たちは、なくなっていく言葉を惜しんだり、変わる言葉をなげいたりするけれど、未来のことばについては、未来の人にまかせるしかない。

 江戸から明治へ。近代にどっと新語がふえた。
 標準語や言文一致文体確立前の明治期には「行きませんかった」などの文末表現も登場し、擬古文や漢文読み下しなどの文体から新しい表現方法への模索が続いた。
 標準語や、言文一致文体が成立して百年。

 江戸時代までに消えてしまった言葉はたくさんある。現代人は日常生活でそれらの語や用法を使用せずとも不自由ないように、未来の人は、私たちが現在話していることばがどのように変化しようと、それをそのまま受け入れる。

 文字の読み方や書き方、言葉の意味内容は、言葉が生きている限り、ゆれ動き変化していく。
 「フツーに」という副詞に、若い世代が新たな意味を付け加えて使用している例を紹介した。(05/01/29)
 「私は使わない」という人、それでいいと思います。自分の語感をたいせつに。
 ただし、言葉は社会の共通財産だから、「じぶんだけのことばの使い方」で「自分だけの語感」だと、社会共通コードとはならない。現在流通している語彙、意味でないと通じなくなることは当然。「フツーにおいしい」の言い方が、定着したあと、「そのおいしさは、たいしたレベルじゃない」と判断したら、発話者の意識とずれてしまう場合もある。

 自分の語感で話すといっても、「ヨン様に心ひかれる」とというつもりで「ヨン様って、あわれねぇ」と発言したとしても、聞き手はそのように受け取ってくれない。
 平安時代の「あわれ」という言葉には含まれていた「賛嘆、賞賛の気持ち」「心ひかれる、愛情」という意味が消え去り「気の毒、みじめでかわいそう」という意味だけが残った。
 生きている言葉は、今生きて使われているようにしか機能しない。

 古語辞典には載っているが、現代では使われないことば。ことばは残っているが、意味する内容がすっかり変わってしまったものも多い。また、生活の中で使わなったものは、そのものを表わすことばも日常会話から消えてしまう。

 口語では消えてしまい、人々が話すときには使われなくなったことばの意味用法も、文章や辞典に残っていれば、ことばの歴史をひもとき、楽しむことができる。

 たとえば。「あからさま」という言葉は生き残り、私たちも使っている。
 「人の私生活をあからさまに書く記事なんて読みたくない」など。「つつみ隠さずはっきりと」「露骨に」の意味。

 しかし、「あからさま」のもともとの意味の「ちょっとの間」「さしあたって」「仮初めにも」という使い方は消えた。
 また、「あからさま」の「あから」と語根は同じと思われる「懇し(あからし)」=痛切である、ひどい、という形容詞も消えた。<つづく>

2005/02/23(水)09:02編集
「ニッポニアニッポン語>生きていることばだからこそ変化するA」

 「あからさま」と同根の「あからしま風」、どんな風がふくか想像してください。
 語源がわかっていれば、さっと吹く風、はやて、暴風、の意味と想像できるけれど、もう「あからさま」の意味が変化しているし、わからない。

 「懇しい(あからしい)」という言葉が、現代日本語の辞書のなかに見あたらないとしても、現代人は何も不自由していない。「あわれ」の意味が変化してしまっても、特別困りはしない。

 01/29のテレビ番組「日本人は日本語を知らない」では、60%以上の人が「役不足」を「その仕事をするためには、自分の力は不足している」という意味だと思っている、と紹介されていた。

 元の意味は「自分の実力より役目が軽くて不満なこと」「自分の力を十分に発揮できるようなよい役目ではないこと」を意味したのだが、誤解のほうが半数を超えれば、こちらが定着していくだろう。

 たいていは前後の発言から推理できるので、そう混乱はないはずだが。たまに困るのは、過渡期に両方の意味が流通している場合。
 「役不足」を「役目に対して力が不足」なのか、「役目が軽すぎて不満」なのか、どちらの意味でつかっているのか、判断できないときもある。

 「このたび、PTA副会長をおおせつかりました。役不足ではありますが、これからの1年間、努めさせていただきます」などの挨拶の場合、ほとんどは、「力不足」のつもりで使っていると推測される。しかし中には「ほんとうは会長をやりたかったのに、副会長では不服」という本音をしのばせている人も、いるかもしれない。

 未来の人々は、「役不足」の意味が、元の意味の「自分の実力より役目が軽くて不満」から、最初の意味とまったく正反対の「その仕事をするためには、自分の力は不足している」という意味に変化しても、新しい意味を使いこなしていけばいいだけであって、何も不自由はしない。

 消えていくことば、新しい言い方に入れ替わることば、新しく生まれてくることば、ことばは生活と共に生々流転する。語彙も文法も。

 消えつつある、過渡期のことば。
 相撲で黒星が続いた力士の成績を「たどんが並んでいる」と言ったら、「たどんって何?」と、聞き返された。

 私たちは日常生活でもはや「炭団(たどん)」を使わなくなった。「たどんってどういう意味かわかる?」と聞いてみると、若い世代の人は、「たどん」を知らないという。「たどん」という言葉を知っていても、実際に見たことはない。

  炭の屑などを土や澱粉質で練り固めた炭団は、鎌倉時代以降広く用いられ、庶民の燃料となってきた。しかし、生活の中から消えたものの名前は、「生活語」として日常で口にすることはなくなる。辞書、百科事典や博物館に残っているのみの語となり、生きた日常用語ではなくなっていく。

 物があっても、言葉が消えることもある。
 「ぶんまわし」という道具を使ったことある人、いますか?、今は「ぶんまわし」と呼ぶのは、宮大工などの職人さんだけになっている。円を描く器具のこと。

 私が学校で円を書いたときはすでに「コンパス」と呼ばれていて、「明日の算数でコンパスを使う」ということはあっても「ぶんまわしで円を書く」とは言わなかった。
 学校では、「ぶんまわし」という呼び方を採用せず、外来語の「コンパス」を使っていたからだ。「ぶんまわし」という器具があることを知ったのは、大人になってからだった。

 物だけでなく、行事や行為がなくなれば、関連することばが消えていく。
 天秤棒に荷を下げて運んだり、駕籠に人を乗せて運ぶという行為がなくなった。すると、天秤や駕籠をかつぐのに疲れたとき、駕籠の棒を息杖(いきづえ)で支え、休むことを意味する「肩す」という動詞(サ変)は消えて、誰もこの言葉を使わなくなる。<つづく>

2005/02/24(木)10:06編集
「ニッポニアニッポン語>生きていることばだからこそ変化するB」

 近い将来、文語としてのみ残り、日常生活では使わなくなるかも知れないと思われる語「夕ごはん」「夕食」

 私は昼ご飯のつぎに食べる食事を「夕ご飯」「晩ご飯」と言っている。しかし、学生は「よるごはん」と言う。最初に聞いたときは、「えっと、それは夜食のことじゃなくて、夕食のほうだよね」と、確認してしまったが、若い世代を中心に「夜ごはん」が浸透中。

 夕食がおそくなり、夜10時に食べたとしても、私は「晩ご飯10時に食べた」とはいえるが、「夜ごはん10時に食べた」と言えない。「夜ごはん」という語が、私の慣れ親しんできた日本語語彙の中にはなかったので。
 「夕ご飯」より「よるごはん」「晩ご飯」が優勢になれば、「晩飯」は残っても「夕食」はすたれ、「よる飯」「晩食」が使われるだろう。

 夕方5時ころに文字通り「夕ご飯」が出されるので不評だった病院でも、今は夜暗くなってから夕食を出すようになった。夕方ではなく、夜食べるのだから夕食ではなく「よるごはん」へと言葉が変わるのは当然なのだろう。

 言葉に対する私の基本的な態度は、2004年2月3月にも記した。繰り返しになるが、以下のとおり。
 言葉は、使われている間は変化していく。その変化を受け入れたい人は受け入れればいいし、新しい言葉や用法を使いたくない人は、自分の言語感覚に従えばいい。

 新しい言葉や用法が定着するかどうかは、より若い世代に託されているのであって、「そんな言葉の使い方はない」「そんな新語はおかしい」などと、年輩世代の人が「日本語が乱れてしまう」と心配する必要はない。

 「乱れている」という見方で言うなら、文献が残されている日本語だけに限ってみても、すでに千年の間に、係り結びの法則もなくなり、活用形も変わり、変化してきたのである。上二段下二段活用の語は一段活用に。ラ行変格(ある・おる、など)、ナ行変格(死ぬなど)は五段活用に変化した。

 語彙そして発音も、変わっていく。室町までは発音しわけていた、「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」の発音の区別も消えた。室町末期から変化し、江戸時代には、完全に「じ/ぢ」「ず/づ」の区別がなくなった。

 (方言では、「じ」「ぢ」を発音しわけている地方もある。「か」と「くゎ」の区別も残っている)

 昔々は[papa]と発音していた「母」が、室町頃には[fafa]に変化し、いまでは[haha]と発音している。「ハハ」もまたいつか変わってしまうかもしれない。変化は続く。

 昔の人から見たら、現在の「正統的日本語」なんて、乱れっぱなしもはなはだしい言語になっている。この先も、日本語が人々に使われる限り変化し続けるだろう。<つづく>


2005/02/25(金)12:50編集
「ニッポニアニッポン語>生きていることばだからこそ変化するC」

 室町時代から「じ/ぢ、ず/づ=四つ仮名」の発音が混同し、「みかづき」の「づ」も「すず」の「ず」も、同じ音に発音するようになった。
 江戸時代の人の中に「じ/ぢ」「ず/づ」の表記がごちゃまぜになったことを憂えた人もいた。発音が混同すれば、縮みを「ちじみ」と書いたり、鼓(つづみ)を「つずみ」と書く人も多くなる。

 そこで、「四つ仮名の区別を明らかにした表記」を書き残した本も出版された。『蜆縮涼鼓集(けんしゅくりょうこしゅう)』という。
 蜆(しじみ)縮(ちぢみ)涼(すずみ)鼓(つづみ)などの表記を「正しく」かき分けている。
 江戸時代には不快に感じる人もいたこの四つの仮名「じ/ぢ」「ず/づ」の混同、現代の人はだれも「づ」と「ず」の音が同じで不愉快だ、と感じていない。

 古代の日本語ではラ行音が単語の最初にくる語彙はなかった。有声音(濁音)が語頭にくる単語も少なかった。ラ行音や濁音が語頭にくる単語の響きは、美しい響きとはかんじられなかっただろう。

 私たちは古代日本語を話しているのではないから、語頭に濁音がくる語もラ行音が来る語も自由に使っている。「大事」も「薔薇」も「元気」も「響きが美しくない汚いことば」とは思わずに発音している。

 発音の変化の例。漢語を取り入れた結果、平安時代に拗音が発生した。漢語が伝わって一般化する前は、きゃきゅきょなどの拗音の発音はやまとことばにはなかった。

 たとえば「豹」という語が日本語に入ってきたとき「へう」と記述された。
 拗音の発音がやまとことばにはなく、表記の方法もなかったが、しだいに「ひょう」という拗音の発音が広まった。

 「大将たいせう」の「せう」が拗音化して表記は「たいしやう」になった。現在では「たいしょう」と表記し、実際の発音では「タイショー」。
 「銀杏(いてふ)」、現在では発音通りの「いちょう」と書く表記になっている。

 てふてふ→てうてう、が拗音化して「ちょうちょう」になった。拗音化が定着する過程での年輩者は「てふ」を「ちょう」などと言いおって、なんていうひどい発音だ、と苦々しく感じただろうが、私たちは「ちょうちょう」という発音を「美しくない響き」と感じることはない。

 日本語発音の変化のひとつ。「チョー、さみぃ」のように、形容詞終止形の母音連続(二重母音)が、赤い→あけぇ 痛い→いてぇ  重い→おめぇえ かっこいい→かっけぇー 強い→つぃぇー などのように発音される。
 私の同世代の人の中には、俗な言い方、不快な発音と感じる方もいるだろう。

 「美しい響きの日本語」「違和感を覚えない言葉づかい」というのは、「自分の世代が使ってきた日本語を基準にして、現在のところ大多数に受け入れられている表現かどうか」であって、歴史的にはどんな言葉遣いも発音も、登場の最初には「違和感のある言葉遣い」だった。

 年輩者自身が、身につけた言い方を守り、自分の語感をたいせつにして表現したいように言うのは自由だし、若者の言葉遣いに「私に対してはそういう言葉づかいをしないでほしい」と主張するのも自由。その時その時代の「自分がここちよく感じる表現方法」を使っていけばよいのだ、と何度か繰り返してきた。

 しかし、年輩世代の人が「響きが美しく、違和感のない日本語を大事にしたい」と発言するとき、往々にして「自分たちにとっては響きが美しくないと感じる言い方があり、違和感を感じる言葉遣いを聞くこともある」という含みがある。
 この違和感に対しても「日本語の乱れについて心配する必要はありません」と、繰り返してきた。

 若いウェートレスがファミレスで「あいたお皿のほう、はこばさせていただきます」と言ったとき、違和感があったとしても「生きて移り変わる過渡期の日本語」の現場に立ち会っていると思ってください。

 生きていることばは常に変化する、ということを承知していれば、「美しい響きのことば違和感のない言葉遣いを大事にする」のも、「私にとって」「私の世代にとって」のことだと納得できる。

 日本語のリズム。心臓の鼓動や歩調に合わせた1,2のリズムによって開音節のことばが続くと、七五調五七調(休止符をいれると8拍の繰り返し)ができる。日本語の音節が開音節であることが変化しないならば、このことばのリズムも継続するだろう。しかし、その他の発音や文末のいいまわしなどは、100年単位で変化していく。<つづく>


2005/02/26 (土)05:45編集
ニッポニアニッポン語>生きていることばだからこそ変化するD

 ラテン語のように、宗教や学術用語としてのみ残り、生活の中で話す人々がいない言語であれば、変化しない。

 日本語がどんどん変化しているとしたら、それは日本語が生きていることばだから。  「日本語が乱れることなく、正統日本語が保たれる」のはどのような場合か。日本語を話す人がいなくなり、ラテン語のように、文献の中にのみ残る場合である。

 言葉は社会の中で育ち変化していくものだが、個人個人には好みもあり、好きな表現、自分は使いたくない表現があって当然。

 「日本語がどう変わろうと、私は振り込め詐欺もら抜き可能形も使いたくない」という人は、その人の見識と好みで個人表現を行ってよい。断固として新字体の漢字を認めず、歴史的かなづかいで文章を書くのも自由。

 しかし、どんなに年輩世代が違和感を感じたとしても、未来の日本語を育てるのは、これから先日本語を使用している若い世代なのだ。
 マミュアルでいくら教え込んだとしても、若い世代が実際にコミュニケーションの道具として用いる日本語が「未来の日本語」として残っていく。

 言葉は常に変化する。私たちは変化の末の現代日本語を読み書き話しているのであり、だれも千年前と同じ平安時代のことばで話してはいない。百年後の人は、100年の間に変化した言葉を話すのであり、500年後には500年の間に変化したことばを話すのだ。

 変化はしても、生きて使われる言語が残っていくことが大事。
 新しい表現、新しい発音・文法は、どんどん生成していく。

 生まれた子供は新しい母語話者として成長し、新しい話者は、新しい表現者となる。ことばは進化し、新陳代謝をはかって生きていく。

 もしも、次の世代の過半数の日本語母語話者が、親として「現在の世界情勢で経済的に有利な言語となっている英語のほうが、役に立つ。子どもには英語を優先的に身につけさせたほうが、将来のビジネスで有利になり、いい暮しがさせてやれるだろう。そうだ、家の中でも英語で話して、子どもの将来に備えよう」と考えるようになれば、3代のちに、日本語母語話者はいなくなる。
 そのようにして消えていった言語は世界のなかにいくらでもある。

 私たちにできることは、豊かな伝統の中で受け継がれてきた、言語文化の多様な環境を残してやることのみ。
 生きた言葉の生成に立ち会いつつ、私たちは豊かな言語文化を残し、子どもの心にあたえてやらなければならない。

 くるくる変わる教育行政。ゆとりの時間はうまくいかず、学力低下。じゃ、今度は「国語の時間をふやす」そうだけれど、そんな場当たり的な改革で、子どもたちの言語文化環境がよくなるとは思えないのだが。

 守るべきことがあるのだとしたら、言語文化全体を守り、表現の自由を守っていくことだ。心の自由も保障されない社会に「美しいことば」など存在しようもない。
 一方的な価値観のおしつけや、異質なものの排除が続く社会は、病み萎縮していくのみ。言葉は硬直し、豊かな表現を失っていく。

 歌をうたうも歌わぬも、自分の心で決めることができず、どのような声量で歌おうと勝手にすることもできず、「決まったことなんだから従うのが当然」「上からのお達しなんだから、反対は許されない」
 そういう世の中なら、「美しい日本語」というのも、ある一定の解釈一定の価値観を含むことばしか許されなくなり、言葉狩りがはじまるだろう。 

 私たちがアイデンティティを保つために必要な文化の基礎として「言葉」が存在し、人と人が言葉を使って交流(コミュニケート)するために言語表現がある。
 人と人との心のつながりをおろそかにする社会、一方の人々にとって都合のいい表現だけが認められるような社会であるならば、言語文化は貧弱になっていくだろう。

 若い人の発言に対し「こんな言い方はひどい、こんな言葉遣いは困る」と眉をひそめるより、「心の自由を守ることが美しいことばを守ること」になる、と繰り返してきた。
 「美しい響きのことばを大事にしたいなら、心の自由を規制するようなことはさせないでほしい」これだけが、私が言葉について言い続けたことの提要です。<おわり>


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