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ポカポカ春庭のワークショップ ニッポニアニッポン語
色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time
「いろは歌」について 
 

宝船48文字48手、いろは48手で書ける豊かなる日本語の語彙

日付
2006
日本語はおもしろい(ニッポニアニッポン語言語文化論)
いろはにほへと「いろは歌」のひみつ
01/05 いろは48手 ものごとの種類も「いろは」手順も「いろは」
02/11 ろ組の火消し 組順も「いろは」
02/11 花の色は匂へど散りぬる
02/14 ニ短調もイロハでうたう
02/14 本懐をとげ、咎なくて死す
02/18 兵士も机も散りぢりに
02/24 どち 仲間とともにいろはにほ

(2006/01/05)
い いろは48手
3-1-1 「日本語言語文化論」色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time いろは歌」

いろは48手で書ける豊かなる日本語の語彙
新年は、宝船で初めました」って何をはじめた?あのね、宝船は、相手の足を抱えつつ、、、、

 新年、めでたく明けました。
 おせち料理、「よろこぶ」の昆布、「めでたい」の鯛、「まめに暮らす」の黒豆など、祝いの膳をかこんだでしょうか。
 おせち料理の語呂合わせ、ダジャレって言えばダジャレだけど、ここはひとつ、言霊って言ってください。
 めでたいことを口に出していえば、めでたくなるもんなんです。

 初夢、縁起良い夢を見ることができましたか。一富士二鷹三なすび、というのは、徳川時代に「大御所おわす駿河名物」であったので、縁起良いとされたとか。また、めでたい「宝船」や「七福神」なども、縁起の良さを感じさせます。

 「初夢、そりゃ、うふふ、姫始めは宝船でしたから、宝船の夢を、、、、」あら、それは縁起のよいことで。
 って、宝船で何をしたって?「宝船で、お姫様金銀財宝運んだの?」「いや、そりゃ、その四十八手のひとつでして、その、、、」

 平仮名、いろは48文字。この48文字は、さまざまな分野に利用されています。
 たとえば、うちの近所の「藍屋」という和食屋さん、入り口で履き物を下駄箱に入れてから食事の席へあがります。 この下駄箱に木の下足札が鍵としてついています。これが「い」から「す」までのイロハ順。」
 昔通った銭湯の下足もこのイロハ順でした。

 江戸時代、ものを順序だてて表示するときは、「いろは順」で順序をつけました。大岡忠相が定めた町火消しも「い組」「ろ組」という順で48組に分けられ、江戸の防火消火をまかされていました。

 ちかごろの子どもは、「あいうえお、かきくけこ」のアイウエオ順は言えるけれど、「イロハ」を言えない子も増えた。言える子でも、せいぜい「イロハニホヘトチリヌルオワカ」まで。
 イロハ順に下足札が並んでいる下駄箱や、歌舞伎座のように、前列からイロハ順に座席が並んでいる劇場へ行ったら、おじいちゃんおばあちゃん、孫に「いろは」から「ゑひもせす」まで、教えてやってくださいね。

 さて、「いろは48」です。
 前回の「ン」についてのお話で、日本語が開音節であり、音節のうちの、ひとつの清音(無声音)音節にひとつの文字が対応し、濁音(有声音)音節には、清音の音節文字(ひらがな、カタカナ)に「点々」または「まる」をつけて表示することを、述べました。

 いろはの「い」から「す」まで、手習いをすれば、日本語を文字にでき、この音節文字48の表記のおかげで、江戸時代の日本の識字率(文字を読み書きする能力=リテラシー)は、世界最高水準に達していました。かな文字のおかげです。
 「いろは48」とは、「ことばで表現できるすべて」の意味にもなりました。

 相撲の「四十八手」の48は、「48のきまり手がある」ではなくて、「数多くの」決まり手、という意味を48という仮名文字の数であらわしている。相撲協会は現在、押し出し、寄り切りなど、82手を正式なきまり手として採用しています。

 この「相撲四十八手」のきまり手から発展したのが、「色事四十八手」
 48の裏表で96種あるともいうが、世に伝わる名称はもっとたくさんあり、さまざまなバリエーションセットがある。セットごちゃまぜイロハ順にならべてみれば、

イ)岩清水 ロ)櫓立ち ハ)花菱 ニ)虹の架け橋  ホ)帆かけ茶臼 へ) ト)とびかへし チ)千鳥 リ)理非知らず ヌ) ル) ヲ) ワ) カ)雁が首 ヨ) 横笛 タ)宝船 レ) ソ)反りたわ木 ツ)つばめ返し ネ)ねごし ナ)鳴門 ラ) ム)椋鳥 ウ)鶯の谷渡り ヰ)居茶臼 ノ)のぼりかけ オ)押し車 ク)首引き恋慕 ヤ)八重椿 マ)松葉崩し ケ)  フ)二つ巴 コ)こたつ隠れ エ) テ)手懸け ア)揚羽本手 サ)キ)菊一文字 ユ)タ立ち松葉 メ)  ミ)乱れ牡丹 シ)しがらみ ヱ) ヒ)鵯越え(ひよどりごえ)モ)   セ)鶺鴒本手(せきれいほんで) ス)巣ごもり

 名前をきいただけで、絵が頭に思い浮かぶ人、日本のことばと文化に造詣深くていらっしゃる。私は、ほとんどわかりません。
 ちなみに、めでたい「宝船」は「相手の片脚を抱え込んで腰を下ろす」のだそうですが。私には何のことやらさっぱり、、、、
 松葉崩し?しのび居茶臼?イミワカンネーって、嘘ですけど。

 かように、日本語は語彙豊かな言語であります。
 語彙教育は、日本語教育のひとつの柱です。留学生が豊かな語彙を獲得していくために、さまざまな工夫をしながら、一語一語、たいせつに教えていきます。

 野鳥の研究をめざす留学生には「千鳥、鶺鴒(せきれい)、つばめ、鶯 椋鳥」などの語彙を教えるし、江戸時代の遊廓史や遊里文化を調べる研究者には、「鶺鴒本手(せきれいほんで)」「燕返し」「逆さ椋鳥」「鶯の谷渡り」「鵯(ひよどり)ごえ」「鶴の羽交い締め」「鷺の求返し」も、教えます。

 めでたい正月、松の内。子どもと「いろは歌留多」をして遊んだ人、「いろはにほへとちりぬるを」と、仮名文字手本で書き初めをした人、「いろは四十八手のうち、たから船」にて姫始の方、どちら様もことし一年おすこやかにお過ごしください。


(2006/02/11)
ろ ろ組の火消し
3-1-2  「日本語言語文化論」色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time いろは歌」

いろはにほへと、最後の「せす(ん)」まで全部言える?

 「宝船」の項で、イロハニホヘト〜は、順番を表わすときにも使われ、江戸町火消しの組番号い組ろ組などから、歌舞伎座の座席番号、下足札の番号まで使われてきた、とお話しました。

 「いろはにほへと〜」と、この順で手習いをし、生涯の一番最初に「いろは」を覚えるので、ほかの何の順より、順序として頭の中に刻み込まれていたのです。

 順番を示すのに、数字を直接つかうのが好まれなかったのは、10以上のものがある場合、若い番号を取りたがる人が多いし、四番だと「死番」を連想させ、九番だと「苦番」を連想させるので、いやだという人もいたからです。
 現代でも、病院の4階は事務棟などにあてて病室にしないところが多いですし、入院病室として、4号室や9号室をつくらない病院が多いようです。言霊、ことだま。

 漢数字の「四」「九」は、死と苦に繋がるけれど、ひらがなの「し」「く」ならOKなのは、何故か。
 ひらがなの「し」は漢字で書けば「之」で、「く」は「久」ですから、死や苦とは関係ないとみなす、言霊ルールです。(って、ようは、気分の持ちようです)

 江戸町火消しでは、「へ」は屁を、「ら」は羅を、ひは「火」を連想させるからと、へ組→百組、ら組→千組 ひ組→万組、のちに付け加えられた「ん」→本組となりました。
(羅は、男性の大事なところ「魔羅」を火事の危険にさらさないために忌避されたらしい)

 今は、ABC順やアイウエオ順のほうがよく使われています。いろは順で言っても、順序がわからない人が多くなったからです。
 「か」と「ぬ」どっちが先だか、すぐピンときますか?「いろは」では、「ぬ」が先です。「ちりぬるをわか」

は 花の色は匂えど

 いろは歌、復習しておきましょう。「いろは」、から「せす(ん)」まで、全部言えますか。
 「日本語教育研究」を受講する日本人学生のうち、「いろは歌」を、そらで全部言えると答えた学生、40名のクラスの中で数人でした。
 「いろは」も絶滅危惧種、瀕死語、やがては死語の仲間入りでしょうか?
 「いろは歌」は、「百人一首」「源氏物語」などと並んで、日本の言語文化の中枢を担ってきた、大切な日本語文化です。死語にはしたくありません。

 唯一、「源氏物語」を漫画で表現した、大和和紀『あさききゆめみし』が、いろは歌から引用された語句の中では、今時の大学生になじみがあるものになっていました。が、漫画の光源氏すら知らない学生が増えてきた昨今であります。

色は匂えど 散りぬるを (いろはにほへと ちりぬるを)
我が世誰ぞ 常ならむ  (わかよたれそ つねならむ )
有為の奥山今日越えて  (うゐのおくやま けふこえて)
浅き夢見し酔ひもせず  (あさきゆめみし ゑひもせす)

「色は美しく匂い立っているけれど、散っていってしまう。我々の世の中で、いったい誰が変化しないでいようか。因と縁によって生じる有為の世に、今日、奥深い山を越えて、浅い眠りの中に夢をみたことよ。酔いもしないで」

 「し」に濁点がつき否定形となる「浅き夢見じ(浅い夢をみない)」か「し」を清音ととって「浅き夢見し(浅き夢をみたことよなあ)」と取るか、の論争があり、文法上では「見じ(みない)」と受け取るのが正解なのだが、ここでは清音「し」(過去回想の助動詞「き」の連体形から終止形への転用)と解釈。
<つづく>


2006/02/14
に ニ短調もイロハ順
 いろは歌、江戸時代の寺子屋では必ず習いました。
 明治以後の小学校では、「あいうえお」の五十音表が利用されるようになったけれど、それでも、「いろは順」が、学校内で利用されてきました。

 たとえば、音階の名前。
 ドレミファソラシの音階を「唱歌」の授業に導入するにあたって、「ドレミ」では、日本の子どもが覚えられないからと、「イロハニホヘト」が採用されました。
 今でも「ハ長調」とか「ニ短調」などいうときの、諧調名にこのイロハ音階が残っています。ラ=イ シ=ロ ド=ハ レ=ニ ミ=ホ ファ=ヘ ソ=ト、でした。
 
 私の時代には、とっくに「ドレミ」音階になっていましたが、調の名は、イロハ。
 音楽部で暗記させられた呪文。「へろほいにとは」。もうひとつは、「とにいほろへは」。
 「へろほい〜」は、五線譜に♭(フラット)がつく数。♭ひとつは、ヘ調、2つはロ調。「とにいほ〜」は、♯(シャープ)ひとつがト調、2つはニ調でした。
 今はCメジャーとか、Gマイナーと言うほうが多いのでしょうか。

ほ 本懐を遂げ咎なくて死す 
3-1-3「日本語言語文化論」色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time いろは歌」

今日の課題:いろは歌に隠された秘密、知ってる?人麻呂や忠臣蔵の無実の死を訴えて、、、、

 「いろは歌」は、11世紀平安中期以後に成立しました。47のひらがなを一度だけ用いて、諸行無常といわれる仏教思想を表わした歌といわれています。
 文献上の初出は1079年。
 平安初期に弘法大師がつくったという伝説は、国語学日本語学の研究では否定されていますが、仏教の深い哲理を含む歌なので、作者を大仏教者「空海」に擬する気持ちもわかります。

 もうひとり、作者に擬せられたのは、柿本人麻呂です。それは、この「いろは歌」に、無実で死なねばならない人の無念の思いが隠されている、という話が伝えられてきたからです。

この歌を7文字ずつ並べると、

いろはにほへと
ちりぬるおわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

と、なる。

 7文字ずつ並べた「いろは歌」行の最後の文字を続けて読むと、「とかなくてしす」となります。これを「咎無くて死す」と、読み替えると、「とが(罪)がないのに、死ぬ」という意味になる。無罪なのに、罪を負って死んだ、ということです。

 飛鳥奈良時代の人麻呂が作ったのなら、その時代の発音を反映しているはずなので、日本語史からみて「人麻呂説」は、うち消されていますが、柿本人麻呂が無罪の死を賜ったことを惜しんだ後世の歌人が、歌聖人麻呂を偲んで詠んだ歌だ、という説もあります。

 赤穂浪士の仇討ち物語を歌舞伎にした「仮名手本忠臣蔵」。
 「仮名手本」というのは、この「いろは歌」で手習いをするときの手本にする「手本帖」のこと。

 だれもが「いろは歌」を知っており、7文字ずつ並べたときに読みとれる「咎なくて死す」を皆が知っているから、「彼らは仇討ちの本懐をとげた義士であって、罪なくして死ぬのである」という作者のメッセージ、表だって言わなくても、見る人に伝えることができたのです。
 「仮名手本」といえば、忠臣蔵、江戸時代も今も、歌舞伎の演目中、一番人気の外題になっています。

<つづく>

(2006/02/14)

へ 兵士も机も散りぢりに
3-1-4 「日本語言語文化論」色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time いろは歌」

今日の課題:「いろはにほへと」に続く「ちり」ですが、どんなものが散ってきた? 花?城?子供?

 「いろは順」は、学級の名にも使われました。
 現在では1年1組とか、3年2組など、数字による学級名が主流派。
 しかし、昔は、1年イ組、ロ組、ハ組など、いろは順で学級名を呼ぶ地域も多く、イロハ順の学級名を聞くと、子ども時代を思い出す、というお年寄りもたくさんいます。

 久保田万太郎代表作の俳句。「竹馬や いろはにほへと ちりぢりに」
 この句には、本歌があります。最近新聞でも紹介されたので、ご存知の方も多いかと思いますが。
 日国NET(小学館日本国語大辞典公式サイト)から、引用すると。

 「 この万太郎の句は、太田道灌が武蔵国小机の戦でつくった『手習ひはまづ小机が初めなりいろはにほへとちりぢりにせん』というのが本歌だろう。また明治年間に広瀬中佐がつくった軍歌「今なるぞ節」に『いろはにほへとちりぢりに打破らむは今なるぞ』という一節もある。」

 道灌の和歌も、広瀬中佐の軍歌も「散りぢりにうち砕くぞ」というときの「ちり」を引き出すための枕詞として「いろはにほへと」が使われている。

 日国ネット「よもやま句歌栞草」田中裕氏による万太郎の句、説明。
「 竹馬は、二本の竹や木の適当なところに足掛かりをつくり、これに乗って遊ぶもので、広く世界に見られる子供の遊び。竹馬に興じていた子供たちが日が傾くとともに一人去り二人去りして、ちりぢりになってしまったというのが万太郎の句意。」

 田中氏は、万太郎の「いろはにほへと」も「ちり」を引き出すための「枕詞」のように考えているようです。
 「 いろは歌は直接、句意とは関係はないのだが、まことにうまくその雰囲気を伝える。」と、一句を評しています。
 
 しかし、万太郎の句の「いろはにほへと」は、単に「序詞」や「枕詞」(一つの語を導き出すための修飾語)ではないと、私は考えます。
 「直接句意に関係ない」どころか、この句の勘所が「いろはにほへと」と思うのです。
 「いろは歌は直接、句意とは関係ない」とは、逆の考えになりますが「いろはにほへと」こそ、この句の深い味わいを引き出しているとと思います。

 万太郎が「竹馬に乗って遊んでいた子どもたちがちりぢりになる」と描き出したのは、は、夕暮れの子どもたちの光景を表現していると同時に、学校仲間として、いっしょに「手習い」をした子どもたちがちりぢりになることも表現しています。
 なぜ、そう思うかという根拠のひとつ。「竹馬」は冬の季語だからです。独楽回し、たこ揚げなどは、新年の遊びとして新春の季語ですが、竹馬は冬の季語。

 冬の遊びとして竹馬で遊んだ仲間達も、冬が終わると卒業シーズンを迎える。昔は、12歳でほとんどの子供が学業を終えました。冬がすぎ春が近づくと、卒業と同時に、仲間達は散りぢりになっていくのです。
 この「いろはにほへと」から連想されるのは、「手習いをいっしょにした学校仲間の思い出すべて」

 「いろは48手」といえば、ことばで表せるものや技のすべてを表わしたように、「い組、ろ組、は組〜」というクラス名で学んだ、戦前の学級ですごしたことのすべてを思い出させることばになっているのです。

 「いろはにほへと 散りぬるを」、もとのいろは歌では、花が散る光景が思い浮かびます。太田道灌の和歌では、散るのは「小机」という名の砦城。万太郎の俳句では、「花が散る」のも「小机が散る」のも含めた「学校生活の思い出、子供時代の思い出すべて」これらが重層的に散っていきます。
 ことばのイメージ、先行文学や前代までのことばにさまざまな新しい意味を付け加えながら、変化していき、新しいことばの命を育てていきます。

「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」
 「イ組の竹ちゃんも、ロ組の松やんも、ハ組の梅子も、みんなちりぢりになって、それぞれの人生をすごしているなあ」という述懐も含みます。イ組ロ組、それぞれの教室の窓、黒板、机と椅子、学校の中がすべて連想されるのです。

 学校に小机をならべて、いっしょに「いろはにほへと」と習字をした仲間たちが、いつしか竹馬にのって遊ぶ子ども時代をすぎて、ちりぢりの人生の中へと散っていった、そんな郷愁をも含んでいるのであって、単に目の前の子どもたちが、竹馬遊びをやめてそれぞれの家に帰宅する光景を句にした以上の感慨があると思えます。
 道灌本歌の「小机」が散りぢりにされる、ということも連想されるので、「大人への成長をとげるために、並べあってきた小机が散りぢりにされる」ということばの重層的な連想があるのです。

 現在は、学級をイロハ順に呼ぶことも、最初に平仮名を教えるときに、「いろはにほへと」から始めることもなくなりました。
 「いろは歌が、さまざまな連想を引き出し、引用されている」ということも、説明を加えなければ、現代の日本人大学生には、わからなくなっています。
<つづく>
(2006/02/18)

と どち
3-1-5 「日本語言語文化論」色葉字類抄待夢I・Ro・Ha Jirui show time いろは歌」

今日の課題:「日本語は うれしやいろはにほへとち」どんな意味に解釈しますか?

 俳人・阿部青鞋(あべせいあい 1914(大正3)〜1989(平成元)年)の句を引用して、「いろは歌」のシメとしましょう。
 (この句、俳句データベースなどを見てもでていません。青鞋の全句集をあたるヒマがなかったので、原本で確認できないままの孫引きです。出典は先にあげた田中裕氏解説の「よもやま句歌栞草」)

「日本語はうれしやいろはにほへとち(阿部青鞋)」

 俳句や短歌は、掛詞や縁語などの修辞のためにひらがなで書かれていることが多いが、私は「日本語は 嬉しや 色葉 匂え どち 」と、解釈したい。
 「色葉」は、「いろはの仮名文字によって表わすことのできる言葉すべて」。「どち」は、親しい仲間、同類の人、の意。

 「見渡せば末の末(うれ)ごとに住む鶴は千代のどちとぞ思ふべらなる(土佐日記1月9日より)」

 「日本語で表現できること、日本語の言語表現を味わえること、うれしいなあ。いろは47文字で書き表される日本語よ、匂い立つようにあらわれよ。日本語を喜びとしていきましょうよ、同輩たち!」
 日本語をつかって表現することを喜びとする人々への、青鞋からの、共感の挨拶と受け取りました。

 日本語、おもしろいです。うれしいです。ことばひとつひとつが、匂うがごとく今さかりなり。

<いろは歌おわり> 
(2006/02/24)


 
 



 
 
 

 
 
 

 
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