大連は、北京や上海の次くらいに、日本人にもなじみの深い町。遼東半島の先端にある港町です。
1899年にロシアが中国から租借地を得て、海辺の辺鄙な地だった青泥窪に、極東経営の要として都市を建設、「遠い東の地」という意味のロシア語「ダーリニー・ヴォストーク」と名付けました。
日露戦争後、日本が租借権を得て、ダーリニーに大連の漢字をあて、中華人民共和国建国後も大連の名のまま発展してきました。
人口650万人、経済開発区には、1000社もの日系企業が進出し、投資額も大きいため、若者の日本語学習熱も他の都市を上回って盛んなようです。
彼女の勤務するソフトウェア学部(軟件学院)は、数年前に本部から経済開発区ソフトウエアパーク(軟件園)に移転しました。
大連市西部にある本部キャンパスから車で1時間(ラッシュ時の渋滞時間を含む)離れた場所にある、経済開発区の中の「大連ソフトウェアパーク(大連軟件園)」は、中国のシリコンバレーにすべく開発された特区です。
外国語学部日本語学科だけではなく、理系の学部でも、日本語は第一外国語、第二外国語として学ばれています。
ハンさんが教えている学部では、専門のソフトウエア研究のほか、卒業時には日本語能力試験2級合格と英語検定試験合格を義務づけており、日系企業その他の就職に有利なようにはかられています。
ハンさんは、現在1年生の「初級後半」の授業と視聴覚授業を受け持っています。
90分のうち、普段は教科書60分、テレビドラマ視聴30分のメニューですが、15日の金曜日、視聴覚の時間をさいて、スペシャルゲスト「3月に日本からやってきた日本人教師」による日本語特別授業を行うことになりました。
最初はそんな予定はなかったのです。
最初は、ただ「大学内を見学したい」と、ハンさんの仕事場までついていきました。
ハンさんの教科書の授業を見せてもらう計画だったのですが、せっかく日本人がやってきたのだから、学生たちのために何かしゃべってもいいんじゃないか、ということになりました。
30分の持ち時間のうち、15分はコンピュータのパワーポイントで写真を見せながら日本の生活文化について解説。
食文化、衣文化など、身近な生活について、中国と同じところ、同じように見えて違うところなど話しました。
また、質疑応答では活発に質問が出て、日本語を学ぶ学生たちの日本への強い関心がうかがえました。
学生たちは、日本の生活のうち表面に見える部分については、よく知っています。この日の授業でも、教科書に入る前に視聴していたのは、日本のテレビドラマ『医龍』です。
昨年2006年に日本で放映された病院を舞台にしたドラマで、むずかしい医学用語なども出てくるのですが、学生たちはヘッドフォンで日本語をきき、中国語字幕で内容を確かめながら、視聴していました。
生死を直接扱うドラマのストーリーを楽しむと同時に、テレビドラマのなかに表われている現代日本の社会や家庭のすがたが、よい学習材料となっています。
2007/06/20 水
ニーハオ春庭中国通信>大連で授業
私の写真での日本紹介は、テレビドラマから学べるような、生き生きした現代社会を反映したものとはすこし違っていて、生活文化の歴史についてからはじめました。
衣服の文化について。
日本の衣服はどのような歴史を経て現在のようなスタイルになってきたのか、源氏物語絵巻の十二単や、浮世絵の女性の着物などを紹介し、着物の着付けはこのようにやる、というスライドショウを見せました。
着物の着付けの複雑さに、学生たちびっくり。
日頃、着物を着ている女性はテレビドラマのなかで見ることができても、このように、長襦袢、着物、帯の着付けの仕方を紹介することはありません。
学生たち、和服の帯は、背中に座布団をくくりつけているのではないことが、初めて分かったのではないかと思います。
食文化の紹介。
弥生時代の食事メニューを再現した写真。奈良時代のメニューなど、日本人の食事の紹介。
和食の献立。代表的な料理の写真。
食材や調味料。醤油やマヨネーズは、同じように見えても、中国で売っているものは、微妙に味が違うことなども話しました。キューピー合弁会社のマヨネーズ、日本のより甘みが強い。
昨年9月に入学した1年生の学生たちは、日本企業で働くことや日本留学に興味を持っているので、「日本の生活は物価が高いだろうけれど、留学生たちはどのように暮らしているのか」とか「日本企業でソフトウェアエンジニアとして働くとしたら、初任給はどれくらいか」とか、質問がでました。
初任給は会社によって異なるけれど、大学卒初任給は20〜30万円くらい、というと、「すご〜い」と、その「中国に比べると高給」に驚いていました。
「でも、中国で1元で売っているペットボトルの水は、日本では10元しますよ。食べ物は中国の10倍から20倍するし、東京近辺で風呂付き部屋を借りるなら、30〜50平米の狭い部屋でも一ヶ月に10万円くらの家賃を払わなければならないから、中国で3000元(4万5千円)の給料をもらう方が、ずっと豊かな生活を楽しめる」というような解説をしました。
給料の高さだけで日本を選ぶなら失望することもあるでしょう。
でも、若いうちに外国で勉強したり働いたりすることは、とてもいい経験になるから、ぜひみなさん、日本へ来てください、とすすめて話をしめくくりました。
次の1年生クラスの授業では、前半は「一番日本語が上手な学生」が「日本人と会話できる特権」を得て、キャンパスを案内してくれました。その間、他の学生たちは、教科書の復習授業。
一学部だけのキャンパスなのに、広い、広い。歩き疲れました。
案内してくれた1年生は、「水曜日に体育の授業があるので体育館まで歩いていくけれど、寮の部屋から同じキャンパス敷地内の体育館まで15分くらいかかる」と、言っていました。
後半は1コマ目と同じように写真スライドでの日本紹介と質疑応答。
最後に学生たちと記念写真をとって、お別れしました。
日本の大学では語学授業は「単位をとるためにしかたなく」学ぶ学生も多いし、設備も整っていません。せいぜい、ビデオ、CDや録音テープくらい。
でも、さすがに最先端のソフトウェアパークにある大学だけに、ハンさんの語学教室の設備のすばらしさにびっくりしました。
ハン先生は、DVDやパワーポイントを駆使して授業を行い、私たちが日本の大学で黒板にチョークで説明を書くところを、パソコンのキーボードでささっと打ち出した文字をスクリーンにうつして説明していました。
私は中国にきて、今の勤務校で初めてパワーポイントをつかった授業をしてみたのです。日本ではまだまだ各教室にパソコン、スクリーン、DVDプロジェクターなどを完備したところは少ないです。
理工大学ソフトウェア学部の設備は、勤務校を上回るものでした。
ハン先生と学生食堂で米繊(ミンシェン)を食べて、午前中のスケジュール終了。