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ポカポカ春庭のワークショップ ニッポニアニッポン語
     日本語はおもしろい


 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座
 
日付 日本語はおもしろい(ニッポニアニッポン語講座)
2005/
11/15
日本語学基礎講座
いらっしゃいませ、尺八生演奏はいかが?
11/20 昔むかし日本の母はみなパパだった、えっ性転換?
11/25 イー万リャンソー通ればサンぴん捨ててリーチ・日本語らしい音
11/30 ついたちふつかはつかみそか・最初の日をついたちっていうのは何故
12/05 僕はキツネだ、私は虎だ(うなぎ文その1)
12/11 うちの嫁は男です。これ何文?(うなぎ文その2)
12/19 「水文学って何?」留学生に教わった日本語、水文学

ぽかぽか春庭のニッポニアニッポンゴ教育講座
1章 「日本語はおもしろい(日本語学基礎知識扁)」

1-1-1 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 最初のごあいさつ
尺八生演奏はいかが?

 こんにちは。春庭です。
 春庭といっしょに、日本語を勉強してみませんか。

 「え〜、日本語毎日しゃべっているし、メールもできるし、今更勉強せんでも、十分、日本語の達人だ!」と、自信たっぷりの人。「そりゃ、漢字とか自信ないけど、毎日の生活では不自由なし」と、思っている人。

 それじゃ、最初の挨拶にもどって、「こんにちは」というあいさつ、メールで書くとしたら「こんにちは」と書いていますか?「こんにちわ」ですか?
 それとも漢字派?漢字で書くなら「今日は」ですね。「こんにちはお日柄もよく、お天気も上々吉。さて、こんにち、てまえがまかりこしましたのは、かくかくしかじか、、、、」と、最初に交わすあいさつの、後半は長々しいから省略して、最初の「こんにちは」だけを挨拶語としてつかっているんです。
 でも、現在では後半を省略しているなんていう意識はありませんから、発音通りの「こんにちわ」の表記でもよろしい、と春庭は留学生に指導しています。

 なんだ、「こんにちは」でも「こんにちわ」でも、どっちでもいいんじゃん!使えればいいんだよ、ことばなんて。と、思ったあなた。せめて春庭から仕込んだ日本語学蘊蓄を、仕事を終えたあとの楽しみ「クラブ活動」の際に、先輩おねえさんに披露して、もててみたいと思いませんか。
 あ、銀座とか赤坂のクラブ活動で、おねえちゃんにモテるには蘊蓄よりチップのほう、、、ですか。じゃあ、どっちにしろ、あなたがモテないことには変わりないから、暇つぶしに春庭と、ニホンゴを楽しみましょうよ。

 多額のチップがはずめる方、難しい顔をしていないで、チップを持って、ほら、、、お出かけを。
 お出かけしない真面目なあなたに、とてもまじめな春庭がサービス。

 春庭、つつとあなたのおそばににじり寄り、
 「いらっしゃいませぇ!あたしぃ、このお仕事を始めてからまだ日が浅くてぇ、あまりいろいろわかってないけど、いっしょうけんめい勤めさせていただきま〜す。よろしくねっっ。本気でサービスしちゃうから。

 お客さん、本番?生、いく? あ、うち、尺八生演奏禁止なの。ひちりきと笙の笛なら、演奏で
きるけど。
 はい、ひちりき演奏ね。かしこまりました、喜んで!
 普段は1曲だけなんだけど、お客さん、あたしのタイプだから、特別に2曲演奏するわね。サービス、さーびす」

 では、ひちりきを演奏します。1曲目は「越天楽」でぇ〜す。
 ♪ヒューヒャアラ、ヒャラヒャラリコ、ヒャアラー リィコォリー〜♪。

 あれ?何かべつのサービス期待した?
 春庭の日本語教室では、日本文化の紹介の際、ひちりき笙の笛で、「雅楽」演奏聞かせるんですよぉ。
 東儀秀樹の本番生演奏じゃないのが残念だけど、CDとかで。

 では、2曲めを。あ、いらないの?せっかくのスペシャルサービスなのに。
 2曲めがすごくいいんです。
 「越天楽」ほど、知られてないんですけど、「古楽乱声(こがくらんじょう)」って曲なんです。乱声、、、すごっく乱れちゃおうと思ったのにぃ。残念!

 春庭榛名のニッポニアニッポンゴ教室、楽しく乱れつつ、乱れないニホンゴを習得できます。斯うご期待!


1-1-2 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座「日本語も性転換?」
「今は昔」でどんどん変わる、昔むかし、日本の母はパパだった

今日の課題「ニホンゴのオケイコ」クイズ
「昔、むかし、日本の母は、全員パパだった。なぜかわかる?性転換?」

 昔はパパが子供に胸のおっぱい飲ませていたんだよ。えっ、母はパパから性転換したの?
 日本語は、昔と今とではだいぶ変わってきています。語彙も発音も変わってきました。
 「日本の母は、昔むかし、全員パパだった」というクイズのヒント→ 昔むかしの日本語は、現代のH音がP音だった。

 実はヒントがそのまま答えです。日本語H音は、室町末期ごろは、F音でした。
 現代語では、Ha Hi Fu He Hoと、フの音にF音が残っています。「ふじやま」を英語表記するとき、ヘボン式ローマ字ではFujiyamaと書いています。

 「はひふへほ」の発音、室町末期はFa Fi Fu Fe Foと発音していました。さらに遡ると、Fa行の音はP音だったから、は行の音は、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ(Pa Pi Pu Pe Po)と発音していました。
 「ハハ」は、パパと発音していた。花はパナと発音し、春はパルでした。春庭は、パルニワ。

 H音とF音の違いをわからせる方法。
 口の前に手のひらをかざす。「今日は寒いですね。手を温めましょう。息を吹きかけて温めて」というと、皆、手のひらに「ハーッ」と息をかける。ハーッというと、温かい息が手にかかる。
 次に、「やかんにさわった。あ、熱い。やけどしそう。手のひらの温度を下げましょう。息を吹きかけて」というと、今度は皆、「フーッ」と息をかける。

 そう、H音は、のどの奥から息を出すので、息が温かい。F音は、唇から出す息なので、寒い。ハヒフヘホのうち、「フ」だけが、唇から出るF音で、仲間はずれです。
 普段は、自分の口から出る音が、どのように作り出されているかなどということは、意識しないでことばをしゃべっています。

 でも、日本語を客観的に観察すると、普段は気づかないおもしろい現象が、つぎつぎに見つかってきます。
 は行の音の中で、「フ」だけが仲間はずれだったこと、意識してました?普通はいちいちそんなこと意識してたらしゃべれない。
 でも、ちょっと意識すると、同じハ行のひらがなハヒフヘホの中で、「フ」の発音は唇くちびるを使う音で、「ハ」はのどの奥で作られる音だってことをはじめ、いろんな「あれっ?」が見つかります。

 日本語の音声だけじゃなく、文法はもっと面白いんです。みんな文法というと、思い出すのは、助動詞活用形の暗記。「れ、れ、る、るる、るれ、れよ」とか、「まし、まし、ましか」また、「分節で文を区切る」「古語の品詞」などだから、限りなく退屈な授業な思い出しか残らない。

 でもね、本当は、文法というのは、「ことば、不思議発見!」のことなんです。
 ニホンゴの発音や構造の「不思議発見」の旅に出発しましょう。

1-1-3 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座 「イー万リャンソー通ればサンぴん捨ててリーチ・「ニホンゴらしい発音と単語」ラ行音と促音「小さいツ」

ニホンゴらしい発音と単語」
今日の課題:ラッディピャンとクタサミどっちが外来語?

 「わぁ、日本の母が昔はパパだったなんて、知らなかったわあ、もしかして、私、日本語のこと、ぜんぜん知っちゃいなかったのかしら」と、思った方、心配しなくて大丈夫。
 日本語の文法の知識、音声の知識、語彙体系、ちゃんと修得しているはずです。身についているんです。えっ、いつのまに?
 日本語を母語として話せるようになった人、日本語文法も日本語音声学もちゃんと理解しています。ただし、それを意識化していないだけ。脳の言語野には、無意識ではあっても、日本語についての言語学的知識が体系化され、存在しています。

 母語。生まれてきた子供が、自分の身の回りで話されている言葉を自然に習得する、その言語を母語、または第一言語と言います。母語以外の言語で、勉強して身につけた言語は、第二言語です。
 日本語教育は、第二言語としての日本語を、日本語を母語としていない人に教えることを目的としています。日本語教師は、この「無意識に修得している日本語の体系」を意識的に学びなおして、日本語を母語としない人達(留学生、就学生、日本で働いている外国人の子供など)に日本語を教えています。

 日本語を話している人、頭のなかには、ちゃんと日本語の知識がつまっている、ということを確認するために、クイズをひとつ。

 日本語のおけいこクイズ。「らっでぃぴゃん」「くたさみ」どちらかひとつは外来語なので、カタカナで書いてください。
 
 どちらも聞いたことのない語ですよね。でもどちらが外来語っぽいと感じましたか?
 たぶんほとんどの方が「ラッディピャン」を外来語と感じたでしょう。正解です。
 ただし、どちらの語も、辞書にはありません。「ラッディピャン」も「くたさみ」、たった今、わたしが音節を組み合わせて作った「でたらめ語」です。
 音節というのは、「拍」「モーラ」と言う場合もあります。(厳密には区別がありますが、とりあえず同じものとしておきます)日本語のひらがなを発音したときの、ひとつのひらがなの「発音」が音節、と思ってください。

 辞書に書いていない、はじめて聞いたでたらめな音の組み合わせなのに、「くたさみ」は、日本語の古語辞典に載っていそうな感じがする。一方「ラッディピャン」は、ぜったいに日本語古来の語ではなく、外来語の感じがする。どうして、そう感じるのでしょうか。
 それは、耳で聞いて「日本語らしい音」を聞き分ける、日本語音声体系が頭の中にできあがっているからです。私たちの耳になじむ音の組み合わせ方が決まっているのです。

 「らっでぃぴゃん」
 まず、語頭の「ラ」の音について。
 韓国語の発音では李(Li)という名字を「イ」と発音し、語頭のLは発音しません。韓国では、語頭のL音は脱落するのです。林(Lim)さんは、イムさんになります。
 韓国語は、ラリルレロが語頭にこない。

 日本語も、古来の日本語である和語は、ラリルレロが語頭にきません。
 クイズに出した「らっでぃぴゃん」は、語頭に「ラ」があるので、和語らしく聞こえなかったのです。
 外来語では、語頭にラリルレロが来る言葉があります。ラジオ、レコード、リニアモーターカー、など、カタカナで書く語はいかにも外来語らしい。

 漢字やひらがなで書くと、元々和語だったみたいな気になるけれど、ラリルレロがついている単語、出自は海外から来た語です。
 喇叭(らっぱ)、海獺(らっこ)、駱駝(らくだ)、瑠璃(るり)、六(ろく)、など。

 「ラ」が語頭にあるので、初めてきいた「らっでぃぴゃん」を、いかにも外来語らしいと感じました。 
 「ラ」の次の「っ」は、「小さいッ」と呼んだりします。日本語特殊拍の促音です。(もうひとつの特殊拍「ん」については、次回お話します)。
 促音は「音を持たない拍」であり、促音の発音がない母語で育った学習者には、習得がむずかしいもののひとつ。音を発音しないけれど、手を打ってリズムをとって発音したときに、拍手ひとつ分の時間をとります。(一拍のモーラ)

 促音「っ」は、もともとの日本語にはない音でした。漢字と共に中国語の単語を日本語として取り入れたときに入ってきた音です。
 「いろは歌」が作られた当時には、促音の表記が定まっていなかったので、中国語の単語、たとえば「日記にっき」という語を知った日本の人は、ひらがなで書くとき困ってしまった。
 促音を、昔は表記できませんでしたから、「蜻蛉の日記」は「かげろふのにき」と表記しました。「かげろうのにっき」と発音していても、書くときには「にき」としか書けなかったのです。
(かげろふの「ふ」を、現代仮名遣いでは「う」と書くことについては、また別のお話、ハ行転呼音の話になるので、別の機会に)

 促音も、濁音とともに、この発音を持たない母語話者にはむずかしい発音です。
 「三日も四日も、学校へ行った」が、どうしても最初は「みかも よかも かこへ いた」という発音になってしまいます。ニホンゴ教育の最初の苦労のしどころ。もちろん、春庭が教えれば、皆上達するので、ご心配なく。

 「でぃ」という音、年輩の方のなかには、今でもこの発音ができない方もいます。「ピンクレディ」は「ピンクれでえ」となります。英語由来の外来語がふえた結果、ディやフィ、ツェなどの発音、若い人は得意です。でも、近年までの日本語にはなかった音なので、これらの音が入った単語は、外来語らしく聞こえるのです。

 「ぴゃん」の「ん」について。「ん」は撥音という特殊拍のひとつ。「はねる音」です。「ん」については、次回解説します。
 これら、「語頭のラ」や「ディ」などの、「日本語らしくない音の組み合わせ」を、脳の言語野が聞き取って、「ラッディピャン」という「でたらめ語」を、はじめて聞いた語であっても、「外来語だろう」と感じ、「くたさみ」という音節の組み合わせは、「和語らしい感じ」と思ったのです。

 さて、「ラ」がつくことば、「六」が和語じゃないというと、えっ、オリジナルの日本語じゃないのか、と思うかもしれません。もとは中国の数え方。
 現在、私たちが数を数えるときの言い方「イチ、ニー、サン、シ、」は、現代中国語では、上海など中国南部の数字の言い方に近い。
 日本に伝来した古代中国語は、呉音漢音などが南方系中国語に残っているためと考えられます。

 現代中国語北京標準語では「イー、アル(リャン)、サン、スー、ウー、リュー、チー」の数え方、麻雀をやる人、よくできます。
 でも、イチ、ニー、サン、シという数え方がもとは中国から来たこと、ふだんは忘れていますよね。

 和語のオリジナルの数え方は、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、、、、「つ」をつけなければ、ひぃふぅみぃよぉ、、、、となる。
 韓国朝鮮語でも、中国系の数え方と、オリジナルの数え方ハナ、トゥール、セッ、ネッ、という、ひとつ、ふたつ、にあたる数え方の両方を併用しています。
 
今日のポイント:語頭のラ行音も、促音(小さい「っ」)も、もともとの和語にはなかった音。
日本語は、さまざまな発音の変化、語彙の変化、文法の変化を経て「現代日本語」にたどりつきました。発音も語彙も、海の外からさまざまな要素を取り入れてきたし、縄文時代の「原日本語」から見れば、大きく変化してきたのです。

2-1-1ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座「日本語教育の現場から」
ついたち、ふつか
今日の課題「ついたち、ふつか」カレンダーの一番最初の日を「ついたち」っていうのは何故?

 11月30日、霜月みそか。12月1日は、師走ついたち。あっというまに十日(とおか)二十日(はつか)が過ぎていく。一年さいごの大三十日(おおみそか大晦日)まで、駆け足。早い!
 忙しい12月ではありますが、せっかく始めた日本語の復習、続けましょうね。

 「は行」の発音の変化、和語は「ら行」が語頭にこないこと、促音(ちいさいッ、つまる音)や、撥音(ん、はねる音)なども、もともとの和語にはない音声だったこと、確認しました。
 日本語についての知識、ちゃんと脳の言語野に入っていましたね。日本語らしい音節の組み合わせについて区別できて、自信復活しましたか。

 日本語音声と音節について、確認できたところで、こんどは、語彙の確認。
 大丈夫、母語話者なら、ちゃんと、脳の言語野に日本語語彙体系が組み上がっているんですから。知らず知らずのうちに、上位語と下位語、類語、対義語などの体系が頭の中に存在しているんですよ。
 その体系がまだ出来上がっていない、非母語話者すなわち日本語学習者たちは、ひとつひとつの言葉を確認しながら、一語一語おぼえていきます。

 大学後期10月から日本語学習を始めた留学生達、一日に4〜5時間の日本語授業を週に5日受け、8週間で160時間日本語を学んだところ。まだまだヨチヨチ歩きの、おぼつかない足取りです。
 日本語集中コース初級は、5ヶ月間で約300時間の日本語授業を受け、修了となります。

 300時間の外国語授業、日本の中学校英語授業に換算すると、3年間分にあたります。
 日本人中学生が3年間かけて習う英語と同じ分量の日本語を、5ヶ月で詰め込むのです。
 この「日本語集中コース」を担当するようになって、10年になります。

 学生は博士課程修士課程へ進学する大学院の院生研究生たち。5ヶ月で3年分を詰め込む「シンカンセン授業」にも耐えて、熱心に日本語を吸収する。ま、教える教師がいいからですね、、、、ってことはありませんで、国費奨学金を受けている優秀な学生が集まっているからです。

 日本語ゼロスタートの留学生にとって、日本語の日付の言い方も、関門のひとつ。
 月の言い方は、注意さえすればなんとかなる。4月を「よんがつ」「よがつ」と言ったり、9月を「きゅうがつ」と言ったりする間違いを訂正して、「4月はよんがつじゃ、ありません。しがつですよ。9月はくがつ」と、練習れんしゅう。

 次ぎに日付の言い方。学生にとっては、物の数え方が「ひとつ、ふたつ〜」の和語と「いち、に、さん〜」の、中国語由来の数え方の二種類あるのだけでも、たいへん。それに、日付の特別な言い方が加わります。

 英語圏の学生や、外国語教育としてインドヨーロッパ語系の言語しか習ったことがない学生。英語では、「one two three〜 」の基数と「first second  third〜」の序数を覚えれば、日付もOK。

 ところが、日本語では日付は特別な言い方を用いる。「12月いちにち、12月ににち、12月さんにち」と言えません。
 まず「ひとつ、ふたつ、みっつ〜」の言い方を復習する。「1=ひ、2=ふ、3=み、4=よ〜」を思い出させて、「日」を「か」と読む読み方をインストール。
 2日は、「ふつ+か→ふつか」3日は、みつ+か→みっか。4日は「よつ+か→よっか」5日「いつ+か→いつか」、促音(つまる音)、小さい「っ」になるところ、注意。

 でも、6日は「むつ+か」が「むつか」にならず、「むいか」に変化するし、「なな+か」は「ななか」ではなくて「なのか」、「やつ+か」は「ようか」になるので、ややこしい。
 「ついたち、ふつか、みっか、よっか、いつか、むいか、なのか、ようか、ここのか、とおか」お経のように唱えて暗記させる。

 あるとき、言葉の規則、音のルールに注意深い学生が、日付のルール違反に気づいた。「二日から十日までは、ひづけに『か』がつくのに、1日目は、『か』がつかない。どうして?『ひとか』か『ひつか』になるはずなのに」

 この疑問を、日本語教育研究の日本人学生に、出題しました。
 こういう質問が留学生から出たとき、答えられますか?「なんでもいいから、とにかく覚えろ」という返事をする先生もいますし、「さあ、なんでついたちだけ、ちがうんでしょうね。日本語はいろいろだわね」という先生もいます。
 でも、正解を答えてあげられれば、留学生は日本語によりいっそう興味を感じて、勉強に熱がはいると思うよ。

 正解。「ついたち」は「つきたち」から変化したことば。日本語音声ルールでいう音便です。つきたちは、「月+立ち」
 新しい月が、この日に立ち上がる。
 旧暦(太陰暦)のこよみでは、文字通りに、この日、新しい月、新月(朔月)が空に立ち上がるのが見えた。
 月が満ちていって15日に満月になり、また月が欠けていく。月の満ち欠けで月日の移りゆきを知った。

 「This first day , the new month stands up. Month は、つき→つい、Standing up は、たち」と、言ってあげると、留学生の印象にも残り、覚えやすくなりますよ。

 日本人学生たち、たいていは「なんで、ついたちっていうか、初めて知った」と言う。
 どんなトリビアも、日本語教師の知恵袋に入れておこうね。どういう思いがけない質問が日本語学習者から飛び出てくるかわからない。
 なんでもかんでも知っておいてソンはありません。

 さて、師走ついたち、ふつかと過ぎ去りまして、十日(とおか)二十日(はつか)三十日(みそか)もすぐに。大三十日(大晦日)まで、カレンダーは駆け足です。<おわり>


1-2-1 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座「日本語学基礎講座」僕はキツネだ、私は虎だ(うなぎ文その1)
僕はキツネだ、私は虎だ
今日の課題:蕎麦屋で「私、たぬき」って、注文したことある?それじゃ質問、「私は虎だ」って叫んだら、何が出てくる?

 一番最初の授業で、「私はヤンです」「私の専門は建築学です」などの練習をして、自己紹介がようよう言えるようになったばかりの留学生、すっかり日本語が話せる気になって、すぐにも町へ繰り出していきます。「ありがとう」も「すみません」も言えるようになったし、日本語OKネ!ノープロブレム!

 友達に連れられて大衆食堂に入った留学生が、他の客が「ぼくは、きつねだ」「わたしは、うなぎです」と、店員に言っているのを聞きました。
 日本語が少しだけ聞き取れて、「自己紹介しているのかな」と思ってとまどっている留学生に、少し英語ができる日本人の友だちが「ぼくはきつねだ。I am a fox. わたしはうなぎです。I am an eel.」と、翻訳して聞かせました。

 外国から来た友人のために、英語に翻訳してやれて、ちょっと得意な日本人。「それじゃ、ぼくはたぬきだ、I am a racoon. すいませ〜ん、ここ、たぬきひとつ」と注文。
 ちょっとだけ出来る人ほど、得意になって知っている外国語を披露したくなるものです。私のスワヒリ語吹聴のように.。

 留学生はびっくりして、日本ではレストランに入ったら、自分を動物にたとえるのが作法と思いました。
 辞書をひいて「I am a tiger. わたしはトラだ!」と、叫びました。

 阪神ファンが集まる食堂だったので、他の客にも、店主にもオオウケで、ライスは大盛りサービスになったとか。
 彼が「私は虎だ!」と叫んだおかげで阪神が優勝したのかどうかは、知りませんが、以後、彼が「私は虎だ」と注文するとライス大盛りがサービスになったそうです。

 こんな楽しい誤解なら、笑ってすませられますが、自分の母語にひきつけて、外国語を直訳的に理解しようとすると、さまざまな誤解もでてきます。
 自己紹介の「わたしはヤンです」と、食堂で注文することばの「私はうなぎです」は文の構造がちがいます。

 「私はきつねです」が「I am a fox. 」になってしまったら、文の意味がことなってしまう、ということを教えていかなければなりません。このような誤解をときほぐし、ときほぐしして、日本語を教えていくのが、私の仕事です。

 「ぼくはうなぎだ」を英語で言うなら「I'd like to order my lunch. My order is a grilled eel on the rice.」くらいの表現になるでしょうか。

 「日本語のうなぎ文」
 奥津敬一郎の「うなぎ文」の解釈。「ぼくはうなぎダ」と言う表現は「ぼくはうなぎを注文する」と、同じ意味を表現していると考えました。
 「ダ」に「〜ヲ 注文スル」という表現が含まれると、解釈したのです。日本語のコピュラ(繋辞)「ダ」に「述部代替機能」がある、と論じました。くわしく知りたい方は、下の一冊を。
☆☆☆☆☆☆☆
春庭今日の一冊
奥津敬一郎『「ボクハウナギダ」の文法』くろしお出版.

 奥津と異なるもうひとつの解釈は、「ぼくはうなぎダ」という文は「僕が注文したいのはうなぎダ」という表現だ、という考え方。
「僕が注文したい食べ物は、うなぎダ」という文のうち、いわなくても分かっている「注文したい食べ物」という部分を省略した、という考え方です。ポカポカ春庭は、こちらに賛成しています。

 日本語では、言わなくてもわかることは、お互いの「語用論pragmatism=実用的実践的言語運用法」の中で解釈し合い、いちいち表現しなくてもいいのです。
 「食べた?」「うん、食べた」「じゃ、食べちゃうから待ってて」
これで、すべてわかり合えます。

 いちいち主語と述語を出して、
「あなたは、お昼ご飯をもう食べましたか。それとも、まだあなたは昼ご飯を食べていないですか」
「はい、わたしはもう昼ご飯を食べました。あなたがまだ昼ご飯を食べていないのなら、どうぞ、あなたも昼ご飯を召し上がってください。」
「それでは、失礼して、お昼ご飯を食べますから、私が昼ご飯を食べ終わるまで、すみませんが少々お待ちください」
と、いちいち言わなくてもいいんです。こんなふうに会話していたら、わずらわしいですよね。

 「する?」「うん、しよう」
 これだけで、夜の会話が成立します。便利ですね。
 「じゃ、今夜も、、、する?」「うん、しよう」

 はい、意見一致したので、いっしょに日本語の勉強をすることにしましょう。え?なにをするつもりだったの?

今日のポイント:話し手と聞き手がお互いに分かり合っていることは、省略することができる。

(2005/12/05)


1-2-2 ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座「日本語基礎講座」「うちの嫁は男です。これ何文?」うなぎ文(その2)

 食堂で「ぼくはウナギだ」という「うなぎ文」、これは「ぼくは医者だ」というのとはちがう構造の文でしたね。
今日の課題: 「うちの嫁は男です」と、隣の家の姑さんが言いました。
        これはいったい、何文ですか。

 春庭は、トランスジェンダー大賛成の人間ですから、この姑さんは、自分のセクシャリティに正直にパートナーを選びとった息子を自慢しているのだ、と解釈しました。嫁はゲイで「ゲイ・ブン(芸文)?」という答えを考えました。
 しかし、正解は。「孫の話なので孫文」

 孫文(ソンブン)は、もちろん、近代中国成立の立て役者ですが、ここでは、「まご・文」
 (孫文、どんな人だったか忘れちゃった方、映画『宋姉妹』『ラストエンペラー』を見ましょう。清朝滅亡の辛亥革命と人民中国誕生の中国史、また、「孫文&宋慶麗夫婦」「蒋介石&宋美麗夫婦」などのエピソードを復習してください)

 日本語は省略を多く用います。お互いに話が通じていて、言わなくてもわかることは、いちいち言いません。
 「うちの嫁が産んだのは、男の子です」を省略して、「うちの嫁は男です」と言ってしまっても、孫の誕生の話をしているという前提を、話し手聞き手両者が合意しているなら、誤解は生まれません。

 息子夫婦のおめでたを吹聴したくてたまらないお姑さん。ご近所の最近孫が生まれた人に「オタクのお孫さん、女のお子さんだったんですってね。うちの嫁は、まあ、お手柄!男の子を出産したんですよ。跡取りが生まれて、これで一安心」と、言いたくてたまりません。

 そんなとき、ゴミ出しのついでに立ち話。「あらあ、おたくのお孫さん、お嬢ちゃんだったんですって。オタクのお嫁さん、やさしそうな顔してらっしたから、女の子かなあ、っておもってたんですよ。うち?うちの嫁は男です」

 「うちの嫁が生んだ孫は、男の子です」を省略した文が、「うちの嫁は男です」になるのです。この文、実は芸文でも、孫文でもなく、日本語の「うなぎ文」と構造が同じです。
 ことばは、みかけの直訳だけでは理解できないことがあります。うなぎ文もそのひとつ。

 日本語の文の構造(シンタックス)について、うなぎ文から離れて、基本の語順をみていきましょう。

 日本語では「猫がネズミを食べる」「ネズミを猫が食べる」と、語順を変えても、助詞を変えなければ、文の意味が変わりません。

 しかし、「ネズミは猫が食べた」というつもりで「ネズミ、猫、食べた」と表現したとき、日本語の語順の順番通りに「A rat eats cats」という文にしたら、英語の意味が変わってしまいます。

 英語を習った人が、cat rat eat の三つの単語を知っていて、複数形のS,三単現のSなんてことも教わったが、語順の理論を知らなければ、「A cat eats rats.」と「A rat eas cats.」では、まったく「逆の意味」になる、ということがわかりません。英語では、主格(主語)と対象格(目的語)の語順が大切だからです。

 「Kittychan eats Mickey mouse..」だと、「あ、やっぱりキティちゃんって、ねずみが好物だったんだね。ピューロランドのキティちゃん、毎晩10匹はネズミ食っているらしいよ、あくまで噂だけど」という噂がたつ程度です。

 が、「Michey mouse eats Kittychan .」という文が打電されたら、騒動がおこります。
 普通、ネズミは猫を食べませんから、オリエンタルランドがサンリオを吸収合併か、という話の譬喩かと思われて、株価が動いてしまします。
 株主特別サービス仕様のキティちゃんグッズほしさに、サンリオの株をこずかいはたいて10株買ったあなたは、大ショック!

 このように、単語と単語の結びつきは、とても大切です。この単語の並び順、文の構造の研究を「シンタックス=構文論」といいます。

 英語には英語のことばの並べ方があり、日本語には日本語の「コトバの並べ方の規則」があります。ちがう並び順をしている言語の習得は、たいへんですよね。

 朝鮮韓国語、モンゴル語、トルコ語など、ウラルアルタイ語系の言語は、日本語と構造の基本は同じです。
 だから、モンゴル語話者や韓国語話者にとって、日本語は比較的学びやすいことばです。
 中国語話者にとって、日本語は、語順や発音は異なるけれど、漢字によって意味が推測できる点が有利です。

 しかし、インド・ヨーロッパ系の言語、英語やフランス語スペイン語の話者にとっては、語順も文字も、まったく異なる言語を学ぶことになるので、習得がむずかしい。
 あなたは、つまずいたり、ころんだりしながら英語を学んで、結局は英字新聞を読むことも、金髪ねえちゃんと会話することもできないで終わったことと思います。勝手に思ってすみませんが、まあ、春庭の英語習得と、みなさんだいたいいっしょでしょ!と推察。

 日本語学習者も、つまづいたり、まちがえたりします。いろんなまちがいをしますが、ちゃんと日本語を習得します。会話ができるようになるし、研究のための日本語文献も読めるようになります。春庭の指導よろしきを得ているからです。
 そして、春庭といっしょに日本語の復習をしていくと、あなたも立派な日本語指導者になれる。(かもしれません)

今日のポイント:日本語は日本語の論理によって文が成立し、日本語の構文によって言葉をつないでいく。「主題+説明」「(補語)+述語」などの構造がある。
(2005/12/11)

2-1-2ポカポカ春庭のニッポニアニッポン語講座「日本語教育の現場から」
ことばの知恵の輪「留学生に教わった日本語、水文学」
水文学って何?
 
 「水商売」もともとは、文字通りの「水」を使った料理や飲み物を売る商売をさしたのでしょうが、現在は主として客の人気しだいで、売り上げが左右される不安定な商売、特に接客業をさします。
今日の課題: 「水文学」どんな学問だか、知ってる?
        私、この日本語を、留学生からおそわりました。

 「天文学(てんもんがく)」
 夜空の星に興味がある人だと、ああ、宇宙や星のことを調べる天文学ね、って、すぐにわかってもらえる。私も天文学なら子どものときから知っていました。

 ことばに関心を持ち続けているけれど、専門外のこと、ことに理数系の言葉に弱い。
 「水文学」という言葉を知ったのも、つい数年前のこと。

 ちょっと前まで、「水文学」という漢字を見たら、「水」のことをあれこれ書き綴った「文学」なのかと思ったでしょう。「みずぶんがく」なのかな「すいぶんがく」なのかなと、読み方に頭をひねったりして。
 水文学=すいもんがく、って、知ったのは、留学生のおかげでした。

 日本語の最初の授業。前半は、あいさつのことばを教えます。午前中の授業なら「おはようございます」から。「ありがとう」「すみません」「どういたしまして」などのあいさつも、留学生が町にでたとき、すぐにサバイバル日本語として必要になる。
 最初の授業の後半、留学生に「わたしは○○です」と、自己紹介の言い方を教えます。

 「名詞(Noun) は 名詞(Noun) です」という文型練習のひとつとして、自己紹介の言い方を教え、応用として「わたしは学生です」「私は先生じゃありません」肯定否定の言い方を練習します。
 「A=B」は、言語学でいうコピュラ文(繋辞文)という、普遍的な文型です。

 次は、所有の格助詞「の」を加えた応用練習。「私の専門は、○○です」を練習。
 この○○に入る言葉、テキストに語彙一覧表があるから、学生は英語の欄を見て、自分の専門を日本語で言います。一覧にない専門は、辞書を調べたり、たいへんです。

 私の受け持ち、前期クラスの学生は、工学医学系大学院への進学者が多い。学生は、都市環境学、電子制御工学、画像診断学など、理科系の専門を○○の中にいれて言う。後期クラスは、特殊教育学、音楽教育学など、教育学の専攻者が多い。

 数年前、「私の専門は、すいもんがくです」というアジアから来た学生がいました。
 えっ?「すいもんがく」って、何でしょうか。運河の水門を設計する、「水門学」研究かなと思って、質問しました。

 「どんな研究をしますか?」
 彼が英語で答えたことから推測すると、どうやら水脈の発見や水質検査を研究するらしい。
 英語では「Hydrology ハイドロロジー」なのだと言います。

 手持ちの英和辞書を調べましたが、「Hydrography=水路学、水路測量」は載っているのに、「Hydrology」は出てきません。
 彼が、自分の研究内容を説明したことを総合すると、水資源の開発システム、ということになるので、「じゃ、あなたの専門は、水資源開発システム研究、ということにしましょう。『すいもんがく』では、一般の人にわかりにくいから」と提案しました。

 日本語ゼロスタートの彼には、「すいしげんかいはつしすてむけんきゅう」という長ったらしい専門を言うことは、ちょっと難しい。「かいはつ」が「かいはちゅ」になってしまうし、第一、長すぎる。
 「すいもんがく」は、ちゃんと発音できるのですが。

 昼休みに、英和、和英、国語辞書、広辞苑をしらべたが、「すいもんがく」は出ていませんでした。
 でも、気になったので、家に帰ってから、ランダムハウス英和を調べてみました。
 ありました!「Hydrology=水文学、陸水学」

 次週の授業で、学生にあやまりました。「ごめんね。Hydrology、すいもんがくでよかったの。私が日本語を知らなかっただけ。はい、言ってください。わたしの専門は、すいもんがくです」
 しかし、学生は「いいえ、H教授が言いました。『すいもんがく』は、日本語じゃありません。わたしの専門は、『すいもんがく』じゃ、ありません」
 
 「そうね、私も知らなかったし、H教授も『すいもんがく』を知らなかったのでしょう。でも、ちゃんとした日本語です。辞書にもあります。だから、あなたの専門は『すいもんがく』で、いいんですよ」

 留学生の日本語学習が順調に進んでいき、コース修了が近づいても、H教授はがんこに「すいもんがく、という言葉は、日本語にはない」と、学生にいい続けた。

 H教授には、自分の頭の中に入っていないHydrologyという単語、「すいもんがく」という日本語は、「そんな言葉はない」と、言いきるだけの自信があったのでしょう。「私自身が、わが辞書である」と思いこんでいる言語学者日本語教育者、案外多いみたい。
 
 英語で学術論文を書き、専門の内容について英語で質疑応答をこなし、ジョークまじりでスピーチをこなす、というような「ネイティブと同等の英語力」を持っていないことは、私にとって、職業上の弱みです。

 しかし、「英語に弱い」という弱点があることを知っているから、知らない単語はすぐに辞書をひくことにしています。
「自分が知らないこと」に興味を持ち続け、「毎日新しいことばを知る楽しみ」を持ち続けることは、私にとって、決して弱点だけではありません。学生とともに学び続ける楽しみがあります。

 日本語文法学動詞論を専門とする者にとって、遂行動詞とか再帰構文とか、態と相(ヴォイスとアスペクト)などのタームがなじみの用語であるのと同じく、水文学も、この分野を専門にしている人にとっては、見慣れたなじみの言葉なのだと思います。知っている人にとっては、日常のことば。

 水文学は、グーグル検索すれば、170000件も出てくる。以下、水文学の説明。

 『 自然界における水の循環を水文学的循環(hydrologic cycle)、 縮めて水文的循環または水循環といいます。この水循環を中心概念とする学問分野が水文学(hydrology) です。

 水文学が扱う研究分野は降水研究、雪氷、蒸発散、地表水、侵食と堆積、水質、 水資源システムとその相互作用などです。

 降水や蒸発散は、かつては気象学の中心的なテーマでしたが、今ではいずれも 水循環の重要な過程として、水文学の中に含められています。
 雨・雪などの降水から流出までの、主に流域を扱う分野を流域水文学、地球規模での降水、 蒸発散、水蒸気輸送なども含めた領域を扱う分野を地球水文学とわけることができます。』

 へぇ、へぇ、へぇ!!

 自分の専門分野外のこと、知らないことだらけ。いや専門分野の日本語文法、日本語教育学、日本文学についてだって、知らないことは山のようにあります。

 しかし、いつでも謙虚に調べ、追求する姿勢さえ保っていれば、知らないことは恥じゃありません。
 知らないことを追求する態度を忘れること、知ろうとする探求心を失うことが恥なのだと思っています。

 コースが終わる際、学生たちは日本語でスピーチを発表します。
 「あいうえお」も知らないで学習を始めた留学生たち、3ヶ月の猛勉強で、それぞれの思いを日本語によって発表できるようになっています。

 学生達のスピーチを聞いて、最後にひとことずつ教師が感想を述べます。このスピーチで、私は『水文学』について話しました。初級修了程度の学生にもわかるやさしい日本語だけでまとめて話すことにしています。
 黒板に大きく「水文学、すいもんがく」と書いて、感想スピーチを始めました。

 「このコースを教えたおかげで、新しい日本語をひとつ覚えました。『すいもんがく』です。ランダムハウス英和辞典にも、Hydrologyの訳語として、水文学が出ています。私は、最初、知りませんでした。でも、辞書を調べたらありました。

 先生はいつも学生に、『辞書を調べなさい、自分で調べなさい』と言います。でも、先生も自分で辞書を調べたほうがいいですね。
 辞書を調べて、新しい言葉を知りました。日本語のボキャブラリがひとつ増えました。ありがとう」
 と、スピーチしました。

 「『すいもんがく』は、日本語じゃない」と繰り返したH教授への、せいいっぱいのメッセージのつもりでした。
 辞書をひきさえすればわかることなのに、自分の言語能力に自信を持ち、学生の言うことは「日本語もろくにできない未熟な者の言うこと」と、決めつけている教授への、「自分だって辞書ひきなさいヨー」というメッセージ。

 こういう生意気なことばかり言っているから、上からの覚えめでたくなくて、いろいろ悶着が絶えないんですけどね。
 学内ヒエラルキー最底辺にいるのに、もうちょっと身を慎まないと、いよいよリストラ失職かも。


「この地球(ほし)を 経巡(へめぐ)る水を研究(きわ)めんと 水文学(すいもんがく)とふ学問のある」
「水文学(すいもんがく)はハイドロロジーの訳語だと、留学生から教わる水無月」
<おわり>
(2005/12/19)



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