
Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies



いろいろあらーな 春庭エッセイ2007年1月

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とげぬき地蔵 |
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1月31日 |

2007年01月04日 10:54
四方八方皆々様、2007年はっぴぃニューイヤーでございます。
娘は年女です。
2007年春と夏は、中国へ出稼ぎにまいります。
なつかしい長春です。
町のなか、たいへん変わったというので、どうぞご家族様おさそいあわせのうえ、ご来訪ください。
専家宿舎に滞在の宿泊料は無料ですが、交通費、食費は自己負担にてお願いいたします。
1994年、前回中国滞在中に生まれた赤ちゃんが、春には中学生になるんですから、ときはあっという間に過ぎさります。
2007年も、はじまったなと思っているうちに、あっという間に三が日おわっていましました。この分だと、あっという間におおみそかになりそうです。
では、皆々様ご家族一同さまの2007年のご多幸をお祈りして、年賀状がわりとさせていただきます。。
2007年01月24日 20:52
今日は、出講先のロッカー内荷物の整理のため西巣鴨へ出かけました。半年間留守にするので、ロッカー内をカラにしなければなりません。
ロッカーに入れておいた教材は、5号館3階の資料室に預かってもらうことになりました。荷物整理は30分ほどで終了。
いつもは午後3時から6時まで授業をして、そのあと8時9時まで講師室に残ってコピーやら出席コメントへの返信書きやらをしています。
私には事務処理能力が欠如していて、ワープロ早打ち以外のことは、何をするのも、のろくてドンくさくて、失敗ばかり。
コピーをとれば、両面コピーが天地ひっくりかえって反対向きになってでてくるし、書類はなくしてしまうし。
人事部の人から、来期の「講師就任承諾書」がまだ提出されていないといわれ、書類をどこにやったか覚えていないので再発行してもらって、ハンコ押しました。もうほんとボケボケ。
これ以上惚けが進まないように、というワケでもないのですが、今日は荷物整理だけで3時に来て3時半には終わったので、とげぬき地蔵のお参りしてきました。
西巣鴨駅前から巣鴨方向へ自転車で3分くらいで、高岩寺、とげぬき地蔵境内です。
まったくの偶然で、1年3回の例大祭の最初の日にあたっていました。狭い寺内は押すなおすなのにぎわいでした。
東京中のおばあさんが集まってるかと思うくらいの、ばあさん、ばあさん、ばあさんたち。30人にひとりくらいは爺ちゃんもいる。
本堂の中に、お坊さんが30人くらい、ぐるぐる歩きながら、お経を読んでいる。聞いたような節回し。例大祭なので、近隣のお寺からすけっとの坊さんも来て、にぎやか。
お経の読み方、なじみがあるメロディです。
舅のお骨を納めてある真宗のお寺では、私がなじんでいる曹洞宗のお経の節回しととても違ったので、ああ、お経も宗派によってだいぶ雰囲気が違うんだなと思いました。
きいてみたら、高岩寺は、曹洞宗でした。
とげぬき地蔵、何度もお参りしてしたことがあるけれど、曹洞宗とは初めて知った。
4時ごろ、お坊さんたちのお経がおわりました。
「お焼香はひとり一回ずつです」と、小坊主さんが整理している列にならんで、お焼香をしてきました。これが私には初詣。
家内安全商売繁盛天下太平諸事安寧。学業成就に縁結び交通安全諸病平癒に健康祈願、東京直下型地震はあと数百年先でありますように、と、もう何から何まで、1年分お願いしてまいりました。
本堂の焼香がすんで、つぎはとげぬき地蔵まいり。
かならずや、お地蔵さんは一族郎党をお守り下さると念じて、とげぬき地蔵尊を洗いたてまつる。
頭が痛い人は頭を、おなかが悪い人はおなかに水をかける。もう、私は全身まんべんなく水をかけ、洗って参りました。お地蔵さんの頭を、なでなでして、頭がよくなるように祈願。私のボケボケ頭もなおるといいのですが。
親戚一同一族郎党分をまとめてお願いしてきましたから、これより1年間は、安心生活。御利益御利益。
2007年01月31日 22:40
1月31日姉、4月21日妹、6月1日父、9月5日私、11月25日母。
私が育った家で、誕生日のお祝いをどうやっていたか、記憶が定かでない。子供のころのおこずかいで、父や母に誕生日プレゼントなどを買ったおぼえがない。たぶん、両親は自分たちの誕生日など祝わなかったのではないか。
子供たちの誕生日、夕ご飯は、「好きな献立」がひと品多くテーブルにのるくらいで、特別仕立てのごちそうということもなかったと思う。好きな献立といっても、てんぷらとか、とんかつとか、八宝菜とか、いたってささやかなものだ。
私の注文は「けんちん汁」だったこともあった。母の作るけんちん汁が大好きだったので。
私の誕生日はたいてい「山車まつり」の日と重なっていた。田舎から母の親兄弟や従姉妹がまつり見物にやってくるのを接待するのに忙しくて、何年か続けて私は自分の誕生日を忘れられた。おまつりのごちそうがあるから、献立を特別ひと品多くすることもないと思われたのだろうけれど。
自分で買ってきた小さなスポンジケーキやチョコレートをテーブルにならべて、皆が寝静まってから自分ひとりで誕生会をした記憶がある。10歳のときだったか、9歳のときだったか、忘れたけれど。
1月31日は、姉の誕生日。生きていれば59歳。来年は還暦になるなあ。母も姉も還暦むかえることなく旅だった。
このごろはやりの「千の風になって」
母と姉はいっしょに今日も大空を吹き渡っているのだろう。
ついでに言うと、夫の誕生日も今日だった。いないからお祝いを言うこともないけれど。


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