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話しことばの通い路
Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture StudiesHAL-niwa LOFT
いろいろあらーな 春庭エッセイ2006年8月

2006 MIXIな日常8月
08/03 カビパン
08/05 花火
08/09 TOMMOROW明日
08/30 踊るBAKA東京

2006年08月03日
23:28 カビパン
 賞味期限切れの食品、1日や2日、いや3日4日、すぎたって「おいしく賞味できる期間がすぎたってことで、消費できない期間じゃない」というどっかで聞きかじった話を信じて、たいていのものは、「食えるゾ!」という気合いで食べてきた。鉄の胃袋。

 でも、今日、木曜日に届いた生協のカレーパンにカビがはえていたのには、さすがに「食えない」と思った。

 えっ、生協の食品は安全が売り物のはずじゃないか。さっそく電話する。「さっき、配達されたカレーパンにカビが生えていたんですけれど。あ、賞味期限を見たら7月29日って書いてある。今日は8月2日ですよね。賞味期限すぎてる」

 「配達係りが、その品物をすぐに取りにもどる」というので、「はい、お願いします」

 あれま、賞味期限すぎたパンを配達するのに、配達係りが気づかないもんかねぇ、と思いつつ、あれ?と思って今日の納品書をみたら、カレーパンは書いてない。

 しまった、これは、1週間前に配達されたパンだ。私が配達されていたのを玄関にいれたまま、気づかないでそのまま置きっぱなしにしていたのが、今日の配達品に混じったのだ。

 あわてて、生協に電話。「すみません、すみません、、、、」

 いつもの「なんでも忘れる」のくせが、ここにもでた。鍵、財布、めがね、ケータイ、どこかに「ちょっと、一時ここに置いとくだけ、あとで、いつもの置き場所にしまうから」

 パンも、生協品を冷蔵庫にしまっている最中に、「ちょっとパンをここに置いといて、あとでしまおう」と思って、そのまま玄関の段ボールのなかに、入れっぱなしになったのだ。1週間もたてば、そりゃ、カビもはえるよね。

 梅雨明けしたけれど、カビはまだまだはびこりそうな、カビとだにとほこりにとっては、住み心地よさそうな家。
 昼間からごきぶりが我が物顔に歩きまわる家。

 私の家より散らかっている家、広い世間で、私はたった一軒しかしらない。(北関東方面!!)

 ハハハ、私より掃除嫌いな人が存在してくれるおかげで、今日も私は安心して、掃除をしないで、すごした。
 いやあ、安心していないで、ものがどこに置いてあるかくらいは把握しておかないと、いかんなあ。


2006年08月10日
10:45 花火
 8月5日夜、毎年恒例の戸田板橋花火大会。
 荒川をはさんで、戸田側と板橋側で5000発ずつ打ち上げ、見物人は、両サイド1万発を眺める。

 有料席が年々拡大し、ナイアガラ花火が仕込まれている全長600m
の前はすべて有料席。シングル席2500円ペア席4500円。高くてしかも、ひとり分のスペースが狭い。
 私は、広い場所に大の字になって寝っ転がって見たいのだ。

 自由見物の中でナイアガラが見えそうな場所をねらって、私ひとりで4時すぎには荒川土手について、ビニールシートで席を確保。横になって、昼寝をしたり、本を読んだりして待っていた。

 寝っ転がって見るための「3時間待ち」の努力が必要なわけだけれど、どうせ夏の午後、家で寝っ転がって本を読んですごしているのだから、土手で寝っ転がっていても、時間のつぶしかたは同じ。
 土手につくまで歩いているうちは、とても、暑かったが、ねっころがっていれば、川風が気持ちよい。

 7時の打ち上げ開始ぎりぎりに、娘息子到着。食べ物を買っていて遅くなり、赤羽から浮間舟渡駅までの電車の中は、圧死寸前の混みよう。浮間舟渡駅では、ホーム混雑改札混雑のため、電車を出て駅の外に出るまで、10分以上もかかった、という。
 「あんなひどい混雑の中にいるくらいなら、1時間2時間早く来て、川風に吹かれて待っていたほうが、マシ。来年は5時すぎには土手につけるよう、もっと早く家をでることにする」ということになった。

 7時すぎから9時まで、1万発の花火はきれいだった。
 「花火の競演」といい、さあ、次はスターマインの華麗な競演です。板橋側も負けてはいられません」なんて、アナウンスが流れる。
 たいていは「今回もイタバシ負けたなあ」という結果になる。戸田のほうが、金持ちなのか、ボンボンと打ち上げる数といい、大きさといい、景気がよさそうだ。

 「淡麗グリーンラベル500mlを2缶飲み、トイレに行きたくなった。
 「もうじきナイアガラがはじまるのに」というのがだ、ナイアガラの火の流れをみながら、自分もたれ流しになるんじゃ、まずいだろうから、長い列を作っている仮設トイレの前に並ぶ。
 ようやくトイレのなかにしゃがんだら、ナイアガラに点火。人々がワーッと、歓声をあげたのが聞こえた。

 トイレに入っているうちに、ナイアガラは有料席の方へ流れ去ってしまった。
 ま、来年はビールの量を加減せねば。

2006/08/09
TOMORROW明日

  夏の間、水曜日午前中と金曜日夜の週2回、ダンスサークルに参加する。

 今日は、午前中、Aダンスサークルに参加。ストレッチをして、日本民謡「組踊り」を浴衣きて踊って、ジャズダンス「ロドリコベイ」を踊って、プレスリーのブルーハワイにあわせてフラを踊り、アレクサンドロフスキーというロシアの民族舞曲のワルツを踊った。

 アレクサンドロフスキーは、「山の娘ロザリア」という歌詞がつけられて、親しまれてきた。

 ♪山の娘ロザリア いつも一人うたうよ 青い牧場日昏れて 星の出るころ
 ♪帰れ帰れ もいちど 忘れられぬあの日よ 涙ながし別れた 君の姿よ
 
 二度とかえらないとわかっていても、もう一度、かえってきてほしいあの日が、ある。
 
 昨夜、「明日、台風はどうなるのだろう」と思いながら眠り、朝が来た。台風は房総半島に接近し、東京も時折強い雨が吹き付けた。
 ひどい天気ではあるけれど、きのうの続きの今日は、確実にやってきて、私のくらしは昨日とおなじように続く。

 昨日、台風の心配はしたけれど、「明日が来なかったらどうしよう」という心配はまったくしなかった。
 もしかしたら夜のうちに大地震がくることもあるだろうし、どんな事故天災にみまわれないとも限らない。

 昨日のつづきで今日がくることを当たり前のように受け取り、ありがたがりもせず今日をはじめる。
 昨日のつづきが今日であることは、真の意味でことば通り「有り難い」=「そうあることがむずかしいこと」であるのに。

 「明日」がやってきなかった人々がいる。
 8月6日の次の日は、やってこなかった人が広島にいた。8月9日の翌日はなかった人が長崎にいた。

 井上光晴の小説「明日・1945年8月8日・長崎」を黒木和雄監督が映画化。
 「TOMORROW明日」
 1988年公開作品。出演:桃井かおり、南果歩、仙道敦子、佐野史郎

 昨日、8月8日に12チャンネルで放映された。
 テレビ、見逃した人、池袋新文芸座での黒木和雄特集で8月15(火)・16 (水)「黒い雨」(1989)TOMORROW 明日(1988)の2本立てをおすすめします。

 1945年8月8日、看護婦のヤエと工員の中川の結婚式が始まる。
 ヤエの姉ツル子は、出産間近の大きなおなかをかかえているが、妹のために、母とともに準備に忙しい。
 戦時だから、お酒も食料品も統制下だけれど、はれの日のため、せいいっぱいのごちそうが並べられていた。

 ツル子とヤエの両親、市電の運転手をしているヤエの叔父夫婦。数年間だけ中川の義理の父として同居したことのある写真館の銅打。病気のため徴兵検査に落ち、軍属として捕虜収容所で働く中川の同級生石原。

 結婚の席に集まった皆がささやかな庶民の暮らしをせいいっぱい生き、ふたりの結婚を祝っている。記念の写真も撮り終えると、警報が鳴り響き、結婚式は途中でお開きとなった。

 夜、ヤエの妹昭子に思いを寄せる英雄にもついに赤紙(召集令状)が来たことがわかった。夜半から産気づいたツル子は、明け方、元気な男の子を出産。家族は喜びに包まれた。

 8月9日、中川とヤエはお互いを思い合う気持ちを確認して、それぞれ出勤していく。
 ツル子の母は青空の下、洗濯物を干す。ツル子は、赤ん坊にお乳をふくませる。
 長崎の坂道では、子供たちが石蹴りをして遊んでいる。

 広島に新型爆弾が落ちたらしいと噂には聞いたが、人々は静かに、8月9日の暮らしを始めていた。

 午前11時2分。原爆投下。せいいっぱい生きていた人々の明日は、一瞬にして失われた。
 即死3万5千人。原爆症発症などによる累計死者10万人。

 長崎の上空に広がる巨大なきのこ雲。スクリーンの画面いっぱいにキノコ雲を映すのみで、映画は終わる。
 このキノコ雲の下の惨状、地獄図は描かれていないが、残された私たちが、これからの明日をどう築き上げるべきなのか、映画は静かに主張しているように思える。

 ショーモない私の日常ではあるが、私は今日をせいいっぱい生きている。
 ビヤ樽のごとき体をゆすってワルツを踊り、山の娘ロザリアを口ずさんで、一日を終える。明日がくると信じて。

♪帰れ帰れ もいちど やさしかったあの人 胸に抱くは形見の 銀のロケット
♪帰れ帰れ もいちど 命かけたあの夢 移り変わる世の中 花も散りゆく

 世の中は移り変わるけれど、二度と散らしてはならない命がある。
 夢を抱いて生きていた若者の命が、一瞬にして散っていった世にしてはならない。


2006/08/26
踊るBaka TOKYO

 夏休み好きなものめぐり。夏の終わりの楽しみは、表参道、原宿でのスーパーよさこい祭。 土佐の「よさこい祭り」、札幌の「よさこいそーらん」の東京版です。
 2001年の第一回目から、毎年のように見てきました。踊り大好きです。

 今年は8月26日、27日。
 26日、原宿・代々木にでかけました。途中で雨が降ったせいか、高円寺阿波踊り浅草サンバカーニバルと日程が同じになったせいか、去年より観客が少なかったように思います。

 今年は、ダンスサークルの仲間の一人がよさこいチームの一員として演舞に参加するというので、ダンス仲間誘い合わせて、応援にいきました。
 チームの名前は「踊るBaka TOKYO」
 9歳から68歳までがいっしょに踊る結成5年目の元気なチームです。

 よさこいのいいところは、振付けしだいで、初心者向けから高度な踊りのテクニックを使った振付けまで、自在に組み合わせることができる点。
 また、舞台での演舞はどうしても前列の人がスターで、多人数のチームだと、後方列の人の踊りはあまり見えません。
 でも、表参道やNHK前ストリートを流して歩く「歩き踊り」だと、ひとりひとりが全員よく見えて、全員が主役です。今年は110チーム6000人の踊り子が参加しました。

 26日、最初、明治神宮文化会館前の特設野外舞台を見ていたのですが、雨がふってきたので、移動。代々木公園わきのよさこい広場ステージを見ながら、ブースで販売している土佐の食べ物を食べました。四万十うどん、おいしかったです。

 そのあと、NHK前ストリートでたくさんのチームの演舞を見ました。
 「踊るBaka TOKYO」チームは、26日夜NHK前の演舞、ラストを飾るチーム。

 全員よく走り回る振付けで、とてもエネルギッシュでした。NHKホール前の席に審査員観覧席があり、優勝チームを採点中。(今年も最優秀チームは高知県の「十人十彩」)
 チーム表彰のほか、優秀踊り子にメダルが贈られます。

 「踊るBaka TOKYO」チーム、私のダンス仲間のMさんもメダルをもらって大喜びでした。
 Mさんからのメール「見てくれてありがとう。来年はいっしょによさこい踊りませんか」
 ほんと、見ていると踊り出したくなってきます。

 「踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃソンソン」です。




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