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ポカポカ春庭 映画いろいろあらーな2006セレクト

2004日付 タイトル 監督 主演
01/05 風の前奏曲 イッティスーントーン・ウィチャイラック アヌチット・サパンポン
11/23 手紙 生野慈朗 山田孝之 沢尻エリカ
風の前奏曲
01/05

 2006/01/05 木
映画いろいろあらーな>風の前奏曲(1)タイの伝統楽器ラナート 

 世界の国のなかにさまざまな国があり、さまざまな言語がある。中でも、自分自身が滞在したことのある国、自分が習ったことのある言語は、とりわけ親しみを感じる。

 タイ語は、対照言語学という授業を受けた1986年に、1年間週2回、文法とタイ文字などを習った。
 しかし、会話の上達が目的ではなく、日本語とタイ語の違いを学ぶための授業だったから、期末試験が終わったら、サワッディ・カー(こんにちは女性語)とコープチャイ、コープクン・カー(ありがとう)マイペンライ(大丈夫、問題ない)など数語を覚えているのみ、全部学校へ返してしまった。

 習ったこと全部忘れてしまったけれど、今でもタイ語のふんわりとやさしい発音や、タイ語を話す人々の笑顔が好き。タイ料理も好き。

 韓国中国に続けと、台頭著しいアジアの映画製作。タイ映画も日本で公開される機会が増えてきた。
 しかし、私は、『花と蝶』(監督ユッタナー・ムクダーサニット)以来、タイ映画から遠ざかっていた。

 久しぶりに見たタイ映画、『風の前奏曲』(イッティスーントーン・ウィチャイラック監督)とてもよかった。
 映画の作り方としては、オーソドックスな作り方。19世紀後半(当事はシャム王国)のタイと、1940年代のタイが交互に出てくる。主人公の音楽家の若い頃と晩年を交互に描いていく。

 タイの田舎の風景、19世紀バンコックの路地の雰囲気、宮廷音楽家同士の壮絶な演奏試合など、楽しめた。なによりタイ語の響きが心地よく、ラナートの音色がすばらしかった。

 タイの古典音楽家として最高の栄誉に輝いたラナート(タイの伝統楽器、木琴)奏者の一代記。
 19世紀末期、若きソーンのラナート演奏にかける研鑽の日々を描く。
 1940年代のタイ。タイ軍部が伝統音楽を統制しようとするバンコクで、老ソーンは静かな抵抗によって伝統音楽を守る。
 実在の音楽家の伝記をもとにした映画である。

 モデルとなったのは、宮廷より「ルアン・プラディット・パイロ」という最高の敬称を受けたラナート奏者ソーン。ルアンは、ラマ8世(現国王ラマ9世プミポン王の兄)に仕えた宮廷音楽家であった。

 ラナート奏者ソーン・シラパバンレーンを演じた主役のハンサム青年アヌチット・サパンポンは、今年公開される日本映画『春の雪』にも出演している。

 『春の雪』の中で、主人公(妻夫木聡が演じている)に、仏教思想を伝えるキーパーソン。出番は少ないが、「日本に留学しているシャム王国の王子」という重要な役どころ。「王子」にぴったりの、ノーブルな気品を持った、最近では珍しい正統派美青年。

 主役のアヌチットは、映画の撮影に入るまえに、ラナート(木琴)の特訓を受けた。音は専門家が入れているが、木琴のばちさばきは、アヌチットの全身がうつるシーンでは吹き替えなしにアヌチット自身が演奏し、なかなか見事な演奏ぶりであった。

 演奏シーンすべてを吹き替えですますこともできただろうに、監督はソーンの演奏シーンをアヌチット自身の手の動きで撮影したかったのだろうし、ラナート演奏の真髄を実際にアヌチットに身体でわかってほしかったのだろう。

 完成した映画の試写を見た感想をきかれたアヌチットは、「練習はたいへんだったけれど、完成した映画をみるとあまりに上手に演奏しているように見えるので、涙が出た」とインタビューアーに語っている。<つづく>
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2006/01/06 金
映画いろいろあらーな>風の前奏曲(2)競演会

(ネタバレ注意)
 『風の前奏曲』の中で、タイの伝統楽団が「競演会」という音楽の他流試合をすることが重要なストーリーになっている。
 楽団同士、自分たちの最高の演奏を披露して、観客に聞き比べをしてもらう。ソロ楽器担当者の腕前が対決のもっとも大きな要素になる。
 どちらの演奏技量が上か、人の心を打つ響きが出せるか。

 演奏者は子どものときから練習を重ね、技量を磨いていく。
 19世紀もおわりのころ、ソーンは、5歳のときはじめてラナートに触れ、演奏を見よう見まねで習得していく。しかし、楽団の指導者である父親は、ソーンに楽器の演奏を禁じていた。

 ソーンはこっそり練習を続け、ついに父の許しを得て、正式に父から手ほどきを受けるようになった。
 父がソーンに演奏を禁じたのは、ソーンの兄が、競演会で負けた相手の恨みを受けて殺されてしまったからだった。

 勝ち負けをめぐって殺し合いまで起るくらい、試演会は真剣勝負。勝ったほうは名誉と裕福なパトロンを得る。最高の栄誉は、国王直属の宮廷演奏家になること。

 ラナート競演シーン、すごい演奏だと思って見ていたら、俳優ではなく、本物のラナート奏者だった。
 映画のラナート演奏、超絶技巧の部分で実際にラナートを演奏しているのは、現代最高のラナート奏者と言われるナロンリット・トーサガー。

 ナロンリット、映画の中では、ソーンと競演会で対決する名手クンインに扮している。
 ラナート演奏シーンが見事なのは言うまでもないが、敵役として実にすごい風貌と眼力で、映画を迫力あるものにしていた。演奏への気迫がオーラとなって画面にあふれる。
 そのほかの楽団シーンでも、俳優ではなく古典音楽演奏家たちが楽団員を演じている。

 ソーンがラナート奏者として、さまざまな試練に耐えて名人になっていく成長過程は、「音楽家のビルドゥングス(成長)映画」と、ひとくくりにしてしまうこともできるが、ムエタイのアクション対決以上に、「音楽家同士の対決、競演会」のシーンがすごかった。

 日本でも平安貴族たちは琵琶や琴を持ち寄って「試楽」を催し、演奏技術を競う催しを行った。試楽とは、本楽の前の予行練習であったが、演奏者同士がお互いの腕前を確かめ合う「対決」の場でもあった。
 現代の日本ではさまざまなコンクールが「楽器演奏技量」の試合となっている。

 19世紀タイでは、地域ごとの郡長専属楽団や、王族の宮廷楽団が互いに競い合う「競演会」が盛んだった。
 王族達はそれぞれにお抱えの楽団を持ち、お互いの名誉をかけて楽団同士を競わせた。

 ソーンと対決するラナート奏者クンインは、負けを認めたとき静かに「私の音楽を受け継いでほしい」と勝者ソーンに申し出た。
 その強く潔い演奏家魂は、ソーンに受け継がれ、晩年のソーンは、伝統音楽を統制しようとする軍部と対決する。<つづく>
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2006/01/07 土
映画いろいろあらーな>風の前奏曲(3)私の青空 

 主役ソーンの晩年を演じたアドゥン・ドゥンヤラットは、タイ古典映画の重鎮。70歳すぎても現役俳優として活躍している人。落ち着いたいぶし銀の演技で、伝統音楽が迫害された時代に、静かに軍部と対峙した気迫を表現していた。

 軍部は、タイ近代化を国外に示すため、と言って伝統音楽を統制する。文明化されていない野蛮な国と思われると侵略を招くことにもなりかねない。西洋式の楽器なら近代的と見なせるが、タイ伝統楽器を床に座って演奏するなどもってのほか。「演奏許可証を持ってない楽団の演奏は禁止する」という。

 しかし、ソーンは屈することなく、自分の音楽を演奏し続けた。

 第二次大戦中は、アジアの独立国タイ王国にとって、苦難の時代だった。
 1938年に成立したタイ王国のピブン・ソンクラーム内閣は、1941年に日タイ同盟条約を締結した。

 周囲はすべて、欧米列強国が支配する植民地となっている。アジアで完全な独立を保っているのはタイ王国と日本だけだった。
 独立を守るための苦渋の選択が「日タイ同盟」だった。

 王国とは言っても、軍部が独裁体制をしいていた時代のことで、大戦末期には「抗日地下組織」も作られたのだという。
 大戦終結後、ただちにタイ政府は「日タイ同盟」は、日本軍部からの圧力によって成立した同盟であって、押しつけられたものにすぎず、タイ政府の望んだことではなかった、と戦勝国側に申し出た。

 映画には、これらの政治的な背景はいっさい出てこない。日本との協力関係として、ソーンの息子が日本への留学経験をもっていることのみ語られる。
 ソーンの息子は、父と同じく音楽を愛する青年であったが、日タイの関係を反映し、日本へ留学していたという設定になっている。日本で近代音楽にふれた息子は、古典音楽ではなくピアノを愛好する。

 息子は、軍部から「あなたの日本語力が、国のために役にたつのだから、協力して欲しい」と、要請され、伝統音楽統制にも協力するよう言われた。
 息子は「国のために私の日本語が役に立つなら協力するが、父の音楽を迫害することには協力できない」と、きっぱり言う。

 息子がピアノで弾くジャズ「私の青空」に、老ソーンがラナートを合わせて合奏するシーン、とてもいい。
 老ソーンは古典音楽を守ったが、古いままを頑固に踏襲するのではなく、新しい要素もどんどん取り入れて作曲を続けたことが感じられる。
 軍部の圧力をはさんで苦しい立場に落ちいった父と息子が、心を通わせ合うシーン。

 「私の青空」、ビング・クロスビーの持ち歌。私はエノケンの軽妙な歌、好きでした。
 ピアノとラナート合奏に合わせてつい口ずさみたくなる。

 ♪夕暮れに仰ぎみる、輝く青空/日暮れてたどるは、我が家の細道/狭いながらも楽しい我が家、愛の日影のさすところ/恋しい家こそ、私の青空♪

 音楽に国境はない。音楽は青空のあるところ、どこにでも響く。バンコクを空爆したアメリカの空にも、軍事同盟を強制した日本の空にも、タイの青空の下にも。<つづく>
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2006/01/08 日
映画いろいろあらーな>風の前奏曲(4)風を渡る響き

 バンコックが破壊された空爆シーン。
 タイが日本と協力関係にあることを重視した連合軍は、日本側アジア戦線への補給路を断つためにバンコクを爆撃した。

 映画の中では、政治的な背景がいっさい語られないため、いったいどこの誰が爆撃しているのかわからなかった。
 タイの歴史を詳しくは知らなかった私、もしかしたら日本軍が空爆しているのか、と思った。

 ソーンは、幼なじみの親友から、彼の息子テュートを預っていた。演奏家に育てるために弟子にしていたのだ。
 テュートは音楽統制に反発した。軍部に逆らったために反逆とみなされ、追われる身となってしまう。

 タイ軍の大佐が、ソーンの家を捜索するため踏み込んできた。老ソーンは表だった抵抗はしなかったが、大佐達が家の玄関の外にでると、ラナートの演奏を始める。
 いきり立つ軍人たち。

 しかし、ソーンの家を取り囲むように集まってきたバンコクの民衆たちは、ソーン家の窓から聞こえてくるラナートの調べに耳を傾けた。爆撃で荒れ果てた人の心を静かに癒すラナートの響き。

 ラナートの響きはタイ人の誇りであり、人の心に必要なもの。
 伝統タイ文化が決して「伝統的なものは野蛮で非文明的」ではないことが、軍人の胸にも染みていった。

 イッティスーントーン・ウィチャイラック監督は、グローバル化する現代にあって、タイ文化、タイ音楽などの芸術こそがタイ人のアイデンティティにとって重要であると再認識し、これまでのタイ映画が描いてこなかった「タイ伝統音楽」をテーマにすることを決めたのだという。

 ラナートの演奏技法に「稲穂がゆれる」というばちさばきがあるという。ばちの動かし方あて方によって、微妙に音色を変えるラナートの演奏の中で、「稲穂がゆれる」というばちの動かし方、どんな音が響くのだろうか。

 映画のなかでは、風にゆれる椰子の葉を見て、ソーンが新しい奏法を思いつく、というエピソードがある。

 ソーンが王族の宮廷楽士に抜擢され、競演会で行われるクンインと対決することになったときのこと。演奏にいきづまったソーンは宮廷から故郷へ逃げ帰った。
 演奏家をやめようと思ったとき、椰子の葉をゆらす風が、ソーンに教えてくれた。新しいラナートの弾き方と、音楽の心とを。

 風はタイの光の中を、さまざまな音になって吹き抜けていく。

 タイ語の映画タイトル「ホームローン」。英語タイトルは「the Overtureオーバーチュア」、日本語だと「前奏曲」。
 どこにも「風」の文字はないけれど、映画を見終わったあと、木琴の調べがタイの椰子の木陰を吹き渡っていく風の音にも重なってくる。

 映画館の入り口に、ラナートが展示してあった。そっとマレット(木琴のばち)を取り上げて、小さく音を出してみた。独得のタイ音楽音階によって音板木片が並んでいるので、ドレミファ音階に慣れた私には、曲を弾きこなせないだろうと思ったが、いつか機会があったら、シロフォンといっしょにラナートも練習してみたいな。

 「ラナート」とは、タイ語で、「心を癒す」という意味なのだという。
<おわり>


手紙
2006/11/23

 今日23日、『手紙』を渋谷で見てきました。「映画の券2枚もらった」と、姑からのおさそいがあったので。
 強盗殺人犯の兄とその弟がかわす手紙を中心にした東野圭吾原作の映画化です。

 犯罪者の家族への社会からの冷たい扱い、差別、イジメ。
 社会の不寛容、自分たちに同調しない者の排除、異質な者への徹底的なイジメ。

 「差別のない国」をさがしにここから逃げ出すのではなく、ここから始めるのだ」と、主人公の勤務先の会長が、いいます。
 ここにとどまってふんばって、ハジメの一歩が踏み出せる人は、最初から逃げ出す必要はないのよね。もうどこにも逃げ場もなし、踏みとどまるべき足の置き所もはずされてしまう人もいる。

 映画だから、最後は弟が罪に服する兄を認め励ますところで「完」です。観客を泣かせようとして作られている映画だから、みんなラストは泣きます。涙もろくなっている私ももちろんハンカチ必須。
 でも、ハンカチで目頭おさえながら、「今、涙ふいている人たち、あしたは、また次のイジメ相手を見つけだすのだろうし、まったく無意識にではあろうけれど、異質なものを排除することに手を貸すのだろう。自分が排除に加わっていることなど意識もしないで、平然と人を踏みつけるのだろう」と思って席をたちました。

 いっしょに見ていた姑、自分が「悪人」の側にたつことなど想像したこともなく、「自分の親戚にはケーサツにつかまるような悪い人がいなくてよかった」と感想を述べる人です。「悪いことをすると、家族も親戚もメーワクをかけることになるって、孫たちにもよく言ってきかせなくちゃね」というのが、姑のこの映画への感想。
 
 自分の価値観をゆるがすことに最初からバリアを作ってしまう老人の感想なのだから、めくじらをたてることもない、とは思うものの、そういう感想を引き出してしまったとしたら、これは、映画の撮り方の問題なのではないだろうか。

 『大和』に出演した反町が「私も、家族を守るため、国を守るために戦争に行く」というコメントを出した。
 それを知った監督が「映画の主題をまったく理解していない」と、激怒したというニュースを見た。でも、主演俳優にそんなコメントをされてしまうのは、監督が俳優に要求したことがまったく伝わっていなかったということなんじゃないのか、と思った。

 この『手紙』も、単に「悪いことすると、家族はたいへんな目にあう」とか「家族を思いあう心は最高ねぇ」というような感想のみを観客に残すのであるならば、テレビのホームドラマをみているほうがいいんじゃないのか。
 こんなイジワルな感想を持ってしまう私、私も罪多き人間です。

 『手紙』の収穫のひとつは、映画後半、母親となった沢尻エリカ(白石由美子役)が、ちゃんと母親役をこなしたこと。

 パッチギのキョンジャ役を見たときから注目していたけれど、「あいくるしい」の耳がきこえない介護士、「1リットルの涙」の難病少女、「タイヨウのうた」の太陽光線のもとにでることができない歌手、と続いて、もう薄幸のエリカじゃないのを見たいと思っていたところだったので、『手紙』の「シンの強い娘」は、ちょうどよかったと思います。

 西荻窪でエリカちゃんママ経営する地中海料理店リラズテーブル。ママの名前は澤尻リラ(アルジェリア生まれフランス国籍)
 馬主をしていたエリカパパは癌でなくなり、次男も交通事故死。ときくと、エリカが、見た目のあいくるしさの裏の「しっかりもん」である理由がわかったような、、、 

 一方の山田孝之(武島直貴役)は、実生活では父親となることを拒否。生まれてきた婚外子に対しては「認知と養育費支払い」を行うのみで決着。
 の、せいかどうか、父親役は、あまり似合わなかった。

 おおかたの「善良な市民たち」は、何も疑うことなく「泣けた」「感動した」と感想を述べる。
 そして、「オウム麻原の子供が大学に合格したのに、大学が入学を拒否」というニュースを見ると「うちの子が入っている大学じゃなくてよかった」と胸なでおろし、アパートの2階に引っ越してきた人が犯罪者の家族と知ると、顔あわせないように、ゴミ出しの時間を調整する。

 
 『手紙』の「映画的シーン」としては、直貴が由美子と出会う、家電再生処理リサイクル工場がよかった。
 産業のなれの果ての姿である「ごみ屋」「くず屋」
 こわれた冷蔵庫やテレビパソコンの残骸。この荒廃した「廃棄物の山」と、「向こう側の「家電が生きている世界」は、長い橋でつながれている。
 橋の向こうの「家電が生きている世界」で生活するには、こちら側の「壊れた世界」は、あまりに荒廃している。しかし、そんな中でも、ムショ帰りの男は、家族のために「大検」を受けて大学にはいれれば、今よりよい生活をさせてやれるのではないかと勉強をしていた。

 直貴は、犯罪者の家族への差別を受け続け、アルバイトしていたコンビニは首。中学校からの夢である「お笑い芸人」として成功しかかるも、身元がネットにさらされ、芸人になることをあきらめる。
 バーテンのバイトをしながら夜学に通う。(夜学シーンは映画にはない)、家電量販店に就職。しかし、また身元が割れて、配送倉庫へ配置転換。

 この映画の中で、既成の価値観や感情が否定されることはない。すべてが既成のものとして、人々の中にできあがっていて、それをゆさぶるものはない。あえて見つけるとしたら、直貴と結婚し、女の子を育てる由美子。彼女だけが既成の価値観にうずもれず、自分の道を築く。仲間はずれにされている我が子に「自分で、あそぼうって言ってごらん」と背中を押す。

 直貴は「現在の一番たいせつな家族」である娘を守るために、かって自分を誰より大切にし、自分を進学させてやるやめの費用を得ようとして罪を犯した兄と断絶するという手紙をだす。

 いろいろ疑問に思うこと。まず、結婚するとき、武島ではなく白石の名字になることを選べたはずなのに、なぜそれをしなかったのか。生まれてくる子供が「武島」という名字を手がかりに殺人犯とのつながりを言われるのであることは予想される。それを受け入れることを覚悟で「武島」を名乗るなら、それもひとつの覚悟を持った人生。
 それが、あとになって娘も差別されていると憤るなら、最初にできることはすべてやるべきなのだ。
 少なくとも量販店に就職する以前に裁判所に改姓届けをだして、母方の姓を名乗るなり、なんらかの方法を講じるべき。せめて、結婚に際しては、白石の名字になることを選ぶべきだった。

 量販店の会長が「差別のない国に逃げていくことはできない。ここに踏みとどまっているべき」ということばに従うなら、踏みとどまって生きるためのあらゆる方法はさがさなければ。兄の手紙に刑務所検閲印があることを人に見られることがいやなら、私書箱をもうけることだ。

 だから、千葉の刑務所に慰問にいった直貴が、それからのち、兄とのつきあいをどうしたのかは、描かれない。原作にもない。
 ここで物語が終わっているのは、あとのことは自分で想像してね、ってことなんだろう。

 そう、私は、現状維持が嫌いなのだ。オウムの子たちで言えば、信者からの献金で、今も贅沢な暮らしを続けている三女アーチャリーは好きになれず、オウムからの自立をめざし、後見人に江川紹子を選んだ四女を評価する。

 この映画を見て、「犯罪者の家族を差別する側の自分」を見つけることができた人がひとりでもいるなら、この映画が制作されてよかったと思う。
 でも、姑がもった感想のように「うちには、ケーサツのやっかいになるような人がいなかったからよかった」とか「犯罪者の家族はこんなふうにたいへんなんだから、犯罪に巻き込まれないように、孫に言ってやらなくちゃ」という感想しか生み出さないのであるならば、いったい、この映画は何のために作られたのか、と思う。
 いっとき涙を流して、体のなかのストレス物質を洗い流せば、それだけでも意味はあるのだろうが、、、、

 確かに殺人は大きな罪だ。
 武島剛志は、空き巣ねらいのはずが、運命の歯車掛け違えて一人をころしてしまった。無期懲役。
 しかし、エイズウィルスが入っていることを承知で血液製剤販売を許可した厚生省の役人は無期懲役になどならなかったことを知っている。何人もの血友病患者がエイズによって死んだところで、役人は罪には問われない。
 何百人もの水俣病患者を生み出したチッソも、和解がすめば堂々営利企業として存続する。廃液を水俣湾に流し続けた罪は、いったいだれが裁かれたのだろう。

 女房殺し、刑事裁判では無罪になったシンプソンが、民事では有罪になったことを知っている。
 アメリカでも、ひとりを殺せば殺人犯だが、スイッチひとつでイラクの市民を殺せば、勲章ものだ。

 罪とはなんなのか、罰とはなんなのか、それもわからずに、ただ、「おそろしげなものは排除」という論理で、加害者家族を差別している現在の社会構造がこれから先もつづくのだろうと、あらためて感じた。
 それで、私はこの映画をみて、いらいらしてしまったのだろう。

 罪悪と贖罪と赦しの問題を、考え続けていきたいです。


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