| Home | Sitemap | 日本語 | リンク集 |
![]()
Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture Studies
![]()
![]()
![]()
かるすたクラブ 春庭言語文化エッセイ2008年5月
![]()
2008 中国語・漢語・外来語・カタカナ語 05/15 アンドン・パイパン・焼きギョウザ(カタカナで書く漢語) 05/16 コカコーラとミスタードーナッツ(中国語への外来語導入事情@) 05/17 気晴らしには買い物が一番(中国語への外来語導入事情A) 05/18 米奇老鼠と空白鍵(中国語への外来語導入事情B) 05/19 チャイナ・ピープルズ・リパブリック(和製漢語の話・中華人民共和国って70%日本語です) 05/20 口吸い、接吻、ディープキス(和語漢語・和製カタカナ語) 05/21 キーボードで弾くラブストーリーは突然に(カラオケは日本語から海外へ) 05/22 エコノミクス経済学 05/23 エコノミスト海保青陵 05/24 エコノミィ経済 05/25 プレカリアートとマルチチュード 05/26 ビルゼンマリア 05/27 黒船の加比丹 05/28 キャプテンとカピタン
アンドン・パイパン・焼きギョウザ(カタカナで書く漢語)
2008/05/15
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(1)アンドン・パイパン・焼きギョウザ(カタカナで書く漢語)
語彙の多くを中国語から得てきた日本語。
飛鳥〜奈良時代、古代中国の南方にあった王朝「呉」を中心とする中国語から多くの仏教用語などを輸入しました。
日本語の漢字の読み方のうち、「呉音」と呼ばれる発音は、奈良時代までに日本に入ってきた発音です。
平安時代、遣唐使とともに入って来た発音は「漢音」と呼ばれます。
鎌倉室町時代に入ってきた中国語の発音は、「唐宋音」といいます。
「行」という漢字。呉音ではギョウと読みます。一行目(いちぎょうめ)修行(しゅぎょう)など。
漢音ではコウと読みます。旅行(りょこう)行動(こうどう)。
唐宋音ではアンと読みます。行燈(あんどん)行脚(あんぎゃ)
江戸時代以前に入ってきた漢語は、漢字表記され、日本の呉音・漢音・唐宋音で発音されます。
近世近代以後に、新しく入ってきた中国語は、できるだけ原音に近く発音されることが多いので、漢字の音読みとはちがう読み方がされています。表記は漢字もありますが、カタカナ表記されることも多い。
中国語の餃子(ヂャオズ)。
日本でも餃子という漢字を用いますが、日本での読み方は「ギョウザ」。漢字表記もカタカナ表記もどちらも使われています。
中国では、ほとんどが水餃子(茹で餃子)であるのに比べ、日本では焼き餃子が、ラーメンと並ぶ「国民食」として普及しました。おいしいギョウザ大好きです。
(「毒入りギョウザ」のメタミドホス、いやなカタカナ語が耳になじんでしまいましたが、これはまた別のおはなし)
麻雀マージャンも近代に入った読み方です。「立直」も、音読みのリッチョクではなく「リーチ」という中国発音のまま、日本語になりました。
マージャンパイのひとつ、白板(パイパン)。文字や絵が描かれていない白いマージャンパイです。
白い部分に黒い文字がないところから、現在日本語としては、別の意味が備わり、使われています。別の意味を知りたい方は、ウィキペディア検索をどうぞ。
黒いモジャモジャがなくて、つるっと白いのがいいという方に好まれるパイパン。
あ〜、私、マージャンはギョウザと同じくらい好きですが、パイパンは、大三元のときくらいしかご縁がなくて、、、、。
パイパンプレイがお好きな方、「中チュン」や「發ファー(はつ)」とも仲良くしてやってね。3つずつ集めれば、大三元よ!って、ちがうプレイだよね。お好きにどうぞ。
あ、今、眉をひそめた方、ここは大人の社交カフェですから、シモネタもときどき挟まれますが、お子さまたちの勉学を担う大学の教室ではシモネタはぬいていますので、ご安心の上、大事なお子さまを大学へお預けください。
<つづく>
コカコーラとミスタードーナッツ(中国語への外来語導入事情@)
2008/05/16
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(2)コカコーラとミスタードーナッツ(中国語への外来語導入事情@)
中国語からアンドンもギョウザもパイパンも取り入れてきた日本ですが、では、中国語はどのようにして外来語を取り入れているでしょうか。
孤立語である中国語の、外来語導入事情。
英国から清王朝に西洋医学が伝えられたとき、blood vesselは、「血管」と翻訳されました。
「ペンシル」が伝わったとき、中国は「鉛筆ヨンピー」と翻訳して取り入れました。
中国が、西洋語ペンシルから鉛筆という語を取り入れたのは、何の問題もなかったのですが、現代において「鉛筆小新ヨンピーシャオシン」を取り入れたときは、大問題勃発。
本家本元、日本の「くれよんしんちゃん」の著作権は認められず、最初に商標登録した「鉛筆小新」が権利を獲得。日本の会社は、「しんちゃん」に関する中国国内の権利を法的に認めてもらえませんでした。っと、これもまた、別のおはなし。
中国語は孤立語だから、単語ごとのインストールは、文法的には簡単です。しかし、表意文字を用いる中国語では、表記が問題になります。
ペンシルという音をそのまま取り入れることはむずかしいので、翻訳して鉛筆にしました。
音をそのままとりいれる外来語は、中国では少数派です。では、その少数派の紹介を。
中国語の漢字は、すべての文字に意味がある表意文字ですから、発音が同じ文字だからいいというわけにはいきません。日本語のように、外国語の音を日本的に言いやすく変えて、表音文字のカタカナで表記できるのと事情がことなります。
音訳した外来のことばの例。
「コカコーラ→可口可楽」
口に入れると楽しくなるという意味になる可口可楽は、たちまち中国の町を席巻しました。
ケンタッキーフライドチキンは「肯徳基(ケン デー ジー)」、 マクドナルドが「麦当労(マイ ダン ラオ) 。
ミスタードーナッツも音訳して「美仕唐納滋」。漢字の意味が、ドーナッツに合っていていいイメージです。さあて、コカコーラと同じほど、ミスドが普及するかしら。
中国語への外来語導入、音訳が増えてきたとはいえ、まだ少数派。
音を取り入れる場合、発音が原音に合っていても、意味がふさわしくないとダメなので、音訳はむずかしい。
ほとんどの外来語は、翻訳して意味をとりいれることになります。
意訳した外来語の例。コンピュータは「電脳」。
<つづく>
気晴らしには買い物が一番(中国語への外来語導入事情A)
2008/05/17
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(2)気晴らしには買い物が一番(中国語への外来語導入事情A)
現代中国語における音訳の傑作例、可口可楽のほか、最新の「外来語からできた新しい中国語」をクイズにしました。意味と発音両方とも取り入れた語になっています。
以下の2問、どんな意味でしょうか。三択です、当ててください。
第1問 日本語を翻訳した中国語 一級棒(イージーバン)の意味は?
@ホールインワン(ゴルフ一打で穴にいれること)
A一番(ナンバーワンの品 すばらしい一級品)
B飛び級で上級クラスへ進む秀才
第2問 英語を音訳した中国語 血[‡弁](手偏に弁)=シュエピンの意味は?
@bloody Maryブラッディマリー(洋酒カクテルの名前)
Abrother in lowブラザーインロー義兄弟(英語ではblood brotherともいう)
Bshoppingショッピング買い物
第一問の正解 A 一番
解説:中国語の「一番」は「一通り」という意味になる。
日本語の意味で「第一番の、ナンバーワン」という中国語は「第一ディーイー」「最高権威」などの語があるが、ナンバーワンの一品というニュアンスとは異なってしまう。
そこで、日本語の「一級」と同じ意味である「一級」を用い、「棒」を付け足した。
「棒棒鶏バンバンジー」でおなじみの「棒バン」は、「すばらしい」という意味の形容詞である。「太棒了タイバンラ」で「すばらしいねぇ」という褒め言葉になる。
そこで、「一級」「棒」を組み合わせた「一級棒」を日本語の「一番」の訳語にした。日本語の「イチバン」と似通った発音「イージーバン」になる。
「那个花 我的一級棒 → この花は私のナンバーワン」
第二問の正解 B ショッピング
解説:中国語で「買い物」は、「買東西マイドンシー」という語があるが、こちらは日常品の買い物のニュアンスがある。ちょっと高級なファッション用品やバッグを買いあさる若い女性の「ショッピング」には、違うことばを当てたい。
そこで、ショッピングの音訳「シュエ=血」ピン=[‡弁]」が造語された。
[‡弁]は、命掛けて必死でやる、という意味。
「[‡弁]命」は、死にものぐるいで命投げ出してことにあたる。
「必死になって買いまくるショッピング」「血を振り絞っても買いたい」というニュアンスが出てくる。
(「血 [‡弁]」と、「一級棒」については、朝日新聞2008/03/15莫邦富のコラムを出典とする)
<つづく>
米奇老鼠と空白鍵(中国語への外来語導入事情B)
2008/05/18
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(3)米奇老鼠と空白鍵(中国語への外来語導入事情B)
中国語において外来語の多くは、普通、漢字表意の意味を重視して翻訳して新しいことばを取り入れることになります。
電脳関係の語をいえば、ハードウェア:硬件、ソフト:軟件、フォーマット:格式化・格式制定 、USB:通用串行総線、スキャナ:掃描機、キーボード:鍵盤、スペース・キー:空白鍵、マウス:鼠標,滑鼠 (別訳もあります)
そうか、スペースキーは空白鍵なのかあ。
マウスなんて、わざわざ「鼠」という訳語をいれなくてもよさそうなのに、忠実にネズミを翻訳して「鼠標」。
ただし、ミッキーマウスは、ミッキーが音訳「米奇」で、マウスは意訳「老鼠」
日本語の会社名、漢字ならそのまま採用されるかというと、中国語での意味が問題になります。意味がOKなら、「松下」はそのままの文字でソンシャァと読まれるし、「東芝」はトンジー。
しかし、イトーヨーカ堂は、中国進出にあたって、日本語漢字表記の「伊藤羊華堂」を採用しませんでした。「羊華」だとイメージがよくないので、「華堂商場」という表記にしました。
中国語も、外来の語を導入するには、日本語ほど自由にはいかないことがわかります。
室町時代末期に、ポルトガル語が日本語に入り込み、多くのポルトガル語由来のことばが現在も使われていることを紹介しました。タバコ煙草、カルタ歌留多、テンプラ天麩羅、などでしたね。
明治時代も、欧米の物品・思想の導入が急務でした。
ポルトガル語は自然に日本語に取り込まれましたが、明治の日本人は、欧米語を翻訳して取り入れようと奮闘しました。
日本語としての翻訳漢語(新漢語)成立について。
スピーチを演説、ディベートを討論と訳したのは、福沢諭吉である、など、翻訳した人の名が分かっている語が多い。
翻訳者各人が、どのように西欧の概念を翻訳しようかと苦心しました。
サイエンスを翻訳して「科学」、フィロソフィを翻訳して「哲学」、ベイスボールを翻訳して「野球」。デモクラシィを翻訳して「民主」「民本」
その他、「郵便」「社会」「運動」「意識」「進化」「唯物論」「左翼」「階級」「主義」「共産」「共和」などなど、多くの西欧思想、西欧の物品の名が翻訳されて明治の世に導入されました。
これらの和製漢語(新漢語)は、中国へ輸出されました。清朝から明治日本に留学していた魯迅などが伝えたのです。
<つづく>
チャイナ・ピープルズ・リパブリック(和製漢語の話・中華人民共和国って70%日本語です)
2008/05/19
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(4)チャイナ・ピープルズ・リパブリック(和製漢語の話・中華人民共和国って70%日本語です)
科学・郵便・社会主義などの和製漢語を逆輸入した中国の人々は、もともと中国の漢語だったと信じて使っています。
言葉が社会に定着して使われるようになれば、その語がどこからやってきたかなどと言うことは、まったく気にせずに、もともとある言葉として根を下ろすからです。
これは、日本人が煙草や天麩羅を、ポルトガルから来たなどと意識せずに「もともとの」日本語」と信じて使っているのと同じです。
「新娘」という従来の中国語があるのに、brideの和製漢語「花嫁」はブライダル産業の発展とともに、中国でもおおいに知られる語彙となりましたし、lost loveの翻訳語「失恋」も、中国恋愛事情において、よく見かける語になりました。花嫁や失恋が日本で作られた和製漢語だなんてことは、恋する若者とって「ソンナノカンケーねぇ」みたいです。
「中華人民共和国」の「人民」「共和国」も和製漢語です。
明治の日本人は、the people→人民、republic→共和国と、翻訳しました。
中国からの留学生のなかで、「日本の漢字は、中国から輸出したものですよ。日本の語彙のほとんどは中国からの借り入れじゃないですか」と、いばる学生がいると、私は反撃します。
「中華人民共和国」のうち、自前の語は「中華」だけだよ。人民も共和国も、日本人が作った言葉なんだからね。あんたたちの国名は、7文字のうち5文字が日本製だ!」
「中華人民共和国」という国名の70%は、日本語(和製漢語)です。
私がここで言いたいことは、この語はどっちが本家か、なんていう「本家・元祖・家元」争いではなく、ことばというものは、持ちつ持たれつ、交流しあうなかで語彙をふやしていくものだ、ということです。
さて、「本家」の「本」ですが。この場合は、「本」は、字義「木の根本の太いところ、転じて根拠となることがら。中心となる場所など」の意味に合っています。
また、日本語の「本」は1本2本と数えるときには、助数詞として使われています。
でも単独で「本」といったときは、日本語では「書物」を意味する。
中国語では、「本」を意味するのは「書shu」「書籍shuji/」「書本shuben」など。この書本の書を略した「本」が、日本語では主に書物をさす語になりました。
「本」はもともとは「書道のお手本」「筆写する元になる原本」を表していたのですが、古代には、本はすべて書写されたものですから、「本」と書物が同じ意味になったのです。
「本」が日本語に取り入れられたのは、このような経緯がありました。これはおよそ1200年以上も昔の出来事です。
大昔に取り入れられた「本」については、みな「これは日本語である」と思い、「外国から来たことば」という意識は持っていません。「書籍」というと、「漢語」という意識があります。
さて、近年、日本語は「本」のかわりに「ブック」を取り入れ、「店」の代わりに「ショップ」「ストア」を取り入れました。複合語として、簡単に「ブックショップ」「ブックストア」が成立します。
<つづく>
口吸い、接吻、ディープキス(和語漢語・和製カタカナ語)
2008/05/20
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(5)口吸い、接吻、ディープキス(和語漢語・和製カタカナ語)
日本語では、書店、本屋とブックショップ、ブックストアは平行して使っても大丈夫。
「大型ブックストアとして代表的な書店である紀伊國屋書店にも、ときどき行きますが、私がよく買いにいくブックショップは、駅前にある個人経営の本屋です」と、並べて書いても混乱がなく、ちゃんと理解できます。
本屋(ほんや)は和語です。書店は漢語です。ブックショップは英語由来カタカナ語です。
ことばのニュアンスを使い分け、どの語も文脈に合わせて使えますし、ブックストアなんて語は使いたくない、と思えば、使わずにすみます。
「kiss→接吻せっぷん」も、明治時代の日本語翻訳語が、近代中国語に取り入れられました。
ま、接吻という語がない時代にも、中国でも日本でもキスはしていましたけどね。
息子がかわいくてたまらない豊臣秀吉は、茶々(淀の方)に「若君の口吸いは、自分以外のだれにも、させたらだちかんがね」という手紙を書き送っています。愛する者の唇を独占したいのは、古今東西、同じです。
みなみな様におかれましては、和語・口吸い、和製漢語・接吻、外来カタカナ語・キス、どれでもお好きなのを実践してください。
いずれを実践なさるにあたっても、おふたりが仲良くすごすには、和語「おんやど御宿」、漢語「リョカン旅館」、カタカナ語「ホテル」。どれでも、好きなところにお泊まりください。
「連れ込み宿」「曖昧旅館」「ラブホテル」どこでもOK。
と、いっても、一番はっきり泊まる目的がわかるのは、カタカナ語の「ラブホテル」のほうになっているのではないでしょうか。
現代では「連れ込み宿」というと「え〜、ペットをいっしょに連れて行ってもいいホテルのこと?」と思われるし、曖昧旅館と言っても、いったい何をあいまいにするのやら、わかってもらえない。ほら、だから、ナニをナニすることをあいまいに、、、、
「ラブホテル」も、和製英語であり、英和辞典をひいてもでてこない単語ですが、「メイクラブmake loveを実施するためのホテル」である、と言えば通じます。メイクラブ、愛を作る?ホテルです。
「ラブホテル」略して「ラブホ」または、「ファッションホテル」「レジャーホテル」なんてコトバも最近は使われている、とは、この業界に詳しい知人からの又聞きでして、決して春庭自身が泊まり歩いたわけではなく、、、、、
泊まり歩きもしてみたかったですけど、大奥での「夜伽定年=おしとねすべり」の年齢をはるかにすぎてしまいまして。
<つづく>
キーボードで弾くラブストーリーは突然に(カラオケは日本語から海外へ)
2008/07/01
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>中国と外来語(6)キーボードで弾くラブストーリーは突然に(カラオケは日本語から海外へ)
中国語は、ほとんどの外来語を翻訳して導入するということをおはなししています。
中国語では、ピアノ(鋼琴gangqin)鍵盤も、コンピュータ・キーボード電脳鍵盤も、同じく鍵盤。
しかし、日本語では、ピアノやオルガンは鍵盤ですが、シンセサイザーなど電子の楽器では「鍵盤」といわずに、キーボードと言っています。
鍵盤という日本語があるのに、同じことばをキーボードなんぞと、カタカナで言おうとしてけしからん、という方へ。
日本語は、「電気・電子」を利用した場合は、「キーボード」と呼び、従来の鍵盤とは別のもの、新しいものと意識している、と考えることができます。
日本語は、数々の外来語を母語に取り入れながら、取捨選択を行い、なにもかもを取り入れてしまっているわけではありません。
ことばの意味、発音(音節とリズム)を勘案しながら日本語の体系に合う語を取り入れてきたのです。
日本語に合わない外来語は一時流行しても、すたれていくし、発音その他で気に入らないと感じる語があったら、言わなくてもすむので、自分たちの従来のことばを大切にしていればいいのではないかと思います。
石原裕次郎がデュエットした「銀座の恋の物語」という歌のタイトル。カップルが仲良くカラオケでデュエットするのにいい歌ですね。
でも、柴門ふみの「東京ラブストーリー」が「東京の恋の物語」だったとしたら、漫画もテレビドラマもこんなにヒットしなかったかもしれません。「ラブストーリー」と「恋物語」は、ニュアンスが異なるのです。
小田和正の『ラブストーリーは突然に』カラオケでうたうもよし、キーボードで演奏するもより、鍵盤で華麗に弾きこなすもまたよいでしょう。
さて、カラオケは、英語では「karaoke(発音はカラオッキ、カラオウクなど)」。
中国語では「?拉OK」。「私はカラオケで歌う」は、「我用?拉OK唱」です。
カラオケはスシと並んで、海外へ輸出され広まった数少ない日本語。
「アニメ」も海外に進出している日本発信の文化です。日本語「アニメ」がそのまま通用する国も多くなってきました。
もうちょっと日本語が海外進出を果たすようになるといいなと思います。頑張れ日本語。
<つづく>
エコノミクス経済学
2008/05/21
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>経済学のはなし(1)エコノミクス経済学
「明治時代に翻訳された西洋語・和製漢語」についての私の知識は、そのほとんどを惣田正明『日本語開化物語』(朝日選書1988)と、柳父章『翻訳語成立事情』(岩波新書1982)の2冊に負うています。
詳しく知るには、専門の論文も多数発表されているでしょうが、私は、この2冊に書かれていることのほかは、これまであまり知りませんでした。
また、思いこみでまちがった理解をしていた語もありました。
まちがったときには「過則勿憚改」と、春庭、2月末にこのコラムに書いております。
「あやまちては、すなはち、あらたむるに、はばかることなかれ」「失敗したら、遠慮なくやりおなおせばよい」「ヘマかましても、ソッコーチェンジで、マジOKっす」
そこで、ソッコーチェンジ!です。
さて、まちがえていたのは、「経済」という語について。
経済とは、英語でいうeconomy。「経済学」は、economicsをさします。
economicsエコノミクスを経済学と翻訳したのは西周です。
西が翻訳したエコノミクスとは、「political economyを研究する学問」の意味でした。
私は、「明治初期、西洋語の翻訳が盛んだった頃、西周がエコノミクスを「経済学」と翻訳した」という説を鵜呑みにして誤解し、「経世済民」を「経済」という省略語にしたのも、西周だと思いこんでいました。
「経済」という用語は、江戸時代にも通用して使われていたことを知ったのは、なんと昨年のこと。2007年12月のことでした。
なにしろ経済にうとく、日経なんぞ、隣の人が電車で広げているときに斜めから首をのばして読むだけで、買って読む気をおこしたことなし。
「日本経済新聞」買うくらいなら「競馬」とか「プロレス」なんていうタイトルのスポーツ新聞のほうが、ずっと読む記事多いと思っていた。
半年前まで、ずっと「経済は、もとは中国の経世済民という四字熟語であったが、西周がエコノミーを翻訳したとき経済という省略語にして利用した」と思いこんでいたのです。
「もの知らず」の罪に、冷や汗三斗。
エコノミクスを経済学と翻訳したのは西周であったことは確かでしたが、「経済」は、もともとの漢語でした。
私が「経済」という語について詳しく理解したのは、海保青陵(1755〜1817年)という江戸時代の経世家について知ったことによります。
経世家というのは、今でいう経営コンサルタントのようなもの。
海保は、諸国の藩をめぐって、経済指南をつとめる学者でした。
<つづく>
エコノミスト海保青陵
2008/05/22
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>経済学のはなし(2)エコノミスト海保青陵
『本富談』という本の中で青陵は、自分のことを「経済を承る儒者」と言っています。この場合の「経済」とは、現代語でいう「経済」と同じ「ものの売買、貨幣金融に関わること」を意味しています。
海保青陵は、丹後宮津藩青山氏の家老職であった角田市左衛門(青渓)の長子として生まれました。ご家老さまの長男としてそのまま過ごせば、自分も家老職をついで一生安泰に暮らし、それなりの実績も残したことでしょう。
しかし、荻生徂徠の弟子であった宇佐美潜水に儒学を学んだ後、22歳で心機一転、家督を弟に譲ってしまいました。
青陵の主家である青山家は、150石を青陵に与えて「宮津藩儒学者」として召し抱えましたが、青陵は、それも返上して諸国漫遊の旅に出ます。
青陵は、曽祖父の姓である海保の姓を名乗り、生涯のほとんどを諸国漫遊にすごしました。
各地で諸侯豪農層に自らの富藩論(経済学)を啓蒙し、経営コンサルタントの役を負うて、諸般の経済改革に思想的な後ろ盾となったのです。
江戸時代は、武士は「金回り」のことに口を挟まない、金儲けは商人の行う卑しき家業、とされていたのを、海保は、「産業商売に関わらないでは、経世済民を行うことはできない」と説きました。
「買わねばならぬ世の勢いならば、売らねばならぬはづ也。武士は物を売らぬものと云ふこと、をかしきこと也。貧になる証拠也」(『稽古談』のなかの青陵のことば)
青陵は、荻生徂徠の「朱子学的思惟の解体」をさらに発展させ、利(経済活動)を肯定しています。
経世済民を行うためには、「君臣は売り買いである」という市道論も述べています。
江戸時代には絶対的な価値とされた「忠君」思想ですが、彼は「どのような君に使えるかは、どのような報酬を与えてくれるかで決めてよい」と考えたのです。
青陵が文化期に行った経済政策助言。
藩交易(産物マワシ)を主とした富藩政策の展開を加賀藩を例にとってみましょう。
領外への産物輸出により利益を得るために、加賀米を大坂へ廻して売ることで利益を得、自国の消費米は隣国から安価に買い入ればよい、と青陵は進言しました。
たしかに、経済的にみれば、領地内で良質の加賀米を消費してしまうのはもったいない。経済効果からみれば、高く売れる加賀米はよそで売り、領地内では安い他国の米を食べればいいのです。
このような経済政策は、反対派も多く、青陵の進言が功を奏するとは限りませんでした。
加賀藩でも、農民の反対により、「商品価値のある加賀米の他国輸出、領地内では安い米消費」という策は頓挫しました。
<つづく>
エコノミィ経済
2008/08/23
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>経済学のはなし(3)エコノミィ経済
青陵の経済改革を理解する者のいた藩は、幕末の藩政改革に成功し、倒幕維新への歴史を切り開くきっかけとなりました。
土佐藩浪士坂本龍馬が、「海援隊」を組織し、貿易経済活動によって日本を作り直そうとしたのも、このような経済思想が根付いていたからです。
維新期に、地方の豪農たちは、倒幕の志士を援助し、明治期には自由民権運動を援助しました。
この思想背景には、安藤昌益や、この青陵らの思想が背景にあったからこそ。
明治時代に日本が一気に近代産業化を行い得たのは、地方のすみずみまで、青陵らの思想が普及していたからなのです。
明治維新というと、私たちは「政治世界の変革」「政治権力者の交代」と思いがちですが、変革の根っこには、このような経済活動の変革、思想の変革が根付いていたのだということを「経済」の一語によっても知ることができました。
経済とは、経世済民(または経国済民)という語を略して「経済」にした語。
経済の元になった「経世済民」は、世の中を治め(政治)、人民の暮らしを済度する、ということを意味します。
このように、青陵が、江戸時代にすでに「経済を承る儒者」と自己規定していた、というエピソードによって、ようやく、私は「経済」が「経世済民」から略された語とはいえ、明治になってから略されたのではない、と気づいたのです。
遅ればせながら、「経済」という語について調べました。
「経世済民」という語の最も古い使用例は、東晋の葛洪(AD248〜344年)の著作『抱朴子』(ほうぼくし)にあります。
葛洪は、神仙道教に理論的な基礎を築いた道教学者。丹陽句容に生まれ、字は稚川、号は抱朴子。号をそのまま著作名にしたのが『抱朴子』で、道教神仙思想の集大成です。
時代がやや下り、隋代の王通『文中子』礼楽篇には、「皆有經濟之道、謂經世濟民」とあります。「経済」が、経世済民の略語として用いられていたことがわかります。
以上、「経済」という語の成立について春庭の誤解を訂正し、ようやく中国源流にまでさかのぼって理解することができたという顛末でした。
ことばを知る旅は、遠く果てしなく、まだまだコトバ修行は続きます。
ああ、それにしても、我が家の「経済」は、なんとかならんものか。
「経済」という一語について歴史的に深く知ったものの、家計「経済」は、あいかわらずの低空飛行。
<おわり>
プレカリアートとマルチチュード
2008/05/24
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>カタカナ外来語覚え直し(1)プレカリアートとマルチチュード
経済にうとい私は、経済用語というのもなかなか覚えられません。「デファクトスタンダード」とか、「デリバティブ」とか「ミューチュアルファンド」とか、もう、お金がからんでくると、何がなんだか、わかりまへんねん。
労働者を表すことば。こちらのほうが、まだ私の中ではわかりやすい。
ニートは、英語では「Not in Education, Employment or Training」の略語、「Neet」であり、直訳だと「教育を受けておらず、労働をしておらず、職業訓練もしていない」者となる。
日本で通用している意味は、「若年代無業者」であり、政府見解は、「働いておらず、教育も訓練も受けていない者。働く意欲のある者もいる」となっている。(2005/02/07の尾辻秀久厚労相答弁による)
プレカリアートは、「ニート」ということばが世に出回った次くらいに聞くようになりました。
プレカリアートという言葉、私は、雨宮処凛(あまみやかりん)の発言を通じて知った。
英語precariousは、不安定な、他者まかせの、人頼みの、根拠のあやふやな、という意味の形容詞。(イタリア語ではprecario)
この「不安定な」から、英語precariat、仏語precariat、イタリア語precariatoという「社会的に不安定な状態にある人」という名詞ができた。
新自由主義経済下の、正社員ではない非正規雇用者と失業者をプレカリアートと呼ぶ。
国籍・年齢・婚姻関係に関わらず、パートタイマー、アルバイト、フリーター、派遣労働者、契約社員、委託労働者、移住労働者、失業者、ニート等を包括するのがプレカリアートで、他に貧困を強いられる零細自営業者・農業従事者等を含めることもある。
プレカリアートは、日本語では、ワーキングプアとほぼ同義。
ワーキングプアは、年齢男女にかかわらず、非正規雇用者として働いており、生活保護世帯より低年収の労働層を呼ぶ。(わたしもワーキングプア)
プレカリアートやワーキングプアが一国の国内状況のなかである層を指すのに対して、マルティチュードは、世界的視野において、虐げられつつ国境間を移動する層を呼ぶ。
元はラテン語で「多数」「民衆」を指し示す。
アントニオ・ネグリとマイケル・ハートが、共著『帝国』および『マルチチュード』に「マルチチュード」を定義しなおした。
労働者、人民、大衆という従来の「プロレタリアート」の概念とは異なり、貧しく差別された階級であるが、自由に国境を移動し、移民労働者となる層を表す。
移民労働者、また、不安定な身分のまま専門的な仕事に就く知的労働者も含むため、地球規模による民主主義を実現する可能性として、国境を越えるネットワーク上の権力として、ハートとネグリは「マルチチュード」を社会を変える可能性を持つ層と見なしている。
従来のプロレタリアートが、19世紀以降の社会主義革命で主張された「聞け万国の労働者!」というひとくくりにされた概念であり、「労働者」が含む多様性と差異性を無視していたのに対して、マルチチュードは、統合されたひとつの勢力でありながら多様性を失わない、かつ同一性と差異性の矛盾を問わぬ存在であると、ネグリは主張している。
う〜ん、ネグリは、マルチチュードを「社会を変える存在」であり、「主体的にアイデンティティを保ちつつ社会と関わる存在」だっていってるんですね。
ようわからんけど。だれか、わかりやすく解説して!
<つづく>
ビルゼンマリア
2008/05/25
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>カタカナ外来語覚え直し(2)ビルゼンマリア
江戸幕府は長崎出島に海外貿易を集中し、貿易利益を独占した。これは、江戸幕府の経済政策としては、江戸政権の長期化をもたらす効果のあるものだった。
従来は「鎖国」と見なされていた施策であるが、近年では、「国を閉ざしたのではなく、海外利益の独占化」と解釈される見方が、小中学校歴史教科書などにも反映されるようになってきた。
さらに、江戸幕府は、海外と日本との交渉窓口を一本化するために、切支丹勢力を弾圧した。
切支丹が海外のキリスト教勢力と結びつきをもとうとするのは、必然だからだ。
信者は隠れ切支丹として長崎島原を中心に信仰を守り続けた。
祈祷書は「オラショ」と呼ばれて密かに暗唱され、マリア像は「観音像」を模して作られた。
私は、長い間「ビルゼンマリア毘留善麻利耶 」を「マグダラのマリア」と同じような意味だと思って聞いていた。聖母マリアとマグダラのマリアは別人である。ビルゼンマリアも聖母マリアとはまた別のマリアさんなのかと思いこんでいたのだ。
「聖母マリア」の「清く正しい」イメージに比べ、「マグダラのマリア」には「改心した聖娼婦」という、負から正への上昇反転が感じられる。
一方「ビルゼンマリア」には、どこか「隠しておくべき秘密のにおい」がするのだった。
「あわれ気高きビルゼンマリア」とか「清けし汚れなきマリア」というようなマリアをたたえる詩の一節だかオラショだかが、ときどきぽっと心のなかに浮かぶ。
でも、ビルゼンの意味について考えたことがなかった。
ビルゼンマリアの「ビルゼン」を枕詞のようなもんだと思っていたが、突然、ビルゼンの意味がわかった。
「ビルゼン」が英語のvirginにあたるって気づいたのは、「マリアとエリザベスと春庭の共通点」について書いていたとき。
処女懐胎のマリア=ビルゼンマリア、処女女王エリザベス一世=ビルゼンエリザベス。
そうか、「ビルゼン」は「バージン」と同じかあ。
===============
「どちりなきりしたん」より
でうすに對し奉りてのみおらしよを申べきや
其儀にあらず我等が御とりあはせ手にて御座(おはし)ます
諸のへあと中にも惡人の爲になかだちとなり玉ふ
御母びるぜんさんたまりあにもおらしよを申也
びるぜんさんたまりあに申上奉るさだまりたるおらしよありや
「さるべ-れじいな」より
深き御柔軟、深き御哀憐、すぐれて甘く御座(おはし)ます びるぜん-まりあかな。
貴(たっと)きでうすの御母(おんはわ)きりしととの御(おn)約束を受け奉る身となる為に、頼み給へ。あめん。
============
「びるぜんまりあ」ということばの響きは、私にとって、どこか異国的な、そしてある種の禁忌を感じさせる言葉だった。
「処女マリア」「聖母マリア」というときにいは感じない、「ひそやかに隠しもつことば」「表にはだせない尊いもの」という響きを聞き取っていたのだった。
<つづく>
黒船の加比丹
2008/05/26
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>カタカナ外来語覚え直し(3)黒船の加比丹
北原白秋の『邪宗門秘曲』には、くらくらするような幻惑蠱惑的な言葉が並ぶ。
「紅毛の加比丹」や「腐れたる石の油に画くてふ麻利耶の像」、、、、
この白秋の詩にも、「はっきり口に出して朗読してはいけないような」禁忌の熱いことばの響きを聞いたのだった。
最後の行の「血の磔(はりき)脊に死すとも 惜しからじ 願ふは極秘 かの奇(く)しき紅(くれなゐ)の夢」というあたりには、伊藤晴雨の責め絵のような、趣がある。
あんじゃべいいる、あらきちんた、くるす、はらいそ、えれき、びろうど、など、現代では使われなくなった外来語を、用いることによって、官能的耽美的な世界を表現している。
外来語をもっとも効果的に使った詩であると思う。
=====================
「邪宗門秘曲」北原白秋
われは思ふ、末世の邪宗、切支丹でうすの魔法
黒船の加比丹を 紅毛の不可思議国を
色赤きびいどろを 匂鋭きあんじやべいいる
南蛮の浅留縞(さんとめじま)を はた阿刺吉珍[酉它](あらきちんた)の酒を
目見(まみ)青きドミニカびとは 陀羅尼誦(だらにず)し 夢にも語る
禁制の宗門神を あるはまた 血に染む聖磔(くるす)
芥子粒を林檎のごとく見すといふの欺罔(けれん)の器
派羅葦僧(はらいそ)の空をも覗く 伸び縮む奇なる眼鏡を
屋(いへ)はまた石もて造り 大理石(なめいし)の白き血潮は
ぎやまんの壺に盛られて夜となれば火点(とも)るといふ
かの美(は)しき越歴機(えれき)の夢は 天鵝絨(びろうど)の薫(くゆり)にまじり
珍らなる月の世界の 鳥獣映像すと聞けり。
あるは聞く 化粧の料(けはいのしろ)は毒草の花よりしぼり
腐れたる石の油に画(ゑが)くてふ麻利耶の像よ
はた羅甸(らてん)波爾杜瓦爾(ぽるとがる)らの横つづり青なる仮名は
美しき さいへ悲しき歓楽の音にかも満つる
いざさらばわれらに賜へ 幻惑の伴天連尊者
百年を刹那(せつな)に縮め、血の磔(はりき)脊に死すとも
惜しからじ 願ふは極秘 かの奇(く)しき紅(くれなゐ)の夢
善主麿(ぜんすまろ) 今日を祈(いのり)に身も霊も薫(くゆ)りこがるる
========
でうす=天主
びいどろ=ガラス
あんじゃべいいる=カーネーション
さんとめじま=インドのサントメ地方産出の布
あらき=蒸留酒
ちんた=赤葡萄酒
だらに=祈祷文
くるす=十字架
けれんの器=顕微鏡
伸び縮む奇なる眼鏡=望遠鏡
はらいそ=天国
大理石の白き血潮=石油
ぎやまん=ガラス
えれき=電気
腐れたる石の油=油絵の具
ばてれん=神父
ぜんすまろ=イエスキリスト
<つづく>
キャプテンとカピタン
2008/05/27
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教室>覚え直しのカタカナ外来語(4)キャプテンとカピタン
第二次世界大戦は1945年に終結。
しかし、ドイツのヒットラーやイタリアのムッソリーニが敗北したのちも、スペインのファシスト独裁者フランコ総統は、1975年に83歳で没するまで独裁を保った。
人々は国際旅団を結成してフランコ軍と戦い、また山中のゲリラ活動でフランコに抵抗した。
スペイン内戦は、ロルカの詩を生み、ピカソのゲルニカを生み出した。
スペイン内乱を背景にした映画では、『誰がために鐘は鳴る』がヘミングウェイを原作として撮影され、ゲーリークーパー、イングリッドバーグマンの代表作にもなった。
グレゴリーペック主演の『日曜日には鼠を殺せ』は、フランコ政権末期の1956年の出来事して描かれている。
ひとりの少女の目を通して、内戦時代の人々の運命を描く映画を見た。
スペイン内戦で反政府ゲリラの活動が激しくなっていた頃の、おはなし。
映画『パンズラビリンス』。(於:飯田橋ギンレイ2008/03/08)
スペイン語タイトルEl laberinto del fauno、英語タイトルPan's Labyrinth
私は映画ストーリーの予備知識がなく、予告編の画面から、ファンタジー冒険譚と思っていたので、少女オフェリアの運命について、何も知らずに見ていた。
主人公の母親カルメン。仕立屋の夫がなくなったあと、軍服を誂える顧客の一人だったヴィダル大尉と再婚する。
カルメンの連れ子の少女オフィリアに対してヴィダル大尉は、冷酷でおそろしい存在。フランコ軍駐屯地の独裁者。魔王的な存在として画面に出てくる。
ヴィダルはスペイン山中に駐屯して、内乱のレジスタンス掃討を指揮している。
地元の農民を無慈悲に殺すのも任務と信じ、妻に対しても「お腹にいる自分の血をひく子だけが大事」な男だ。
妻の連れ子であるオフェリアに対しても、愛情のかけらもなく冷酷。
オフィリアは、ヴィダル大尉への反発から、自分だけの「妖精の世界」に入っていく。
この映画で「大尉」というスペイン語が何度も繰り返される。ヴィダルを呼ぶときは、必ず「大尉」をつけて呼ぶから。
「カピタン」
私にとって「カピタン」は「甲比丹、甲必丹、加比旦」だった。
ポルトガル語で「仲間の長」の意味。
日本がポルトガルとの貿易(南蛮貿易)を開始して以来、西洋の商館長をポルトガル語のCapitao(カピタン)で呼ぶようになった。
江戸時代、長崎出島の商館長をもカピタンと呼んだ。オランダ語では商館長は「Opperhoofden(オッペルホーフト)」であるが、出島では引き続き「カピタン」の用語が使われた。
外来語として「キャプテン」は、日本社会に定着している。
野球チームでもサッカーチームでもキャプテンはいるし、会社の仕事の長を「キャプテン」という地位名称で呼ぶところもある。
日常語として使う「キャプテン」と、そのことばを口にすると遠い異国の香りがしてくる「カピタン」
このふたつの語CapitaoカピタンとCaptainキャプテンが、どちらも陸軍大尉・海軍大佐を呼ぶ軍隊の長を意味する言葉だとわかったとき、「カピタン」という語に古めかしくも異国情緒のある趣を感じていた私の語感にとっては、ちょっとがっかりだった。
「な〜んだ、カピタンっていうのは、キャプテンとおなじだったのかあ」。
『パンズラビリンス』のなかで、繰り返された「カピタン」「カピタン」というヴィダル大尉を呼ぶ声が頭の中に反芻されると、今度は「カピタン」に、少女を無慈悲においつめる魔王のようなおそろしいイメージが加わってしまった。
カピタン。
出島商館長で、陸軍大尉で、魔界の敵キャラ。
私のなかで、ことばのイメージがつながっていく。
<おわり>
春庭ロフト目次
春庭ワークショップ目次
![]()
| 話し言葉の通い路トップページ | サイトマップご案内 | コミュニカテイブ アプローチ |
リンク集 |
![]()