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話しことばの通い路Workshop for Nipponianippon Communicative Language& Culture StudiesHAL-niwa LOFT

ポカポカ春庭 ことばと文化2007 落語でおいしい日本語食堂 

季節 外題  落語でおいしい日本語食堂 メニュー 日本語
呼び込み口上 ウェイトレスごあいさつ「尺八生演奏はいかが?」 おしぼり
突き出しチョットお味見 日本語も性転換?「昔むかし、日本の母はパパだった お茶 発音変化
突き出しオトメの味 「おんな」と「をんな」つきあうならどっち 突き出し 発音変化
初午 明烏 でれる?/若旦那生まれ変わる/女房も奥様も、お寿司は一カンずつ食う/やばいセンセーと猟奇的な彼女/涅槃でごねる/別嬪さんとごねる 赤飯・お煮染め・寿司 語彙変化・意味の拡大縮小
長屋の花見 卵焼きもどき
うなぎの幇間 うなぎ
酢豆腐 酢豆腐うまいかすっぱいか/ちりとてちん/くさい飯、物相飯/絶滅危惧語てぬぐい七輪褒め殺し/昭和語に言えろーカード/ハイティーンブギ/もろびとこぞりて/生かしておきたい、しかしおまえはすでに死んでいる/ろくでなし/うんさいでシコふんじゃった/アリエネー/うってんばってん、ひとくちに限る 酢豆腐 死語瀕死語・江戸ことば昭和ことば
火焔太鼓 90分食い放題飲み物別料金/新しく生まれ変わる/美しいクンにシルバーシートを/こはいかに怖い蟹/半鐘ならしておジャンになる/しゃべれどもしゃべれども 語彙変化
目黒の秋刀魚 女川のさんま/サンシャインの秋刀魚/サンシャインのさんご/さかなクンのサンマ/「運」のつく練習/ん、ん、ん/田圃のトンボ/目黒のさんま/秋刀魚も豆腐も食い放題/さんまは目黒に限ります さんま 日本語発音
まんじゅうこわい モニのくまさん/専門は人形です/イオンの話/ライスは食べるがダイスは食べず、パンは食べるがバンは食べない/ひつもん(質問)に答えます/「ゑ」と「え」のちがい/[yi]と [i]のちがい/英語と日本語、にっぽんジャパン まんじゅう 日本語発音
てれすこ レリギオ/殿様の博物学/するめ/遠めがね/カタカナことば/シェークスピア/アイソメトリックス するめ・珍味てれすこ カタカナことば外来語
たらちね 葱のみそ汁
時そば 蕎麦
釜盗人 釜泥/NTTの釜がえり/新明解の釜がえり/山田忠雄の釜がえり/がんがれ!釜がえり 釜炊きご飯 辞書と語彙
歳末 芝浜
屠蘇お節
歳末元日 千早振る 豆腐屋のおから食べたい、でも、くれないとは/みそかつごもり/ついたちふつか おから 語源
正月 初夢 宝船/四十八手/ 語彙

食うか食われるか【落語で美味しい日本語食堂】
 メイド喫茶に漫画喫茶、ジャグリングカフェ、マジックショウレストラン、なんでもありの日本ですが、「にほんご食堂」はいかがでしょうか。雅楽やら落語やらライブで聞きながら、日本語トリビア楽しめる、一石二鳥の美味しい話。

呼び込み口上

【1】ぱる子の呼び込み「いらっしゃいませ」

(1ー1)食前に尺八生演奏はいかが?
<おしぼりをサービス>

 いらっしゃいませ。こんにちは。席亭春庭にかわりまして、ご挨拶申し上げます。
 モギリ、めくり、お茶だし、なんでもこなすパル子です。
 職名は、ウェイトレス、メイド、コンパニオン、なんでもいいんだけど。「落語演芸ライブつきにほんご食堂の従業員」ってとこで。
 
 ぱる子といっしょに、落語をサカナに日本語トリビアで一献傾け出見るのもなかなかオツで、、、、。
 酒の肴は、サンマにうなぎ、豆腐をはじめ、おつまみ豊富。仕上げのお食事も、釜だきごはん、蕎麦もございます。デザートにはまんじゅうも羊羹も。

 「え〜、日本語毎日しゃべっているし、メールもできるし、今更勉強せんでも、十分、日本語の達人だ!」と、自信たっぷりの人もどうぞ、ひとくちお味見を。
 「そりゃ、漢字とか自信ないけど、毎日の生活では不自由なし」と、思っている人、食わず嫌いをなくしましょう。日本語トリビア、おもしろいんですよ。まあひとくち食べてみてね。

 「また、日本語の正しい使い方とか、説教かよ、ことばなんて通じればいいんだよ、と、思ったあなた。
 「正しい日本語」なんて、にほんご食堂にはありません。乱れて、こわれて、いいんです。

 キャバレークラブ、略してキャバクラとかってお金のかかりそうなクラブ活動には、ご無沙汰、ふところに秋のかぜ、お出かけしないっていう真面目なあなた。そう、あなたがモテないことには変わりないから、暇つぶしにごいっしょにニホンゴを楽しみましょうよ。
 ぱる子がまじめにサービスいたします。

 ぱる子、つつとあなたのおそばににじり寄り、
 「いらっしゃいませぇ!あたしぃ、このお仕事を始めてからまだ日が浅くてぇ、あまりいろいろわかってないけど、いっしょうけんめい勤めさせていただきま〜す。よろしくねっっ。

(1−2)ご来場のごあいさつ
     尺八、古楽乱声(こがくらんじょう)

 お客さん、ようすがいいわねぇ。本気でサービスしちゃうから。はいっ、まずはおしぼり。

 「ようすがいい」なんてチョウ古い日本語つかうところをみると、年は百歳越えているだろうってっ!ま、女に年齢はきかないものよっ。あとでぱる子が「おんな」か「をんな」か、教えてアゲル、、、

 お客さん、本番?生、いく? あ、うち、尺八生演奏禁止なの。ひちりきと笙の笛なら、演奏できるけど。
 はい、ひちりき演奏ね。かしこまりました、喜んで!

 では、ひちりきを演奏します。1曲目は「越天楽」でぇ〜す。
 ♪ヒューヒャアラ、ヒャラヒャラリコ、ヒャアラー リィコォリー〜♪。

 普段は1曲だけなんだけど、お客さん、あたしのタイプだから、特別に2曲演奏するわね。サービス、さーびす。

 あれ?何かべつのサービス期待した?
 だから、尺八生演奏はできないって言ってるでしょ。
 ぱる子のサービスでは、ひちりき笙の笛で、「雅楽」演奏聞かせるんですよぉ。
 東儀秀樹の本番生演奏じゃないのが残念だけど、CDとかで。

 日本文化の神髄の紹介ですわん。あ、神髄いらないの?随喜のほうがいいんですか。ヒゴ特産のほうの。

 では、2曲めを。あら、いらないの?せっかくのスペシャルサービスなのに。
 2曲めがすごくいいんです。
 「越天楽」ほど、知られてないんですけど、「古楽乱声(こがくらんじょう)」って曲なんです。乱声、、、すごっく乱れちゃおうと思ったのにぃ。残念!

 ほらほら、もっと飲んで乱れましょうよ。ろれつ回らなくなってもOK。
 「ろれつ」ってのは、雅楽演奏の「呂」と「律」の音階「呂律りょりつ」がなまったものだって。
 ほらね、雅楽演奏も、ちゃあんと現代日本語に生きてるの。
 楽しく乱れつつ、呂律まわったニホンゴを習得できます。斯うご期待!

 席亭春庭が懇親経営の「落語で美味しい日本語食堂」
 メイドぱる子もがんばります。

 二つ目修行中の三人が落語かたりながら、日本語トリビア伝授いたしますれば、なにとぞごひいきにお運びくださりたく、よろしくおねがいたてまつって申し上げあげあげ、、あれ、ろれつが回らなくなってきた。

 高座をあい勤めますのは、古今鼎東西線、鶴屋南北線、討究目黒線の三人でございます。いずれも修行中の身ゆえ、ろれつ回らなくなることもございますが、どうぞ、あたたかい目で応援してやってくださいまし。

 じゃ、「違いがわかるオ・ン・ナの高座」をきいていってね。


( ♪出囃は「食い放題インターナショナル・ダイエットは明日から」)
http://utagoekissa.music.coocan.jp/utagoe.php?title=inter (HPうたごえ喫茶のび)

♪ 起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し 食えよ我が腹へと 暁(あかつき)は来ぬ
忘却の鎖 断つ日 腹は血に燃えて 海を隔てつ我等 腕(かいな)結びゆく
いざ起ち食わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの

♪ 聞け我等が雄たけび 天地轟きて 脂肪越ゆる我が腹 行く手を守る
満腹の壁破りて 固き我が腕(かいな) 今ぞ高く掲げん 我が勝利の旗
いざ起ち食わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの

2007/01/20
突き出しチョットお味見

【2】突き出しつまみ食い(お茶を一服、日本語の音)
ハハは強し、ヲンナもオンナもみなつよし

(2−1)日本語も性転換?
    「今は昔」でどんどん変わる、昔むかし、日本の母はパパだった
<熱いお茶をご提供>

 どうも、飛びはね呼び込みモギリメイドの、ぱる子、少々やかましかったかと存じますが、ご容赦のほどを。あれでも、春庭亭をもり立てて、お客さん呼び込もうって一生懸命なんですから。
 ああみえて、パル子、一応生まれたときから「オ・ン・ナ」のようでございます。よくは知りませんが、ニューハーフとかじゃありませんで。

 女をもう、ン十年やってるから、ちょっと新鮮味が落ちてるかもしれません。出産2回のジュクじゅくのじゅく女でそうで。
 ぱる子申しますに、「アタシ、娘と息子を育て上げた、心やさしきニッポンのハハなのよ、塾で教えた経験もアリの塾女なのよ、と語っておりましたが、何を教える塾だったのやら。

 え?パル子に「古楽乱声」を強制されそうになった?もう、ほんと、失礼いたしました。乱れ声の塾だったのかもしれませんね。

 申し遅れました。鶴屋南北線と申します。
 飛びはね熟女のぱる子に代わりまして、すこしく、日本語のお話を。
 少々かための噛み心地ながら、噛めばかむほど味の出てくる、するめのようなてれすこのような、ふか〜い味わいですので、どうぞ、お逃げにならず。

 まずは、お茶だし。緑茶も番茶もございます。一服どうぞ。お熱いのでお気をつけて。ぬるめがお好みなら、ふーっと、さまして召し上がってっくださいまし。

 パル子、心やさしき日本の母だと自称しておりますが、さあて、母は、昔パパだったってことをこれからお話申し上げます。

 昔、むかし、日本の母は、全員パパだった。
 昔はパパが子供に胸のおっぱい飲ませていたんです。
 えっ、母はパパから性転換したの?って、驚かれるかと存じますが、性転換ならぬ、音声転換なんです、これが。

 日本語は、昔と今とではだいぶ変わってきています。語彙も発音も変わってきました。
 「日本の母は、昔むかし、全員パパだった」というクイズのヒント→ 昔むかしの日本語は、現代のH音がP音だった。

 実はヒントがそのまま答えです。日本語H音は、室町末期ごろは、F音でした。
 現代語では、ハHa ヒHi フFu ヘHe ホHoと、フの音にF音が残っています。「ふじやま」を英語表記するとき、ヘボン式ローマ字ではFujiyamaと書いています。

 「はひふへほ」の発音、室町末期はファ・フィ・フ・フェ・フォFa Fi Fu Fe Foと発音していました。
 さらに遡ると、Fa行の音はP音だったから、は行の音は、ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ(Pa Pi Pu Pe Po)と発音していました。

 「ハハ」は、パパと発音していた。花はパナと発音し、春はパルでした。春庭は、パルニワ。

 H音とF音の違いを知る方法があります。

 口の前に手のひらをかざす。「今日は寒いですね。手を温めましょう。息を吹きかけて温めて」
 手のひらに「ハーッ」と息をかける。ハーッというと、温かい息が手にかかる。

 次に、「やかんにさわった。あ、熱い。やけどしそう。手のひらの温度を下げましょう。息を吹きかけて」というと、今度は「フーッ」と息をかける。

 どうして、寒いときは温めるために「ハーッ」といい、熱いお茶をさますときなどは「ハー」ではなく、「フーッ」というのか。

 そう、H音は、のどの奥から息を出すので、息が温かい。F音は、唇から出す息なので、寒い。ハヒフヘホのうち、「フ」だけが、唇から出るF音で、仲間はずれです。

 普段は、自分の口から出る音が、どのように作り出されているかなどということは、意識しないでことばをしゃべっています。

 「今は昔」で、どんどん変わる、昔むかし、日本の母はパパだった
 

2007/01/28
突き出しオトメの味
(2−3)突き出し乙女試食
    オンナとヲンナ、ヲトメと姥

 ハハがパパだったころの古代の発音、「わゐうゑを」は、ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォwa wi wu we wo という半母音であったものと思われます。

 平安時代に、ひらがなが出来て「あめつちの歌」や「いろは歌」が成立するころには、すでにwuは「う」と同じになっていて、wuに相当する仮名文字はありませんでした。
 でも、wiゐ、weゑの発音はア行の「い」「え」と別の発音でした。「woを」と「oお」も別々の発音。

 古代語で「おんなonna」は年をとった女性、「をんなwonnna」は若い女性をさし、異なる発音で区別していました。
 しかし、現代では、「お」と「を」の発音が同じになり、「おんな」は、若くても年寄りでも同じ「女」です。

 現在、「を」の文字は、助詞の「を」にのみ使用されていますが、「お」と「を」の発音は同じ。訓令式ローマ字表記ではどちらも「o」です。
 謡曲の発音では「お」と「を」を区別し、また、方言によっては、昔の発音通りにきちんと「を」は「wo」、「お」は「o」と、区別している地方もあります。

 たとえば、九州地方の方はお年寄りだけでなく高校生たちも、助詞の「を」は、今でも「をwo」だそうですし、長崎出身の福山雅治の歌を聴くと、彼は、「をwo」と発音しています。

 『ミルクティ』で♪愛される明日を夢みる〜、『桜坂』♪恋をしている〜、などでも「をwo」が聞き取れますが、『セーラー服と機関銃』でいちばんはっきり分かります。
♪愛した男たちwo〜 ♪タダこのまま冷たい頬woあたためたいけど〜 ♪いつの日にか僕のことwo 思い出すがいい〜 ♪希望という名の重い荷wo〜


 文字による日本語の記録が始まった飛鳥奈良時代以前に、「男」「乙女」が日本語単語として存在していました。
 「若い」という意味の「をと」。プラス「女」(め)で、「乙女」(をとめ)。

 「をとこ」は、「をと」プラス、「子」です。この「をと」に人をつけると、をと人(ヲトヒト)→弟(をとうと)。

 奈良時代に「小さいという意味の「を」と女性をあらわす「み」、人をあらわす「な」をもとに「をみな」が成立。平安時代に「をみな」の「み」が撥音便化し、「女」(をんな)に変化しました。「をんな」は、若くて小さい女性。

 「をのこ」「を人=をひと→をっと」の「を」は、若い牡。

 「大きい」という意味の「お」をもとに「おみな」が成立。撥音便によって「おんな」となる。「おんな」は、大きい女、年取った女。
 のちに、「み」がウ音便化して、「嫗(おうな)」も成立。

 古語で「み」(女を表す)に対応する言葉は、「き」(男を表す)です。イザナキは男の神、イザナミは女の神。
 ここから、「おんな」の対義語「翁」(おきな)が成立。中世になると、翁の対義語として「姥(うば)」も出現してきました。

「をとこ」「をのこ」vs「をとめ」「をんな」→若い方
「おとこ」「おきな」vs「おんな」「おうな」「うば」→年寄りのほう。

 花の「をとめ」の時代は短し。あっという間に蕾みも満開、を!という間にをとめも散りぬる。
えっという間に女盛りもゆきすぎて、おお、たちまちにして姥となる。

 一方、「産」(むす)と「子」(こ)から「息子」、「産」(むす)と「女」(め)から「娘」(むすめ)という言葉ができた。現在「娘」は、一般の若い女性をさすが、もともとは、親からみて、自分が産んだ「め」のこと。

 さて、「をんな」と「おんな」、おつきあい願うなら、どちらでしたか?
 わたくしは「女」ですが、ひらがなだと、さて、どちらやら。現代かなづかいでは、若くても古びていても「おんな」でいいんですもんね。

 あ、「姥だろう」って言った人、怒りますよ!、、、、、正解ですが。

<ハハとヲトメとオンナとヲンナ おわり>

( ♪出囃は「食い放題インターナショナル・ダイエットは明日から」)
http://utagoekissa.music.coocan.jp/utagoe.php?title=inter (HPうたごえ喫茶のび)


2007/01/28
明烏
【3】明烏 (赤飯食べて、ことばの意味の拡大縮小)

(3−1)明け方に、デレる?

 古今鼎東西線、明烏をお伺い申し上げます。

 日本語の生々流転、花がパナからファナへ、それからハナへなど音声が移り変わってきただけでなく、文法も語の意味も、日々あらたに生まれ変わっております。

 文法の変化の一例。
 年輩者が毛嫌いしていた「出れる」「見れる」の「ラ抜き可能形」。
 今、若者は99,9%こちらです。変わってしまったんですから、もう、変化は止められません。

 たまに「今朝は、6時半の新幹線で宇都宮を出られましたから、1限目の授業に間に合いました」なんて、「出られる」を使う日本人学生がいると、「おっ、ラレル派、残存だね」と、思ってしまうくらいです。

 現在、宇都宮高崎あたりは東京まで通学派が増えています。新幹線で通っても、東京に下宿するより安いんだって。でも、近頃の学生さんが明け方の電車に乗るのは、なかなかたいへんみたい。

 昔、私は親元から「でれる」とばかりに東京をめざしましたが、今の学生、「親元にいたほうが、ご飯も作ってもらえるしぃ」と、親がかりでいるほうを喜ぶっていうんですから、世も変わりました。
 パラサイトしていたほうが、楽っていうんですから。

 うちの与太郎なんぞも、親元通学派でして。大学まで自転車通学していて、ガールフレンドのひとりもできそうになく、これはこのまま一生パラサイトかな、と、、、、
 いつの世も、親というのは我が子の成長が気になり、どうにか早く世の酸いも甘いもかみ分けて、一人前になっておくれ、と育てているんですが。

 江戸の昔も、親御がセガレの成長を心待ちにすることは、おんなじでございました。
 え〜、『明烏』をご紹介いたしましょう。

 堅物で、部屋にこもって本ばかり読んでいるという金持ちぼんぼんの若旦那がおりました。
 二十歳をすぎても、読書の秋とはいわず、一年中、論語だの実語教だのと、本を読んですごしております。

 たまに外へ出てまたと思うと、「お稲荷さまへ参詣いたしましたら、善兵衛さんがいらっしゃいまして、若旦那、若旦那、お赤飯をめしあがれと申しましたから、ごちそうになってまいりましたが、お煮しめのお味がまことに結構でございましたから、おかわりをいたしまして、三膳ちょうだいいたしました」と、無邪気なもので、親父さまも、「あきれたねぇ、どうも、こまった跡取りだ」と、思案顔。

 数えの21をすぎても、とんとネンネのままの息子をながめて、「世渡りにはつきあいも大事、あそびも社会勉強のひとつなのに」と、案じた親父さん、「これでは一人前の男になれないんじゃないか、息子を少し変えてやってくれまいか」と、町内のワルふたりに、吉原遊びの案内役を頼みました。

 堅物の息子に、社会勉強をさせてやりたい、少しは世の中の柔軟さを身につけさせたいという親心。まるきりの坊やですのでちょっとはオトナの男にしてやってほしい、というわけです。

 吉原遊びに使うお金は、旦那持ちだと心得て、ワルふたりは、若旦那を連れ出しました。 おいなり様への参詣だということに仕立て、吉原大門を鳥居だと言って中へ連れ込みます。
 
(3−2)若旦那生まれ変わる

 江戸が東京へと移ってからも、樋口一葉が名作『たけくらべ』で
「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝(どぶ)に 燈火(ともしび)うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の 行來(ゆきき)にはかり知られぬ全盛をうらなひて、、、、」
と、描写いたしました、吉原大門。

 現在の吉原は、ソープ街として生き残っております。ソープ街といっても、洗濯石けん卸問屋じゃ、ありません。

 さて、だまされたと知り、堅物の若旦那は逃げ帰ろうとします。「ここは悪の巣窟」なんて思っている場所ですから。
 帰してしまったら、旦那から「息子をオトナの男に変えてやってくれ」と、頼まれたことがフイになります。

 そこで、ふたりは、「三人いっしょに大門をくぐったことは、ちゃんと帳面に書いてあるから、一人で帰ったりしたら、怪しいやつと思われて、とっつかまる」と、若旦那を脅し、ようやく妓楼にあがりました。

 てんやわんやの一晩がすぎ、若旦那、敵娼(あいかた)の布団のなかで、ちゃんと世の中のお勉強を仕上げる、という一席です。

 若旦那、一皮むけて、あらたに生まれ変わったんじゃないでしょうか。
 あのですね、ここんとこの一皮むけたっていうのは、下半身のごく一部のことじゃなくて、全身新しい自分を発見できたってことですから。
 あらたに、あたらしい、ってところです。

 「若旦那の敵娼(あいかた)」と言っても、若い人には「アイカタ」といえば、「漫才ペアの相手を呼ぶ」「いつもいっしょにいる仲良し友達の片方」くらいの意味で使っていますから、廓噺など、江戸吉原の話のとき、「あいかた」といえば、客の相手をする娼妓をさすことを説明しなければなりません。

 「あいかた」などは、「ペアになる相手」とほぼ同義です。しかし、現在の使い方では「敵娼」という意味で使う人がいなくなっています。このような場合、「アイカタの意味が縮小した」といいます。

 「あいかた」の意味が縮小したのに対して、奥様は拡大しました。
 江戸時代には、ずずっと奥の間のそのまた奥に住んでいらっしゃるお屋敷の奥方を意味した奥様。

 現代では、もちろんお屋敷のおくぅ〜のほうに住んでいる方もさしますが、春庭のように、玄関からずずっと奥に行こうと思うと、ベランダから下へ落っこちてしまうような2DKに住んでいていても、既婚女性にはとりあえず「おくさん」と呼びかけることになっています。
 奥様は「お屋敷の奥に住む方」から「既婚女性」へと、「意味が拡大した」

 奥様のように、意味が拡大した語もあれば、「女房」のように、「宮中へ宮仕えする女人」から「自分の妻」へと、意味が移行した語もあります。

 「房=部屋」のうち、女性が住まいする部屋が「女房」であり、宮中の部屋を賜っている女性をも「女房」と呼んだ。

 もう、意味が変わっていますから、春庭のように、自分の部屋もなく、台所にパソコンおいてキーボード打っていても「女房」です。

 意味が変われば、「女房」などの語源も忘れられてしまいます。
 かように、言葉の意味は、栄枯盛衰、常に生まれ変わるものなんです。

 女房など、「語源を知らないまま使っている」という語は山のようにあります。


(3−4)やばいセンセーと猟奇的な彼女

 昔と今と、意味が変わってしまった「あたらし」。
 変化が起きたのは平安時代のことでした。そんな昔のことは、だれも覚えちゃおりませんが、最近のことばでも意味はどんどん変わります。

 たとえば「ヤバい」
 私たちの世代では「ヤバい」は、「危ない、危険そうでよくない」という意味合いの俗語でした。「やばい薬」といえば、そんなもんに手を出したら人生ヤバくなってまいります。

 が、最近の若いもんは、「この服カッワイー。ねぇヤバくない?ちょー似合うから買おう」「ヤベェ、すげぇ美味ぇよ」なんて使い方をしており、相手に向かって「ヤバい」と言ったら、誉め言葉になるんでございます。

 「センセの授業、ちょーヤバい」と学生に言われたら、私、にんまりです。
 学生が「センセー、レポート提出の期限に出せないんです。1週間のばしてください」なんて、「ごねて」きたときも、甘いセンセで通しています。ヤバいセンセですから。

 私、「やばい」という語は、「やー様」関連の俗語と思っていたのですが、『広辞苑』には、江戸の戯作本、やじさんきたさんが登場する『東海道中膝栗毛』の用例として、「やば」をあげています。

 「おどれら、やばなこと働きくさるな」と言うせりふ。
 「やばなこと」は、けしからぬこと、奇怪なこと、危険なこと。

 語源については、「江戸時代の牢屋を意味する厄場(やば)から」と、堀井令以知が書いた岩波新書『ことばの由来』に、一説がある。
 「犯罪者を収容するところが厄場(やば)」と、書いてあります。

 このような語の印象、価値観が変わることを語彙論では「語の価値の上昇下降」といいます。 「やばい」のようなマイナスのことばがプラスの意味で使われるようになったり、「僕」という「しもべ」「召し使われる人」という言葉が「男性が使う一人称の語」に変わり、語の価値が上昇した場合もあります。

 また、「奥様」が「お屋敷の奥の方にいらっしゃる方」と、尊敬の念を含む語であったものから、「一般的に既婚女性に呼びかける語」へと、語の意味が拡大して、語の価値が下降した場合もあります。

 このような語の意味の変化と語の価値の上下は、外国のことばにもあります。
 韓国映画「猟奇的な彼女」、主人公の女子学生がかわいらしく、魅力的でした。でも、英語のタイトルは「My Sassy Girl 」。「私の生意気な女の子」でした。
 日本語できくと「猟奇的な」と「生意気な」では、ずいぶん語感がちがいますが。

 韓国語の「ヨプキジョク(猟奇的)」(怪奇・異常な)は、「普通と変わっていて、個性的でかっこいい」と、意味が拡大しているのです。
 ほかにも、韓国語では、「チュギダ」(殺す)が「かっこいい・いかす・すごい」に変わっています。

 英語でも、cool boyといえば、もとは「冷淡な、熱のない、ずうずうしい」男、だったのに、今では「冷静で理知的な、とても素敵で格好いい」男、に変わっています。


(3−5)寿司は一カンずつ食う?

 変わる言葉の意味。その大元を知ってみたいのも世の道理。
 ただし、言葉のみなもと、語源は諸説あり、どれが本当なのか、はっきりわかっている語は少のうございます。
 語源がはっきりしている語もあれば、なんだか諸説紛々でわからない語もあります。

 「どうして寿司を1カン2カンって、数えるンですか」と、好奇心のかたまり知りたがりの古今鼎がたずねると、寿司屋のおやじさん、待ってましたその質問、とばかりに「江戸前寿司は、一個を一貫の値段で売ってたから」と、蘊蓄語る人もいるし、「関西じゃ、巻き寿司を1巻2カンと数えたから」という人も。

 もっともらしい説だとつい、本気にしたくなりますが、『三枚起請文』にもありますとおり、遊女の「あんたと添い遂げられなければ死にます」なんてことばと、民間語源は、本気にしちゃいけません。

 わたくし、教わった語源を信じこんで、すぐ吹聴したくなるんですけれど、でも、日本語修行中の身だから、一応確かめてみると、はい、これ、みんな民間語源でした。

 江戸時代、屋台で売っていて、手軽な庶民の食べ物だった寿司。 
 1個が一貫文って、ほんとう?
 「一貫」、江戸300年間の時代によって貨幣価値に変動はあるけれど、現在のお金に換算すれば約1万円くらい。今でも、銀座老舗の鮨屋なら一カン1万円のあるとは思いますが、春庭御用達の回転寿司なら一皿100円200円。

 寿司ひとつが1万円もするんじゃ、春庭亭の一同、寿司屋がこわくて入れませんし、江戸の昔だって八っつあんも熊公もおいそれとは食べられません。

 そもそも、江戸時代は、寿司を1カン2カンとは数えていなかったらしい。
 この数え方が広まったのは昭和になってから、というのが、文献でたどれるところの限界みたいです。

 職人ことば、武家ことば、女房(御所)ことばなど、由来がわかっている語もございますが、たいていの「語源」は、こじつけだったり、民間語源といって、適当な話をそれらしくこしらえたものが多いんです。

 「結局、なんで1カンなのか、わからないんですねっ。ここまで真面目に読んできたのに、わかんないなら、書くな!ヘッポコ日本語教師め!」なんて、ごねる方がいたりしても、いかんともしがたく、、、、、。 


(3−5)涅槃でごねる

 江戸時代の「ごねる」
 私が今つかっている「ごねる」は、「強く主張し、文句をつけたり、いいがかりを言ったりすること」「ぐずぐずと理不尽な文句を言い続ける」という意味です。

 しかし、「ごねる」は、江戸庶民にとっての意味は違っておりました。
 意味が変化したのです。昔は「ゴネ得」のためにはつかっておりませんでした。

 ヤバイが誉め言葉になったというと、古い私たち世代はびっくりいたしますが、「ごねる」が「文句を言い続ける」という意味で使われているのを江戸の人が知ったら、驚くかもしれません。

 江戸時代には、「あいつもついに、ごねたよ」「シヌだの生きるだの騒いでたけど、やっとこ、ごねたかい。南無まいだ、ナンマイダ」なんていう会話で使っていました。
 浄瑠璃の『ひらかな盛衰記』には、「こいつ、ごねたか、しゃちばりかえって」という一節があります。

 それが、「ごてる」との混用から、「ごねる」が「理屈に合わないことを主張して文句をつける」ことに、意味が変わりました。
 今では「ごねる」を「死ぬ」意味で使う人はいません。

  「ごねる」のもとの形は「御涅槃る=ごねはんる 」という説があります。
 「ごねはんる」の省略語が、「ごねる」でした。

 涅槃(ねはん)とは、お釈迦さまが到達した静かで安らかな悟りの境地。お釈迦様は「御涅槃る」ことができたわけです。
 「ごねる」の語源が「御涅槃る」だったなんて、知りませんでした、わたくしも。

(3−6)別嬪とご涅槃る

 原義は「お釈迦様のように涅槃の境地に入る」だった「ごねる」。
 我ら凡俗は、どう逆立ちしても生きているうちはこのような安らかな涅槃の境地にいくことはありません。

 最後の最後まで世俗の欲にのたうちまわって生きるでしょうから、涅槃の境地に至るのは、死んだあとのことになってしまいます。
 そこで、凡俗江戸市民にとって「御涅槃る=ごねる」とは、「死ぬこと」でした。

 語源に諸説ある語、たとえば「べっぴん」さん。
 和風で江戸情緒のある器量よしには、美人さんというよりべっぴんさんのほうが似つかわしい。なぜ、美人を「べっぴん」と言うか。2説あります。

 一説によると。
 「特別によい品」を表すことばを「別品」と言った。
 人にも応用して美人を「別品」と呼び、二葉亭四迷は「別品」と表記しましたが、あて字好きの漱石は「別嬪」の字を使いました。

 もう一説では。大宝律令の「后」の規定から。
 古代の法律、律令のきまりでは、天皇は、公式には10人の妻を持てた。
 皇后は、皇族の娘からひとり選ばれる。「妃(きさい)」はふたり。「夫人(ぶにん)」は3人。「嬪(ひん)」は4人。

 一番下のヒンといえども、そんじょそこらの無位の家の娘じゃいけません。「嬪」に選ばれるのは、五位以上の位をもっている家柄から。
 この10人の妻は、いわば「律令に基づく公式の結婚相手」として遇される。

 もし、五位以下の家柄の娘がお気にめしたときはどうするか、「別格の嬪」として、「別嬪」が、非公式に閨(ねや)に侍(はべ)る。
 こちらの説は、もっともらしい分、こじつけのような気がしますが、もともと語源なんてのは、「ぜったいこれが正しい」というのがわかっているほうが少ない。
 
 どちらの説がいいかは、どうぞ、ご自由に。
 なんですっ?「別嬪」がどっちの説だろうとかまわないから、見目良き別嬪さんとふたりっきりで「涅槃」の境地にでも入ってみたい、ですって。
 
 はいはい、「御涅槃る」の境地で、別嬪さんに「シヌしぬ〜」とでも言わせてやっておくんなさいまし。

 あ、ここで帰っちゃいけません。まだまだ、高座はつづきます。ここで読むのをやめてお帰りになるってぇと、大門で止められます。
 HP大門の門番が、ちゃんと頭数を数えていて、途中で読むのやめると、ロックかけることになっております。

 足止め食らったところで、明烏完食となりました。
 春庭・落語で美味しい日本語食堂、次回もよろしくお運びのほどを。
  お口に合うやらあわぬやら、ちょいとアブないお味かも。

<明烏 おわり>
 

2007/08/21
長屋の花見

 

2007/09/28
うなぎの幇間

 

2007/09/28
酢豆腐


【6】酢豆腐(酢豆腐食べて死語瀕死語、今はなつかし昭和語江戸語)

(6−1)酢豆腐うまいかすっぱいか

 えー、毎度おなじみ、二つ目修行中、古今鼎東西線です。 
 日本語修行をつづけております。
 しゃべくりの技術も、アエイウエオアオ滑舌練習やら朗読練習やら、訓練おこたりませんが、毎朝毎夕のことば修行、料理人が包丁の手入れをするみたいな地道な修行もいたします。
 いろんな修行のなかで、今回ご紹介するのは、「辞書全読」という「ボキャブラリ確認テスト」について。

 そう毎日やるわけじゃありませんが、たまにやっておくと錆び付いた言葉倉庫を掃除でき、すっかり忘れていた語を思い出すこともできるし、知らなかった語もみつかります。

 前に『岩波国語辞典』の全読をやったときに「あいろ」という語、すっかり忘れていたのを拾い上げました。
 「あいろ」の出典のひとつは興津要編『古典落語(下)』に収録されていた「ガマの油売り」口上でした。
 『古典落語』読んではいましたけれど、「あいろ」なんて語は忘れてしまっていました。

 あいろは文色(あやいろ)の江戸なまり。文(あや)は、物の表面にあらわれる形や彩りのいろいろ。「ことばのあや」なんぞの使い方は今でも残っております。

 「色の名事典」とか「外来語辞典」とか、一冊きめて、「あ」から「ん」まで、語彙をチェック。阿吽のことば修行でございます。
 毎回、あれ、こんな言葉知らなかった、というのが見つかります。
 さて、今年は「江戸ことば」「落語ことば」のチェックをいたしました。

 一応「日本語」を道具にして仕事をしておりますから、八百屋が野菜にくわしいように、また、魚屋が魚にくわしい程度には、日本語について、一般の「日本語をしゃべって生活している人」よりは、文法についても少々は多くを身につけ、語彙も多めに脳内辞書に登載してある、、、、つもりでおります。

 しかしながら、「知ってるつもりは知らない証拠」、道具には磨きをかけませんと、売り物にはなりません。さびた包丁で料理する板前おらず、目立てをしてないノコギリで木を切る大工も、、、、このごろは鉋鋸を持たない大工もいるらしいですが。
 とにかく、生兵法は怪我の元、知ったかぶりは「腹下し」になりますから、ご注意が肝要。

 落語「酢豆腐」の若旦那は、知ったかぶりをして、町内のワルたちに「腐ってカビが生えた豆腐」を食べさせられました。
 春庭亭の「酢豆腐」は、腹くだしたりいたしませんから、どうぞ、ご安心の上、ご賞味くださいますように。

(6−2)ちりとてちん

 「酢豆腐」の一席。
 町内のワケーシュたち、寄り集まっての酒盛りに、肴を買う銭なんぞだれも持ち合わせておりません。「なんでもいいから、つまみになりそうな物を持ってこい」といわれて、与太郎が「夕べの残り物の豆腐を釜の中にいれてしまっておいた」と、出してきました。
 夏の暑い盛り、冷や奴の残りを釜の中になんぞ入れておいたら、悪くなるにきまっています。生ぬるい腐れ豆腐になってしまったようで、豆腐は黄色くなっていやな臭い、カビも生えております。
 
 そこへ通りかかったのが、食通ぶっている知ったかぶりの若旦那。
 いつも「珍味」やら「高級料理」やらの食道楽自慢をしている、いけ好かない男です。
 若い衆たち、日頃の自慢を逆手にとって、とっちめてやろうと企てました。

 「珍しい豆腐を手に入れたんだけど、よほどの食通でないと食べた人も少ないという珍味なので、町内の一同、食べ方も分からずよわっています。
 なんかこう臭いもいたしますが、どうやらクサヤの干物のような、臭うほど美味いってやつらしくて。これはきっと乙な味に違いないと一同楽しみにしているんですが、あいにくと、食いもんに詳しい者がおりません。

 この、ポヨンポヨンと生えているもんは、はらって食べたらいいのか、それともそのまま口に入れていいのやら、箸のつけ方もわからない始末で、ぜひ、若旦那に食べ方をおそわり、通人の端くれに名を連ねたい。若旦那のように、よっ、イキだねっなんて、言われてみたいんですが、どうもあっしら不調法でして。
 若旦那、まず、どうやって食べたらいいのか、ひとくち食べてみせてクダセーやし」と、おだて上げます。

 若旦那、知ったかぶりして、腐った豆腐を食べ、「ちょいと臭いますなぁ。それに一段と酸っぱくなってますね。ええ、これがオツな味でして。この味がいいねと君がいったから、7月6日は酢豆腐記念日。なんてね、あちきのなじみのマチ奴なんかも言ってます。これは『酢豆腐』という珍味でげすよ」と、いっぱしのことを言います。

 もう一口どうですとすすめられ、「酢豆腐はひとくちに限る」とさげます。さあてそこからは、お約束どおり。「食べてみてくだせーやし」と言われて食べて、腹、下せーやしになったんです。

 「酢豆腐」は、上方落語では「ちりとてちん」という下題になるそうで。
 NHKの「朝ドラ」では、落語修行の若い女性が主人公。

 わたくし、修行中とはいっても、もはや若くはありません。
 我々のような者を口耳講説(くじこうせつ)の徒と申しまして、聞きかじりの耳学問を、物知り顔ですぐ人に説く浅薄な学者、学識のたとえであります。

 「聞きかじり知ったかぶりが服着て歩いているような者」ではありますし、羊羹丸かじりも得意でございますが、酢豆腐はまだ、食ったことがありません。

 では、「辞書丸かじり」のお味を紹介しましょう。

 口耳講説のことば修行、江戸時代のことばについては、かって、松村明編『江戸ことば東京ことば辞典』(講談社学術文庫)というのをチェックしたことがあります。
 こちらは「現代も使われている811語」が載っていて、用例出典も江戸文学全般にわたっています。811語のうち、春庭が知らなかった語は、25語ありました。以下紹介。


(6−3)物相飯は臭い飯

 松村明編『江戸ことば東京ことば』のなかで、春庭知らなかった語、忘れていた語のリスト

(1)「あくぞもくぞ」(2)「あてずい」(3)「いさくさ」(4)「うってんばってん」(5)「うぽっぽ」(6)「うらうえ」(7)「うんつく(運尽く)」(8)「おかゆ(陸湯)」(9)「おたがじゃくし(お多賀杓子)」(10)「おめぐり」(11)「こちなし(骨なし)」(12)「さいしく(彩色く)」(13)「しだら」(14)「ずいとくじ(随徳寺)」(15)「ずくにゅう」(16)「すんぜんしゃくま(寸善尺魔)」(17)「ずんべらぼん」(18)「せちべん(世知弁)」(19)「だみそ(駄味噌)」(20)「つるはぎ(鶴脛)」(21)「べっか(別火)」(22)「まんきゅう(万久)」(23)「まんぱち(万八)」(24)「もっそうめし(物相飯)」(25)「ろっぽうもん(六法者)」

これら25語、おわかりになった方、すごい!江戸時代に生きてた方かも。
 春庭、歌舞伎の「六法を踏む」は知っていても「六法者」は知らなかったり、「当て推量」は知っていてもその簡略形「あてずい」は知らなかった、という具合。

 「食い放題インターナショナル」にちなんで、食事に関する語彙を紹介しましょう。

 (10)「おめぐり」は、江戸ことばというより、それより一時代まえの御所ことば(女房ことば)です。「おかず」と同じ「副食物をあらわす言葉」ということ、まったく知りませんでした。
 主食につける「汁もの」のほうは、「おつけ」という女房言葉が現代でも生きていて、みそ汁などを「おつけ」と呼ぶ家庭もある。しかし、「おめぐり」のほうは、地方の方言で会話するテレビのホームドラマでも聞いたことがもありませんでした。

 (21)「べっか別火」、「宗教上の汚れをきらって、一般の食事とべつの火で炊事すること」というのは、宗教学や民俗学でこのことばの意味を教わったはずなのに、すっかり忘れていました。
 また、(24)「物相飯(もっそうめし)」は牢屋で出されるごはん。現代語でいう「くさい飯」

 さて、くさい飯といったって、おかずに腐って臭う豆腐、酢豆腐が出されたってわけじゃありません。
 昔の監獄飯を食べた人は「ぼそぼそしたいやなにおいの飯だった」と、語っていますが、質の悪い米に麦などをまぜた主食が、なんだかいやな臭いがしたらしい。

 私、残念ながらクサイ飯、食べたことありませんが、現代の物相飯は、なかなか栄養バランスのいい献立が振るまわれるそうです。

 博物館網走監獄では、現在の網走刑務所で収容者が食べている食事のメニューを再現して、かっての受刑者食堂で「監獄体験ランチ」を食べることができるそうです。一食500円。網走監獄博物館のHP 下のほうにランチの写真があります。
http://www.kangoku.jp/lunch.html

 さて、今回チェックしたのは、『生かしておきたい江戸ことば450語』という幻冬舎文庫。2007年7月に文庫化されました。単行本だったときには、読まなかったのですが、文庫化で手軽になったので、さっそく「落語ことば」のチェックです。

 この本の特徴は、出典を落語にしぼった、というところです。
 落語ファンにはおなじみのことばが並んでいて、そのことばが出てくる代表的な落語演目を出典とする用例が書いてあります。


(6−4)絶滅危惧語てぬぐい七輪褒め殺し

 日本語をはじめ、ことばは生まれ変わり移り変わっていくものです。しかし、中央で新しい表現におされて廃れてしまった発音や語彙が、地方ではたいせつに温存されている、という現象もしばしば見られます。

 以前、日本語の発音についてお話したおりには、古代日本語発音で「花」をパナ、春をパルと発音していたのに、現代語では「ハナ」「ハル」という、しかし、沖縄の八重山方言にはパナパルの発音が残されている、というお話をいたしました。

 文法でも同じ。
 平安時代の「〜すらむ」「〜ずらん」という推量の語尾が鎌倉時代には「ん」が発音されなくなって「〜ずら」になり、それが現代でも長野地方の方言として「ずら」という語尾に残されています。
 長野地方の方、「行くずら」「いいずら」なんていう語尾は、平安のゆかしき表現のなごりなんですよ。

 語彙(ごい)も同じ。地方のほうに、古典語の語彙が残っています。

 「ものしり」を「いうそく」と名古屋地方では言うらしい。a****さん、コメントありがとうございます。
 この「いうそく」は「有職故実」の「有職(ゆうそく、いうそく)=朝廷などの礼式典故、それを知っている物知り」という意味で、平安時代からの日本語です。

 現代標準語としてはあまり聞かなくなっていますが、「いうそく」を今でも名古屋岐阜あたりで、「あの人はいうそくだでーぃかんわぁー」と、日常語としてつかっている人がいるなら、うれしいことです。

 「万八まんぱち」は、江戸時代には「万のうち本当のことは八つほど。ウソ偽りが多くてあてにならないこと」という意味で使われていたことば。

 新潟の会社で「万八」を聞いたことがあるというk******さんのコメント、ありがとうございました。江戸語も生きているんですね。

 『生かしておきたい江戸ことば』の著者、澤田一矢の前書きに、この本の執筆動機が書かれていました。
 若い女性たちに講義をしていたときに、「タオル」は知っていても「てぬぐい」という語を知らない若者に出会って驚くやら嘆くやら、という経験をしたからだそうです。

 澤田センセー、「てぬぐい」知らないくらいで驚いてちゃ、キョウビの大学生相手はつとまりませんや。

 「てぬぐい」も「七厘(しちりん)」も「蚊帳(かや)」も「行燈(あんどん)」も、それを使ったことのない家庭に育った学生にとっては「死語」です。
 第一、大学生になるまで包丁をにぎったことないなんて、ざらですから。
 もうちょっとで「包丁」も「まな板」も死語になるかも。あ、まな板はともかくまな箸はすでに瀕死語かも。

 江戸語紹介の前に、昭和語の「死語、瀕死語」のお話をしておきたいと思います。

 昭和生まれにとっては、ごく当たり前につかっていたことばが、平成ではすでに死語、瀕死語となっています。
 われわれの世代のものが「江戸語」を見て、「こんなことば聞いたこともない、ホントに日本語なの?」と思うのと同じで、平成の若者は「ハイティーン」も「逢い引き」も「ほんとにそんな日本語が使われていたの?」というのです。
 死語瀕死語となっている昭和語を先にご紹介しましょう。

 9月に行った集中講義で、学生にひとりひとり課題を与えて発表させました。
「方言」「四字熟語」「難読語」「外来語」「死語瀕死語」などのなかから、興味をもてそうなお題を選び、図書館で調べてクイズを10題作って互いに出題し、正解を解説する、という課題です。  

 「死語」を選んだ学生、「江戸ことば」なんて昔むかしじゃなくて、「昭和戦後の死語」を集めてきてクイズにしました。
 なにせ、平成生まれの大学1年生、「あにはからんや」「なかんずく」なんて古語はもちろん、駅弁大学もアベックもシュミーズも、日和るも、ほめ殺しも、ぜ〜んぜん、「聞いたこともない」の世代です。


(6−5)昭和語に言えろーカード

 私にとって、江戸時代のことばの多くが「死語」だというお話のついでに、平成生まれの大学生にとって多くの「昭和語」がすでに死語となっているということも紹介しておきましょう。

 私にとってはついこの間と思う1996年ごろの流行語「チョベリバ」について。
 「僕らが小学生のころ、1998年には、クラスでうっかりチョベリバと言ったら、ちょい、恥ずかしい古い言い方でした」と、学生がいうので、流行語がたちまち瀕死語になるのはわかります。

 でも、「イエローカード」とか、一般に通用することばになったと思っていた語も、思った以上に流通の寿命が短いことがわかりました。
 教師が「授業中いねむりしている君にイエローカード」なんて言うのも、学生にとっては「古くさい言い方に聞こえる」というのです。

 私が「つい最近のことば」と思うのを、学生たちは、「古いかんじがする」というし、「もはや戦後ではない」も「一億総白痴化」も、「マスオさん現象」も、みな「そんなコトバ聞いたことない、はじめて知った」と、古代語あつかいです。

 「白痴」は、ドストエフスキーと坂口安吾の小説タイトル以外でこの言葉を見ることはできなくなりました。「白痴」が差別用語とされたので。
 漢字変換しても「はくち」は、「白地」「白雉」しか出てこないので、学生が知らなくてもよしとしましょう。

 学生への春庭解説。
 「大宅壮一という戦後を代表するジャーナリストが、テレビの普及について評したことばです。初出1956年ですが、テレビが普及すると、このことばが流行語になりました。現在、白痴は放送禁止用語になっているけれど、社会時勢を表現したフレーズなので、一般常識として一億総ハクチ化という言葉は脳の片隅にでも入れときなさい」

 大宅壮一が嘆いてから、すでに半世紀。大宅の「テレビを見ていると、自分で判断し自分で考える力が失われる」という危惧は、予想以上に進んでいます。
 「アベの坊ちゃん」が投げ出した首相の座。そんな人を「選挙対策用にかついだ党」の本質などさっぱり忘れて、「次はキャラ立ち漫画好きか、石部金吉フツーの人か」と、マスコミのお祭り騒ぎにのせられる。

 日本の首相選挙は、ロンドンのブックメーカー(賭け事胴元)も、賭の対象にする題材ですけれど、チョウと出るかハンとでるか、一億総バクチ化。

 ゾロ目の丁で、変わり目もなし。春庭出身地5人目の首相誕生も、落語ほどにも面白くもなし。年末には早くも支持率急落です。さもありなん。
 と、平成ボーイたちに言っても、「さもありなん、って、何ですか?」と、わかってもらえないが。


(6−6)ハイティーンブギ

 「ハイティーン」という語を初めて聞いたという1年生に「あなた方の世代をいうコトバです」と解説しましたが、「そんなことば、聞いたこともない」。

 私は、10代のころ自分を「ハイティーンの一員」と思って育った世代です。
 私が自分をハイティーンと思っていたのも、はるか昔のことになってしまいましたが、ハイティーンということば自体はまだ使用しており、死語とは思っていませんでした。

 近藤真彦の『ハイティーンブギ』がヒットし、1982年には同名の映画も公開されたので、私にとっては「最近まで使っていたことば」でした。

 でも、1988年1989年生まれの大学1年生にとっては、「ハイティーンブギ」も、生まれる前の「歴史時代」の歌。
 「死語」について発表した18歳ハイティーン1年生は「ハイティーンとかヤングとか、なんだか『昭和のかおり』がすることばですね」と、解説しました。

 「ハイティーン」は和製英語で、英語の辞書には載っていません。
 昭和が終わったら、瀕死語。平成ハイティーンには通用しない語になってしまいました。

 ハイティーン、英語でどういうか。
 『和製英語と日常短縮英語ハンドブック』によれば、ハイティーンを英語で言うなら「late teens 」、ジーニアス和英によれば、「late teens」または「young adults」だって。

 大宅壮一の「一億総白痴化」も、近藤真彦の「ハイティーンブギ」も、平成生まれにとっては、「歴史のかなたのことば」

 では、あるコトバを若い世代の中に生き残らせる方法とは?
 「ゲーム」の中で使うしかないみたい。Game play back!

 「お前はすでに死んでいる」というせりふは、「ハイティーンブギ」と同じ頃、1984年から単行本が発行された「北斗の拳」を原作とするテレビアニメ(1984〜1988放映)のなかで使われたせりふです。
 原作中には、全15巻中、4回しか登場しなかったのに、テレビアニメの影響で大流行。

 で、生まれる前のアニメであるにもかかわらず、18歳1年生も、このせりふは聞いたことがあります。
 スーファミ、プレステのゲームになり、さらにパチスロでもこの「北斗の拳」が取り上げられ、パチスロ最大のヒットとなったのだって。

 パチンコ愛好家がご夫婦でゲームとしてパチンコを楽しんでいる日記を読ませていただいていますが、楽しそうです。春庭は、パチンコ屋には25年くらい前に行ったきりなので、進化したパチンコをしたことありません。
 北斗の拳は、パチスロゲームとしてよく出来ていたのでしょう。

 それで、この「おまえはすでに死んでいる」は、死語となるのを免れて、「平成ハイティーン」も知っていることばとして残っています。


(6−7)もろびとこぞりて

 イエス誕生を祝うというクリスマスも、もともとは、ヨーロッパ農耕民の冬至祭をキリスト教が利用したものです。
 冬至は、冬にもっとも弱まった太陽が新しく生まれ変わる日でした。生まれた太陽は日に日に育って復活していく。
 太陽の復活が完全に仕上がるのが春分の日ころ。ヨーロッパ農耕民の春祭りは、キリスト教ではイースター復活祭として祝われる。

 東洋の太陰暦(旧暦)では冬至が暦の起点とされ、中国では冬至の儀式を行っていました。日本では中世から、宮中などで朔旦冬至(さくたんとうじ)という行事になっています。「かぼちゃを食べると風邪引かない」などの民間行事は、この朔旦冬至が広まったもの。

 東洋でも西洋でも、太陽の生まれ変わりを意識したのですね。
 そして、イエスの誕生日とされたクリスマスは、世界中のキリスト教信者にとって大切な日になったし、キリスト教信者ではない多くの人々にとっても、家族や友達との絆を感じる行事のひとつになりました。

 ♪も〜ろびと〜こぞりて♪と、歌いながら、ゥン?もろびとって、モロ人?パリサイ人?ヘブライ人?って思った方、「諸人もろびと」は、すべての人って意味ですけど、日常語としては使いませんよね。

 「こぞりて」のほうは、「挙る(こぞる)=みなでうち揃う」という意味です。
 でも、「クラス会に全員こぞりました」なんていう人は、たぶんいない。動詞「こぞる」という単語はもはや使うことがなくなっています。死語です。

 「こぞる」の連用形「こぞり」に「て」がついて、日本語教育でいうところの「テ形」になった。「こぞりて」
 動詞としては使う人が居なくなったけれど、音便形の「こぞって」は、副詞句として使われています。「みなさま、こぞってご応募ください」というように。

 ことばの世界も、太陽の生まれ変わりと同じように、生まれたり死んだり育ったり衰えたりです。
 江戸のことばは昭和には死語、昭和のことばは平成には瀕死語。でも新しいことばは次々にうまれ、古いことばも生まれ変わる。

 社会のなかで日常語として使われなくなったことばを、便宜的に「死語」まもなく絶滅しそうな語を「瀕死語」と呼ぶ。
 便宜的に、というのは、「死語」には、もうひとつ別の意味があるから。

 言語学では、古代ラテン語、古代フェニキア語、中国古代西夏語など、その言語を日常語として使う民族がいなくなってしまった言語を「死語」と定義している。
 私は、この「母語として話す人々がいなくなってしまった言語」を「話者が消えた言語」「話者滅亡語」と呼んで区別しようと思っている。

 母語として家庭のなかで話さなくなったら、その言語は「話者滅亡語」です。
 できることなら、もろびとこぞりて、母語を大切にしたいです。

 そして、できることなら、母語としては話者がいなくなってしまった言語「アイヌ語」をも、日本の大切な言語文化として復活させたいです。
 冬至の祭は復活へのまつり。
<酢豆腐おわり>


2007/08/26
火焔太鼓
8 



2007/11/08
目黒の秋刀魚


(9)目黒のサンマ (日本語の音)

(9−1)女川のさんま

 まだ真打ちにはなってないけれど、二つ目修行真っ最中の古今鼎、「ちっともおもしろくネー」というご批判もございますが、なにぶん、修行中の身、皆様からご批判ご叱責たまわりますことも成長の糧でござりますれば、なにとぞ、ご静聴のほどを。春庭、声調ととのえて、語らせていただきます。

 あの、ここはセイチョーを3回続けましたんで、ショーモネー駄洒落と思いましても、一応拍手なんかパチパチといただきますと、楽屋のそろばんがパチパチと鳴って、講師料がちょっとあがることになってるんです、、、、ってこともないか、大学の講師料、非常勤講師の講師料ってのは、非常識講師料っていうくらい、安いんです。

 まあ、パチパチの音はおいとくとしまして、まずは、「日本語の音」の一席を。

 秋になると、食べたくなるのが、秋刀魚。七厘の炭火をうちわでバタバタとあおぎ、ジュウジュウと音を立てて焼けてくる秋刀魚。美味い!

 今年の秋、春庭は特別美味しい秋刀魚をいただきました。宮城女川漁港から直送してもらった、秋刀魚です。
 秋刀魚漁の漁船に乗っている漁師Aさんが、豊漁の生産調整のため漁港に戻ったあいまをみて、東京の我が家に直送してくださった秋刀魚。
 届いたその日は、刺身にしました。寿司ネタにしてもおいしい。

 サンマは、私の授業の「おいしいネタ」でもあります。では、おいおいと調理調音をすすめましょう。ゥン?調音?
 はい、これから「日本語音声学」のおいしいお話をします。

 さて、刺身、マリネ、生姜煮、自家製ひらきと楽しみ、28日は、冷凍したものを塩焼きに。
 冷凍にしたものでも、元が新鮮ですから、ほんとうにおいしい。

 秋刀魚を昼ご飯にいただいたあと、娘・息子といっしょに、池袋のサンシャイン60ビルへ出かけました。秋になっても気温は真夏日という日なので、足にはサンダルをつっかけて。
 秋刀魚、サンダル、サンシャイン。

 60ビル、最初はワールドインポートのパスポートセンターへ。3人そろってパスポートの更新をしました。娘と息子はあと5ヶ月、私は6ヶ月の有効期間が残っていますが、国によっては「有効期間が半年以上あること」がビザ発行の条件になっているため、更新しておくことにしたのです。

 次は、サンシャイン水族館へ。
 「目黒のサンマ」でも聞かせるのかと思って我慢して読んでやったのに、話はサンシャインへすっとんでいって、いったい何の話かってぇと、ここは、まくらでして、もうちょっとで、本題へいきますんで、ちょっとがまんしてきいてやってくださいまし。
 かんかん照りのステージでアシカショウをみたあと、水族館の中を巡りました。


(9−2)サンシャインのさんごサンマの「ん」

 北の海のクリオネ、熱帯の色鮮やかな魚たち、深海の蟹、アマゾン川やアジアの大河の魚。ふわふわと水に溶けそうなクラゲ。
 銀色のうろこをひからせて、ぐるぐる回遊しているイワシ。うん、おいしそう。

 水族館に来て、第一の感想は「おいしそう」
 新鮮で、いい寿司ネタになりそうな鰯です。
 のんびりふわふわ浮かんでいるクラゲを羨みつつも、日本語教師は、10月からの日本語音声学のネタをまとめています。

 サンシャイン水族館の「ウリモノ」は、アシカショウやペンギンパレードだけじゃありません。
 日本で初めて、サンゴ礁の浅海(ラグーン)を再現した大型水槽も目玉のひとつ。
 サンゴ礁の生態系を再現し、珊瑚を育成しています。

 地球温暖化の影響なのか、本物の海では珊瑚の白化がおこり、珊瑚の大量死滅が伝えられています。
 動物園で絶滅危惧動物の繁殖がはかられているように、水族館の中でサンゴを保護育成することも、これからの水族館の大きな役割のひとつになるのでしょう。
 
 「サンゴ」地球にとっても、大切な生物。
 私の「日本語音声学」授業にとっても、重要なネタです。
 はい、ここは声を出して読みましょう。「サンマ珊瑚サンシャイン」。

 水族館回遊水槽での、魚の餌付けショウを見ました。
 水槽の中をゆうゆうと泳いでいたエイや小型の鮫が、飼育員のダイバーお姉さんに、餌をねだって、まとわりつきます。鮫もなついてくれば、かわいいもんなのでしょう。
 2m近いウミヘビも、昼寝の穴から出されて、おねえさんにだっこしていました。

 「ウミヘビは、蛇っていう名だけれど、蛇とは違います。蛇はハ虫類ですが、海蛇はうなぎやあなごと同じ。お魚です」と、ダイバーおねえさんの解説。
 うん、名前って重要ね。うなぎやあなごはおいしそうで、いい寿司ネタになりそうだけど、海蛇ってきいたら、うまそうじゃなくなる。

 「日本語音声学」って聞くと、なんだかむずかしそうで、ちっとも面白そうじゃない。 ウミヘビときくと、同じお魚でも美味しそうじゃなくなるのと同じで、どうもネーミングが退屈なんですね。でも、ほんとうはおいしいんです。面白いんです。

 海蛇だって、蛇っていう名前に惑わされずに食べてみたら、穴子と同じくらいおいしいかも。
 ゆっくり水族館を楽しんだあと、おなかがすいてきたので、アルパ3階のレストラン街へ。何たべようか、鰻?穴子?

 ここで重要なのは、鰻か穴子か海蛇か、どれを食べるかではなくて、「3階」ってことです。エレベーターの中で「行き先押しボタン」のそばに立っている人から「何階ですか」と聞かれたら「サンガイ」って行き先を告げましょう。

(9−3)さかなクンのサンマ

 夕食後は58階の展望台へ。展望台ギャラリーでは、さかなクンの「魚イラスト」が展示されていました。
 さかなクンのイラスト、魚の絵一枚一枚に、「お魚大好き」という気持ちがあふれているように思えました。

 さかなクンは、13年前の高校生のときに「テレビチャンピオン魚通選手権」に出場した頃から見ています。
 今では東京海洋大学客員准教授として後進の指導にもあたって、「お魚らいふコーディネーター」として活躍しています。好きこそもののじょうずなれ。

 みなさん、日本語すきですか。ちゃんと発音しています?

 お昼ご飯の秋刀魚から、サンシャイン水族館の魚、展望台ギャラリーのさかなくんのお魚イラストと、お魚たっぷりの一日が暮れていこうとしています。
 西の空が鮮やかな夕焼けになり、みるみるうちに展望台からのながめはきらきらした夜景になりました。

 10月からは、私も息子も後期授業が本格的に始動。のんびり親子で外出することも少なくなるでしょう。
 「だいたい、24歳の娘と18歳の息子がハハオヤなんかといっしょにお出かけをしてくれるだけでもありがたいと思え」と、オンを売られております。

 そうだよね、ありがとう。ハハは、娘息子といっしょにサンシャイン58階から眺める東京の夜景に、しみじみしております。

 はい、ここまでが「いささか長すぎて、飽きてきたマクラ」「だらだら続いた前説」です。
 これからが本題です。
 「サンマ食べて、サンダルはいて、サンシャインでサンゴを見る」


(9−4)サンマの「ん」

 日本語学授業の始めに、毎年「学生に与える練習」があります。
 カフェコラムではもう何度もこの話をしてきましたから、すぐ正解がわかる方もおいでだとは思います。

 学生だと、講義中、3回くらい同じ話を繰り返しても右耳から左耳へ話が抜けていって、少しも脳内にとどまっちゃあいないってことが多いのですが、脳力に自信をお持ちの方が多いカフェで、同じ話を繰り返したら、「つまらん!」と、一喝かも。
 でも、ま、同じ「目黒のサンマ」を何度聞いても笑えるのがほんとのハナシ家。

 同じ内容で恐縮ですが、再掲載です。アレンジは少々かえてありますが、基本は同じハナシ。
 学生は毎年新しく受講するのですから、毎年同じ練習をやらせて反応を楽しめる。
 題して、「秋刀魚、サンダル、珊瑚のサンシャイン練習」。

 「自分は日本語がよくわかっている」と、思いこんでいる日本人学生に「日本語わかっているつもりでも、わかっていないこともあるんだよ」と気づかせるために、まず、五十音を読ませます。

 「五十音図の文字、全部読める?日本語教師になりたい人、五十音図のひらがなくらい読めるよね」
 学生、「ばかにすんな」という顔で教師を見ます。
 「じゃ、読んでみましょう。ア行からひとり一行ずつ声に出してひらがなを読んでいってね」
 「あいうえお」「かきくけこ」「さしすせそ」〜「わいうえお」

 「はい、じょうずにワ行まで読めましたね。じゃ、君、最後のこの文字、読んでみてね」
 「ん」の文字を指します。
 「ン」
 「え、なんて言った?もう一度」
 「ゥン」

 黒板に「さんま」「さんご」と書きます。
 「はい、君、読んでください」
 「サンマ、サンゴ」
 「はい、よく読めました。じゃ、もう一度、五十音表の最後の文字、読んでね」
 「ン」

 「え、ほんと、ほんとにそういう発音だった?もう一回言ってみて」
 学生、うんざりしながら「ウン」
  「え〜、ほんとにこの字はゥンなの?確認してみようね」

 黒板に「さんま」「さんご」に続けて、「サンダル」と書きます。
 「はい、さんまっていってみましょう、みなさん、いっしょに。サンマ」


(9−5)「運」のつく練習

 次に、サンマというとき、「サン」の次に「マ」を言おうとして、でも言わないで、発音する直前で口の動きを止めてみて。
 「ん」というとき、口の形はどうなっていますか。

 隣の席の人の顔を見ながら、もう一度「さんま」の「ま」の前でストップしてね。はい、いっしょに「さん、、、」
 口はどうなっていた?
 はい、唇を閉じていましたね。
 この練習、隣の人と顔を見合って、口元を互いに見つめ合うことが肝心。
 一人で鏡を見ながらやってもできないことはありませんが、一人だと「ん」の音を意識してしまい、「サン、マ」と区切って発音してしまうことが多いです。それだと、口を閉じないで、マの音に進みます。

 「この絵は3億円」と聞き、びっくりして「えっ、サン?まあ!」と言うときには、マの前で口を閉じていません。「私は唇閉じてない!」と、おっしゃる方は、こちらの「サン、ま」の方を発音しています。

 ごく普通の速度で、魚屋さんへ言って「サンマ三匹ちょうだい」と、注文する気持ちで言ったとき、一般的な日本語母語話者の場合、マの直前の「ン」は「m」の音を発音しているのです。

 「さんま三匹」と言ってみましょう。「びき」の前でストップしてね。「さんま、さん、、、」
 ほら、やっぱり口を閉じているでしょう。

 では、次に「サンダル」と言いましょう。はい、いっしょに「サンダル」
 次は、ダルと言う直前でストップしてね。「さん、、」
 口は閉じていましたか。ほら、さっきの影響で意識すると閉じちゃう人もいるから、隣の人に「サンダル買いますか」と、言いましょう。もう一度「サンダル」と確認するつもりでいいかけて、「ダ」の前でとめます。

 「サンダル」と言いかけて、「ダ」の直前でストップしたとき、舌が口の中のどの位置にあるか、確かめてみて。
 歯の上に舌がありませんか。
 「三足といってみましょう。はい、サンゾク。ゾクの直前で止めて。ほら、やっぱり、舌は歯の上の歯茎のところにくっついているよね。

 最後に「珊瑚」といいましょう。はい、「サンゴ」
 では、サンゴと言いかけて、「ご」の直前でストップ。さっきは舌が歯の上にストップしていたのに今度はどうなっていますか。
 舌先は歯茎にくっついていなくて、舌の奥のほうが上あごに近づいていますよね。

 もう一度、「三匹の秋刀魚」「三月の珊瑚」「三足のサンダル」と言って見ましょう。
 おなじ「ん」という文字で書いているけれど、発音の仕方は3つのバージョンがあったことが、わかりましたか。


(9−6)田圃のトンボ

 「さんま」の「ん」は「samma」です。[p][b][m]の音の前の「ん」は、[m]になります。「ん」と言っているとき、唇はとじて、くっついています。

 「さんご」の「ん」は、「 sa[ng]go」です。[k][g][h]の音の前の「ん」は[ng]になります。舌は後方が盛り上がって、上あごに近くなります。

 「サンダル」は、「sandaru」ですから、「ん」は[n]です。[t][d][s][z][r]の音の前で、「ん」は[n]の発音。舌は前歯の上にくっつきます。

 この練習をしていると、みなさん、「ん」の発音がようく理解できてきて、みんなに「運」が向いてきます。
 春庭センセから日本語学を教わると、みんな「運」がよくなる。これ、ほんと。

 今まで全部おなじ「ん」と思ってきたけれど、ちがう口の形、ちがう舌の形で発音していることがわかりましたか。
 春庭の「運のつく練習」やってみた方は、もう、単語ごとの「ン」の正しい発音ができますよね。

 って、もともと無意識にちゃんとできてたんですけれど。
 日本語教師になるためには、それを意識的に理解していることが必要ということです。

 「ん」の3つの発音、「○ンコ」の「ん」は[ng]で、「○ンボ」の「ん」は「m」でしたね。よくできました。
 ン?、、、○の中に何入れたの。

 ○ンコ、甘いあんこ。お金しまう金庫。
 ○ンボ、稲実るたんぼに赤トンボですね。

 ○ンコの丸に、「う」を入れて喜んでいるのは、マジロ家のふう太くんですね。もう、お父さんそっくりですね。
 あらら、お父さん、たんぼの「た」やとんぼ「と」を、タ行のほかの音に変えて喜ばないでくださいね。

 「ん」は、カナ文字の名前としては、「ン」でよろしい。日本語は文字の名前と発音がほとんど一致していることばです。
 日本語のひらがなカナカナのような文字、ひとつの音節にひとつの文字が対応している文字を「音節文字」といいます。

 ○ンコのなかに、ウをいれたり、マにしたり、入れ替えて遊べるのも、日本語が音節文字を使っているからです。


(9−7)ん、ん、ん

 日本語の音節、「ほとんどがひとつの文字にひとつの発音」というのは、例外もあるから。
 「は」という文字は、文字の名前は「ハ」ですが、この文字を使って発音するとき「ハ」と発音するときと「ワ」と発音するときの2種類ある。「へ」も同じ。ただし、こちらは、異音ではなく、「ハ」の音と「ワ」は、別の音と、日本語母語話者もわかっています。
 助詞の表記に限って、「ワ」と読むと決めたのです。

 英語なんかだと、「A」という文字の名前「エイ」ですが、発音は、日本語に近いアと言うときもあれば、アとエの中間の音のときもあり、Apeなど、エイになることもある。ひとつの文字をいろんな発音の表記にあてて使います。

 日本語は、原則ひとつの文字は一つの音節の発音を担当しています。わかりやすいです。そのため、江戸時代、日本の識字率は世界で一番高かった。簡単便利です。おっと、文字論はまたの機会にくわしく。

 日本語の発音で「ん」は特殊拍と呼ばれ、ほかの音節とは違うところがあります。
 私たちはまったく無意識に「ん」の発音を使い分けています。単語によって、異なる発音をしていながら、同じ「ん」の発音と思って聞いています。
 このような「実際には異なる発音をしているのに、同じ音と思っている音」を『異音』といいます。

 日本語を母語とする人にとって、「ん」の三つの異音は、どれも同じだと聞こえています。発音は別々なのに、別の音とは思っていないのです。

 日本語には特殊拍と呼ばれる音節が「ん」のほか、あとふたつあります。
 長音(のばす音)と、促音(つまる音)です。長音促音については、また別の機会に述べます。今回は異音についての理解をさらにすすめます。
「運」がついたあとは、「シラミごはん」聞き分け練習。

 「ん」には3つの音「異音」があり、3種類の別々の発音をしていながら、同じ「ン」だと思ってきたことを納得した後、日本人にとって異音であるLとRのハナシにすすみます。


(9−8)シラミとごはん、どっちが食べたい?

 英語ではRとLは、ことばを区別する音ですから、「lice」はシラミで、「rice」はごはん、です。まったく別の単語になります。

 しかし、日本語母語話者にとって、RとLも「同じ音」に聞こえます。「la」と「ra」は、どちらも「ラ」。日本語では、rice もliceも同じライスです。
 日本語にとって、[la]と[ra]は、異音なので、どちらを発音しても同じ「ライス」に聞こえるのです。

 ごはんを食べるのと、シラミを食べるのと、どちらがいいか、学生に尋ねます。
 そりゃ、ごはんのほうがいいに、決まっていますよね。

 もっとも、近頃の学生はシラミを見たことも頭にわかしたこともないのですけれど。
 犬や猫を飼ったことのある人は、「ノミ」は知っているので、「ノミのようなもん」と、紹介しておきます。

 敗戦後に、頭にシラミをわかして、保健所の巡回員にDDTを振りかけられたっていう世代の人は、シラミと聞いただけで、頭をかきむしりたくなりますね。
 はい、頭をかきむしらずに、耳をすましましょう。

 ここは、アメリカのレストランです。あなたは、客から注文を受けたとき、「ごはんrice」と言われたら、手を出してOKのサインを出しましょう。こぶしの親指を上にむけてね。「シラミlice」と注文されたら、ノーのサインを出してね。親指を下に向けましょう。

 「lice」「rice」「rice」「lice」、、、、
 学生たちは、気をつけて聞き分けようと一生懸命。
 私のLとRの発音はあまりよくありませんが、学生たち、「わかんない」という人もいますが、ちゃんと聞き分ける人もいます。

 はい、よくできました。みんな聞き分けができているね。今のは模擬テストです。次が本番の英語の発音聞き分け問題です。英語の発音、LとR。もうできるものね。

 ごはんをちゃんと注文できたので、食べることにします。
 アメリカは和食ブームだとか。日本式に茶碗とおはしで食べてみるよ。

 右と左の聞き分け練習。

 お箸はどっちで持つ?右利きの人は右手だよね。左利きの人も、今だけ右手で食べてね。
 お茶碗は左手で持って食べます。お隣同士、見合って食べましょう。はい、ちょっと暗いかな、電気ついてますよね。後ろの人、お隣さんの手が見えますか。


(9−9)右手におはし、左に茶碗でいただきます

 じゃ、私が右って言ったら、右手でお箸を持つマネしましょう。指をチョキにしておはしのつもり。私が左っていったら、左手の手のひら広げてお茶碗のマネ。いいですか。右は英語でright、左は英語でleftですよ。間違えないでね。
 rightって言ってないのに、右手をお箸にしちゃいけませんよ。

 「left right left left   light  light  left  light light light light 、、、、
 はい、全員まちがってますよ。
 学生達「えーっ、ちゃんと、右と左、区別したのにぃ」

 私、右って、言ったのは、最初の1回だけです。あとは、右って言ってません。電気のライトって言ってるの。

 学生たち、「な〜んだぁ」
 この聞き分けは、右と左の聞き分けではなくて、電気のlight と右のrightの聞き分け練習でした。

 ほらね、意識してシラミとごはんを聞き分けようとすればできるのに、無意識に聞いていれば、電気のライトも右のライトも区別がつきません。
 日本語母語話者にとって、LとRは「異音」だからです。

 この「右左クイズ」で、学生たちに何を意識してほしいか。
 人間が発声できる「音」は、たくさんあるけれど、それぞれの母語で「ことばの意味を区別するための音」は異なっているということです。

 日本語ではRとLは、異音であって、ことばの組み立てでは区別していません。rightと言ってもlightと言っても、同じライト。
 けれど、英語ではRとLの音のちがいは、ことばの意味の区別に役立っています。

 一方日本語で「ra」を「da」に変えるとことばの意味が変わります。「ダイス」といったら、ライスとは違う意味の単語になります。ダイスって、ほら、1から6まで目があるさいころのことです。
 日本語では「d」と「r」は、言葉の意味を区別できる音です。

 しかし、「r」と「d」は異音にすぎず、「ライス」も「ダイス」も同じ音に聞こえるという言語の人もいます。
 日本語母語話者にとってRとLが同じ音に聞こえるように、RとDが同じ音に聞こえるのです。

 日本語でも「プディン(グ)」を「プリン」と言い換えたり、花壇(かだん)をうまく言えずにカランと発音したりする子どもがいたりすることから、「r」「d」は、近い音であることがわかります。近いけれど、日本語では別の音として聞こえています。
 どの音を言語の意味の区別に用いて、どの音を区別しないで無意識に異音として使っているかは、母語によって様々です。

 日本語の発音指導をしていて、ある人にとって発音が聞き分けられず、言い分けることがむずかしいとき、「なんでこんな簡単な日本語の発音ができないんだろう」と思わないでくださいね。と、日本語の先生になりたい学生たちに念を押します。


(9−10)目黒のサンマ

 えー、『目黒のさんま』
 『目黒のさんま』は、古典落語の演目の中でも「寿限無」「時そば」などと並んで、子どもにも大いに笑えるわかりやすいお話でした。

 群馬の山中で育った私、当時はまだ冷凍車などが発達しておらず、日頃は鰺の開きや鰹なまり節、身欠きニシンなどを食しておりましたが、秋には秋刀魚を七厘の炭火で塩焼きにして食べることができました。美味しかった!
 秋刀魚は七厘の塩焼きが最高です。

 さて、目黒といいますのは、春庭の現在の本籍地であります。じゃんけんに負けて夫の姓を名乗ることになり、夫の実家が本籍地になりました。

 現在は目黒駅の周辺など、高いビルもたって、にぎやかな都会になっておりますが、江戸の昔は、芋の産地。
 芋畑が、だ〜と広がるばかりの土地ですが、緑豊かで鷹狩りにはうってつけの場所でした。

 行商人は目黒で芋を仕入れて、江戸の下町へ売りにまいります。帰りには芝にありました魚市場からサンマなどを仕入れて、目黒の里で商売、一石二鳥の行商人。
 目黒から芝あたりまで、歩けば当時1時間ちょっとかかったといいます。

 芝で仕入れた秋刀魚に、塩をふって1時間後、目黒の里で炭火にて焼けば、おいしいにおいがあたりに広がります。
 この匂いをかいで、食べたくなったのが、鷹狩りに来ていたお殿様です。

 日頃は鯛などの高級魚を手の込んだ料理法で召し上がっていた殿様、当時は下魚とされていた秋刀魚を初めて食べました。
 芝で塩をふって1時間、塩加減ちょうどよし、油ものって、あまりのおいしさに殿様びっくり。

 それ以来、秋刀魚が食べたいと思い暮らすようになりました。献立に注文をつけるなどは殿様のなさることではないのですが、あまり食が進まないでいた殿様に、爺やが「何か、お好みのものを」と好物をうががいました。殿様はここぞとばかり「秋刀魚を食したい」。

 台所方はおおわらわ。大事な殿様が秋刀魚のような下魚を食べておなかをこわしたりしたら、首がとびます。
 まずは油をすっかり抜き取り、小骨にいたるまで骨をとり、秋刀魚の影も形もなくした料理をお殿様にさしあげました。

 殿様は一口食べて、あのおいしかった目黒のさんまとはまるで違う味なので、がっかり。爺に「この秋刀魚はどこで求めた」と御下問に。
 爺が「芝の魚河岸で求めてまいりました」と答えると、殿様、「そりゃ、いかん、秋刀魚は目黒にかぎる」


(9−11)秋刀魚も食い放題

 こんなふうに「日本語教師になるための日本語レッスン」がはじまります。
 「秋刀魚珊瑚サンシャイン」は、「春庭、日本語教師のための日本語学」の「おいしいネタ」です。
 さんま食べてサンダル履いて珊瑚見にいくと、日本語が光り輝いてサンシャインになるんです。

こんなふうに「日本語教師になるための日本語レッスン」がはじまります。

 「秋刀魚珊瑚サンシャイン」は、「春庭、日本語教師のための日本語学」の「おいしいネタ」です。
 さんま食べてサンダル履いて珊瑚見にいくと、日本語が光り輝いてサンシャインになるんです。

 「運のつく練習」のまとめ。
1 日本語では「ん」の音を三種類使い分けているのに、皆、無意識に使い分けていて、[m]の「ん」も、[n]の「ん」も、同じと思っていること。
2 「R」と「L」は、英語では別の音だけれど、日本語では異音なので、light rightは、どちらも「ライト」にきこえる
3 自分の母語で異音である音が、第二言語では意味の区別をしている音である場合、そのふたつの音の聞き分けはむずかしい。

 異音に注意を向け、次は、「音節」という日本語の音の重要な単位について話が進んでいきます。
 音節をさらに分解して音素の別を知り、ひとつひとつの音素の調音の仕組みの勉強から始めます。

 母語話者として、日本語を話すだけなら、もちろん調音の仕組みなんて一生知らなくても、まったく問題ありません。調音法を意識しなくても、ちゃんと発音できているのですから。
 でも、日本語を「第二言語」として教える人にとって、調音法は必要な知識です。

 私たちが英語の発音を習ったとき、歯と歯の間に舌をはさんで「th」の練習をさせられたように、日本語をゼロから学ぶ人にとって、どのような口の動きで発音するのか、知ることは大切です。教える側は、発音の方法をきちんと理解していなければなりません。

 春庭「日本語音声学」については、2006年5月4日〜7月27日まで、3ヶ月間にわたって、春庭ニッポニアニッポン語教師日誌「日本語ってどんな言語?まずは発音から」に、書きましたので、ご参照くださいませ。
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200605A
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200606A
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/haruniwa/diary/200607A


(9−11)秋刀魚は目黒に限ります

 今回書いたのは、2006年5月4日から5月10日までの分のアレンジ版「運のつく話、サンシャインの秋刀魚バージョン」です。
 何度聞いても面白い「目黒のさんま」めざして書いたのですが、読み返してみると、2006年バージョンのほうが面白いような気がします。

 毎年同じネタを手を変え品を変えて、料理していますが、学生は毎年ちがうので、反応は年ごとに異なります。
 おもしろがって右手あげ左手上げに興じるクラスのときもあれば、「なに、つまんないことやらせんだよ!」って顔のときもあります。

 ま、毎回サンマをさばいて料理しても、油のノリ具合やら何やらで、出来はさまざま。でも、秋刀魚、いつも美味しいです。ニッポンの秋の味覚です。
 春庭の日本語授業、何度同じ話を聞いてもおいしい、、、、はずでしたが、、、、。

 真打ちの演じる落語、『目黒のさんま』を、何度同じ話を聞いても、いつも笑えます。そんな真打ちを目指している二つ目春庭の「サンシャインの秋刀魚」一席、おつきあいいただき、ありがとうございました。
 
 春庭の「サンシャインの秋刀魚」、お味のほどはいかほどだったでしょうか。
 高級グルメに慣れた皆様のため、口当たりをよくしようと、ちょいと日本語音声学基礎の骨をぬきすぎ、油をしぼってしまったのではないかと、心配ではあります。

 読者の声「やっぱり、サンシャインのサンマ、美味くなかった」
「秋刀魚は目黒に限ります」

<目黒のさんまおわり>



2007/11/10
まんじゅうこわい
【10】まんじゅうこわい

(10−1)十人十色

 十人よれば、気は十色と、申します。
 顔がひとりひとり違うように、ご気性もそれぞれ。お好みもそれぞれでございます。

 家の中で人形と遊ぶのが好きな人、森へ行ってクマさんと遊ぶのが好きな人、遊びようもそれぞれ。違うところもあれば、似ているところもございます。
 まんじゅうが好きという方もいれば、甘いものを見ただけで胸焼けがして来るという方もいらっしゃいます。

 人が苦手というものも、それぞれ。
 私は、数字と計算、片づけ掃除が大の苦手。家の中は散らかり放題、足の踏み場もなく、どこに何があるのか、さっぱり分からないので、ある本が必要なときも、あるはずの家の中で見つけだすことができず、図書館で借りてきたりします。

 計算苦手で、数字に弱い。もう、お札に書いてある数字なんて、大っきらい。私を困らせようと思うなら、私の上にお札なんかをばらまかれたひには、もう、ふるえがきて、心身大弱り。

 私をいじめたいと思っている人がいたら、私の目の前に札束なんか積み上げてみたらいいんじゃないかと存じます。ああ、お金がこわい。

 「まんじゅうこわい」は、前座噺といわれていますが、この噺が前座がやれるのは、噺の台本がそれだけうまくできていて、だれがやっても、お年寄りから子どもまで、大笑いできるからでしょう。

 説明ぬきに、人にはそれぞれ、他の人がどんなに「なんであんなものが好きなのか」といぶかっても、どうしてもこれが好きでたまらないというものもあれば、大嫌い、大の苦手で、みるのもいや、というものがあることを、ひとりひとり実感しているからにちがいありません。

 それぞれ、何がこわいかということを披露しあった席で、いつも威張りくさっている熊公が「まんじゅうがこわい」と、うちあけました。へぇ〜、意外なことを。

 日頃いばりくさって、えらそうな熊公をひとつ懲らしめてやろうじゃないかという相談がまとまります。
 皆でお金を出し合ってまんじゅうを山盛りに買い込み、熊公の前に置いておくと、熊さんは、「こわいこわい、目の前にあるとこわいから、全部腹のなかにいれて、見えなくしよう」と言いながら全部たいらげてしまいます。

 だまされたと気づいた面々が「ほんとうにこわいもんはなんだ」と、たずねると、熊さん、饅頭でいっぱいになった腹をなでながら、「ここらで、渋〜い、お茶がこわい」
 おなじみ「まんじゅうこわい」の一席です。

(10−2)モニのくまさん

 人それぞれ、苦手なものがあるのは、ことばの発音も同じこと。「どうして、RとLが同じに聞こえるんだ」と、英語話者に言われても、聞き分けられないもんは、仕方ない。

 英語ではLとRは別々の発音で、lightとrightはちがうけれども、日本語では別のLとRの音は「ラ」の異音にすぎませんから、どちらもライトということを、「目黒のさんま」で一席うかがいました。
 また、私たちには違う音に聞こえる、DとRが、言語によっては、同じ音に聞こえるのだ、と言われると、なんでDとRが同じ音色に聞こえるのかと、不思議に思ってします。

 人間が作り出せる音はさまざまな音色があるけれど、言語は、それぞれに利用する音が異なります。
 苦手な発音も、母語のちがいによってさまざま。
 私の教え子には、NとRの音が苦手、という人たちがいました。中国南方の出身者たちです。

 それぞれの母語によって「苦手な発音があるよ」ということを日本語教師養成コースの大学生にわかってもらうために、私もいろいろな発音のはなしをいたします。

 ♪ある日、モニの中、クマさんにであった。花咲くモニの道、くまさんに出会った〜♪

 日本語学のクラスで、突然教師が歌い出す。何事が起こったかと、学生注目。
 「はい、日本語聴き取りテストです。私はどこでクマさんに出会ったのでしょう」
 学生、ぽかん。

 「日本語の歌でしょうが。ちゃんと聞いてね。もう一回歌うよ。♪ある日、モニの中、クマさんに出ああったぁ♪ はい、君、どこでクマさんに会いましたか」
 学生「も、森の中?」
 「ええ?ほんと?日本語の歌だよ。何聞いてんの?もう一回ゆっくり歌うね。ちゃんと聞いて。♪あるぅひ、モニのなか、クマさんにでああったぁ♪」

 文字で読んでいる人には、私が学生に何を聞き取らせようとしているのか、もうおわかりでしょう。文字で書いているんですから。
 ためしに、この「モニのくまさん」の歌を、あなたの側にいる人に歌って聞かせ、どこで出会ったのか、質問してみてください。あるぅひ、モニの中、って、歌ってね。

 10人9人は、「森の中」と、答えると思います。
 でも、文字で見ていればわかるように、私がクマさんと出会ったのは、「モニの中」です。

 この「♪モニのくまさん」は、「N」と「R」が、似ている音であることを、日本語教師志望者に分かってもらうための、春庭考案の「日本語音声学特製歌授業」のひとつです。

 日本語ではRとNは別々の音で、単語の区別に利用しますから、ラマ(羊駝)とナマ(生)は別の意味のことばになりますが、ラマとナマとに違いはない、という言語もあるのです。

(10−2)専門は人形です

 日本語母語話者である学生たちの中には、「N」と「R」が似ているってことが感じ取れない人もいます。ナマとラマは、全然違うじゃないか、どうして聞き分けができないってことがあろうか、と思いこんでいます。

 そこで、最初に「モニのくまさん」を歌っておくのです。ほとんどの学生は「モニの中」と歌っても、「森の中」と、聞き取っています。似ている音なので、頭の中の思いこみで「森」と、聞いたのです。

 自分でも、「モニ」が「モリ」に聞こえることがあるとわかれば、「N」と「R」が調音点が同じ鼻音と口音の違いにすぎないということがわかります。
 口の中の同じ場所を、Nは閉鎖してから鼻へと息を出し、Rは、軽くはじいて口へと息を出します。

 日本語では「ナイター」は夜間の野球試合で、「ライター」は、タバコに火をつけるものですけれど、/n/ と/r/ の発音に、ことばの意味を区別する機能を負わせていない言語の人たちにとっては、同じ音に聞こえます。
日本語母語話者にとって、light もrightも同じライトに聞こえる、というのと一緒です。

 「ナ行」と「ラ行」の発音。日本人にとっても、聞き間違いやすい音です。
 隣の人に突然、♪あるうひ、モニのなか♪と、歌って聞かせるのが恥ずかしいという方は、タバコを手の指にはさんだのを突き出し「ナイター持ってない?」と、聞いてみてもいいですね。

 「え、クライマックスシリーズのチケットならあるけど」などと、答える人は、そうはいないと思います。
 「え、ライターなんか持ってないよ、ぼく、タバコ吸わないもん」とか「夕べのバーでもらったマッチならあるけど」と、答えると思います。

 日本語は鼻から息を出す(鼻音)「N」と、口から息を出す(口音)「R」との違いによって、ことばの意味を区別している言語です。

 中国での私のクラスで日本語を学ぶ学生たちは、中国各地から選抜された大学の若手教師たちでした。
 それぞれの研究のために日本へ留学するプロジェクトのクラスですから、各人それぞれの専門があります。

 最初の自己紹介のとき、あなたの専門は何ですか?と、尋ねました。
 一人の南方の出身者が「わたしの専門は、人形です」と答えたました。
 「にんぎょう?」

 中国の大学の先生たちの専門、「ナノテクノロジー」とか「大学経営学」とか、それぞれですが、「人形」が専門って、民俗芸能の人形を研究しているのか、それとも「リカちゃん」や「バービー」が現代文化に与えた影響を研究しているのか。

 「その研究はどんなことを調べるのですか」と聞いてみると「モニの木や木材について調べます」
 ああ、わかりました。「林業(りんぎょう)」だったのね。


(10−3)イオン(異音)の話

 中国南方地方出身の人、「n」と「r」の音が聞き分けられない人が多い。南方地方ではNとRは異音であり、ことばの意味の区別に利用していないからです。

 その学生にとっては、田舎(いなか)と甍(いらか)、同じ音に聞こえます。「ニス(塗料の)」と「リス栗鼠」も区別が難しい。

 彼にとっては、「人形(にんぎょう)」と、林業の区別はとてもむずかしく、おなじ音に聞こえるのです。
 彼の発音では、「森」は「モニ」になってしまいます。
 私は方言やナマリを生かした日本語でいい、という考え方です。
 それぞれのナマリがあっても、誤解されない限り、無理矢理の矯正は必要ない。
 栃木茨城福島の一部地方の無アクセントの日本語、『フラガール』で、蒼井優のセリフ、とてもいい響きでした。

 韓国の出身者が、「おはようございます」のかわりに、「おはようごじゃいます」と言っても、誤解を受けないから、無理に「ございます」を練習しなくても大丈夫、と思う。
 周囲の人が、この人は「ざ」のかわりに「じゃ」と発音すると言うことを理解していれば、「そこのジャルとって」といったら、ザルを取ってあげればいい、と思います。

 しかし、「専門は人形」の彼の場合、自分の専門を誤解されないために、「 r 」「 n 」の聞き分け使い分けに特訓が必要です。
 「専門の人形を調べるためにモニへいきます」と自己紹介したのでは、わかってもらえませんから。

 彼は、砂漠地方の緑化や森林育成が必要とされる中国の林業発展をめざして、日本の林業を学ぼうとしている意欲にあふれた学生です。

 日本への留学を目前に、いっしょうけんめい練習しました。
 使い分けについては、自分で意識して発音するので、できるようになるのですが、無意識に聞いているとき、聞き分けはむずかしい。

 NとRの聞き分けができない学習者がいたとき、どうして「n」と「r」が聞き分けられないんだ!と思ってはいけません。私たちだって、RとLの区別がむずかしいじゃないか、電気のライトと右のライトが同じ音に聞こえるじゃないか、ということを自覚していることが大切と、日本語教師養成コースの学生たちに言います。

 そのために、日本語教師志望者に、自分たちも「R」「L」の聞き分けができないことを最初に思い知らせておくのです。

 ダとナとラは、3つとも、舌先を上の歯と歯茎につけて発音します。
 音声学では、「調音点が同じ」といいます。


(10ー4)ライスは食べるがダイスは食べず、パンは食べるがバンは食べない

 ダは舌先を上歯茎にくっつけてから、舌と歯茎の間を破るように息を口からだします。閉鎖音または破裂音と呼びます。
 ラは舌先を上歯茎で軽くはじいて息を口から出します。はじき音と呼びます。
ナは、息を鼻に出します。鼻音と呼びます。
 ラとダは、息を口へだします。口音と呼びます。

 このように、ダとナとラは、調音点は同じですが、息の出し方が少しちがいます。
 この少しの違いを「ことばの意味のちがいを作るために利用する」言語と、利用しない言語があります。
 母語で異音であるばあい、このふたつの音の聞き分けはむずかしい。

 ダとナとラは、どれも舌を歯の上につけて発音します。音声学では、「調音点が同じ」といいます。
 ナは、息を鼻に出します。ラは口へだします。それだけの違いなので、似ています。
ラは舌先を歯の上の歯茎で軽くはじいて息を口から出します。
 ダは舌を強く歯の上で弾き、舌と歯茎の間を破るように息を口からだします。

 ダとナとラは、調音点は同じですが、息の出し方が少しちがいます。
 この少しの違いを「ことばの意味のちがいを作るために利用する」言語と、利用しない言語があります。

 日本語は、[d][t][n][r]を、「ことばの意味を区別するのに利用する」言語です。
 そして、[r][l]のちがいについては、ことばの意味を区別するのに利用していません。lightもrightも、どちらもライトと発音するので、日本語外来語としては、同音異義語になってしまいます。

 日本語では「ライス」と「ダイス」は別の単語。
 でも、ライスとダイスがまったく区別がつかないという言語を母語としている日本語学習者もいることを、日本語教師は知っておくことべきです。

 谷とダニが同じに聞こえる母語の人もいるし、「じゃる」と「ざる」が区別できない母語の人もいます。私たちがLとRの区別ができず、ライスliceとライスrice、注文するとき気にするのと同じです。
 「ダ」と「タ」は、有声音か無声音か(清音か濁音か)という違いです。

 日本語は清音が濁音に変われば、ことばの意味がかわります。パンとバンは別の意味になります。
 パンは食べます。バンは、車の型の「バン」、(同音異義語で「番」ほか)を意味します。

 しかし、有声音と無声音の違いを「異音」としている言語、たとえば中国語母語話者には、息を出さないで「パン」と言う日本語の音は、「バン」と同じ音にきこえます。「バカ」と「パカ」を間違えて発音します。

 中国語では有気音と無気音のちがいをことばに利用しているので、無声音と有声音は異音なのです。強く息を出すパンと、息を出さないパンを、ことばの意味の区別に利用します。


(10ー5)ひつもん(質問)に答えます

 自分たちがRとLができないことによって、英語母語話者の前ではコンプレックスを抱き、そのかわり有声音と無声音を区別できない中国人に対して、「おまえ、ぱか、ぱかあるよ」なんて言ってからかう、これはどちらも音声学を理解していない、まったくバカな態度です。
 
 音声のしくみが、言語によって少しずつことなるのですから、母語でない他の言語の中に発音しにくい音、聞き分けづらい音があるのは当然のこと。
 音声学を学べば、自分の言語を過剰に「日本語はすぐれている言語だ」と誇ることもなくなるし、英語が一番エライと思うこともなくなります。
 世界中のどの言語も、美しい調べと豊かな文化を内蔵したことばです。

 異音についてのお話をしてきました。
 どの音とどの音を「同じ音」としてとらえるかは、言語によってさまざまです。
 日本人にとっては、「la」「ra」が異音ということを話しました。わかりやすい例だったから。

「yearと言いたいのに相手にはearに聞こえてしまう。どう違うのでしょうか?」
投稿者:wxm68971 (2007 10/13 9:16)

 という質問に答えます。
 英語では言葉を区別する音である[yi]と[i]は、日本語では異音ですから、どちらも「い」に聞こえます。日本語母語話者には、区別がむずかしいから、year(年) ear(耳)が、どちらもイァーに聞こえるのです。

 [yi]と[i]の発音をいい分ける方法については、10月17日に掲載します。
 まずは、異音について復習。

 「質問に答えます」というとき、ある地域の人のことばでは、「すぃつもん」と発音したり、別のところでは「ひつもん」になったりすることがあります。

 ある地域では「し」と「す」が異音です。
 東北地方などで「すんぶんす新聞紙」とか「すす寿司」になる。

 また、別の地域では「し」と「ひ」が異音。この地域では「ひつもん質問」になったり、逆に「火箸」が「しばし」になったりします。「し」と「ひ」の区別をしないので。
 東京の下町方言がこれです。

 ご質問があったので、「yi」と「i」の音は、現在の日本語では異音であるが、大昔の日本語では区別をしていた、という話をします。
 この話は、春庭のことばエッセイ「いろは歌の成立」に書いたことがあるのですが、異音の話としてもう一度解説いたします。

(10−6)「ゑ」と「え」のちがい

 五十音図の最後の「ん」を読んで「ん」に三つの異音があることがわかった日本語教師養成コースの大学生たちに、つぎは、五十音図のザ行とダ行を読ませます。

 「ざじずぜぞ、だぢづでど」学生たちは何の疑問もなくスラスラと読みます。
 そこで教師から質問。「ほかの仮名文字は、ひとつの発音にひとつの文字なのに、なぜ、ジとヂ、ズとヅは、同じ発音なのに、ふたつの文字があるの?」

 学生たち、なぜ「じ」と「ぢ」が同じ発音であるのにかな文字ふたつあるのか、考えたこともなかったといいます。

 なぜふたつあるのかわからない方、四つ仮名「じぢずづ」の区別については、春庭のHPnippongoiroha0603b.htm

を、ごらんください。詳しい答えが書いてあります。

 室町時代に「じ」「ぢ」の区別、「ず」「づ」の区別がなくなっていき、江戸時代には、区別がまったくなくなってしまったのです。
 日本語の発音は、大昔から今まで、常に生まれ変わっているのです。「じ」と「ぢ」の区別は、江戸時代になくなったのですが、もっと古くも、いろんな発音の変化がありました。

 四つ仮名のちがいがわかったら、ワ行とヤ行に注目させます。ほかの行は、「あいうえお」「らりるれろ」まで、5つの段があるのに、なぜヤ行は3つしかないのか、ワ行は2つしかなくて、しかも「を」は「お」と同じ発音なのか。

 「じ」と「ぢ」が、昔は別の発音だったのに、今は同じになった、ということから類推させます。
 はい、その通り。「を」と「お」は、今は同じ発音ですが、昔は別でした。「お」は[o]で、「を」は[wo]でした。「ウォ」です。

 ワ行の発音、もともとは「wa wi wu we wo」でした。
 ア行のウは、唇を丸くしない(非円唇)で発音しますが、ワ行の「wu」は、唇を狭めて丸くしてから「wu」と発音したでしょう。
 日本語以外の言語で「う」の音は、ほとんどこちらの唇を丸めるほうのウです。

 旧仮名遣いの文字。
 昔の発音通りに文字を書くと、「わゐうゑを」です。
 これをみると、ひらがなが成立した平安初期には、すでに「wu」と「u」の発音の区別がなくなっていることがわかります。ワ行の「う」に相当するひらがながありませんから。

 時代が下ると、「ゐ」と「い」の区別もなくなり、「ゑ」と「え」の区別もなくなってしまいました。
 現代仮名遣いでは、ゐとゑの文字は使いません。「ちゑ知恵」は「ちえ」と書くことになっています。

(10−7)[yi]と [i]のちがい

 では、いよいよ「year」と「ear」のちがいについて。
 日本語の発音、ヤ行の「yi」とア行の「i」もともとは別の発音でした。今はヤ行のyiは「い」と同じになってしまいました。
 大昔の発音が残っていれば、日本語母語話者にもyearとearの発音の区別ができたのに。

 wxm68971さんがおたずねの、[yi][i]の違いについて。
 英語では[yi][i]は、ことばの意味を区別する音です。

 yearの「い」は英語発音ではヤ行(半母音)の「yi」です。
 earの「い」は、普通のア行の「i」です。

 日本語では、大昔はヤ行の「yi」とア行の[i]の間に区別が存在したと考えられますが、現代では失われており、同じ発音です。「アイウエオ」「ヤイユエヨ」

 ひらがなが成立した当時、すでにyi とiの区別はありませんでした。だから、ひらがなでは、ヤ行の「yi」の文字はありません。
 では、なぜ大昔には「yi」の発音もあっただろうとわかるのか。
 証拠があります。

 昔の手習い歌。日本語の音節、ひとつの文字を一回だけ使用してできる歌。
 初めて仮名文字を練習する手習いのとき、使います。

 「いろは歌」が一番有名です。「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせす」
 いろは歌については、nippongo0603a.htm
に書いたので、お読みいただきたく存じます。

 手習い歌のうち、いろは歌は、平安中期から後期の成立ですから、ヤ行の「yi」とア行の「i」の区別はありません。
 ワ行の「wi ゐ」とア行の「iい 」の発音の区別はありましたから、文字の区別があります。

 いろは歌以前、ひらがなができた平安初期ころに成立したと考えられる手習い歌があります。「あめつちの歌」です。

天 地 星 空 山 川 峰 谷 雲 霧 室 苔 人 犬 上 末 硫黄 猿 生ふ 為よ 榎の 枝を 馴れ 居て あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふ せよ えのえ*を なれ ゐて

 この古い発音を残している「あめつちの歌」では、ワ行のゑが残っているのはもちろんですが、「え」が、最後に「えのえ」と、2回でてくるのです。ひとつの文字を1回だけ使うのがきまりであるのになぜ「え」だけが2回でてくるのでしょう。

 これは、平安時代以前には、「え」の発音、「ゑ(ワ行wa)」と「え(ア行e)」のほかに、もうひとつ「え(ヤ行ye)」の区別があったことを意味しています。
 ふたつの「え」は、ア行の「eえ」と、ヤ行の「yeえ」だったと推測されるのです。

 こうして、ヤ行は「ya yi yu ye yo」「や yi ゆ ye よ」だったことがわかります。


(10−8)英語と日本語、にっぽんジャパン

 漢字の草書を利用した「ひらがな」が成立したころには、yeの音がかろうじて残り、[yi]
の発音はア行の[i]との区別はなくなっていました。
 平安時代以後の人たちは、ヤ行のyiもア行のiも、発音の区別をしていません。

 英語には「yi」と「i」の区別があります。year(年)とear(耳)は、日本人にとっては、[yi]と[i]は異音ですから、同じ「イァー」としか、きこえないし、発音の区別ができません。

 日本語母語話者が[ yi]を発音するなら、「jiじ」を発音するつもりで「iい」と言うといいです。
 舌の奥を上あごに近づけて発音すると「yi」の発音ができます。練習してください。

 ついでに言っておくと、[ji]と[yi]、[ri]「ni」は、言語によっては異音です。
 中国南方では「森もり」を「モニ」と言ったり、逆になったりすることをお話しました。「n」と「r」が異音だからです。
 現代中国語で日本を「リーベン」と言うのは、「日本」の「日」を現代北京地方発音でいえば「ri」または「ji」だからです。「リーベン」「ジーベン」と聞こえます。
 
 「ニッポン日本」は、古代の中国音では「ジツポン」「ジッポン」でした。ジツポンが欧米に伝われば、jippon となり、japanになりました。英語ではジャパンです。フランス語ではジャポネです。

 「jaジャ」 と「yaヤ」が異音の地域がありますから、ジャパンは、ヤパン、ヤーバンなどに変化します。

 なんで、ニッポンがジャパンとなったのか、ちゃんと発音変化の規則があるのです。
 こんなことも、異音について詳しくなったら、理解できます。

 異音に注意を向け、次は、「音節」という日本語の音の重要な単位について話が進んでいきます。
 音節をさらに分解して音素の別を知り、ひとつひとつの音素の調音の仕組みの勉強から始めます。

 日本語音声学を、もちっと続けて、異音の話から、音素音節調音法へと進むつもりでしたが、日本語音声学の続きを知りたい方には、2006年5月〜7月の春庭カフェ日記「いろいろあらーな」をお読み願うことといたします。

 さて、十人十色で食べ物のお好みもそれぞれなあ、発音もそれぞれ、聞き分けのできる音の種類も、言語によってそれぞれであることがおわかりいただけたかと。

 さんざん食い放題、春庭亭の噺を聞いていただいたので、ここらで「こわいもの」と言ったら、はい、「しぶ〜いお茶がこわい」ですよね。
 はい、パル子ネーサン、みなさまにお茶、お出しして!
 では、わたくしのお話はここらでお開きに。ごゆるりとお茶、めしあがってくださいまし。

 では次回も、よろしくお運びのほどを。
 春庭亭は、90分食い放題、飲みもの別料金。お茶はサービス。

出囃子・春庭テーマ曲「食い放題インターナショナル・ダイエットは明日から」

♪ 起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し 食えよ我が腹へと 暁(あかつき)は来ぬ
忘却の鎖 断つ日 腹は血に燃えて 海を隔てつ我等 腕(かいな)結びゆく
いざ起ち食わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの ♪

♪ 聞け我等が雄たけび 天地轟きて 脂肪越ゆる我が腹 行く手を守る
満腹の壁破りて 固き我が腕(かいな) 今ぞ高く掲げん 我が勝利の旗
いざ起ち食わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ あぁ インターナショナル 我等がもの ♪

うたごえ喫茶「のび」ロックバージョン
http://utagoekissa.music.coocan.jp/utagoe.php?title=inter


<おわり>

 
 

2007/11/23
たらちね

 

2007/11/23
時そば
 

2007/11/23
釜盗人

【3】釜盗人(炊きたてご飯で日本語 語彙論)
   日本語の単語いくつ知ってる?

(3−1)釜泥

 にほんごをかみ砕いて楽しもうという春庭亭の「落語でおいしい日本語食堂」、お味のほうはともかくとして、笑って召し上がってくださいますよう、おねがいたてまつります。

 え〜、わたくし、古今鼎東西線でございます。
 日本語教師になりたいという若者に日本語の教え方を教えているんですけれど、「日本語の教え方」を教える教え方について日夜頭をひねりすぎて、日本語の教え方の教え方の教え方はいかにあるべきかとか、もう、わけわかんなくなっております。
 
 こんなワケ分からなくなっている私どもの噺なんぞは、食わずともすみますが、暮れも正月も毎日の生活には、おまんま食わずにはおられません。
 おいしいご飯のためには、お釜が必需。昨今は「ハイテク釜炊きおごけもできる電気釜」なんてのも売り出されております。

 釜がテーマの落語といえば、「釜泥」またの外題「釜盗人」
 豆腐屋など、大きな釜を備えている店屋から釜を盗む泥棒が横行したという江戸時代の噺。大きな鉄釜は、売ればいい値になったとみえます。

 豆腐屋のおじいさん、何度も釜泥棒の被害にあって、怒り心頭、今夜は自ら釜の中に入って番をし、泥棒がやってきたら、とっちめてやろうと待ちかまえておりました。
 ところが、釜のなかでお酒をちびりちびりとやるうちに、いつのまにか寝入ってしまい、二人組の泥棒が釜を家から運び出しても、とんと気づかず寝続けました。

 二人組はいつもより重い釜を運ぶのにも、「こりゃ、いい鉄つかってるねぇ、値もいいにちがいない」と、ふんばって運びます。
 しかし、釜の中から聞こえてくるいびきに、気味が悪くなった泥棒たち、「さては釜ゆでにされた石川五右衛門のたたりか」と、釜を放り出して逃げ出してしまいます。

 釜から出てきたおじいさん、あたりを見回して、豆腐屋の店がまえがないのに気づいて、「おや、たいへんだ、今夜は家を盗まれちまった」

 わたくし、毎日のごはんも、かかさずおいしくいただいておりますが、ことばを食い尽くすのも、趣味と実益を兼ねて欠かしませず、新聞は毎日、朝刊も夕刊も全紙面読み、1週間に1冊は単行本を読み、1年に1度は辞書をまるごと一冊読む。
 それでも知らない語はまだまだでてくる。

 新語はスクールバスの中にいる学生の会話から拾うこともあります。
 知らなかった古語や方言には本の中やネットブログで出会うし、ボギャブラリー倉庫に入れる新しく仕入れたことばは、どんどん増えております。

 学生からは若者ことばの新語を学ぶほか、あまり教わることはないと思っていましたが、今期、学生から教わった言葉をひとつ紹介しましょう。
 若者から教わったのを盗んで、あたかも自分が調べたかのように、次のクラスで吹聴するわけで、「釜盗人」もいれば、「ことばどろぼう」もいる、といってことで。


(3−2)NTTの釜がえり

 日本語教師養成コースの学生に対し、毎回、「ワークショップ・自分の脳内辞書に日本語いくつある?」というコーナーを設けています。

 日本語学習者、初級者は1500~2000語の日本語語彙を覚え、上級者になると1万語の語彙を覚える、と、紹介したあと、教師からの質問「みなさんの頭のなかの辞書に、どのくらいの数の日本語があると思う?数えたことある?」
 学生「??」「数えられません」などの反応。

 そこで、NTTコミュニケーション科学基礎研究所が発表している「語彙数推定テスト」をやってみる。
 簡単な方法で、自分の語彙数を推定することができます。

 日本語学言語学にもとずいて抽出された50個の単語のどこまでわかるかをチェックしていき、ひっかかって分からなくなったら、そこでストップ。
 30番までわかった人は、30000語の語彙数を持っていることが推定できる。50番までわかった人は70000語までわかっている、と推定できます。
 
 私はテスト1を練習用とし、テスト2とテスト3を本番にして、二つの平均をとって「脳内辞書にある語彙数」を推定させています。

 最初にこのテストをやってみたとき、私自身は10万語くらいは脳内にあると思っていたのに、46番の「懸軍」がわからずにひっかかり、脳内辞書語彙数は60000語と推定された。思っていたより少なかったのでちょっと不満。たいていの人は、思っていたより少ない数字がでるらしい。

 井上ひさしも「懸軍」でひっかかったそう。
 48番の「泥濘」や50番の頑迷不霊はわかったのに、46番と47番49番の語が「意味がわからない語」でした。

 46番「懸軍」47番「陣鐘」49「釜がえり」の3語。48番や50番がわかったとしても、46番でひっかかったら、そこでストップするのがルール。

 私が使っている古いバージョンのテスト1には、49番目の語として「釜がえり」がのっていました。


(3−3)「新明解」の釜がえり

 自分が知らない語は、辞書で調べてみるのが日課。

 しかし、小型辞書、広辞苑、はては20巻の日本国語大辞典まで調べたが「釜がえり」だけは出ていなかった。
 私がこのテストを学生に実施するようになった当時、インターネットで調べても、この語は、NTTの語彙テストサイト以外にどこにも出ていなかった。

 20万語を登載している国語大辞典にも出ていないとすると、「釜がえり」は、どこかの業界の専門用語か、地方の方言だろうと思って、調べるのをあきらめました。ところが、、、、

 ところが、今期10月31日の授業で、このテストを実施し、「釜がえり」の意味がわからないと学生に言ったところ、電子辞書をいじっていた学生が、あっさり「先生、ちゃんと辞書に載っています」という。

 「炊飯のあと、混ぜておくことをしないままお釜にいれておき、ふっくらせずにご飯が固まってしまったこと、って出てますよ」
「えっ、どの辞書ですか」
 「新明解」

 わぁ、うかつだった。日本国語大辞典まで調べたのに、新明解は、日頃手にとらない辞書のひとつ。なぜなら、個性が強すぎるから。
 読み物にはいいけれど、卓上辞書として使うには、ちょっと使いにくい辞書の筆頭が新明解。「新解さんの謎」というこの辞書の個性的な語義語釈を解剖する本まで出版されているくらいです。

 はたして、「釜がえり」とは、日本で新明解だけが辞書に登載している語でした。ほかのどの辞書もこの語の意味をのせていない。

 学生の指摘を受けて、インターネット検索をしてみると、数年前には「釜がえり」について書いてあるサイトはひとつもなかったのに、今回この語に言及しているサイトが250もみつかりました。

 多くは、NTTの語彙テストに、「意味のわからない語があった」という日記。
 たとえば、風野春樹の  http://homepage3.nifty.com/kazano/diary9911a.html
 『 迂曲」「告諭」などなら字面でなんとなくわかるが、「ライニング」「懸軍」「釜がえり」「頑冥不霊」などに至っては、なんとなくすらわからない』
 と、あります。

 「次は「新明解」だけにこの語の意味が載っている」というコラム。
 3番目が「うちの地方では普段よく使う語」というコラム。


(3−4)「山田忠雄」の釜がえり

 たとえば、http://adukot.exblog.jp/m2005-09-01/ (2005/09/14)には、
 「釜がえり【かまがえり】という言葉を知っているひとはどれくらいいるだろう?
たぶんほとんどの人は知らないだろうと思う。
 釜で炊いたご飯を蒸らした後、そのまま釜に入れっぱなしにしたために、ふっくらとせずにマズ?くなってしまった状態を言うのだが、実家のある能登では、当たり前のように「釜がえらないうちに混ぜておきなさ?い」などとお母さんに言われたりする。ごくごく日常の言葉だ。」
 と、書かれていました。

 「新明解」編集子のだれかが、富山地方、能登地方の出身者だったのかもしれません。あるいは、お米や料理関係に詳しい人だったか、と思って調べてみると。はたしてその通りでした。

 新明解の編集者、山田忠雄は、富山県出身の国語学者山田孝雄の息子。
 山田孝雄(やまだよしお)は、1875年(明治8)に生まれ、1958年(昭和33)に没した文化勲章受賞者。私たち国語学専攻のものにとっては、神様みたいな人。

 忠雄の弟で新明解のライバル「」の編集者山田俊雄は、俵万智との対談で、暴露話を公開している。(『波』2000年2月)
「山田:実は、この言葉は、僕の母親がよく使っていたんです。「釜がえるから早くご飯を混ぜておいてね」というふうに。『新明解』の主幹である僕の兄(山田忠雄)は普通の言葉だと思って載せたんじゃないかな。僕は、あっ、これは字引の編者が非常に特殊な言葉であることを知らずに載せた例だと思いました。〜
 〜そういう例は『大言海』にもあります。「こばかくさい」という言葉が載っていますが、これは仙台か一関の方言で、殆どの字引には載っていません。」

 辞書編集者の母親が日常よく使っていたコトバだったので、方言である「釜がえり」が辞書に載り、NTTの語彙数調査で使われたので、一躍有名になりました。
 今では、お米のサイトや「おいしいご飯の炊き方」などのサイトにも、この語が全国区になって出ています。

 NTTは、「釜がえり」という語は、「新明解」以外の辞書に載っていない語である、という指摘を受けて、この語を語彙調査テストからはずし、今では49番の語として「パララックス」が掲載されています。

 これで、「釜がえり」は、もう話題にされずに、「方言のひとつ」というこれまでの地位に落ち着くのか。
 方言から出発して全国的に使われるようになる語はけっこうあるのだし、「新明解」に辞書登載された「釜がえり」、これからもおいしいご飯を食べるために、お米業界が広めてほしいと思うのですが。

 「釜盗人」やら「釜がえり」やら、いろんな釜がありますが、皆様の食卓ではおいしいごはんがお釜のなかでふっくら炊きあがっていることを念じつつ。「釜がえり」しないよう、しゃもじをいれておいてくださいね。
 ではこれにて「大きな釜で炊きたてごはん完食」

<釜がえり おわり> 



2007/11/23
芝浜


2007/11/23
千早振る


【4】千早ふる(おからを肴に語源探索)
   毎月の1日目をついたちっていうのはなぜ?

(4−1)豆腐屋のおから食べたい、でも、くれないとは

 討究目黒線、留学生に日本語を教えております。よろしくお願い申し上げます。
 日本語わかっていてもわからなくても、とにかく、アイウエオも知らなかった留学生が一人前に日本語を読み書きできるまで教えることで、日々生活しております。

 留学生、日本語について、日本の文化や歴史について、さまざまな質問をぶつけてきます。歩く百科事典じゃありませんから、すぐに答えられないこともままありますが、とにかくどっかから調べてきて、できる限り答えてやりませんと、留学生にとっては、日本語教える日本語教師は、日本への窓なんです。
 昨日聞きかじったことを、今日、教えるってな生活を続けております。

わたくしどものような、一知半解のくせにすぐしゃべりたがる者を、口耳講説(くじこうせつ)の徒と申しまして、聞きかじりの耳学問を、物知り顔ですぐ人に説く浅薄な者のたとえであります。

 落語のなかにも、よく分かってもいないのに、知ったかぶりで解説したがるご隠居とかセンセーという手合いがよく登場いたします。
 
 百人一首にあります、在原業平の歌。
 「千早振る 神代も聞かず竜田川 からくれないに 水くくるとは」の一首。
 横町の八っつあん、業平の歌をきいても意味がわからず、センセイーにたずねにやってまいりました。

 「センセーひとつ教えてやってくださいな、どうもあっちら、こういう味噌づけには不調法でして」
 「これこれ、みそ漬けではあるまい。31の文字、すなわち、みそひと文字を用いて歌を詠む、古来ゆかしきモソヒトですぞ」
 「ああ、さようで。みそでも醤油でも、味付けはお任せしますんで、とにかく、教えておくんなさい」

 意味を聞かれたセンセーの解釈。これがいやはや、こじつけのいいかげんなものでした。

 千早振る=相撲取りの竜田川が花魁(おいらん)の千早に惚れたが、振られてしまった。

 神代も聞かず竜田川=仕方がないから、千早によく似た神代という妹女郎に乗り換えたが、神代だって、そうは簡単に言うことを聞かず、こちらにも振られてしまった。

 からくれないに=ふたりに振られてすっかり気落ちした竜田川は、力士を廃業、国もどって家業のとうふ屋をついだ。そこへ、年をとって落ちぶれた千早が女乞食になって豆腐屋の裏口にやってきた。

 どうぞ、豆腐のおからでもいいから、めぐんでおくんなさいまし。
 竜田川がその顔を見ると、千早ではないか。おまえに振られたせいで、相撲の世界で大成できなかった、おからなんぞ、やるもんか。「おから、くれない」千早は、「からくれないに」と、悲観した。

水くぐる=悲観した千早は、豆腐屋の裏にあった井戸にどぶんと身投げ。水くぐる。

 「へぇ、そういう歌だったんスか。いやぁ、先生、学がある方はちがいますねぇ。ところで、センセー。水くぐるまでは、教えていただいたんですけど、最後の、水くぐるとはのトハってのは何でしょう」
 「おやまあ、そんなのが残っていましたか、まあ、気にしなさんな」
 「そんなぁ、先生。味噌が残っちゃ古漬けになっちまいますから、全部教えてくださいな 

 最後に残った「とは」は何ですかと聞かれたセンセー、「とは」は、おいらんになる前の千早の本名。

 こんなこじつけも、落語で名人が語ると、何度きいても、おかしい。
 もっとも、最近の若者は正月に百人一首などで遊ばなくなっていますから、落語のご隠居が一席ぶったこじつけ解釈を聞いて、本気にしてしまう者もでるしまつ。

 落語、演者によっていろいろマクラもかわりますが、「千早振る」の頭には、「つごもり」をマクラにすることもございます。

 「センセーなんで晦日(みそか)をつごもりっていうんですか」
 「ばかだね、おまえ、そんなことも知らないのかい。つごが漏れてくるから、つごもりじゃないか」
 「えー、つごがどこから漏れるんですかい」
 「味噌からに決まってるだろう。みそ蔵のみそから、つごがタラーッと漏るんだよ」
 「ほほう、それで、みそか、つごもり、、、」

(4−2)みそか、つごもり

 晦日(みそか)とは「三十日」のこと、「三十路の女」なんてのを、「みそじの女」「三十一文字」を「みそひともじ」というたぐい。

 「つごもり」とは、一ヶ月の最後、月がこもる(月がかけていって、みえなくなって、天にこもってしまう」からです。
 カレンダーが今のように、太陽暦ではなく、月の満ち欠けをもとにした太陰暦の時代には、月がどのようにみえるか、が、カレンダーのもとになっていました。
 月がみえなくなって、こもってしまうのが、月ごもり、省略してつごもり。

 では、ついたち、ふつか。
 カレンダーの一番最初の日を「ついたち」っていうのは何故?

 日本語を習っている日本語学習者。おはよう、こんにちは、の挨拶が覚えられたら、次は数の言い方を練習します。

 数の応用で、日時の言い方を練習。これはなかなかむずかしい。
 最初は月の言い方。
 「よんがつじゃありません。しがつですよ。9月はきゅうがつでなくて、くがつ」
と、練習れんしゅう。

 次ぎに日付の言い方。学生にとっては、物の数え方が「ひとつ、ふたつ〜」の和語と「いち、に、さん〜」の、中国語由来の数え方の二種類あるのだけでも、たいへん。それに、日付の特別な言い方が加わります。

 英語圏の学生や、外国語教育としてインドヨーロッパ語系の言語しか習ったことがない学生。英語では、「one two three〜 」の基数と「first second third〜」の序数を覚えれば、日付もOK。

 ところが、日本語では日付は特別な言い方を用いる。「12月いちにち、12月ににち、12月さんにち」と言えません。
 まず「ひとつ、ふたつ、みっつ〜」の言い方を復習する。「1=ひ、2=ふ、3=み、4=よ〜」を思い出させて、「日」を「か」と読む読み方をインストール。
 2日は、「ふつ+か→ふつか」3日は、みつ+か→みっか。4日は「よつ+か→よっか」5日「いつ+か→いつか」、促音(つまる音)、小さい「っ」になるところ、注意。

 でも、6日は「むつ+か」が「むつか」にならず、「むいか」に変化するし、「なな+か」は「ななか」ではなくて「なのか」、「やつ+か」は「ようか」になるので、ややこしい。

 「ついたち、ふつか、みっか、よっか、いつか、むいか、なのか、ようか、ここのか、とおか」お経のように唱えて暗記させる。

 あるとき、言葉の規則、音のルールに注意深い留学生が、日付のルール違反に気づきました。
 「二日から十日までは、ひづけに『か』がつくのに、1日目は、『か』がつかない。どうして?『ひとか』か『ひつか』になるはずなのに」

(4−3)ついたち、ふつか

 この疑問を、日本語教育研究の日本人学生に、出題しました。日本語教師をめざしている日本語教師養成コースの学生たちです。

 こういう質問が留学生から出たとき、答えられますか?
 「なんでもいいから、とにかく覚えろ」という返事をする先生もいますし、「さあ、なんでついたちだけ、ちがうんでしょうね。日本語はいろいろだわね」という先生もいます。
 でも、正解を答えてあげられれば、留学生は日本語によりいっそう興味を感じて、勉強に熱がはいると思うよ。

 正解。「ついたち」は「つきたち」から変化したことば。つきたちは、「月+立ち」
 新しい月が、この日に立ち上がる。
 「つき→つい」に変わるのは、日本語音声ルールでいうイ音便です。

 月が満ちていって15日に満月になり、また月が欠けていく。月の満ち欠けで月日の移りゆきを知った時代、旧暦(太陰暦)のこよみでは、文字通りに、この日、新しい月、新月(朔月)が空に立ち上がるのが見えた。

 「This first day , the new month stands up. Month は、つき→つい、Standing up は、たち」と、言ってあげると、留学生の印象にも残り、覚えやすくなりますよ。

 日本人学生たち、たいていは「なんで、ついたちっていうか、初めて知った」と言う。
 どんなトリビアも、日本語教師の知恵袋に入れておこうね。どういう思いがけない質問が日本語学習者から飛び出てくるかわからない。
 なんでもかんでも知っておいてソンはありません。

 さて、師走ついたち、ふつかと過ぎ去りまして、十日(とおか)二十日(はつか)三十日(みそか)もすぐに。大三十日(大晦日)まで、カレンダーは駆け足です。

 はあ、知らなかった。「ついたち」が「月立ち」だった、とは!
 おや、その最後の「とは」は、なんだい?
 「え、この、とはってぇのは、千早の本名です」

<千早振る おわり>



 

2007/11/23
初夢
 

 
 

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