混酒器
クラテル / Krater / ΚΡΑΤΕΡ

古代ギリシアではワインは生のままで飲まれることは少なく、ほとんどは水で割って飲んだ。クラテルはワインと水を混ぜる混酒器であり、その名前は混ぜるを意味する「ΚΕΡΑΝΝΜΙ」に基づく。クラテルは幅の広い口縁部と胴部、頑丈な脚部を持つのが一般的だが、これらの形状から四つに分類されている。渦巻状の把手を持つヴォルトクラテル、円柱状の把手を持つコラムクラテル、全体的に花の萼のような形をしたカリュクスクラテル、鐘のような形のベルクラテルがそれである。また黒像式の初期に限られるが、半球形の胴部に大きなつまみの付いたドーム型の蓋と円錐形の脚部を伴ったスキュフォスクラテルも存在する。

先の四つのうち最も古いのはコラムクラテルで、コリントス式に見られたものである。ヴォルトクラテルは六世紀の第二四半期頃に現れたが、黒像式の例は少なく、一般化したのは五世紀以降のことであった。カリュクスクラテルは六世紀の第三四半期に現れ、黒像式は少ないものの赤像式には好まれた。ベルクラテルは六世紀末頃に現れたため、黒像式の例はない。
ヴォルトクラテル / Volute Krater

ヴォルトクラテルの特徴は把手の口縁部に接する部分が渦巻状になっていることであり、用途は他のクラテル同様ワインと水を混ぜるものである。その最初の例はギリシア陶器中で最も神話描写の豊かな、「フランソワの壺」と呼ばれるもので、570年前後に製作されたものである。その後も製作されてはいたが数はきわめて少なく、赤像式でも当初は少なかったが、六世紀末頃からは一般的に作られるようになった。それでも他のクラテルに比べれば数は少なく、アッティカ式を真似た南イタリア、特にアプリア式の画家によって好まれて数多く生産された。
Cf. Paris, Louvre CA3482 (Perseus Project).


形式的には年代とともに細長くなる傾向にあり、アプリア式では把手の渦巻にメドゥーサの頭部が取り付けられた。装飾は多様だが他のクラテルに比べて派手に描かれることが多かった。画面は広い胴部のほか頚部にもフリーズ状に配置されることが多く、また胴部の画面は五世紀の中頃からは当時の壁画の影響を受けて簡単な遠近法を導入して人物を上下二段に配置した例も見られるようになった。

大きさ:70cm前後が多いが、アプリア式には1mを越えるものも少なくない。
コラムクラテル / Column Krater

コラムクラテルの特徴は口縁部から左右に方形の把手が突き出し、それを二本ずつの円柱状の把手が支えている点である。用途は水とワインを混ぜるためのものである。  コラムクラテルは末期のコリントス式やラコニア式に見られたものをアッティカの陶工が模倣したのが始まりで、黒像式のクラテルとしては最も一般的なものである。赤像式でも数多く装飾されたが、クラテルの中では最も早く五世紀半ば過ぎには姿を消している。

装飾は簡素な場合が多く、頚部も黒く塗られるか簡単なつぼみの文様が描かれる程度である。胴部の画面はパネル状のものとそうでないものがあるが、大きな人物像を数人配置するのが一般的である。  形式的にはどの年代もあまり変化はないが、後の時代のものはゆがんでいたりして雑な作りのものが多い。
Cf. Harvard 1925.30.125 (Perseus Project).

大きさ:黒像式・赤像式ともに40−50cmほど。

カリュクスクラテル / Calyx Krater

カリュクスクラテルは花の萼のように開いた胴部とその下の部分に取り付けられた把手が特徴で、混酒器として用いられた。その最初の例はエクセキアスによって製作されたもので、530年頃のものである。黒像式の例は少ないが、赤像式になると数多く製作されるようになり、その終末の時代まで存続した。

把手によって邪魔されることがないので、胴部の全周を画面として用いることが多く、装飾はその上下に用いられる。また五世紀の半ば頃には僅かながら画面に白地を用いた例も見られる。 形式的には年代とともに縦に長くなる傾向が見られ、脚部もより頑丈なものになった。
Cf. Harvard1959.236 (Perseus Project).

大きさ:いずれも40−50cm位だが、赤像式の末には60cm以上のものもある。

ベルクラテル / Bell Krater

ベルクラテルは鐘を逆さにしたような形で、口縁部の近くに小さな把手が付くのが特徴で、混酒器として用いられた。  その最初の例は赤像式の出現にやや遅れて現れたために黒像式の例はない。当初は把手の形は角張った袋状になっていたが、ループ状のものが一般的になった。

五世紀の前半まではそれほど数多くはなかったが、それ以降はクラテルとして最も一般的なものとなって、赤像式の終わりまで生産され続けた。

装飾は簡素で、胴部の広い画面の上下に配される程度であった。描写はほかのクラテルに比べて雑な場合が多く、五世紀の終わり頃には外套をまとった形式化した人物像をB面に描いた例がいくつも見られた。  年代的には、五世紀の終わり頃になると胴部の下半部が急速にせばまったあと細長く伸びる形式のものが一般化した。
Cf. Harvard 1960.343 (Perseus Project).

大きさ:いずれも40−50cmくらい。

スキュフォスクラテル / Skyphoid Krater

クラテルのうち半球形の胴部に大きなつまみの付いたドーム型の蓋と円錐形の脚部を伴ったもので、黒像式の初期のみに存在するものである。

蓋と胴部、脚部にそれぞれフリーズ状の画面があり、そのほかにも様々な文様が華やかに描かれることが多い。

大きさ:おおよそ1m前後。

ディノス / Dinos / ΔΙΝΟΣ

ディノスまたはレベス(Lebes, ΛΕΒΗΣ)と呼ばれ、クラテルと同じくワインと水とを混合するための容器である。レベスという名称がこの器形に対して用いられていたことは文献などから明らかになっているが、ディノスという名前は本来カップ状の器形に用いられたものであり、正しい呼び名ではない。
Cf. Paris, Louvre E874 (Perseus Project)

大きな鉢状の胴部を持ち、また底部は丸くなっているため別の台を必要とし、高さのある精巧な作りのものが多い。 ディノスは黒像式の初期に最も好まれ、以降赤像式でも生産されてはいたが数はきわめて少ない。 装飾は、黒像式の場合はフリーズ状の画面をいくつも配することが多いが、赤像式のものは全体を大きな画面として扱うことが多い。黒像式では幅の広い口縁部の上部にフリーズ状の画面を用いた例も見られる。

大きさ:だいたい20cm前後。台を含めると70cm前後。