『一本も撮らなかったけれど、「自分も一緒に映画を
撮れてるような錯覚」はあった。』(9)


致命傷『東京上空いらっしゃいませ』
トドメ『東方見聞録』

__『台風クラブ』がターニングポイントだったとすれば『光る女』がブレイクポイント。『東京上空いらっしゃいませ』が致命傷で『東方見聞録』がトドメだったということか。

長谷川 いいよな、お前はそういうふうに言えて。

__まず、致命傷『東京上空__』の話をしよう。再び相米だね。

長谷川 うーん、監督という仕事が多少異常じゃなきゃ出来ないとすれば、あいつが一番映画監督なんだろう。そうとしか言えんよ。普通 、首吊るぜ。『光る女』で吊らないとしても、この『東京上空〜』で吊るわな。この時はさすがに皆、唖然としたからな。この映画が入る経緯は皆、それなりに分かってるじゃないか。ここまで苦しくなって、ついに宮坂と相米で、ゴメンナサイ大会をするんだと。1億5、6千の予算で1億で撮ると。そこでまず浮かせてと。そんな器用な事は出来なくても、少なくとも志はそれくらいの事で始めてるわけだろう。それが、これも1億の赤を出してどうすんだ。
 相米は自分で金を工面したり、映画を安く撮って浮かせるという能力がないから、自分が入れば宮坂が楽になる。宮坂もそれでしか口説かないからね、この頃は。とにかく入ってと。入ってくれれば、その金が先取り出来るだろ、それを自転車操業に当てるわけだよ。だからインした時に1円もないんだよ。

__そうだったらしいね。

長谷川 その頃、現場に不穏な空気があると聞いて、ビールの差し入れ持ってにっかつ撮影所行ったら、スタッフの射るような目がな……(笑)。俺に直接的に文句言ってくる奴はいないんだよ。にっかつだから、昔の仲間だから。久しぶりとか言うんだけど。まだギャラ払ってないんだから、インして10日もたってるのに。お前よくこれたなみたいな(笑)雰囲気があるわけよ。それで相米まで、そういう目付きしやがるんだ、杖かなんか持って、この馬鹿が。ストになりそうで、宮坂がきてスタッフ会議を開いて土下座したらしいけどな。

__中断してるって聞いたことがある。

長谷川 相米の言い訳だと、あんなにオプチカルを使う気はなかったと言うんだよ。銭のないのは分かってんだから。大映のホリゾントは背丈が高いから、実写 の画合成でやるつもりだった。それが狙いだったと。ところが大映のセットに入れてもらえなかった。この理由なんだが……借金してるからじゃないと言うんだよ。現場が怒るんだよ、お前の所の社長の態度が悪いと。大映のセット担当のつむじを曲げさせてしまったんだな。確かに口の利き方が、あいつはキツイんだ。大金借りている大企業には営業マンだからいいんだけど、“20万のギャラ、まだ出ないんですか”と言ってくる照明の助手さんとかには、本当にキツかったらしい。ぎりぎりの資金繰りで走り回ってるから、キツくもなるんだろうが……。
 それで大映より何割も高いにっかつ借りて、しかも建て込みが間に合わなくなって。相米に言わせると、理由はそれなわけだよ。オプチカル4千万もかけて。1億の映画にさ……もういいだろ、この話は。これが「致命傷」だよ。

__定例会議はどうなっていたの?高橋が言ってたけど、最後の方はゴジと相米と根岸くらいじゃなかったのかと。

長谷川 うん。でも伴明はよくきていたよ。

__石井がやめたのは去年だった?

長谷川 ……去年だったかな。やめるなと3回くらい引きとめに行ったけど。

__その時のやめる理由は何だったの?

長谷川 僕がやりたい映画がここでは出来ません、だったな。単純に言えば、自分の企画を宮坂が理解しないということだよ。宮坂の自転車操業もその頃はもう、完全な末期症状だったから、頭はいかに不渡りを出さないかで網羅されてるわけだ。その時に大事なのは、映画が転がることなんだよ。すると売りやすいものを考えるだろ。石井の考える映画は売りやすくないんだよ。余裕があれば、宮坂も石井の世界を理解しようとしたんだろうが。「石井ちゃん、これは売れないよ。どういう意味か分からないもんね」という会話で何回か終始すると、それは石井も嫌になるだろう。
 その上で“やはり長谷川が悪い”というところに話を持っていくと、俺がせめて監督として自分の映画を撮っていて、元気が良ければな。昔、俺がデビューしたての若手で、石井が学生であった頃と同じように、今や同業の監督である石井に俺はこう思うぜ、という余裕があれば頼りやすかったんだろうが、俺は俺でシコってるからさ。あんなシコってる奴に相談したら、もっとシコると思ってもしようがないわな。それでもホンが上がったりすると読んで意見を言い合うという事は最後まであったよ。あったけども、俺が責任を持って金を集めて映画にしてやる、ということまでは……俺も自分の映画が何とかなりたい事がまずあるからな。プロデューサー専業であろうとしないで、人のプロデュースをするという事は……相談相手は誰でも出来るけど。最優先の自分の時間をそこに使うということは、やはりずいぶんと順調にいってないとキツいよな。
 そういえば、大森脚本で長崎が監督した『妖女の時代』な。ディレカンとしては珍しく現場を大黒字で上げた作品なんだよ。その零号試写 の後の打ち上げでの事なんだが。ま、俺も取締役のひとりとしての挨拶は、ライター、監督にしたよ。「いや本当に有り難う。会社が苦しい時によくやってくれました」と。まったく快挙なんだから、わが社としては。心からの感謝の意を表した上でだ。「しかしなあ長崎。今日の映画だけどな」と作品について喋り始めるじゃないか。友達の監督としてさ。正直、映画はいまいちだったんだ。するとふたりは対応するんだよ、作り手だから。「そうですか。僕は今回いろいろ実験したいことがあったもんですから」と長崎が真面 目に言うと、大森が「お前がね、実験なんかしとるから俺の立派なホンがアカンのや」と。聞いてると、出来の悪い関西漫才を聞いてるみたいで面 白いわけだ。するとちょっと離れたテーブルに座ってる宮坂が悪酔いしてるんだよ。コップ投げるんだ。「なんで今日、そういう話をするんだよ」って。俺に怒ってるんだよ。驚いたな俺も。零号試写 の後の打ち上げで、監督と脚本家を前にして何を話すんだよなあ。

__やっぱりゴジは映画監督なんだよ。“予算を余らせて偉い”よりも、“何なんだ、この映画は”となるんだな。

長谷川 いやいや、そんな偉そうな事言うもんか。ごくごく普通 に映画の話をしてるんだが宮坂は結果「僕だってこの映画が詰まらないのは知ってますよ。それをこういう場所で言ってどうするんですか」と。こういう場所ったって、お疲れさんで、しかしあそこは面 白くなかったという話をしないなら、映画の会社じゃないだろって。そりゃディレカンじゃないぞと。あいつコップ投げて怒るんだから。

__同じ体育会でも違うんだな、そこは。

長谷川 あいつは自分の仕事を馬鹿にされたと思ったのかなあ。大森たちもあんまり宮坂の機嫌が悪いもんだから、俺と話すのはやめて向こうへ行ったりするんだ。……ひどく孤独な夜だったよ。

__いよいよ、トドメの『東方見聞録』だけど、俺は見てないんだけど、どうなの?

長谷川 井筒らしい映画だとは思うけどな。関西弁で言う「ヤンチャな」映画というか。ただ金もないのにどうしてスピルバーグ・コピーみたいな事をしたいのか。それが分からん。あいつはもっと野卑な……黒澤明には撮れない庶民の時代劇という能書きはあるんだろうが、うーん、あまりそうなってないわな。やはりホンで頑張ってないんだな。

__いくらの予算の映画なの?

長谷川 8億の予算が10億5千万かかったと言うんだが、あまりそう見えないのがつらい。いや、ああいう不幸もあったし、公開の目処も立ってない映画なんだから、身内がこんなふうに言っちゃいかんのだが……。それに全体会議で決算の収支報告をしたりする前に、突然パンクしちゃったから、この映画とディレカンのトータルの負債状況は、未だに誰も分からないんだ。宮坂以外にはね。

__業界内部では、宮坂は自分の家とか持ってた土地とか私財全部ーー3億か4億を投げ売って蒸発したんだ。馬鹿で無責任な監督たちの被害者になって、かわいそうにという話を結構耳にするけど……。

長谷川 俺の耳にも入ってるよ。3億も4億も私財があったら、最初の借金3千万を俺に何とかしろとは言ってこないだろう。……ま、この話はやめよう。あまりに不毛で悲しいよ。宮坂は本当によく頑張った。おそらく頑張りすぎるほど頑張ったんだ。ただ、俺たちも、世間が思ったり、噂してるよりは頑張ったつもりだ。それ以上の事は今は言えんのだよ。スミマセン……。

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