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(初掲 H15.11.30)


動機的原因の解明



1.動機的原因の解明
2.反省法による動機的原因の追究
3.反省法による動機的原因の要因解析例
4.動機的原因究明に対する反省法の利点

⇒この記事に関連するコンテンツ:反省法による動機的原因の究明


1.動機的原因の解明

動機的原因とは、事故の直接的原因を製品に組み込んだり、或いはそれを事故に至る前に排除できなかった関係者の知的活動の欠陥で、何故このようなことがわからずに失敗したのかと言う疑問に対する答えである。たとえば、知識不足、調査不足、検討不足、確認不徹底などの他、規格基準や指導書の無視、他人頼み、うっかり、ぼんやり、勘違い、誤解、思い込み、怠慢などが指摘される。

動機的原因の究明に当たっては、将来における類似事故の防止のために有効な再発防止対策につながるものを見逃さずに取り上げることが必要で、そのためには、広い視野に立って思考し検討しなければならない。

有効な動機的原因を見逃さずに究明するための手法として「5W法」が考案され実務に活用されている。この方法は先ず事故の直接的原因を取り上げ、なぜそれを製品に取り込んだのか、或いはなぜそれを事前に発見出来なかったのかについて、何故、何故と関連した質問を繰り返しながら思考・判断の過程を論理的に追究して思考の欠陥即ち動機的原因を見つけ出そうとするものである。

実際に「5W法」で動機的原因を究明するに当たって感ずるのは、苦慮する時間の割りにスッキリした結果が得られないことである。質問の第一段階として事故の直接的原因に関連して「なぜそのような判断をしたのか」と問うのが普通であるが、私の経験から言うと、最初のこの質問に対する答えによってある一つの方向が決まり、第二段階以降の「それは何故か」との問いに対する検討も最初の質問に関連した分野に落ち込み、そのため、検討する範囲が狭く限定されるようになる。最後に結論を出したとき、それまでの過程を振り返って感ずるのは、広い視野に立った検討という面から見て不十分と感ずることが多いようである。

広い範囲についての検討をしなければならないと考えつつも、「なぜそのような判断をしたのか」との質問に対して、無意識のうちに「そのような判断」と言う言葉に捉われて自由な発想が展開出来ず、「それはこのように考えたからである」と言うような狭い範囲の答えになりやすい。つまり「5W法」では先ず最初に出された質問とそれに対する答えで議論の方向が定まり、第二段階以降の議論は最初の質問に関連した分野で議論をするようになって自然に狭い範囲で検討するようになるからであると思う。最初の質問が「なぜ技術的不良原因を作りこんだのか。どういう行動誤りのためか」と言うのに対しては、なおのこと、思考はある範囲に制限されるように感ずる。

もちろん、それらの最初の質問に捉われずに議論することも可能であり実行している人も居ると思うが、そのためには不良や事故に対して豊富な知識・経験が必要で、それなくして自由な発想で議論することは一般的に難しい。自由な発想で動機的原因を考えようと思いながら、このように答えの範囲が知らぬ間に狭い範囲で制限されていたのでは、将来における類似事故の防止のために有効な動機的原因を見つけることは難しい。


2.反省法による動機的原因の追究

動機的原因の究明は、事故の現象と直接的原因などが明らかになってからのことであるから、そのときは事故の全貌が完全とまでは言えなくとも殆ど解明されている筈で、その段階になれば事故を起こした製品に関係した者ならば何が原因で事故になったのか、何が悪かったのかについて、かなり正確に的を射たことを指摘出来るものである。即ち、何が悪かったのかと言う命題の許での反省で、何ものにも捉われず自由な発想から、これが悪かったのだと要因を指摘することが出来る。指摘する要因も一つではなく複数個の要因が挙げられるかもしれない。反省法による動機的原因の究明の良いところは自由な発想からの指摘が出来ることである。

反省法のやり方は、失敗・事故を反省して次のような問答をする。

(1)反省 何が悪かったのか。−−−これが悪かったので事故になった。    これが原因で事故になった。  (2)対策 どうすれば良かったのか。−−−こうすれば良かった。  (3)検討 何故そうしなかったのか。

この(3)の質問に対する答えが動機的原因である。複数個の候補が挙げられたときは、それらの中から適切なものを選び動機的原因とするのである。

(1)反省〜(3)検討までのそれぞれの質問に対する答えは一つに限らず複数個になる可能性があり、広い視野に立ち自由な発想から思考したら、むしろ、多くの答えが出てくることが予想される。それらの一つ一つに付いて事故の現象を考慮して、将来の類似事故の発生防止に有効な対策に結びつくものを選び出すのである。最終的に求められる答え−動機的原因−はなるべく最も有効と思われるもの一つに集約することが望ましく、要因の一つだからといって関係のあるものを多数並べるのは焦点がぼけてしまう恐れがあるので良くない。出来るだけ有効なものに絞り込んで実行に徹する方が良い。

期に1回の「落穂拾い」の資料を作るためにだけ動機的原因を究明するのでは、動機的原因を究明する能力は向上しない。日常の仕事の中での些細な失敗に対しても、「何が悪かったのか?」、「どうすれば良かったのか?」、「何故そうしなかったのか?」 「今後、どうすれば良いのか」 と反省し、絶えず失敗を防止するための心の働きを活性化することに努め、自らを訓練することが、日常の失敗を減らし、動機的原因を究明する能力を向上させるのに役立つ。

このような訓練をするには「5W法」の「何故」「なぜ」繰り返す思考よりも、何が悪かったのか、どうすれば良かったのか、と言う思考の方が取り付きやすく馴染み易い。日常の仕事の中での失敗について後始末をしてそれで終わりとしてしまわないで、「反省法」の問答を心の中で繰り返し、動機的原因を究明する能力を高めることを心掛けて欲しい。

反省法についてはこのホームページの別題目の「反省法による動機的原因の究明」も参照されたい。


3.反省法による動機的原因の要因解析例

身近な失敗の例として酒の飲み過ぎによるたとえ話を取り上げ、反省法を適用して動機的原因を究明してみよう。 酒の上での失敗を取り上げたのは、自らの経験や他人の話などから多くの知識・情報を得ていて、この件については多くの人が相応の眼力を持っていて容易に理解されると考えたからである。

失敗の事例として「 階段で転倒して顔に負傷」ということで、以下の物語をあげる。
”夏のある日の夕方、浴衣下駄履きでの散歩の帰り、ちょっと一杯のつもりで地下の飲み屋に入ったところが、そこで先に来て飲んでいた昔の仲間にパッタリと会った。駆けつけ三杯と奢られた上、話もはずんでつい知らぬ間にいつもより酒をたくさん飲んでしまった。仲間が帰った後も一人でちびりちびりと飲んでいたが、店が混んできて居ずらくなってきたので帰ることにした。店を出て近くの階段を上るとき、上から勢いよく駆け降りてくる若者を避けようとしてよろめき足がもつれて転倒して、顔を踏み段に当てて負傷した。”

これを失敗・事故として取り扱うとすると、動機的原因はどうなるのか。「何が悪かったのか」と反省すると、次のようなことが言い訳としてがあげられそうである。ここで 言い訳と言ったのは、もともと動機的原因は言い換えると失敗の言い訳と同じようなものであって、その中でも特に、類似事故の再発防止に有効な対策につながる筋の通った誠実な言い訳が求める動機的原因であって、同じ言い訳でも類似事故の再発防止にもつながらない責任逃れだけのものは動機的原因としての価値は無く、動機的原因とすることは出来ない。

動機的原因に結びつきそうな言い訳の例 (1) 久し振りに懐かしい飲み仲間に会って話がはずみ調子に乗って飲んだ。 (2) 空腹のところに駈けつけ三杯などと熱燗の酒をすすめられた。 (3) 酒が美味しかったのでつい自分の体の許容量を忘れて飲んだ。 (4) 店が混んできたので 酔いが十分醒めないうちに店を出た。 (5) エスカレータを利用すればよかったのだが近くの階段を登った。 (6) ちょっと散歩のつもりだったので足元が不安定な下駄を履いていた。 (7) 転倒しそうになったときすぐ手摺につかまるか手を出せばよかった。 (8) 階段を勢いよく降りてきた若者に当たられそうになり慌てて避けた。

この失敗例について反省法を適用して動機的原因を究明する仕方の事例として作成した「動機的原因究明のための要因解析表」の例を示す。(下記の文字列をクリックすると要因解析表にジャンプする)。何が悪かったのか(反省)は上記の(1)〜(8)の項目に対応している。

「動機的原因究明のための要因解析表例」

この表の採否判定欄の 〇は採用案 △は次善の案 Χは不採用 を示す。

酒を飲んでの失敗の場合は要因が比較的に単純であるので小さな表にまとまったが、実際の事故の場合は反省・対策が複数になり、表にすればかなり大掛かりなものになることが考えられるが、やり方の基本は同じである。

このような要因解析表には動機的原因究明のために考えられる要因が列挙され、それぞれについて検討した内容が記録されているから、後で思考過程を見直しすることが出来るのは優れている。「5W法」では何故、何故と追究して行くのであるが、思考過程は一本道で示され、そのほかの要因についても考えたのか、あるいは考えなかったのかは記録としては残されず、後から検討しても分からない。


4.動機的原因究明に対する反省法の利点

実際に事故の調査をして、単純なように見えたものが意外に複雑な要因が絡んでいて究明するのに苦労をした例もあるが、本当に単純な事故の場合は5W法とか要因解析などをしなくても直感的に動機的原因を指摘出来る。しかし、事故の要因が単純ではなく広い視野に立った検討が必要な場合は、それに応じて視点を変えて検討しなければならない。

ある工場で新らしい電気製品を開発して販売したところ事故発生で全数対策しなければならなくなった。調査の結果、直接的原因は関連会社に開発を依頼した部材の特性が温度により変化したことで、製品の機能に時々異常が発生し運転に支障が生じたのである。部材の特性が温度によって変化し、使用開始時の冷状態から運転により温度が上がるにつれて特性が不規則に変わり、温度が安定すると特性も安定するもので、機能の異常は運転開始直後に起こることが多かった。

関連会社には部材に必要な特性を連絡して開発を依頼したのであるが、温度により特性が変わることを予想出来ず、特性値を指定しただけで温度変化に対する特性の変化については指定しなかった。一方、関連会社では温度が安定した状態での特性値が要求を満足したことで、これで良しとしたものである。

このような事故の動機的原因はどのように考えるべきか。関連会社に部材の開発を依頼するとき部材の温度特性について指定すべきであったのに指定しなかった、と言うことは出来るが温度により特性が変わることを知らなければ指定しないであろう。そのような知識のない者に対してそれを指定しなかったことが動機的原因であると指摘することはできるが、問題は完全解決とはならない。それは事故後にわかったことであって、これから後に同じような事態に遭遇したときに、類似事故を確実に防止することは難しい。

必要な特性値を指定して新しい部材の開発を関連会社に依頼したのであるが、この開発の過程に工場から製品に関係した技術者が加わって一緒に開発を進めていたら、事故を起こさずに済んだかも知れない。工場から派遣された技術者は開発途中で部材の温度特性の変化に気づき、それは製品にとって重大な支障になることを指摘して対策出来たであろうことは容易に推定出来るが、任せっきりにしていたのではこれは出来ない。

動機的原因を指摘するとき視点を製品から離して、新しい部材の開発を関連会社に任せっきりにしていたため部材の温度特性が不適当なことを発見出来なかったことに注目すれば、一般的な対策として、自工場以外で新しい部材や部品を開発する場合は工場から技術者を派遣し共同で作業をする、ことが類似事故の再発防止対策になることは容易に理解出来る。そうすれば発注仕様書に記載がなくても、開発途中で製品にとって不適当な特性を見つけて対策することが出来る。

この事例のように技術的な問題より管理的な問題を取り扱う場合には、「何が悪かったのか」「どうすればよかったのか」と反省することが問題の本質を見つけ出すのに有効である。技術的なことに捉われていたのでは不適切な動機的原因を採用し、有効な類似事故防止対策には結びつけることは出来ない。(2003.11.20)

以 上

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