体制選択国民投票(1946年6月2日)
(概説)
  ファシスト政権崩壊後、対独レジスタンスに参加したキリスト教民主党、社会党、共産党、
 自由党、労働民主党、行動党による国民解放委員会(CLN)6政党の連立政権が成立した。
 戦後の憲法体制については、社会党、共産党など左派政党は当然共和制を支持したのに対し、
 この政権の中心となった穏健的政党、キリスト教民主党(DC)の場合、党員では共和制支持
 が多数だが、一般の支持者には君主制支持も多く、どちらに決めても支持基盤が崩れる可能性
 があった。そこでデ=ガスペリ首相(DC)は体制選択を国民投票に委ね、その結論に従って
 制憲議会で新憲法を制定することとした。DCは党としては共和制、君主制のどちらにもノー
 といわないあいまいな態度を維持し、制憲議会選挙を同日に実施することで、君主制支持者も
 制憲議会選挙でDCに投票することができるようにした。結果は目論見通り、同党が制憲議会
 の最大政党(得票率35.2%)として戦後復興の中心となる基礎ができた。
 体制選択国民投票の結果は、首都ローマがあるラツィオ州(両派が拮抗)を境に北部と南部で
 はっきりと分かれ、まさにイタリアを二分する結果になった。
 制憲議会選挙(1946年)結果 戦後イタリアの政権 戦後イタリアの選挙(下院) 

州名 共和制君主制合計
票数票数票数
ピエモンテ 1,244,37357.1 936,08142.9 2,180,454100.0
リグーリア 633,82169.0 284,11631.0 917,937100.0
ロンバルディア 2,284,58064.1 1,279,74831.0 3,564,328100.0
トレンティーノ 192,12385.0 33,90315.0 226,026100.0
ヴェネト&フリウーリ 1,391,41959.3 955,77040.7 2,347,189100.0
エミーリア=ロマーニャ 1,526,67777.0 455,52423.0 1,982,201100.0
トスカーナ 1,281,08371.6 507,49228.4 1,788,575100.0
マルケ 499,56670.1 212,92529.9 712,491100.0
ウンブリア 298,19671.9 116,32128.1 414,517100.0
ラツィオ 749,70548.6 792,32851.4 1,542,033100.0
アブルッツィ&モリーゼ 347,65043.1 459,24956.9 806,899100.0
カンパーニャ 438,49223.5 1,426,39276.5 1,864,884100.0
プーリア 467,78132.7 960,84967.3 1,428,630100.0
バジリカータ 108,28940.6 158,34559.4 266,634100.0
カラーブリア 338,95939.7 514,34460.3 853,303100.0
シチーリア 709,73535.3 1,303,56064.7 2,103,295100.0
サルデーニャ 206,19239.1 321,55560.9 527,747100.0
全国合計 12,718,64154.3 10,718,50245.7 23,437,143100.0


(注)
 州名は現在のものとは異なる。この時代の州はまだ正式の地方公共団体として確立していない。
 
(参考文献)
 Giuseppe Chiarante, La Democrazia cristiana, Riuniti, Roma, 1980
 Biblioteca Nazionale Centrale Firenze, 1946-1948: Repubblica, Costituente, Costituzione;
 Mostra storica, bibliografica, documentaria (a cura di Pier Luigi Ballini) Ed. Polistampa,
 Firenze, 1998

 制憲議会選挙(1946年)結果 戦後イタリアの政権 戦後イタリアの選挙(下院)

 「現代イタリア政治基礎資料」に戻る 「やそだ総研」ホームに戻る