「湖北」 語り継がれる殯の湖(もがりのうみ) (滋賀) .

「殯の湖」

井上靖の小説「星と祭」―
主人公である架山。彼の最愛の娘が琵琶湖で遭難に逢う。転覆したボートは発見されたが、娘の遺体が発見されないまま数年が過ぎていく。娘の遺体は琵琶湖の底に沈んだままで葬儀も出来ない状況が続く。彼の頭の中で「生でもなく死でもない」日本古代からの殯(もがり)、つまり仮葬の状態が続いていると感じるようになっていく。
古代の日本人は人が亡くなるとすぐに本葬は行わず、ある期間仮に葬ってから本葬に入る習慣があったという。「娘は今、生でもない死でもない、殯(もがり)の期間にある」…
そんなとき架山は湖北の十一面観音たちと出会う。湖北に点在する十一面観音を巡っていくうちに娘の死を自分の中で徐々に納得していくという「生と死」を正面から考えさせられるストーリー。

かつてこの湖を舞台として、古代から戦(いくさ)が多く、それにあわせて悲しい伝説も多く存在するのであります…
壬申の乱で骨肉の争いの末、自害した大友皇子(おおとものみこ)。小谷城で、お市の方とともに燃え尽きた浅井長政。賤ヶ岳の戦いで敗れた柴田勝家。関ヶ原の合戦の後に近江で捕らわれた石田光成…
湖の最北にある岬の葛籠尾崎(つづらおざき)から竹生島にかけて、戦に敗れて逃げ場を失った柴田軍の武将たちが、島に向かって泳いで行くうちに力尽き馬と共に沈んでしまった。今でも湖底に数多くの武将や兵が眠っているという…その後漁師の地引網に白蝋化した彼らがそのままの姿で何度か引き揚げられたという。このあたりは琵琶湖でも特に水温が低く、遺体は腐らずにそのままの姿でとどまっているといわれています…まさに殯(もがり)の湖。

そして織田信長にいくつもの寺院が焼かれる…
そんな悲しい戦を何度も見つめてきた十一面観音。
戦のたびに寺を焼かれ、村人たちは必死になって観音様を土に埋めたり、自分たちで隠したりして命を賭けて守ってきた。
なぜそこまでして、村人たちは十一面観音を守ってきたのだろうか…


十一面観音のふるさと湖北の大地

湖北は縄文時代からの集落の遺跡や古墳が多く残っていて、太古の昔から人々の豊かな生活が営まれてきた。山には数多くの神々が棲み、人々は山奥の湧水や滝に「竜神」を見出し、それらに祈ることにより、より豊かな生活を実現しようとていた。そこに仏教が伝来する。
それまで信仰してきた神々と共に仏を受け入れるのであれば、より「現世利益」のある「薬師如来」や「十一面観音」が村人の間で篤く信仰されて当然なのか…
琵琶湖の西にそびえる比叡山からの天台信仰の影響もあったはず。
現在滋賀県内には、重要文化財の観音像が百体以上もあるという。しかもなんとその多くが、寺の中で祀られているのではなく、「村の共有物」であるという。

真冬の湖北。
この地には太古の昔から1月から2月にかけて各地で「おこない」の行事が行われているという。
「おこない」とは神仏に一年の息災を祈る行事で、各村ごとに祀ってある十一面観音に餅などを捧げて、豊作と村の安全を祈るという。
奈良東大寺の「お水取り」で有名な宗教行事「修二会」も二月堂の本尊、秘仏の「十一面観音」に一年の息災を祈る宗教儀礼。どこかやはり繋がりがあるのでしょうか…
戦が続き、荒廃したこの地に根をおろしてきた人々の手により観音達は、心のよりどころとして守られてきたのでした。


湖北の観音、人々の温かさに感動

この秋、私は初めてこの湖北を訪れました。
善隆寺で十一面観音をお守りしているお婆さん。観音様を安置している「和蔵堂(わくらどう)」を開けてくれて、丁寧にこの像を説明してくれました。
「どうぞ、どうぞ近くまで寄ってお顔を御覧なさい」と言ってくれたので、もう指で触れるくらいの近くまで寄らせて拝ませてもらいました。
凛としたお顔で、これまで湖北の人々の願いを受け止めてきたお方。
案内役のお婆さんの優しく説明してくれるお顔と、観音さまのお顔がオーバーラップして見えてくる。素敵な出会いに感動しました。
このお婆さんをはじめ湖北で出会った人たちは、とても温かい人ばかりでした。
湖北町教育委員会の吉田さん。小谷城戦国歴史資料館で休館日にもかかわらず、私一人のために案内役を引き受けてくれた職員さん。駐車場から渡岸寺の収蔵庫(観音堂)までの道のりを丁寧に教えてくれた子連れの若いお母さんたち…

これまで私の心の中で燻っていた湖北に対する暗いイメージは薄れていくのを実感していました…

湖北を離れる際、私は道の駅「びわこ水鳥ステーション」に寄りました。
たこ焼きを焼いているオジサンから「今日はこれで店じまいだから一個サービスしとくよ」ってたこ焼きを一個多めに入れてくれました。
車を置いて、湖畔までデジカメと三脚を担いで歩いて行き、夕日を写真に収めました。
真っ赤な太陽が落ちる先には比叡の山並、そのさらに先には京の都が…

このとき私の中で「星と祭」の最後の部分で、架山が湖底に眠る娘に話しかけた言葉を思い出しました。
『娘よ、今夜から、君は本当の死者となれ、鬼籍にはいれ、静かに眠れ。』

私の湖北に対する暗いイメージも、この小説の主人公である架山の娘に対する「殯(もがり)の期間」が明けたように、無くなっていきました…

今回は善隆寺と渡岸寺のみしか回ることが出来なかったので、次回はもっと多くの観音様や人々との出会いを期待して湖北の地を後にしました。

湖北…
いつかもう一度足を運びたい霊地です。

■ BACK

■ HOME
※ここに掲載する写真はパンフレットや雑誌等からスキャンしたものです。まずかったら訴えずにまずご一報を。                                

琵琶湖。
かつてこの地は、戦の敗者がたどる悲しい伝説に溢れていました。
どこか「敗者の影」がよぎる暗いイメージを抱いていた私でした。

湖北の地に伝わる「おこない」といわれる「春迎え」の行事。
村人たちは餅をついて神仏に供える。

善隆寺の十一面観音。
私はこのお方に一目会いたくてこの地を訪れました。

琵琶湖の湖畔で見た美しい落日。
この地の観音たちは、ほとんどが湖の方向に向かって立っているという。
殯の湖に沈んでいる者たちを供養し続けているというのか…




■ HOME