
十月随想
十月三十日(火)
始動
十月は私にとっては始動の月であった。始動するにあたって、様々に思い悩み、多くの人に迷惑をかけ、そして、支えられていることの有難さを身をもって感じた。始動・・・そう、まだ始まったばかり。これからまだまだ多くの苦難が待ち受けていようけれども、もはや、畏れぬ。天命に順い、自らの出来ること、全うするのみ。
十月二十九日(日)
京都
金曜に久々に京の都に上洛し、今日帰って来た。何度行っても京都は良い場所だなあ。心が洗われるように感じる。辛いことも悲しいことも忘れさせてくれる。ちょっと遠いのが玉に瑕であるが。しかしまあ皆さん本当にお疲れ様でした。慶早戦に行った人もお疲れ様。
十月二十五日(水)
抱腹絶倒
大笑いだ。笑うしかない。なんとも言えない。まあいいけど。
十月二十二日(日)
驕り
最近少し驕慢に過ぎた。私の弱い力で出来ることなどたかがしれていた。周りが見えていなかった。自分が恥ずかしい。しかし、たかがしれていることでも積み重ねればいつかは・・・。地道に努力あるのみである。
十月二十一日(土)
力無き故
自分の力の無さ加減を痛感するようなことがあった。この間のあれは自己満足に過ぎなかった。私の力不足のせいで、事態を食い止めることができなかった。しかし、諦めない。絶対に。論語に言う、「義を見て為さざるは勇なきなり」と。
十月二十日 (金)
傍観者の戯言
久々に歴史トークで盛り上がった。って私は何学部生だ?まあいいか。ところで、皆さん本当に大変ですね。お疲れ様。私もしっかりと責務を果たさねば。
十月十九日(木)
支え
友達の話を聞いた。凄く喜んでもらえた。これだな、私を動かしているのは。彼の支えとなることが出来れば本望である。
十月十七日(火)
師
私の高校時代の数学の師が現役を退くらしい。どうやら体の具合が思わしくないようである。心から師の快復を願ってやまない。
十月十五日(日)
友の声
久々に電話で友の声を聞いた。彼奴とは小学校からの親友である。最近ちょっと参り気味だった私は、彼奴の一言一言に励まされたような気がする。心機一転、頑張ろうと思った。
十月十三日(金)
自らの出来ること
大義について、考え明かした。そして、答えは出た。否、出たような気がするだけかもしれない。兎に角、大義もへったくれも関係なく今自分に出来ること、それを精一杯やっていけばいい。ただそれだけである。力及ばないところもあるかもしれぬが、頑張ってみよう。
十月十二日(木)
大義
大義を失った。否、何が大義だか分からなくなった。今までは自分にとっての大義を分かっていたつもりだった。そう、つもりだったのである。実際は分かっていなかったのかもしれない。私は弱い人間である。自分にとって大義は必要であった。これ無しには最後までやり通す自信がなかった。しかし、考えるに本当に大義など必要なのか。そもそも大義とは何なのか。考えは混迷するばかりである。答えは出るのであろうか。
十月九日(月)
言いしれぬ不安
言いしれぬ不安に襲われた。訳も無く悲しくなった。不安になった。一種の畏れであったのだろうか。否、しかし、畏れていても仕方がない。一歩を踏み出さねば何も始まらないのだから。