帰省記(下) 特急編

博多駅に到着した後、乗り換え時間はおよそ三十分。博多発西鹿児島行・特急つばめの発車ホームに向かうと、既に自由席の乗り場にはかなりの人が並んでいた。一刻の猶予もならぬと列に並ぶ。待つこと暫し、特急の車輛が到着する。灰色を基調としたシンプルなデザインで、私の好きな列車の一つである。扉が開くと同時に人々が文字通り雪崩れ込む。その流れに乗って、何とか海側の窓辺の席を確保することに成功。新幹線でも座ることができたし、かなり運がいい。あっという間に自由席は満席。帰省ラッシュの開始を予感させるに充分であった。間もなく列車は進発。特急の旅の幕開けである。

博多を出ると、次は鳥栖である。この区間は北九州の都市圏の風景が窓外に広がる。曇天であったが、若干晴れ間が見えはじめていた。陽光が目に心地よい。特急つばめに乗るのは受験のとき以来だなあなど、受験の頃のことを微妙に思い出した。懐かしさが胸に広がる。そうこうするうちに鳥栖に到着。新幹線よりも駅の区間が短いため、かなり速いように感じる。実際は比較にならないほど遅かったりするのであるが。

鳥栖の次は久留米である。福岡県の管内は、特急といえどもあまり駅を飛ばさない。それだけ乗換駅が多いという訳であるが。鳥栖〜久留米間には肥前旭駅しかないので、矢のような速さで久留米に到着。列車は熊本県へと向かう。

久留米〜大牟田間。今度は結構長い区間である。久留米市を抜けると、窓外には慣れ親しんだ九州の牧歌的な風景が広がる。心落ち着く瞬間である。この頃から雲はすっかり晴れ、夏の日差しが車内に飛び込んでくる。田圃の緑が一層映えて見えた。暫し時を忘れ心を窓外に馳せているうちに大牟田に到着。次は熊本である。

大牟田〜熊本間も、牧歌的な風景が広がる落ち着いた雰囲気である。鹿児島本線には二種類の特急が走っている。つばめとありあけで、ありあけの終着駅が熊本である。ありあけはその分途中停車駅が多いのだが。ありあけにも今度乗ってみたいなあなど、碌でもないことを考えるうちに肥後藩の城下・熊本に到着。多くの人がここで下車する。博多から鹿児島まで向かう人はそこまで多くない。大多数は熊本県内で下車するのである(そのためにありあけがあるのであるが)。当然最初満席だった席に余裕ができる。少し寂しい気持ちになった。

熊本の次は八代に止まる。ここもあまり長くない区間である。窓外は相変わらずの風景、川に煌く陽光が眩い。典型的な九州の夏の情景である。何とも懐かしい気分が全身を捉える。今日も暑くなっていそうだなあ、などと思っていると、間もなく八代。次は水俣である。

八代〜水俣間は、窓外に風光明媚な八代海が広がる、鹿児島本線で私がもっとも好きな区間である。折りしも空は快晴、紺碧の海に陽光が煌き、遠くに天草の島嶼の影が霞む。寄せる波の一つ一つが潮の香りを運んでくるようだ。この区間は、間もなく完成するであろう九州新幹線が運行を開始すると同時にJR九州の管轄を離れ、第三セクター制に移行するそうである。現状では存続すら危ぶまれ、甚だ残念である。新幹線が出来ても人々の大事な足であることには変わりがない。願わくば末永く存続せんことを。とか何とか思っているうちに水俣駅に到着。次は出水、今回の旅の終着地である。

水俣を出て、次の袋駅を通過すると、我が故地鹿児島県に入る。沿線は殆ど何も変わっていないように感じられた。米ノ津付近では蜜柑の実が早くも実り始めていた。冬には美味しい米ノ津蜜柑を味わうことができるであろう。米ノ津を通過すると、いよいよ出水駅である。列車を降りる準備を整え、逸る鼓動を抑え、下車。帰ってきた。感慨ひとしお、家路につく。こうして九時間にわたる列車による帰省の旅は幕を下ろしたのであった。