八月随想


八月二十八日(火)

久々に

久々に筆を執った。墨の香りが鼻腔に心地よい。腕は大分鈍ったような気がするが、気に留めず、自由に書く。忘れかけていたこの感覚。それが微妙に蘇ったような心もちになっただけでも大きな収穫であろう。ある八月末の一日はこうして暮れていった。


八月二十七日(月)

そこに道がある限り

一つの大きなものが終わりを告げた。これに向かって今まで我武者羅に走り続けてきた。そして、これを通じて、一生涯忘れることの出来ない大きな思い出が残った。否、この思い出を、どうして忘れえようか。そして、得たものがあまりにも大きかっただけに、今はただただ、終わったという虚無感に蝕まれる、感傷に浸る日々である。しかし、これは言ってしまえば第一幕。この後にも多くの舞台が待っている。そう、歩みを止める訳にはいかない。眼前に道が続く限り。例えそれが蜀の桟道の如き天嶮であろうとも、先が見えないことがあろうとも。思い出はいつも優しいけれど、そればかりに頼ってはいられない。これから先、今回の大きな思い出が心の支えになることが多々あろう。何故なら、それだけ自分にとって大きなものであったからだ。しかし思い出の中に安住してはならぬ。懼れずに、新たな第一歩を、目の前に続く道へ。この道はきっとどこかで希望という光り輝くものに通じている筈であるから。そこに道がある限り、一歩一歩、前へ。

(自らを戒めるの辞)


八月十一日(土)

心に残りし詩

何かにつまずいたときは
手のひらを空にかざしてみよう
この風はきっとどこかで
君とつながっているから

(誰の作か忘れたが、微妙に心に残った詩一遍。)


八月七日(火)

『孟子』に曰く、「義をみて為さざるは、勇なきなり」、と。今、眼前に大義あるに、何ぞ座して之を看過すること能おうか。


八月二日(木)

希望を胸に

・・・・

Tomorrow Tomorrow
また明日が
素晴らしい夢と すてきなメロディー
運んできて くれるだろう

Tomorrow Tomorrow
明日を信じて
翼ひろげ 翔んでみよう

・・・・

(立花 優 Tomorrowより跋)