天才というのは普通たいへん危険な言葉である。 というのは、誰かすばらしい選手がいた時、彼の一部始終に ついて話していても「要は天才なんだ」の一言で話がおわって しまうからだ。 彼は努力したのかもしれないし、しなかったのかもしれない。 その優れた能力は先天的だったのかもしれないし、生まれた 後でつちかわれたのかもしれない。 天才という結論はそれらの可能性を「天からあずかった才能」 としてあっという間に片付けてしまう。 だが、時として、「天才」としか表現できない人間もいる・・・ 例えば、ジョージ・ベストのように。 ジョージ・ベストは北アイルランドの選手であって、同国は 俗にいう「弱小国」として知られているがベストはまさに 突然変異だった。 それもメガトン級の、といっていい。 彼は天才以外の何物でもなかった。 ポジションは主に右に陣取っていたが、試合が始まるとそういう ことはどうでもよかった。グラウンドのいたるところに彼は現れた が、ベストは常に満点(ベスト)だった。 彼がフィールドでできないことは何一つなかった。 動きとボールさばきに関しては彼は超人であり、そのふらふら したドリブルは誰にも止められず、彼自身誰にも邪魔させなかった。 ディフェンダーを次々とかわし、キーパーの後ろにボールを通す、 これだけのことを、ベストは軽々とやってのけた。 おそらく彼本人にもどうやっているのかはわからなかったろう。 ベストは北アイルランドのベルファストという所で生まれている。 キャリアの始まりは1961年、15才のときにイングランドの名門、 マンチェスター・ユナイテッドのスカウトにひっかかった時だった。 折しもマット・バスビー監督は国内の優秀な若手選手を育成し、 のちのち栄光を築く常勝軍団を作り上げている最中だった。 ベスト少年はやせっぽちだったがボールを持たせるとあきらか にほかの選手と動きが違う。バスビーは満足して、この少年を 彼の「赤子」たちに加えることにした。 そのさい、コーチ陣にきつく言い渡したのは彼のふらふらする スタイルを絶対に矯正するなという事だった。 これが彼の運命を決定づけることになる。 彼は2年でトップチームに上がり、64年からは9才年上の チャールトンらの仲間入りをした。 完全にトップに定着し、押しも押されもせぬスターへと成長 したのだ。 「エル・ビートル」と呼ばれ出したのは66年、欧州チャンピオンズ カップの試合で3人抜きのドリブルシュートを決めてからだ。 ビートルズはリバプールから飛び出した国際的人気バンド。 この4人組との共通点は、ドラムのリンゴ・スターの前任者が ピート・ベストという名前だったこと以上に、反抗的なライフ スタイルが若者たちの心を圧倒的にとらえたというところだ。 彼はあっという間に全英のアイドルになっていった。 チームは「赤い悪魔」と恐れられ、その中心には常にベストの 姿があった。 チャールトンのミドルレンジでの決定力とパス、「ジャックナイフ」 ローのヘッドに、ベストの遊撃性。 ユナイテッドは68年にエウゼビオのいるベンフィカを破って 悲願の欧州チャンピオンの座を手に入れた。 ベストは決勝で決定的なゴールも決めている。 彼の前に敵は一人もいないように見えた。だが、それは意外 なところから彼に近づいていたのだ。 彼が一生かけても勝てなかったもの、 それはアルコールだった。 華やかな成功により金まわりのよくなった彼は夜な夜な 遊びまわり、酒に身を任せた。 奔放な私生活はかっこうのゴシップのタネになった。 バスビーが何度注意しても同じことだった。 ベスト当人がどう思っていたのかはわからないが派手な ナイトライフは確実に選手生命を縮めていく。 そして、彼はそれに見合った「報酬」を手に入れた。 わずか31才での引退。 17才から祖国の代表だった男はアルゼンチンW杯出場が かかったオランダとの大一番、1ー0のスコアを跳ね返す ことが出来ず、そのまま代表のユニフォームを脱ぐ。 68年にバロンドールを受けたこともある世紀の天才は ついにW杯でプレーすることはなかった。 そして、彼にとって皮肉だったのは弱小だったはずの 北アイルランドが4年後の大会で32年ぶりの出場を果たし、 あまつさえ2次リーグに進みさえしたことだ。 35才。もし節制していたら、望みがないわけではなかった。 だが、才能を浪費したベストがW杯の舞台に立つことは、 決して、なかった・・・。 北アイルランドは現在も弱小国であり、メンバーも聞き慣れ ない名前が続く。 だが中に一つだけ、聞き覚えのある名前がある筈だ。 ベルファスト。 それは、真の天才を生み出した栄光の土地の名前。 彼は帰って来る。自らの故郷の名を名乗って、 無念に終わった前世のかたをつけるために。 1968年のチャンピオンズカップ、 はたして今度の彼は、その時以上に「ベスト」なのだろうか。 |