アンドレアス・ブレーメ
(ドイツ・左サイドバック)



    ずばぬけたスピードも圧倒的な存在感もないが正確
   な技術と冷静な判断力で西ドイツの黄金時代を支え
   欠かせぬ
バイプレーヤーとして歴史に名を残す。

   基本的に器用な選手で右利きでありながら左足の技術
   にも長けたためおもに
左サイドバックとして出場、
   ドイツの3ー5ー2システムの中でタイミングよく前に
   駆けあがり鋭いクロスを放り込む貴重な
チャンスメーカー
   
として活躍した。

   ハンブルグ生まれだが当時2部だった南部の
   ザールブリュッケンにてプロ契約し
   81年にカイザースラウテルンに引き抜かれ
   すぐさまレギュラーとなった。

   26才のときにバイエルン・ミュンヘンに移り86ー87
   シーズンに初の優勝を経験、2年後にもインテルに
   加入して優勝を遂げた。

   ここでは90ー91シーズンにUEFAカップの獲得にも
   成功している。

   スペインのサラゴサで1シーズンを消化したあと33才
   でカイザースラウテルンに戻り以後98年、38才で
   引退するまでドイツカップとマイスターシャーレを1度
   づつ手にした。

   84年、24才にて代表入りしその年の欧州選手権にも
   出場、W杯には3大会に顔を出したが最も輝いたのは
   90年イタリア大会の決勝戦で後半残り6分という
   プレッシャーのかかる状況のなか冷静に
PKを蹴り
   込んで西ドイツに3度目の世界王者の座をもたらす。

   さすがにこの時は右足で蹴り同年のバロンドールでは
   受賞こそならなかったが地味なポジションながら3位
   につけた。

   176センチ72キロ。代表出場86試合8得点。

   左サイドの職人、ブレーメは
   ブラーメンという名前で登場する。

   いぶし銀とはまさに、彼の為にあるような言葉だろう。

オーガスティン・オコチャ
(ナイジェリア、攻撃的MF)



    ナイジェリア代表
「スーパーイーグルス」で10番を
   つける攻撃の切り札。

   個人技に絶対の自信を持ち左右の足を自在に操って
   並外れた
ボールコントロールを見せつける。

   鼻歌交じりでヒールリフトをやってのけ5人程度のDFなら
   軽々と抜き去ってしまう抜群のテクニックはまさに驚異。

   そのプレーぶりから
「魔術師」の異名をとり傑物の多い
   ナイジェリア代表でも最も才能に溢れた選手として注目
   を集める。

   90年、地元のエヌグ・レンジャーズにて17才の若さで
   スタメンとして活躍、卒業旅行をきっかけにドイツへ
   渡りボルシア・ノインキルヘンのテストに合格して
   ブンデスリーガへの挑戦を始めた。

   ここでは1シーズンしかプレーしなかったが
   その魔法のようなテクニックが評判を呼び翌年
   アイントラハト・フランクフルトにスカウトされ
   10代最後の年に念願の1部デビューを飾る。

   もっとも天才肌のプレーヤーのため調子にむらがある
   ことと組織的なディフェンスの不確実さが課題視され
   満足な活躍のないまま4シーズンを消化した。

   96年からはトルコに渡りフェネルバチェでプレー、
   現在はパリ・サンジェルマンに籍を置く。

   代表としては、96年アトランタ五輪での優勝を皮切りに
   94、98年と2度のW杯に出場。

   アメリカ大会では代表監督ベスターホフとの折り合い
   が悪く3試合だけの出場だったが見る者をうならせる
   プレーを見せた。

   しかし、玉離れの悪いプレースタイルが災いしてイタリア
   の守備陣を容易に立て直させてしまいベスト8で敗退
   したのは皮肉である。

   良くも悪くも
古典的なゲームメーカータイプであり
   現在も「手つかず」のままの課題を消化して
   本当のスーパースターへと成長するかが注目される。

   175センチ70キロ。26才。通称ジェイ・ジェイ。

   第三大陸の魔術師、オコチャは
   アコンチャという名前で登場する。

   制約の多い現代サッカーでは輝かないかもしれないが
   我々は彼に成功を与えることが出来るだろう。

トーレ・アンドレ・フロー
(ノルウェー、FW)



    194センチ80キロという理想的な体格を活かし欧州屈指
   の
ポストマンとして活躍する。

   得点感覚の鋭さは折り紙つきで絶対の自信を誇る
ヘディング
   
ばかりでなく左右どちらの足からでも繰り出せるシャープな
   シュートが魅力のストライカー。

   ゴールに向かう執念も人一倍。

   国内のソグンダルからトロムセに移った95年22才の時
   に注目を集め26試合で18ゴールを奪取して得点ランク
   の5位につけた。

   翌シーズンからはSKプランに移籍し欧州カップに初出場。

   準々決勝でリバプール相手に奮闘したのが認められ
   「多国籍軍団」チェルシー(イングランド)にスカウト、
   ゾラやビアリなどそうそうたるメンバーの揃うなか
   開幕当初からレギュラーの一角に食い込み
   得意のヘッドを駆使してロンドンじゅうの話題をさらった。

   国際舞台での
勝負強さは特筆ものでとりわけ97年の
   ブラジルとの親善試合では当時現役の世界王者を全く
   寄せつけずに4-2で完勝したがこのうちの2点を叩き
   出したのがフローで左足のクリーンなシュートとヘッドで
   「ロ・ロ・コンビ」の影もかすむパフォーマンスを見せた。

   この活躍により(プレースタイルはまったく似ていないが)
   「フロナウド」とのニックネームを頂戴する。

   W杯予選の最終3試合では連続ゴールでフランスへの
   切符を手繰り寄せたしその直後の開催国との練習試合
   でも2得点の活躍。

   本番でも予選リーグでブラジルと対戦し再びこの強豪を
   退けて世界をアッと言わせる。

   ノルウェーの戦術は、激しいプレスでボールを奪い
   ひたすらフローに当てるという単純極まりないもの
   だったがこれを見事に機能させて「キック&ラッシュ」
   スタイルの驚異が現代も有効であることを証明した。

   なお、
「ライトハウス(灯台)」の異名をとる

   ヨステイン・フローは兄にあたる。現在26才。

   北から来た巨人、フローは
   フェロー TAという名前で登場する。

   「誰も届かない領域」からゴールを叩き込む彼とは
   できれば敵として顔を合わせたくないものだ。

ヤープ・スタム
(オランダ、センターバック)



    98-99シーズンの始め22億円という
DF史上最高金額
   の移籍金でマンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれ
   多くの観衆が半信半疑の目で見つめるなか優れた
   潜在能力を徐々に開花させて欧州屈指の
   センターバックへと成長を遂げた。

   巨体を活かした空中戦と1対1に非凡な働きを見せ
   4冠を達成したチームにあって鉄壁のディフェンスの
   要として活躍する。

   とくに最近の傾向として、オランダ生まれの名選手
   にはアヤックス・ユース育成システムの出身者が
   多いが徐々にエリート化が進行しているサッカー界
   の中でもむしろ異端な
「大器晩成型」で96年、
   23才までは国内でも全くの無名選手だった。

   19才でプロサッカーの道に進みズボレ、コンヒュール、
   ビーレム2を渡り歩いたあとPSVアイントホーフェンに
   引き抜かれてようやく注目を集めるようになる。

   ここではリーグとカップ双方の優勝を味わっているが
   まだプレーが十分安定しておらずユナイテッドでの
   4つのタイトルの方が彼にとってはより貴重だった
   に違いない。

   それは代表にもあらわれていて96年の欧州選手権
   でメンバー入りしたが出番なく2年後にようやく成長
   した姿をフランスW杯で披露する事ができたのである。

   ユナイテッドへの移籍は、代表レギュラーとして4位
   に貢献したプレーが買われてのこと。

   99年にはUEFAより
ベスト・ディフェンダー賞を受賞した。

   191センチ90キロ。

   オレンジの巨人、スタムは
   スタンという名前で登場する。

   彼の長所を確実に引き出せれば
   どのような大金を積んでも安いものだ。