ロナルド・クーマン
(オランダ、リベロ)



    80年代後半からのオレンジ軍団を支えた主力の一人で
   ACミランの最強の3人ファンバステン、フリット、ライカールト
   とともに決して外せない戦力として記憶される。

   182センチ82キロの堂々の体格を誇りチャンスと見るや的確
   に中盤まで攻めあがる攻撃意識の非常に高い選手だった。

   とりわけ素晴らしいのはそのキックの精度で性格無比なミドル
   とロングパスは絶対の自信を誇りたびたび前線の選手にぴたり
   とあわせて決定機を演出、シュート力も並外れて強かった為に
   FKを任され代表でもクラブでも数々の貴重なゴールを上げている。

   17才フロニンヘンにてキャリアをスタート、20才で名門アヤックス
   の一員となり84ー85シーズンの2冠に貢献してライバルチーム
   のPSVアイントホーフェンに移った。

   ここでは3シーズンしか在籍しなかったもののそのいずれもで
   リーグ優勝。

   87年から89年にかけてはオランダカップも制覇して国内二冠
   に貢献し、最後の年には欧州チャンピオンになって見事三冠
   を達成した。

   海外での活躍はスペインのバルセロナだけだが攻撃サッカー
   を追求するクライフ監督のもとチームの舵取り役として機能、
   リーグ戦4連覇の立て役者の一人となって個人的には7年連続
   のリーグ優勝を経験している。

   91-92シーズンには再びチャンピオンズカップの決勝に進出、
   得意のFKで決勝ゴールを決め異なるチームで2度欧州一に
   輝いた二人目の選手となった。

   代表としては88年の欧州選手権優勝だけが唯一のタイトル。

   W杯には2度(90、94年)出場して1ゴールを記録。

   キャリアの終盤にはフェイエノールトでプレーし97年34才で引退、
   現在はバルセロナBチームの監督補佐役に就任している。

   終始オフェンシブなチームに所属し1シーズン21ゴールを
   決めたこともある名リベロは守備よりも攻撃の方に強く印象
   を残す名選手である。

   代表出場77試合14得点。

   兄のヨルビンもオランダ代表に名を連ねた。サーンダム出身。

   優勝請負人、ロナルド・クーマンは
   クルーマンという名前で登場する。

   超攻撃的サッカーを目指すなら
   最後尾に置くのにこれほど適した人材はいないだろう。

マルシオ・アモローゾ
(ブラジル、FW)



    パワー型のストライカーが蔓延する欧州トップリーグにあって
   久しぶりに登場した
技巧派の得点王。

   特別強靭なフィジカル能力を持つわけではないがしなやかな
   身のこなしからディフェンスラインを突破しゴールゲッターと
   してもチャンスメーカーとしても機能する。

   豊富なアイデアとそれを実現するテクニックを兼ね備えた
   実に南米らしいストライカーだと言えるだろう。

   日本人にとりわけ馴染み深いのは無名時代の92、93年の
   2年間ヴェルディ川崎のサテライトチームに所属していたことで、
   同チームが逃した「大魚」のうちでは最も大きい才能である。

   Jリーグでは芽が出なかった潜在能力が開花したのはブラジル
   のグアラニに移籍してからで19ゴールを挙げて94年の
   
ブラジル最優秀選手に選ばれている。

   この年念願のブラジル代表に名を連ね、トップ下でプレーして
   ロマーリオとロナウドにパスを供給する役目を果たした。

   だが、好事魔多しとの言葉通り国内の注目度ががぜん
   高かったこの時期に左足を損傷してリタイヤ、
   2年間を棒に振る。

   イタリアに舞台を移したのは96ー97シーズンからで、ジーコ
   が過去所属したウディネーゼのザッケローニ監督のもと
   点取り屋としての実力を徐々に開花させ98ー99シーズン
   にチームを3位に導くとともに自身は22ゴールを挙げて
   
得点王に輝いた。

   「神に感謝を捧げます」と書いたシャツを常に身につける
   敬虔なクリスチャンとして知られ今期からは新天地パルマで
   より一層の飛躍をねらう。

   ブラジル代表にも復帰して岡田ジャパンとの練習試合では
   先制ゴールを挙げて「古巣」日本に一矢報いたのち
   コパ・アメリカでもレギュラーとして出場するなど周囲の状況
   は確実に好転しており彼からはまだまだ目が離せそうにない。

   なお、余談であるがヴェルディ時代には欧州遠征でパドバと
   対戦、後の大スター、デルピエロとも対決してお互いに
   1ゴールずつを挙げている。

   ペルージャのアモルーゾとは別人なので注意されたし。

   本名マルシオ・アモローゾ・ドス・サントス。
   179センチ77キロ。現在25才。

   ブラジル期待のストライカー、アモローゾは
   アモーディオという名前で登場する。

   日本では逆輸入の形になるが
   成長の証を存分にリーグで見せてくれるだろう。

ホダダッド・アジジ
(イラン、FW・MF)



    1997年11月16日ジョホールバルで行われたアジア
   第3代表決定戦は日本人ならまだ誰の記憶にも新しいだろう。

   この試合で日本を苦しめたとりわけ印象的な3人のイラン人
   のうち、前日まで車イスに乗って記者陣を欺き後半早々に
   同点ゴールをねじ込んだのがアジジである。

   巧みなドリブルとトップスピードでの切り返しを武器に
   鋭いボールさばきで守備陣を翻弄するのが持ち味。

   イランには珍しいモンゴル系の選手でマラドーナへの尊敬
   を公言してはばからず実際その多彩なテクニックと小柄な
   身長という点は確かに「神の子」を連想させる。

   イラン選手の例にもれずストリートサッカー出身で19才で
   国内のアブムスリムに入団、キオシ・コーチの指導のもと
   着実に力をつけバハマンを経由した後96年に名門の
   ピルズィに移籍した。

   この年のアジアカップで代表にデビューしたがその
   パフォーマンスは特別に素晴らしくイラン3位の躍進
   に大きく貢献している。

   大会前はMF登録だったが第3戦のサウジ戦からダエイと
   ツートップを組み身体能力の高い相棒の実力を引き出す
   とともに
チャンスメーク決定力に抜群の才能を発揮して
   1得点1アシストの大活躍、タフなサウジのDF陣を再三に
   渡って切り刻み「大会最大の発見」と注目を集めた。

   これを受けて
アジアカップMVP、96年のアジア最優秀選手
   
にも選定されている。

   世界中のクラブが獲得に興味を示し韓国や日本からも
   オファーが飛び込んだが実際に選択したのは
   ブンデスリーガのFCケルン。

   もっとも移籍した最初のシーズンから2部落ちの憂き目に
   遭いシュスター監督とそりが全くあわずにスタメン落ち、
   その実力にもかかわらずイラン代表からも外されてしまう。

   現在試練の時を迎えているアジジだがあのナイフのような
   鋭いターンと共にトップに復帰してくれる事を願ってやまない。

   170センチ70キロ。現在27才。

   ペルシャのマラドーナ、アジジは
   アジズという名前で登場する。

   Jの優秀な戦士たちをもってしても
   彼を止めるのは至難のワザであろう。


(日本、DF)



    記念すべき日本の初参加となった98年フランスW杯に
   おいて難敵アルゼンチンとの初戦、DF二人のマークを
   ものともせずにするりと抜け出しゴール前に決定的な
   ラストパスを通したプレーに対して思わず拍手喝采を
   送った人も少なくないだろう。

   代表でのレギュラー定着はなかなか果たせないでいるが
   確かなテクニックと攻撃意欲を持った守備の
   
オールラウンダーとして知られる。

   Jリーグ加入当初ゴールを決めた後のバック転が売りもの
   だったように身軽さと粘り強い下半身も併せ持っている。

   ディフェンスの選手の多くの例にもれずもとは攻撃の
   ポジションについていたが高校3年生になって
   サイドバックにコンバートされた。

   三重県鈴鹿市の生まれで小倉隆史、中田一三とともに
   四中工(四日市中央工業高校)三羽ガラス
   として名をはせる。

   92年の高校選手権では
松波正信らのいる帝京高校と
   両校優勝を果たし4月からジェフ市原に入団、若手育成
   に定評のある同チームで1年目からレギュラーとして
   右サイドバックをこなした。

   もともと高校時代のチーム事情からDFに転向したので
   攻撃に対する意識が強く常にシュートで終わるプレーを
   こころがけるなど単なる守備の「便利屋」を越えた存在。

   97年はセンターバックでプレーして懐の深さも示している。

   U−20以降、各年代の代表には常に選出されているが
   Aキャップとしての出場は97年9月のウズベキスタン戦
   が初めて。

   低迷の続くジェフの中心選手としてキャプテンを任され
   今年降格のかかった大一番のレッズ戦では自身の
   ファウルで退場になってしまったもののチームを瀬戸際
   で1部に残留させた。

   小倉の復活とともにその実力が代表でコンスタントに
   発揮されることを願いたい。

   174センチ73キロ。O型。

   中西永輔はジェフの中心選手である。

   クラブの基盤となるDF陣は
   彼を中心にすることによって磐石になるだろう。