木村和司
(日本、MF・FW)



    木村和司の経歴を語る時1985年10月26日の試合
   を決して外すことはできない。

   国立競技場で迎えた韓国戦、0-2とリードされた前半
   終了間際ゴール前約25メートルのフリーキックを満員
   の観客の前で鮮やかに決めてみせた。

   この時、ボールをセットする前にGKがわずかに右側に
   重心を動かすのを見逃さなかったという。

   木村和司というと常に
「フリーキック」が代名詞になる
   ようにとにかくよく曲がり、呆れるほど急激に落ちた。

   国際試合でもその実力はフルに発揮され84年のソウル
   での日韓定期戦や85年キリンカップでのウルグアイ戦
   でも鮮やかなフリーキックからのゴールを決めている。

   テクニックに優れたMFとして知られるがもともとは切れ
   のいいウイングの選手で、広島県立工業から明治大学
   に進み79年、21才で代表入りしている。

   卒業後は日産自動車に入社し、のちに同じポジション
   の水沼貴史が加入したこともあって加茂周監督にMF
   にコンバートされスルーパスを前線に送る
10番
   役目を担い84年にはアシスト王のタイトルを獲得した。

   2年後、奥寺が帰国するとともに選手規定の改革が
   行われ木村は日本国内で初めての
プロ契約選手
   
となる。

   88、89年にはJSLカップ・天皇杯・リーグ優勝の
   国内「三冠」二連覇を達成して日産黄金時代の
   中心選手として活躍、93年のJリーグ開幕戦にも
   横浜マリノスの10番として出場したがピークは
   過ぎており、わずか2年でユニフォームを脱いだ。

   引退後は解説者として活躍する一方、Jリーグ監督に
   必要なS級ライセンスを取得するなど指導者としての
   意欲も見せている。

   168センチと小柄だったが、パスを出す前に必ず別の
   方向を見たり右足のアウトサイドでボールを押し出す
   ふりをしながら左足のインサイドで運ぶなどのプレー
   を得意とし、細かいフェイントにもよく気の効いた
   名手だった。

   数字的に傑出したものはなく記録より記憶に残る
   典型的な選手であり、あの伝説のゴールとともに
   これからも語り継がれる存在なのは間違いない。

   「FKの魔術師」木村和司は28才からの参戦となるが
   J2では貴重なプレイスキッカーとなる。

   霜田やパラーモにも効果的なパスを配球して
   1部昇格の大きな原動力になってくれるだろう。

アレッサンドロ・デルピエロ
(イタリア、FW)



    イタリア代表が随時生み出す卓越した
ファンタジスタの一人
   でロベルト・バッジオに続く逸材中の逸材。

   名門ユベントスの顔としても既におなじみである。

   80年代活躍した天才プラティニにあこがれ、幼少時から類稀なる
   ボールテクニックの正確さとゴールに対する嗅覚を発揮し、17才
   でセリエAのパドバに入団。

   U-18代表に選出されたのち2年後に念願のユーベの
   ユニフォームに袖を通した。

   94-95シーズンにはバッジオが戦線離脱した穴を見事に埋めて
   優勝を飾りその余勢をかって欧州チャンピオンズリーグを制覇、
   96年トヨタカップでも決勝ゴールを挙げてチームを11年ぶりの
   
世界一の栄光に導いた。

   95年にバッジオがチームから放出されたのは同じポジション
   だったデルピエロの成長が原因である。

   以後、リーグ優勝2回、チャンピオンズリーグ決勝進出2回など
   堂々の成績で背番号10の責任を果たした。

   システマティックな戦術の中にあっても
創造性を失わずチャンス
   メークと正確なパス、決定力に非凡な才能を誇り、とりわけ
   左サイドから右隅に打ち込むシュートは絶品でこの地域に
   
「デルピエロ・ゾーン」という名を残すほどである。

   もっとも代表では不遇で、98年フランス大会へ向けての予選
   では守備的な選手を好むマルディニ監督に敬遠されがちで
   本大会もケガの影響で思った活躍は出来なかった。

   所属するユベントスでもドーピング疑惑に巻き込まれるなど
   受難が続いているが9ヶ月のリハビリに耐えて戦線復帰、
   今年9月のウディネーゼ戦で3得点にからみ精悍さの増した
   顔つきとともに復調の兆しを見せている。

   今年25才であり、
   2002年には最も活躍が期待される選手の一人。

   愛称アレックス。173センチ73キロ。

   ゴールへの切り札、デルピエロは
   デルベーネという名前で登場する。

   ゴール前左サイドにボールを持ち込んだ時
   彼の動きから決して目を離してはならない。

トム・フィニー
(イングランド、ウイング)



    1953年11月25日、イングランドが聖地ウェンブリーで初の
   敗戦を経験した時「ドリブルの魔術師」スタンリー・マシューズ
   は起用法を巡るごたごたでベンチにいた。

   もしフィニーとマシューズの黄金コンビがこの試合で実現して
   いたらあれほどぶざまに敗北していたかどうかは疑わしい。

   マシューズ同様
右ウイングとして傑出した才能を誇った
   フィニーは色白でやせ型、身長も小柄(172センチ)と
   外見的に際だった特徴のないプレーヤーだったが
   見かけからは想像もつかないほど頑健でチームメイトの
   ビル・シャンクリーをして
「大熊のように力強い選手」
   表現せしめた。

   しかもそのフィジカル能力に似合わず器用でマシューズと
   異なり両足が使えたため、最終的には7才若いフィニーを
   左ウイングに起用することで一応の決着を見た。

   二人のコンビネーションは完ぺきでクリストファー・ヒルトン
   はその著書の中で欧州歴代ベストチームに二人を選出して
   いるがその基準について
   「記憶のプリズムを通してさえ、彼らは傑出していたからだ」
   と述べている。

   マシューズとの共通点はキャリアのすべてをノースエンド・
   プレストンで過ごしたため53-54シーズンのFAカップ準優勝
   を除きまったくタイトルに恵まれなかった点である。

   それでも
イングランド最優秀選手賞を初めて2度受賞する
   など、個人としては優れた名選手だった。

   W杯には3度出場して2得点を挙げている。

   晩年には下がり目のセンターフォワードとしてもプレーした。

   代表出場76試合30得点。

   通称
「プレストンの配管工」
   38才で引退。

   イングランド史上に残る名プレーヤー、フィニーは
   我々のフィールドには登場しないが
   次回作ではぜひマリッシュに勝るとも劣らない才能を
   我々に見せて欲しいものである。

デニス・ベルカンプ
(オランダ、FW)



    74年からのトータルフットボールの隆盛から88年の
   欧州選手権優勝まで長い沈黙を続けたオランダ代表は
   「15年周期で強くなる」とかげ口を叩かれたがその風評
   を見事にうち破ったのがアヤックスの育成システムと
   ベルカンプの存在である。

   「ターミネーター」「アイスマン」
と穏やかならぬ異名を
   とるのはシュートの際の並外れた冷静さに起因しており、
   ボールコントロールの巧みさも折り紙つきで常にトラップ
   ひとつでベストのシュート体勢に持ち込めるほど。

   従来のセンターフォワードと異なり前線のすぐ後ろでの
   プレーを得意とするのが特徴である。

   若干7才でアヤックスユースの正式なオファーを受け
   すぐに
「第2のクライフ」「第2のファンバステン」
   騒がれる存在になった。

   現在では183センチ80キロの体格を誇るものの10代は
   まだ線が細くフィジカルに不安を残したが学校の試験が
   終わったその足でトップリーグにデビュー、彼のテクニック
   と才能を買ったクライフ監督の期待に見事に答えた。

   90ー91シーズンには33試合で25ゴールをマーク、
   リーグ優勝に貢献するとともにPSVアイントホーフェン
   のロマーリオと
得点王を分けあった。

   以後、3年連続得点王を手みやげにしてインテルに移籍、
   念願の世界最高リーグに参戦したがふるわず95年に加入
   したアーセナルで水を得た魚のように活躍を続けている。

   代表としての活躍も華々しく初選出となった92年の
   欧州選手権では
得点王を獲得、
   98年フランスW杯でも魅惑的なチームの中核を担い
   準々決勝のアルゼンチン戦ではとりわけ印象的な
   ロスタイムでの
決勝ゴールを挙げている。

   しかもこのゴールでオランダ代表の通算ゴール記録を
   塗りかえクライフやファンバステンでも到達できなかった
   36点目という領域に踏み込んだ。

   ここまで2試合で約1点というペースで続いた得点記録は
   30才という年齢を考えてもまだ伸びそうでありW杯の制覇
   とバロンドールを手に入れたとき彼は名実ともにオランダ
   史上最高の選手となるであろう。

   ちなみにファーストネームはイングランドの「ジャックナイフ」
   デニス・ローにあやかってつけられたが、「DENIS」は女性
   の名前を意味するためベルカンプのそれは「DENNIS」と
   Nが一つ多い。

   大の
飛行機嫌いとしても有名なので
   2002年の大会への参加が現在危ぶまれている。

   オレンジの最終兵器、デニス・ベルカンプは
   ベルバーグという名で登場する。

   彼を雇う時は必ず船を用意しておこう。