レトロゲームレビュー/名作、クソゲー等ファミコン時代から網羅

「パックスパワーグローブ」

種  別:ファミリーコンピュータ専用コントローラー
メーカー:パックス


 今から6、7年前の話だ。
スーパーファミコン用のあるゲームを買うためにおいらは近所のディスカウン
トショップにいた。ゲームを注文し、支払いを終えて商品を受け取るとレジを
打っていた中年男性が何故かおいらの顔をしげしげと見つけながら非常に言い
にくそうな表情でこう問いかけてきた。

「あのぉ・・・お客様は、ファミコンはお持ちですか?」

この場合のファミコンというのは、スーパーファミコンのひとつ前のマシン、
いわゆる初代ファミコンといわれているものの事だ。

「ええ、ありますけど?」

スーパーファミコンのソフトを買ったにも関わらず、どうしてそのような問い
かけにを受けなければいけないのか納得がいかないまま、おいらも店員の顔を
見つめ返した。

「それでしたら、あのぉ・・・もし、よろしかったら、差し上げたいものがあ
るんですが・・・。」

この店員は、実に言いにくそうな表情のままそう言った。
まさか、この店員、おいらに一目惚れしてしまったのでは? おいらは即座に
貞操の危険を感じ、警戒しながら店員の表情を見守った。

「えーと、そのぉ・・・・これなんですが・・・・。」

店員がレジの下から出したのは、何と「パックス・パワーグローブ」であった。


 パックス・パワーグローブ。
それは初代ファミコン用の別売りコントローラーである。
初代ファミコンのコントローラーはシューティングゲームなどには必ずしも向
いていなかった為、アーケード仕様、連射機能付きなど、色々な会社から沢山
のコントローラーが発売されたが、パワーグローブのその一つだ。
ただ、このパワーグローブというコントローラーは他のどんなコントローラー
とも一線を画していた。
何故なら・・・。

「人間の手の形をしたコントローラー」だったからである。

 パワーグローブのデザインは、一言でいうとチープでサイバー。
サイボーグの手を象った形をしており、実際に人間が手にはめて使うのだ。
つまり、指の動き、手の動きがファミコン本体に信号として送られコントロ
ーラーとしての役目を果たす、という、キワモノ中のキワモノコントローラ
ーだった。


 メーカーは商品名の中にもあるように「パックス」という会社で、発売当
初はテレビCMも打たれたので何度か見たことがあるが、「少年探偵団」の
替え歌をBGMに怪人20面相を模したような謎のパックス仮面ともいうべ
きキャラクターが「うわははははは!!」と高笑いをしたか思うと、最後に
「パックスのシワザ! その1!」と画面に出て終わるという、なんという
か、金をドブに捨てるにも等しいチープなCMだったが、逆にあまりのチー
プさが強烈に印象に残っているのだから、ある意味では目的は達せられたと
考えるべきかもしれない。

 「パックスのシワザ! その1!」というだけあって、このパワーグロー
ブがパックスという会社の商品としては第一弾だったようだが、パワーグロ
ーブのCMを見なくなると同時にパックスという社名もパワーグローブとい
う名前も聞かなくなった。

 そして、おいらが唐突にその伝説のパワーグローブとディスカウントショ
ップで再会したのは、パワーグローブという商品の存在を世間が完全に忘れ
てしまった頃だった。


「あの・・・これ、いります・・・? あの、これ、いります?」

店員は何故か果てしなくオドオドした様子だった。
恐らく、パワーグローブに商品価値がなくなった為、在庫をさばき切れなく
なったのだろう、しかも、タダであげる、ということは相当思い切った安売
り攻勢を行ったにもかかわらず、それでも売れ残ってしまったという事に他
ならない。
恐らく、その店の上層部は「あんなものをいつまで置いておいても仕方がな
い! ゲームを買った客に無料でプレゼントすれば、少しは販促に使えるだ
ろうから、無料で放出しろ!」という指令を下したに違いない。

「それ、ホントにタダなんですか?」
「はい、もちろんです! あの、貰ってくれます?」
「ええ、タダなら貰ってあげます。」

 おいらは仮にも発売当初、結構な定価で売られていたパワーグローブを本
当にタダでくれるのかちょっと疑わしかったが、店員は早速紙袋に詰めてお
いらに手渡してくれた。


 パワーグローブの定価がいくらだったのかは忘れてしまったが、どう考え
てもその時に買った6000いくらのゲームカセットよりも遥かに高いはず
の商品を「おまけ」として貰ってしまうというのはどうなんだろう・・・?
と思いながらゲームカセットはライダースジャケットの内ポケットに仕舞い
こみ、片や結構な大きさのパワーグローブの入った袋をよいしょと抱えて「
一体、自分はあすこに何を買いにいったのだろうか?」という根本的疑問を
感じつつ家路についた。

 家に帰りつくと、やはりゲームよりも先にパワーグローブの箱をあけてみ
た。中には本当に「サイボーグの腕」のようなものが入っており、手にはめ
てみると、各指関節を自由に稼動させることができた。

ふむふむ・・・なるほど、こういうものなのだな、と一応は納得したが、そ
もそも指や手を動かすことで、どうやってゲームを操作するのか?という、
根本的な大命題は一向に解決できなかったので、箱の中から説明書を取り出
して読んでみると、そこには衝撃的な説明文が踊っていた。

 このコントローラーは、ゲームの個別タイトルごとに操作法が全く違うの
である。普通のコントローラーは、ファミコンの場合、十字キー(方向キー)
プラス、Aボタン、Bボタンに対応しており、レバーが一つ、ボタンが2つ
という構成になっているので、どのゲームをプレイしても問題ないが、パワ
ーグローブの場合、あるゲームの時は、人差し指を曲げるとミサイル発射だ
ったものが、別のゲームになると手を左に動かすとミサイル発射だったりす
るのだ。

 パックスの説明によれば、各ゲームごとに一番使いやすいようにそれぞれ
個別にプログラムしてある、と書いてあるが、そもそも初代ファミコンのソ
フト総数は軽く1000本以上存在する。
にも関わらず、説明書に明記されているソフト数は僅か10数本である。
しかも、その10数本ですら、全て操作法が違うのだ。

 説明書には「慣れるまでは使いにくいかもしれませんが「訓練」をすれば
大丈夫! 今までのどのコントローラーよりもずっと使いやすくハイスコア
をマークすることができます!」などと喜ばしげに書いてあったが、そもそ
もゲームセンターあらしでもないところのおいらが「訓練」してまで使うべ
きものなのだろうか?

 そして、説明書によればパワーグローブが対応している10数本以外のゲー
ムをプレイする場合はグローブの甲部についているコントローラーをお使い下
さい、とあった。
見るとパワーグローブの手の甲にあたる部分に、ファミコンの標準コントロー
ラーそっくりなものが埋めこまれているではないか。
潔いというべきか、確信犯というべきか・・・。
そもそも、そこについているものは、ファミコンのコントローラーと全く同じ
形状をしているのだから、「人間の手を両手で持ってゲームをするより、始め
からついているコントローラーでゲームをした方がずっと楽」だと思ったのは
おいらだけだろうか?

 ・・・タダで良かった。
そんな思いを噛み締めつつ、しばらくお蔵入りになっていた初代ファミコンを
引っ張り出してきて、かろうじて持っていた対応ゲームで遊んでみることにし
たが、その使いに憎さは言語を絶するものがあった。
そもそも、ゲーム画面を見ながら、敵のミサイルが飛んできたから左によけよ
うと思った時に反射的に、方向キーの左キーをいれる、というのは反射神経方
面各位も充分に納得しているので、頭を使わずにできるが、「敵のミサイルが
飛んできたぞ、左によけよう・・・ってーか、えーと、左に動くのは確か中指
を曲げるんだっけ?あれっ?上にうごいちまったぞ? えーとえーと・・・。」
などとやっている内に間違い無く敵に撃ち落とされるのだ。

・・・いらん。
おいらは家に帰りついてから、わずか20分でこのパワーグローブに関する全
ての権利を放棄した。


 恐らく、これをくれる時、あの店員があそこまでオドオドしていたのは仮に
もゲーム販売を担当する彼には、このパワーグローブがどういうシロモノだっ
たのか分かっていたからだろう。
上層部は「売れないなら、販促でタダであげちまえ!」というが、ゲームに詳
しい彼は、それが「タダでも欲しくない」アイテムだということが痛いほど分
かっていたのだ。
 そして、彼の目にはおいらの姿は「哀れな犠牲者その1」として映っていた
ので、あそこまで申し訳なさそうな表情を浮かべていたに違いないのだ。
うーむ、そう考えると、なんだか魔女のおばあさんの命令で、心ならずも子供
をさらう手伝いをしている心優しい魔女の少女のような役所にいるのだな、彼
は・・・。彼の気持ちはおいらには痛いほど分かるので今度あったら、優しい
微笑みをかけてあげよう。

 などと、どうでもいいことを考えつつ、パワーグローブを仕舞ったが、これ
は、そんなこともすっかり忘れた、それから数年後の話である。
おいらが家の近所を散歩していると、近所の駐車場の金網になにやら妙な箱が
くくりつけてあるのが目に入った。
その箱には紙が貼ってあり、そこには「誰かの忘れ物です。持ち主の方もって
いってください。」と書かれていた。

はて・・・?と思ってその箱を覗きこんだおいらはその場で硬直してしまった。
そこには「パックス・パワーグローブ」の文字が踊っていたのだ。
さすがにそのままその場を離れたが、おいらの人生はパワーグローブに呪われ
ているのではないかと思った一瞬だった。


 ところで、以前友人とパワーグローブの話をしている時、そういえばパック
スがパワーグローブを出した時にCMで「パックスのシワザ、その1」って言
ってたけど、そもそも、パックスは「シワザ、その3」まで計画していたらし
いよ、という話を聞いた。

 「その1」であんなものを発売しておいて「その3」まで計画するとはおこ
がましい限りだが、あのエキセントリックな事業展開に興味を持ったおいらは
他の計画って知ってる?と友人に聞いてみた。

 すると友人は「うん、その2はロケット飛ばすことだったはず。」と事もな
げに言い切った。

「は? ロケットってなに? ロケット型のコントローラー?」
「いや、本物のロケット、なんかスペースシャトルみたいなの作るっていって
たよ。」
「日本で?」
「うん。」

国家事業である。
ファミコンのコントローラーの次は日本初のスペースシャトル型ロケットの打
ち上げ・・・・。さすがというか何というか、どう考えても「シワザ!」など
と可愛く言ってのけられるレベルの話ではないと思うのだが・・・。

「で、実現したわけ?」
「まさか。だってあそこ随分前に倒産したじゃん?」
「ああ・・そうなの・・・。」

結局、彼もロケット打ち上げの次にくるはずだった「パックスのシワザその3」
の正体は知らなかったが、「謎のファミコン・コントローラー」の次が「日本
初のスペースシャトル打ち上げ」という凄まじい飛躍というか破綻ぶりを見せ
た事業計画の第三弾が何だったのかは興味がつきないところだったが、今とな
ってはそれを知る術は無さそうである。



AXL 2001

2002.2.1追記----------------------------------------------------------

hayatoさんより、当時どうしてそのお店でパワーグローブを配っていたか、と
いうことに関して大変興味深い情報をお寄せ頂きました。

 まず、当時既にメーカーであるパックスは倒産しており、そのお店が販促用
として実に3500個(メーカー在庫の約9割)ものパワーグローブの在庫を
一挙に購入したそうです。
ちなみにパワーグローブのメーカー小売価格は19800円だったそうですが
倒産後の在庫一掃処分というようなこともあり、仕入れ単価は約50円(^^:;

 そんなわけで考えてみれば、伝説(?)のパワーグローブはその大多数がお
いらの地元を経由して日本に散っていったという、ちょっぴり名誉(?)なお
話でした(^^:
近所の駐車場にパワーグローブが放置してあったのもこのお話を伺って納得で
す(笑)
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2003.12.19追記--------------------------------------------------------

なごやんさんよりパワーグローブの情報をいただきました。

かなり前から割と最近まで、お祭りの露店の景品として相当数出回っていたようです。
近所ではどこのお祭りでも必ずと言っていい程、パワーグローブの箱を抱えた子供を
見かけました。

ということで、パワーグローブ、いまだ健在のようです(^^;
なごやんさん、貴重な情報ありがとうございました(^_^)
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