犬のおさんぽ

 先日、某県庁所在地のアミューズメントパークへふらりと行った。そんな折に見かけたこのゲーム。犬の散歩をプレイするというほのぼのとした内容に引かれ、プレイしようと思った。ただ単に犬のヒモを引っ張ってルームランナーのようなベルトを歩いて動かせばいいんだとたかをくくっていた。あのセガが作っているのだから、ゲーム性はまともだろうと思っていた。
 しかし……現実はそう甘くはなかった。
 プレイ内容は、すぐ上にも書いたように、犬の紐を模したコントローラーを引っ張りながらルームランナーのようなベルトの上を歩き、画面上の犬と一緒に広場や家といった目的地まで散歩をするというもの。途中、様々な障害を乗り越えて、パラメータである犬のご機嫌メーターがゼロにならないようにしなければならない。こう考えたら意外と簡単のように見えるかもしれない。しかし、そうでもない。
 まず、ベルトが動かない。気がついたら、ベルトの上を足踏みしているだけということに気づいた。すぐに取り直してベルトを動かすことができた。ここまではまだ救いようがある。問題は、肝心の犬があまりにもわがままだということであろう。まず、ちょっと距離が離れるとすぐに不機嫌になる。道に落ちているものをむやみに食べようとする。そのくせ、食べただけで腹を壊す(なんて弱い犬だ)。
 一番ひどいのは、車やボーダーやライバル犬といった障害物が現れたときである。これら障害物を何とかしてかわさなければならないのだが、そのかわし方がわからない!とにかく、引きとめようと思いヒモを引っ張るのだが、止まってくれない。そうこうしているうちに、車がスリップしたりして起こられてしまい、犬が不機嫌になってゲームオーバー。画面上には大きく「おしまい」の文字が。
 こんな犬、実際にいたら蹴飛ばしてやりたくなること必至である。
 ちなみに、私がこのゲームをプレイしたあと、ギャラリーのカップルが笑っていることに気づいた。腹が立った私は、そのカップルのプレイしている様を見て笑い返してやった。

目次に戻るトップに戻る


ゼノギアス

 あれから4年も経ってしまった。私にとっては、もう4年も経ってしまったのかというほうがしっくり来る。今にして思えば、あのゲームが今でも語り継がれるとは思ってもいなかった。今見ても、他のゲームとは違うオーラを放っているゲーム──その名は『ゼノギアス』。今回はこのゲームに秘められているオーラを今一度考えてみたい。
 
 ・時代背景
 『ゼノギアス』が発売された’98年というのはゲーム業界もまだ元気だった頃である。あのスクウェアも、『FF7』の空前の大ヒットを飛ばして絶好調であり、坂口博信氏が映画を作る程にまでなった。そんなスクウェアが、アニメ調のキャラを取り揃え、ロボットを前面に押し出すなどといった明らかなオタク狙いのゲームを発売するというのだから、かなりのインパクトはあったと思う。もっとも、世間の注目は同時期に発売された『パラサイト・イヴ』の方に集まっていたが。
 他には、前年(’97年)の映画で『エヴァンゲリオン』が完全に幕を閉じたため、ある種の飢餓感を味わったファンが、似たような臭いのするものにいっせいに飛びついたというのもあるだろう。

 ・ストーリー
 物語の骨子は、FF7のクラウドの流れを汲む記憶喪失の少し陰ある主人公・フェイが戦争に巻き込まれる→その戦争を影で操っている存在を知り、それを倒す→その過程でフェイの正体が明らかにされる……という風に話が進んでいき、しまいには人間の起源にまで話が及んでしまうという、すさまじいスケールの物語である。よくもまあ、こんな大風呂敷を広げられたなと思う。そして、ちゃんとたためたところは偉い。物語の中で大量に謎や伏線を張っておきながらそれをしっかりと消化する力量は、今でも凄いと思う。
 また、セーブファイルにサブタイトルがついていることからもわかるように、アニメやドラマのノリでストーリーを追うことになるので、30分〜1時間の間にストーリーの波があることになり、決してプレイヤーを飽きさせないのである。
 そしてあのモノローグは……確かに、まともに作ってほしかったけど、だからといってまともに作っていたら、あそこまでインパクトに残ることはなかっただろう。そして、もう誰にもまねできないだろう(真似したゲームがあったらごめん)。

 ・キャラクター
 なんと言ってもエリィだよなあ……あのコスチューム、B86W57H84の美しいボディライン、あの献身的な性格、そしてベッドシーンまで……ああ、エリィでお世話になった回数は数え切れない……という風に、私にとって『ゼノギアス』と『FF7』は、いわゆるキャラ萌えというのを教えてくれたゲームである。スクウェアという会社は、一般人を狙ってむやみに大作を作るだけでなく、その影でオタクに対してもしっかりとフォローを行っているのである。

 ・まとめ
 私は、『ゼノギアス』を購入した当初は、ここまではまり込むとは思ってもいなかった。はっきり言って、『エヴァンゲリオン』の亜流ゲームとしか思っていなかった。しかし、いざプレイしてみるとずるずるはまり込んでしまい、クリアするまでの1ヶ月間、他のゲームに手が回らない状況にまでなってしまった。ここまで私をはまらせてしまった要素を考えてみると、やっぱりあの濃密なストーリーだという結論に達してしまう。後になって設定資料集を読んでみて、一万年に渡る歴史背景や、各キャラクターの生い立ちをきちんと定めているのには凄まじい気迫を感じた。物語を作るからにはここまでしなければならないということを思い知らされた。

 ・おまけ、そしてこれから
 私は、監督の高橋哲哉氏にこそ『FF』を作ってほしかったと思っている。あの才能を、『FF』に生かせなかったのはなんとも惜しい。この人がスクウェアをやめたということを知った時にはスクウェアは地獄に落ちろと思ったほどだ。
 だから、『ゼノサーガ』でリベンジできるように祈っている。伝説よ再び……

レビュー目次に戻るトップに戻る

ザース

 知っている人も多いだろうが、80年代半ばまで、フロッピーディスクが普及する前のパソコンの記憶媒体はカセットテープだった。ゲーム一本をロードするのに5分以上かかるのである。これが、アクションゲームのような小容量のゲームならまだいいが、アドベンチャーゲームだったら、ストーリーを進める→テープをロード→ストーリーを進める→テープをロード……の繰り返しである。ひどい時になると、ゲームをしている時間よりもテープをロードする時間のほうが長いこともあるという事態にもなる。当時はのどかな時代だったのだ。今回のゲーム「ザース」はそんな時代に人気を博したゲームである。この前、久しぶりに日本橋に来た時に、中古屋でものめずらしさに購入してしまった。
 ゲームの内容は、当時としては珍しかったSFアニメを意識したストーリーのアドヴェンチャーゲームで、当時としてはきれいなグラフィックや、オープニングにちょっとだけ登場したミリカという美少女が人気を集めていた。
 ストーリーを、マニュアルから引用してみよう。

 21世紀も終わりに近づいた頃、東西間の緊張は極限に達していた。西側代表国である米国はNASA(アメリカ航空宇宙局)の組織を使い、東側諸国に対抗すべく、「オリオン計画」を開始した。
 この計画は、綿密にして複雑なシステムが基盤になっているが、コントロールは、”オリオン”と呼ばれる、ほぼ完全な人工知能を持ったコンピュータが行う。もっともそれだけに核兵器を完全制御しなければならず、さらに地球上のデータを収集しやすく、東側からの攻撃を受けにくいという条件もあるため、ムーンベースに建造されることになった。(以下略)

 ところが、そのスタッフであるビットナーなる人物がオリオンを乗っ取って、全世界に核攻撃を仕掛けた。結果、全人類のほとんどが死滅、残った4500人ほどの人々は放射能汚染が薄くなるまでコールドスリープで眠りについた。そして、コールドスリープから目覚めた主人公・ザースは仲間と共に、再び活動を始めたビットナーとオリオンを倒すたびに出る……というストーリーである。
 東西間の対立や、核戦争後の人類というモチーフは当時はありふれたものだが、21世紀の終わりになっても東西冷戦が続いているというくだりは、今読むと大笑いしてしまう。
 
 さて、話は後半に移る。ザースたちはオリオンを止めるために月へと向かうところから始まる。ここからは、ほぼ一本道のストーリー展開であるが、仲間の裏切りやオリオンが突然正気になるというお約束のストーリーはどうにかならないものだったのだろうか。何も伏線がないために、あまりに唐突な印象を受けるのは私だけではないはず。しかも、数分おきにテープをロードするために、かなりうざく感じる。
 私はこのゲームを10数年ぶりにプレイしたのだが、ここまで笑えるゲームとは思ってもいなかった。テープのロードの長ささえ気にしなければ、お約束満載のストーリーを楽しめると思う。この文を見て、当時のゲームというのはこんなものだったのだということを知ってくれたら幸せである。

レビュー目次に戻るトップに戻る



ドラゴンクエスト4

 プレイしてから1週間。かつてのFC版の記憶を忘れてなかったということと、この前の三連休をかなりこのゲームに費やしたせいもあるだろうが、私としては比較的早いクリアだったと思う。今、これを書き込んでいる時点では、クリアしたあとの虚脱感が私を覆っている。
 本題に入ろう。私が一番好感を持てたところはなんといっても、「会話」によるプレイヤーキャラの台詞により、FCの頃ではあまり表に現れなかった「個性」が表に出たことだろう。会話を色々聞いていると、本当にキャラクターの個性が浮かび上がってくるから恐ろしい。
 あくまで質実剛健で沈着冷静なライアン、物腰が柔らかい口調のわりにアイテム鑑定でのユーモラスな台詞がいけてるトルネコ、一見単純一直線の格闘バカのように見えて実は父親思いのアリーナ、クリフトやエンドール王をアホ呼ばわりし外を歩かせると「年寄りを歩かせるな」と言ってくるいかにもジジイらしいブライ、実はアリーナに思いを寄せている高所恐怖症のクリフト、エキセントリックでカジノ好きで派手好きなマーニャ、その姉にいつも足を引っ張られている生真面目で物静かなミネア……
 今まで奴らがこんな愉快な奴らとは思ってもいなかった。
 私はシリーズの中では4が一番好きなのだが、今にして思えばその理由は登場人物の個性をきちんと際立たせていたからだろう。たとえそれが戦闘上での個性であろうとも、その個性が面白かったりするのだ。それにFC版が出た当時はAI(この言葉も死語だな)戦闘が売りになっていたから、個性を戦闘上で上手く表現できたのが大きいと思う。5はまだしも6以降になるとどのキャラクターも万能型の成長が基本になるので(これはこれで万能にする楽しみがあるけれど)、最終的にはみんななんでもありの力押しの戦闘になってしまう。そんな中で、4はちゃんと個性を大事にしたゲームだと思う。特にドラクエはFFと違いイベントで個性を表現しないからこれは貴重だと思う。
 今までドラクエの発売ペースが遅かったこともあって(7であれだけ遅れたので、私はドラクエの発売日を信用しなくなった)、私は4のリメイクはないんじゃないかと思っていた。FCのカセットの電池を交換してまた一からプレイするしかないかなと思っていた。そんな中本当に出されたドラクエ4。発売されたことに対して本当に感謝する。やっぱり名作はいつまで経っても名作なんだ。

 P.S
 クリア後のお楽しみの隠しダンジョン。今回の特典はロザリーが生き返るらしい。となると、5では両親が生き返るかも?
 ……とこんなことを書いてるけれど実はまだ隠しダンジョンは入りはじめといったところ。クリアするのは一ヶ月くらい先になるかも。

レビュー目次に戻るトップに戻る