原作/宮崎博文
作画/今泉伸二
執筆年度/1994年
今回、短命漫画セレクションも11回目を迎えたということで、ファイルを新しく変更してみました。書式とスタイルシートをちょっといじくったので、興味のある人はチェックしてください。
さて、本題である今回取り上げる漫画『暗闇をぶっとばせ!』は、近年のジャンプでは見られないようなハードな設定の漫画である。登場人物が体を張って敵に体当たりし、それでいて死ぬということはない。いや、どの登場人物もとても常人では考えられないような頑丈さである。しかも、舞台も、どこかの異世界ではなく、現実世界の横浜を舞台にしている。今ではこんなハードな作品を書けるか疑問である。ここでは、そんな作品の魅力を語っていきたい。
物語は、謎の事件で敏腕刑事だった父親を失った主人公・壬生隼人が、「左腕にタランチュラのイレズミ」というダイイングメッセージだけを元に、父親の死の真相を突き止めていく……という話である。隼人は無実の罪で警察に追われながらも、傷だらけになりながらも、真実に向かって突っ走っていくという、昔懐かしいドラマ『逃亡者』を思わせる展開である。
実は、事件の裏側には警察署長と麻薬組織との黒いつながりがあり、隼人の父親はそれを知ったために消された……というのが真相である。最初のうちに事件の真相を読者にちゃんと明かすことによって、消化不良を起こさせないようにしているのがいいところである。
しかし、私が注目したい点は、主人公である隼人の頑丈さである。事件の真相を知るためなら命を賭けてでもどこにでも飛び出そうとする強靭な(というよりただのバカにも見える)精神もさることながら、もっと強靭なのはその体である。
連載第一回目では、事件の手がかりを知るために隼人がバイクで突っ走っているところに、突然車が飛び出す。そして、バイクは車に猛スピードで激突し、隼人は5・6メートルほどの高さまで跳ね飛ばされてそのまま地面に叩きつけられるのである。絵を見た限りでは、下手したら死んでたかもしれないし、全身複雑骨折は免れないような叩きつけられ方だった。それなのに、隼人は普通に動いていた。まあ、ドラゴンボールなどの格闘漫画がまだ主流だった94年当時からすれば、こんな主人公も珍しくないように思えるが。これ以降も、ガソリンを撒いた地面にバイクで火花を起こして引火させるわ、傷ついた体で600グラム以上も献血をしまくるわといった感じで、とにかく下手すれば死ぬこと間違いなし。
というように、隼人は万事、傷ついた体で突っ走っていく。まるで真相を突き止める為だけに生きているゾンビみたいだ。
そして、敵のほうも負けてはいけない。この漫画の中での最大の敵が、例のタランチュラの男・七瀬である。七瀬は、署長の片腕として悪事のもみ消し役を担っており、隼人の父を消しにかかったのもこの男である。一介の刑事であることを利用して、工場やら病院やら様々なところを捜査しまくるし、たかが隼人一人のために大規模な捜査網を張ったりもする。この男もまた、執念によって動かされている人間である。そこまではまだいい。
七瀬がなぜ「タランチュラの男」と呼ばれるかというと、文字通り、タランチュラの入れ墨を左腕に入れているからなのだが、その入れ墨は体温や血圧が上がったときだけ浮き出る特殊インクを使用しているのである。よく、こんな人間が刑事になれたものである。
さて、物語全体を読んだ感じでは、ストーリー展開はきれいにまとまっている。というより、下手に引き伸ばされていたら、無茶苦茶な展開になることは間違いないからである。
物語は、隼人と七瀬の壮絶な戦いの末、前輪のタイヤがないバイクで単身トラックに突っ込んでいった隼人が勝つという展開で終わり、今後、署長などのもっと大きな組織に立ち向かう意志を固めるところで終わっている。
ここで、私が思うのは、「もしこのまま連載が続いていたら」ということである。まず、事件の真の黒幕である署長と戦うのは確実として、ストーリー展開をどのように進めていけばいいのか。下手に署長との戦いを引き延ばしたらだれてしまうし、署長との戦いが終わってもまだ続けさせられたら……隼人のことだから政府に立ち向かうということになりかねない。
七瀬との戦いがスピーディーにまとまっているだけに、下手に引き伸ばしが通用しない漫画なのである。
このようなことを考えると、『暗闇をぶっとばせ!』は短命で終わったほうがよかったという稀有な漫画といえるだろう。始めから短期集中連載をねらって描いたようにも思える。
作者/高橋陽一
執筆年度/1999年
現在、日本vsベルギーの試合結果のニュースを見ながらこの文を書いている。私は、どうせ日本は負けると思って余り注目していなかったのだが、まさか引き分けに持ち込むとは…… 日本のサッカーのレベルは確実に上がっていたということを改めて実感した。私は日本を見くびっていました。サッカーファンの皆さん、ごめんなさい。
さて、本題に入ろう。今回の漫画はW杯を記念して、あの漫画家の作品である。タイトルは『−蹴球伝−フィールドの狼 FW陣!』という長いタイトル。あの高橋陽一氏の作品である。
瀬戸内海に浮かぶ小島・瀬島において、番長とのケンカや、草サッカーの助っ人バイトに夢中になっている主人公の少年・刃向陣(はむかい・じん)。陣は、大人相手でも決してひるむことなくフィールドを駆け回り、簡単にゴールを決めることのできる素晴らしいサッカーのセンスを持っていたが、あまりにも簡単にゴールを決められるために、サッカーに飽きを感じていた。しかし、交通事故で両親と、一緒によみうりランドを目指していた弟を失った時、陣はサッカーを本格的にする気になった──
そしてそのためにたった一人で「瀬島蹴球隊」なるチームを結成し、四国各地の強豪チームに戦いを挑み、対戦相手を引き抜きながらチームを成長させるというのがストーリーの骨子である。
……ちょっと無理ありすぎ。たった一人でチームを作り上げる陣も陣だが、対戦相手が陣のプレーに惚れ込み次々と瀬島蹴球隊に入っていくのも無理がある。しかも、作戦といえば、「全員で守ってそのボールを陣へつなぐ」という単純というより何も考えていないものである。確かに陣のサッカーのセンスは凄いものがあるだろうけれど、何かご都合主義的なものを感じ取ってしまう。打ち切りが決まったせいかはわからないが、ストーリーの展開が速いのである。
そんなこんなで物語は、四国中の有力選手たちが集まって結成した「四国連合」が瀬島蹴球隊に戦いを挑むところで終わっている。しかも、大空翼以下日本五輪代表チームもゲスト出演させて。試合内容までは描かれなかったが、瀬島蹴球隊が勝ったということだけはちゃんと示している。
それにしても、高橋氏は本当に一発屋である。現在でも『キャプテン翼』で食っているというのもあるし、その他の作品が全く当たらないということでその色を濃くしている。この人の作品って、主人公が強すぎるやら、顔の書き分けができないやらであまりリアリティを感じないのである。『FW陣!』もその例に漏れない。それでも新しい作品を次々に描こうとするのだから、やっぱり漫画家の性なんだろうな。そういえば、少年チャンピオンで描いている作品『ハングリーハート』はどうなんだろう。
作者/成合雄彦(現・井上雄彦)
ストーリープランナー/渡辺和彦
執筆年度/1989年
2ヶ月ぶりの執筆となったこの短命漫画セレクション。皆さん覚えているでしょうか。最近古本屋にも寄っていなくて忘れ気味でしたが、気を新たにして執筆を再開したいと思います。
さて、今回の作品は、『カメレオン・ジェイル』である。今をときめく井上雄彦氏の初連載作品である。現在でもブックオフあたりで単行本がごろごろ転がっているので知っている人も多いだろう。
内容は、「警察では処理できない誘拐・テロリズム・殺人の防止などありとあらゆる危険に対処する犯罪阻止プロフェッショナルたち」──この漫画の中では「危険請負人(リスクハンター)」と呼ばれる──の中でも史上最強の男・ジェイルを主人公にしたアクション漫画である。
ジェイルはその超人的なまでの集中力により「生命エネルギー」を爆発させ、他人に変身することができる能力の持ち主である。男にも女にも変身することができ、しかも、敵を女に性転換することさえできる。もちろん、格闘やアクションの能力だって優れている。
……しかし、これを書くために単行本を一通り読み返してみたけど、いまいちインパクトに欠けるのである。その理由を自分なりに考えてみると、肝心の主人公であるジェイルのキャラクターが弱いせいだと思われる。変身能力や優れた格闘能力など長所は多いが、肝心の短所が書かれていないのである。まだ敵のほうが、行動原理や過去の話がきちんと書かれているせいか、まだキャラクターが立っているように思える。もしかして、本当の主役は敵のほうではないかと思ってしまうほどだ。
そんなわけで人気は最初のころから悪かったらしく、テコ入れの一環か、6話にも及ぶエピソード「ウォーキング・マドンナ」というエピソードを用意したが、結局は焼け石に水だった。全12話なので、このエピソードだけで半分も食ってしまったことになる。
「ウォーキング・マドンナ」のストーリーは、ニューヨークに暗躍する女スリ師・キャットと新人刑事・コリーの恋愛を軸に、ジェイルが闇の犯罪組織と戦うという話であるが、結局ジェイルのキャラが弱かったせいもあるか、人気を得るまでにはいたらなかった。しかも肝心の変身はラストの1話でするのみだし。
とまあ、欠点をあげたが、この漫画にはいい点もある。
一つ目は、絵が当時からレベルが高かったということだろう。緻密なアクションシーンはもちろんのこと、斜線や爆発シーンなどの細かさは目を見張るものがある。特に、『リアル』『バガボンド』から入った人にとっては、線の妙な細さや、まったく汗臭くない絵は、いい意味で新鮮な印象を与えてくれるだろう。
二つ目は、単行本に収録されている読みきり短編の豪華さであろう。
『カメレオン・ジェイル』は単行本は全2巻だが、短編は計3作収録されている。
まず、『スラムダンク』で活躍することになる流川楓が主人公のバスケットボール漫画『楓パープル』(手塚賞入選作にして井上氏のデビュー作)、同じく流川楓が女と勘違いされるさまを描いたコメディ『華SHONEN』(バスケ漫画ではない)、そして、単行本のために?45ページにわたって書き下ろしたバスケットボール漫画『JORDANみてーに』。
……もしかして本編より面白いかもしれない。ひょっとして井上氏は最初からこういう漫画を書きたかったとか?
『カメレオン・ジェイル』は作品的には失敗作といえるだろう。しかし、作者的にはいいウォーミングアップになったのではないだろうか。何しろ、井上氏はこの作品の一年後に『スラムダンク』で一時代を築くのだし、第1話は49ページと新人にしては破格の待遇振りだった。それに、バスケ漫画ばかりだけではないということも見せたかったのかもしれない(これは後に『バガボンド』で証明される)。
今となっては完全に大御所となってしまった井上雄彦氏。そんな作者の初々しい時代を垣間見ることのできる(少なくても単行本は)作品であろう。
作者/鳥山明
執筆年度/1997年〜1998年
前回に引き続き、今回も「超有名作家の短命漫画」について書きたいと思う。今回の『COWA!』は鳥山明氏が、『ドラゴンボール』が終了して以降初めての連載である。当時(今も)鳥山氏は『ドラゴンボール』の終了以降力尽きてしまい、漫画家を辞めたと噂されていた。そんな鳥山氏の久しぶりの連載は、絵本的なテイストの絵柄の作品である。
内容は、オバケが住む村・こうもり岬を舞台に、オバケのパイフー・ホセ・アーポンと人間でかつて世界一強い男と謳われた元相撲取り・マコリンの暖かい?コミュニケーションを描いたものである。
ある日、こうもり岬でオバケ風邪という、オバケがかかると1ヶ月で死ぬという病気が流行する。パイフーたちは薬を手に入れるためにミミズク山まで1200キロの旅をすることになる。マコリンは運転手権ボディーガードとしてパイフーたちと旅をともにするのだが……
私がこの作品で一番興味を引かれた点は、やはりその絵柄だろう。『ドラゴンボール』のイメージを覆した太目で丸い線、フリーハンドの枠線、鳥山氏にしては珍しいスクリーントーンを多用した絵……明らかに肩の力が抜けている感じで落ち着いて読める。鳥山氏も『ドラゴンボール』だけではなくほかの漫画を描いてみたかったと思わせてくれる。
ストーリーにしても、はじめは無愛想だったマコリンが徐々にパイフーたちに心を開き、最後には「世界最強のチーム」とお互いを認め合うようになる。シンプルでよくあるストーリーであるが、そのシンプルさゆえに印象深い。マコリンがオバケや強盗・ヤクザと戦うシーンもあるが、絵柄と展開のスピーディーさとによって(1話で終わる)、『ドラゴンボール』とは違って読者をだれさせないのである。
元々短期集中連載だったためか余計なものが排除されており、そのためにかえって新鮮な感じを受ける。そういえば連載開始当時の『ドラゴンボール』も新鮮だったな…… このことを考えると鳥山氏は本当はチャレンジャーな漫画家だということを思い知らされる。
鳥山氏の新しい路線を切り開いたこの『COWA!』。今後も鳥山氏にはいつも新しい印象を与えてくれる漫画を描くように祈っている(もう描かないかも知れないけれど)。
作者/巻来功士
執筆年度/1986年
私(ならびにその家族)が少年ジャンプを定期購読し始めたのは、1986年ごろである。現在はやたらとアニメが量産され、アメリカで販売されるまでに成長したジャンプだが、雑誌としてのパワーは、黄金時代を極めていた当時のほうが勝っていたと思う(今は『こち亀』と『ミスフル』しかまともに読んでないので大きなことは言わないが)。
『ドラゴンボール』『北斗の拳』『キャプテン翼』『キン肉マン』『シティハンター』『魁!男塾』『ハイスクール!奇面組』『こち亀』『銀牙−流れ星銀−』…… 現在でも続編が作られている作品が多い。野球で言えば、V9時代の巨人と80〜90年代半ばまでの黄金時代の西武が一緒くたになった時代だっただろう。そんな時代のジャンプをリアルタイムで楽しめた自分は幸せだと思う。
さて、今回のテーマはそんな時代にひっそり連載された短命漫画である。私がジャンプを読み始めてから間もない頃に始まった漫画で、強烈に印象に残っているのである。その漫画の名は『メタルK』。
主人公・冥神慶子は製薬メーカー社長の娘として何一つ不自由の無い生活を送っていた。しかし、社長である父親が悪の組織からの要請を断ったがために、組織によって家族もろとも焼き殺された。しかし、慶子だけは脳を機械の体に移植され(いわゆるサイボーグ)、名前を「K」と変えて、その組織「薔薇十字団(ローゼンクロイツ)」(ベタな名前)に復讐を始めた……
というのが大まかなストーリーである。
はっきり言って、この漫画では今では連載できないと思う。今にして思うと、当時でもよく連載できたなと思う。理由は2つある。
一つ目は、「エロい」。
Kは毎回のように脱いでいる。
第一話では、かつて組織の命でKをたぶらかし、そして殺した男を呼び寄せる。そして、男に家族全員を殺したことを白状させる。すると、Kはいきなり全裸になった。そして一言。「昔のようにわたしを抱きしめて」。
……この描写を見てたら、掲載する雑誌を間違えてるんじゃないかと思う。この他にも、身ぐるみはがされてハンティングの対象にされたり、レオタード風の戦闘服を破られたりと、とにかく読者サービス満載である。
自主規制がなかった良き時代がうかがえる。
巻来氏といえば、代表作『ゴッドサイダー』もやたらとエロ描写も多かったし、最近はSMの話を描いてたし……やっぱり氏の趣味なのだろう。
二つ目は「グロい」。
Kの機械の体は、Kの感情が高ぶると高熱を発し、そのためにどんな人工の皮膚もすぐに融けてしまうという欠点を持っている。しかし、その欠点を逆手に取り、皮膚に硫酸を混ぜて、その硫酸で敵を溶かすという戦法を取った。これがKの最大の武器であり、中盤以降は手の部分の皮膚だけを溶かしてムチ状態にしてそれを振り回す「硫酸鞭」という技も登場する。
そのため、敵が溶かされる描写が多い。前述の第一話の男も、Kの硫酸により骨だけになった。
それ以外にも、敵をチェーンソーで真っ二つにしたり、ネズミに襲わせてあっという間に白骨化させたり、電撃で黒焦げにしたりとかなり血みどろの戦いが繰り広げられる。もっとも、血みどろの戦いといえば当時も今もとくに珍しいものではないので、これくらいなら問題はないかもしれないが。
私はこの漫画のおかげで硫酸とはこんなに怖いものだと思い込んでしまった。
しかし、今にして考えるとl、硫酸であんなに人の体が解けるものなのだろうか。柳田理科雄氏によると、物を溶かすにはそれと同じくらいの重量の薬品が必要になるというが……
あと、これを書いていて思い出したが、硫酸の皮膚が溶けるとき、その下の機械の体(骨格)には影響はないのだろうか。
単純に鉄などを使っていたらすぐに溶けてしまうはず。何か特殊な材料をつかっているか、コーティングでもしているのだろうか。
この『メタルK』だが、このあまりにもジャンプらしくないエログロさゆえか、やっぱり受けなかった。2chによると、第一話以外は巻末に掲載されていたらしい。確かに、女性を主人公にしているし、「敵を溶かす」という戦い方は爽快感を通り越して逆にグロささえ感じる。しかし、私はこの漫画が結構気に入っているのだ。前述のようにジャンプを購読し始めた頃で、当時はわけもわからずに全ての漫画を読んでいたので、『メタルK』も印象に残っているのである。
敵を溶かすというアイデアもさることながら、やはりこの漫画の長所はジャンプのほかの漫画にはない「エログロさ」にあったのではないかと思う。とにかく当時のジャンプとしては異色だった。
現在は自主規制が厳しいから、『メタルK』のような漫画は青年誌に追いやられるだろう。それを考えれば、この漫画はジャンプの古き良き時代に生まれたあだ花だったのかも知れない。
原作/宮崎まさる
作画/小畑健
執筆年度/1992年〜1993年
もう1ヶ月前になるが、ついに貴乃花が引退した。私としては、素直にお疲れ様といいたい。角界最大のスターとしての重圧を一手に受け、数々のスキャンダルやバッシングを受け、怪我で1年以上休場しながらも土俵生活を全うすることができたのだから、やっぱりよくやったと思う。
それはともかく、かつての若貴ブームは凄かった。若貴見たさに土俵は連日満員御礼だったし、藤島部屋と二子山部屋が合併したときには力士の寡占化を危ぶむ声もあった。
マスコミもこぞって若貴兄弟をヨイショしたが、少年ジャンプもその例外ではない。よりによって二人の伝記漫画を連載したのである。それがこの「力人伝説」である。作画はあの小畑健氏。
今回これを書くために単行本を読み返したが、あまりにも美化されていて笑ってしまった。十年経った今、あまりの美化のされすぎに若貴兄弟たち本人も苦笑しているのではないか。そう思えてくる。
まず連載第一回を紹介しよう。91年夏場所での貴花田(当時)とかつての大スター・千代の富士の世紀の一戦を取り上げたエピソードである。
その前日に若貴兄弟は街中で偶然千代の富士と出会った。そして千代の富士は言った。「明日の試合でお前たち兄弟に渡すものがある」と。それは、千代の富士も先代・貴乃花から渡されたと。貴花田は兄弟で夜通し稽古をしながらもその言葉の意味を理解できずに、千代の富士との世紀の一戦に挑むことになる。
そして、千代の富士と組み合い、その気迫の中で貴花田は「渡すもの」が何なのかを知った。そして猛攻で攻撃を仕掛け、ついに千代の富士を寄り切りで下した。先代若ノ花〜先代貴ノ花〜千代の富士へと受け継がれた「力士魂」が貴花田にも受け継がれた。
こうしてまとめてみたら美談に見えるだろうが、かつて千代の富士が八百長の常連だったと聞くと、この一戦も八百長だったのかと勘ぐってしまう。もっとも貴乃花は八百長に一切手を貸さなかったというから、多分そんなことはないと思うが。
この漫画における美化がもっとも如実に現れているのが、「若貴兄弟が余りに仲が良すぎる」ということだろう。少年時代からいつも一緒に野球をしたり相撲の取っ組み合いをしたり、新弟子になってからもいつも一緒に稽古をするなど、兄弟の不仲が公然の事実になってしまった現在ではとても信じられないようなことが描かれている。
美化のされようはふたりの母・憲子も負けてはいない。1981年のある日、勝・光司兄弟はいつものように父・貴乃花の相撲を見るために家に帰った。テレビの前で憲子が深刻な顔をして、正座をしていた。二人は不思議に思ってどうしたのと聞くと、憲子はこう答えた。
「勝… 光司… しっかりとパパの姿を見ておきなさい。 …………これがパパの最後の土俵姿なのよ」
私は、このときの憲子の絵(あくまで絵)に萌えそうになった。というものの、やはり現在の姿を見ていると信じられなくなる。
このように、漫画では理想の家族のように描かれてきた若貴兄弟たちとその家族。しかし、その後の凋落は皆さんごそんじだろう。二子山親方夫婦は離婚、若乃花は引退後タレントに転向したものの失敗し、貴乃花は整体師との奇妙な関係が持ち上がったり、父親と同じように満身創痍になりながらも現役にしがみついたが、このたびついに引退した。あまりにもあまりな現実のためか、現在の目でこの漫画を読むとあまりの美化のされ方に笑いを押さえずにいられないだろう。
「力人伝説」は今となってはブームの残滓として片付けられるだろう。しかし、私は思う。昔はあの家族も仲が良かったんじゃないかと。それが、若貴兄弟が出世して以降、年下の医者やら整体師やらわけのわからぬ面々が群がってきたり、莫大な金が入ってきたことにより、みんな欲望に取り付かれ家庭崩壊に至ったのではないかと。そう思わなければ、「力人伝説」の存在意義がなくなってしまう。
作者/黒岩よしひろ
執筆年度/1987年
一度掲示板に書いた以上狼少年にはなりたくなかったので、思いを新たに書き始める次第である。
今回の漫画は、場違いなオタク受け作品を世に送り出して即刻打ち切りを何度も繰り返した、黒岩よしひろ氏の連載第二弾『魔神竜バリオン』である。忍者の次は巨大ロボットである。これだけでも連載する雑誌を間違えているとみんな思うことだろう。
物語は、主人公・志羽竜樹(しばりゅうじゅ)が亡き父の遺した、水をエネルギーとする新しいエネルギーシステム・バリオンシステムとそれを使った巨大ロボット・バリオンを操って、バリオンシステムを狙う悪の組織『ハロウィーン』に戦いを挑むという話である。
……なんで竜樹の父は早いとこバリオンシステムを各国政府や電力会社に売り込まなかったんだろう。ノーベル賞はおろか、歴史に名を残せるのに。
という突っ込みはさておき、まず注目すべきは、ハロウィーンという組織の巨大さであろう。
ハロウィーンは、首領・ドクター・ジェニウスを筆頭に、地・火・水・風・空の五大元素の名前を持つ上位幹部と太陽系の10惑星(地球を除き、なぜか月と太陽を入れる)の名前をもつ下位幹部の、計15人が乗る巨大ロボット「重機神(ギガンティス)」により構成されている。しかも、バリオンシステムのコピーまで作っているのだから、結構大きな組織というのがわかるだろう。
物語としては、バリオンとこれら15幹部を順番に戦わせて最後にハロウィーンの本拠地を叩くという流れにしたかったのだろう。西風のゼピュロスという最後まで絡むであろうライバル、竜樹の味方であるギャリオン・レディアンというロボットまで出てくるなど、結構本格的なつくりになっている。
しかし、11週で終わってしまった。私が思うにその理由は大きく3つある。まず、何度もいうが、「巨大ロボット漫画」というジャンル自体が当時の(今も?)ジャンプで場違いというのがある。多分黒岩氏や編集部はニッチを狙って描いてみようと思ったのだろうが、あまりにも狙いすぎている。次に、主人公である竜樹のキャラクターも、単なる熱血少年で特に真新しいところはない。三つ目に、アイドルネタがない(『サスケ忍伝』で反省した?)。
かくして『バリオン』はまたしても短命に終わったが、話のスケールを大きくしてしまったために問題が色々と出てしまった。
・敵幹部15人のうち4人しか出ない。
・ギャリオン・レディアンの活躍がほとんどない。
・打ち切りが決まったためにゼピュロスとの決戦をつけなければならなくなってしまい、しかもゼピュロスがあっさり負けてしまった。
・ラストはハロウィーンの本拠地に竜樹たちが乗り込むところで終わっているが、あと11体のロボを3体でどうやって倒す?
『バリオン』は、打ち切られたために、広げすぎた風呂敷をたためなかった一例だろう。下手に大作に仕立て上げると失敗するという例は、『翔の伝説』とか色々と実例があるというのに、黒岩氏のような実績がない漫画家がやっても成功するはずがない。
P.S
上記のハロウィーンの幹部についてだが、『バリオン』を紹介している多くのサイトで、「四大元素と太陽系九惑星の名を持つ幹部云々」というふうに書かれている。しかし、本当は上にあげたように15幹部というのが正しいのである。もちろん、「四大元素(火・水・土・風)」「九惑星」という言い方が定着しているし、黒岩氏が多分間違えたのだろうが、単行本等に少しは目を通してほしいと思う。
作者/桂正和
執筆年度/1985年〜1986年
突然だが、このコーナーに関しては、これから執筆ペースが少し上がると思う。
(すみません、大嘘でした)
というのも、大阪の実家に戻って以来、ブックオフなど新古書店や漫画喫茶へ行く機会が多くなり、ネタを探しやすくなったからである。それに失業中で書く時間はいっぱいあるし(情けない話だが)。
というわけで、気を取り直して本題に入ろう。
『超機動員ヴァンダー』は、「ウイングマン」でヒットを飛ばした桂正和氏が二匹目のどじょうを狙って描いたヒーローものである。主人公が偶然ヒーローになり、そこに美少女が絡むという「ウイングマン」の設定だけではなく、今度は「警察という確固とした組織」と「男女合体ヒーロー」という設定を新たに付け加えた。
突然地球に侵入し、さまざまな侵略行為をするようになった「地球外惑星人」=いわゆる宇宙人。彼ら惑星人には地球人の既存の武器はまったく通じず、地球人は恐怖におののいていた。しかし、警察は惑星人に対抗するため超機動員と呼ばれる新たな部隊を発足させた。そして、次第にパワーアップする惑星人に対抗するために新たに開発された超機動員の新型戦闘服(Pウェアー)を装着した戦士がヴァンダーである。ヴァンダーは「男女の愛」をエネルギーとする男女合体のヒーローで、男が中の人=戦闘のメイン、女がPウェアー=戦闘のサポートという役割分担という形をとっている。
『超機動員ヴァンダー』を紹介しているHPでは、男女合体ヒーローの元祖として『ウルトラマンA』がよく引き合いに出されているが、ほとんど成り行きに近い形で男女合体になった『ウルトラマンA』と違い、『ヴァンダー』は「男女の恋愛」を必要不可欠としたところが進歩した点といえるだろうか。
物語は、危機状態になるとコンピューター並の判断能力を発揮するということでヴァンダーの女性戦闘員に選ばれたヒロイン・森村みなほのパートナー選びから始まる。みなほはその能力こそ凄いが、とかく感情的な性格で、パートナー決めのテストを行っている最中でも勝手に腹を立ててテストを中止させてしまうほどであった。そしてみなほが気晴らしに遊園地に遊びに行くと、ゲームコーナーで出会った主人公・藤枝弥紫(ふじえだひろし)に一目ぼれしてしまう──
そんな時、惑星人が遊園地を襲撃。ちょうどその場に居合わせていたみなほは弥紫を即席パートナーにしてヴァンダーに変身して、その強力な力で惑星人を見事に撃退させた。弥紫はその力を認められ、みなほとともにヴァンダーとして戦うことになった。
……以上が第一回のあらすじである。
物語は、これ以降も惑星人を倒していくヴァンダーの活躍が描かれていく。美少女がパンチラ付きアクションをしたり、服を破かれたり、はたまた敵の女幹部のヌードなど読者サービスも満載である。恋のライバルとして、京本なつきという関西弁の第二ヒロインも登場する。
私が中でも目を見張ったものが、必殺技・Vαである。この技は、自分の武器を自分の胸に挿すことによりエネルギーを増幅させ、自らが無数のエネルギー弾の塊となって敵を木っ端微塵にするというものであるが、単に自分で挿すだけでは芸がないためか、敵に攻撃させると見せかけて挿してもらうことが何度もあった。
一方で、腹の立つ面もある。私は漫画や小説やゲームやアニメの登場人物にはあまり腹を立てないたちだが、みなほのキャラクターには珍しく腹が立った。はっきり言ってみなほはDQNだ。前述のようにテストの際にちょっとしたことで腹を立てて中止させるは、弥紫と出会った際には一人乗りのジェットローラーに無理やり二人で乗ろうとするは、挙句の果てには初対面の弥紫に何の説明もせずにヴァンダーに変身させるは(弥紫が乗り気だったからよかったものの)、やることはかなり無茶苦茶である。実際、弥紫も物語中盤までみなほを苦手としていた。しかも、後述するように取り柄であるコンピューター並の判断能力も彼女本来の能力でないから尚更だ。『ヴァンダー』失敗の理由の一つはみなほのキャラクターにあると私は思う。
そして物語は急展開を迎える。実はヴァンダーの能力は、ギラング惑星人のゾルド将軍が地球に来る際になくしてしまったパワーソルというエネルギー源2つ(漫画ではあざのようなものとして描かれている)がたまたま弥紫とみなほにくっついてしまったことにより生じたものだったのだ。特に、パワーソルを奪われたみなほはそれまでの判断能力を失い、かえって足手まといになってしまうほどの慌てぶりを示してしまう。いい気味だ。
最終回はかなり駆け足である。
パワーソルを2つ手に入れたゾルド将軍が真の力を発揮し、本気で地球を侵略しようとパワーソル砲なるエネルギー砲を放ちまくった。パワーソルを奪われて今までのような力を出せなくなったヴァンダーは、かなりの苦戦を強いられてしまう。そんな中、弥紫はみなほこそが本当に愛している相手だということに気づき、最後にはパワーソル砲のエネルギーを吸収し、ゾルド将軍とともに特攻して自爆する。
「弥紫とみなほの愛は巨大な悪を倒した。そして宇宙に愛の歴史が始まった……」
たかが地球というちっぽけな星が平和になったくらいで「宇宙に愛の歴史が始まった……」というのは少し大げさな気がするが。
もう少し連載が続けば、パワーソルを奪われた弥紫たちが訓練を重ねて力をつけていき、弥紫とみなほの仲も少しずつ発展させてそれによりヴァンダーをパワーアップさせるという話を作ることも可能だっただろう。
かなりのヒーロー好きで知られる桂氏だが、『ヴァンダー』が失敗したせいか、これ以降ストレートなヒーローものを描かなくなってしまった(描いてもメガプレイボーイくらい)。そして、『電影少女』で復帰するまでその後数年の時を要することになる。
前回から約1年5ヶ月。はっきりいってこのレビューの存在をすっかり忘れていた。何回もいうけれど、仕事を抱えている身だとなかなか辛い。そんな自分だが、掲示板に「面白い」と書いてくれて、しかもリクエストまでしてくれたベン三さん、どうもありがとうございます。
というわけで、今回はそのリクエストに応えて、『アカテン教師梨本小鉄』を書きたいと思う。この文を書くために、ネットでいろいろと調べてみたら、レビューがいっぱいあったのにはびっくり。人気はなかったけれど、人々には愛されていたんだということを改めて確信した。
肝心の漫画の内容は以下のようなものである。
岡山県・備前地方のありふれた中学校・小春日和中学にロングフリースを着て頭は帽子とサングラス、おまけに二日酔いで酒の臭いを漂わせ、生徒からはプータローと思われるような風貌の男がやってきた。
そして、その日の朝礼で代用教員を紹介するとき、その場にいた生徒・教師すべてが呆然とした。
そのプータローこそが代用教員として小春日和中学にやってきたこの漫画の主人公・梨本小鉄だったのである。
この漫画は、小鉄が天性の強運とギャンブルの才能(何しろ三歳のときに麻雀で九連宝燈を上がったり、少年時代、1973年の有馬記念でハイセイコーの調子の悪さを見抜いたり)を武器に、生徒たちと体当たりでぶつかり合い、生徒たちに人生を教えるという内容の漫画である。
さて、この漫画のもっとも特異なところは、なんといっても小鉄の教育方針である。
生徒にギャンブルに絡めた授業を行い、実力テストの際には問題を予想して生徒に売りつけ、課外授業と称して平気で生徒を外に連れ出す無茶苦茶な教師である。それでいて、生徒が困った際には体当たりでぶつかっていく、そんな男気のある教師である。
物語の構成自体はよくある「教師もの」だが、小鉄のこのキャラクターのおかげで一風変わった破天荒な漫画となった。
しかし、『〜梨本小鉄』が今でも語り継がれている大きな理由は、現在でも評価の分かれる「”戦場”の7人+1編」の存在だろう。
これは、高校中退者などの「落ちこぼれ」を大検に受からせることで一躍有名になった予備校・天下一予備校が、小鉄を含め教師7人を集め、落ちこぼれ生徒の学力アップを競い合うという内容である。 しかも、天下一予備校側もスーパーコンピューター・ジローを用意して戦線に加わっている。
ここで、私個人の「〜7人+1編」の感想を書くと、「こりゃ失敗したな」と思う。
「〜7人+1編」は、小鉄がこのシリーズのために特別編成されたクラスの生徒を手なずける部分と、ライバル教師を脱落させる部分の2つのパートに分かれている。
前者は、いかにも小鉄らしい展開で納得がいくものだったが、後者は問題である。何しろ、ライバル教師の脱落のさせ方が、「暗い過去を暴いて、それと向き合わせる」というものなのである。はっきり言って教育とはまったく関係がない、せこいやり方である。もっと正々堂々とテストなどで勝負してほしかったと思うのは、私だけだろうか。
おまけに、ラストもテストとはまったく関係なく、小鉄とジローの野球拳勝負である。
この勝負は小鉄の手の動き・パターンを読むジローに対抗して、小鉄が大酒をあおりパターンを狂わせて勝ってみせるという大技をやってのけたが、何度も言うようにテストで勝負してほしかった。
作者の春日井恵一氏は単行本で「小鉄を一所に閉じ込めて、コンピューターを闘わせたのは、明らかに僕のミスです」と語っている。
当時の少年ジャンプはバトルもの全盛期だったから、『〜梨本小鉄』もそれにあやかろうとしたのだろうが、「教師漫画」にバトルは合わないという事実を改めて示した。
この漫画のラストは、「〜7人+1編」で一躍時の人となった小鉄だが、その素行が教育委員会で問題となり(何でもっと前から問題にならなかったのだろう)、人知れず姿を消すというところで終わった。
さて、結論としてこの漫画についての評価を自分なりにまとめると、「発想はよかったけれどジャンプの体質には合わなかったのではないか」と思う。
よく考えてみると、「教師と生徒が真剣にぶつかり合い、生徒を変えていく」という「教師漫画」はジャンプでヒットしたことがない。(『ルーキーズ』は野球漫画のテイストが強いし)
また、生徒にアクが強い生徒が少なかったのも敗因だったと思う。1クラス42人もいて、物語の中心になったキャラが6〜7人くらいなのは少なすぎだと思う。せめて10人位は出してもよかった(連載が続いていればもっとたくさん出ていたかもしれないが)。
これらの要素をうまく改善すれば、大ヒットはしないながらも、固定ファンはつかめたのではないだろうか。
最後に、私が思わずうなずいてしまった小鉄の台詞を挙げてこの項を終わりたい。
「人にはそれぞれ『過去』がある!! その『過去』を創ってやるのは俺たち教師だ!! 生徒たちのためにも立派な『過去』を作ってやらねえとな!!」
作者/郷カオリ
執筆年度/1970年〜1971年?
よく考えたら、このコーナーも一年以上ほったらかしてる。ネタになりそうなめぼしい単行本は新古書店で買っているし、書こうと思ったら書けると思うのだが、いかんせんブランクがあきすぎて感覚を忘れてしまった……
orz
しかし、今回はどうしても急いで書かなければならないネタを見つけてしまった。先日日本橋の某同人誌ショップで変わった表紙の同人誌を見つけた。
どこにでもいそうなやおい受けしそうな古代エジプト衣装のイケメンキャラ十数名(+美少女数名)。それに加えて、こんな見出しが。
「少年ジャンプの歴史から抹殺された幻の漫画、ついに復活!」
私はすかさずその同人誌を10000円で購入し、ページを開いてみた。これはすごい。あの『翔の伝説』や『男坂』に並ぶ底抜け超大作だ!
googleやyahooで『ファラオ五千年のたたり』を検索してみたが、紹介しているサイトは見つからなかった。これはすごい。完全な幻の漫画だ!
この作品を紹介する人間は世界中で私だけ、そしてこれからも存在しないであろう。これだけは自画自賛したいと思う。
さて、この漫画の衝撃の中身を紹介しよう。
時は現代。エジプトの遺跡発掘において、とんでもない遺物が発掘された。それは、数千巻にも及ぶパピルスの巻物であった。その中の文書を解読していくうちに、恐ろしい出来事が起こる。発掘スタッフが事故、病死などで次々と変死を遂げる。この事態に恐れを抱いた(多分)主人公のスタッフの青年は、パピルスこそが呪われた物件であると思い、急いで解読内容を調べてみる。そこには、恐ろしい内容があった。
「エジプト王朝を滅ぼした五千年にも及ぶたたり。今歴史の真実が明らかになる!」
実は、この展開だけに一話目の4ページしか使っていない。そう、コマを極端に細かく区切って(1/32ページくらいに)ストーリーを消化しているのである。しかし、それを過ぎるととたんに様相が一変する。
いきなりイケメンキャラ二人が見開きで登場して他愛ない会話を交わしている。作者が何を書きたかったのか、一目でわかるシーンである。
そして、本当の主人公であろうファラオ(名前は最後まで表記されていない。これは他のキャラも同様である)が部屋に戻ると、いきなり妹が「お兄様あああ〜〜」と飛びついてくる。その妹のスタイルがぶっ飛んでいるのだ。顔はエジプト遺跡の壁画に見られるようなおかっぱストレートヘアにロリロリな顔立ち。服装は時代考証をまったくしていないことを証明するかのようなふりふりのミニスカ(某真・三國無双の星彩を想像しよう)。そう、今で言う「萌え」を30年以上前からいち早く具現したキャラなのである。
もちろん男性キャラも同人誌のネタにしてくれと言わんばかりの美形ばかり。少年ジャンプに女性ファンを持ちこんだのは『アストロ球団』や『リングにかけろ』が最初だといわれいているが、その認識は明らかに間違っている。
そんな魅力的なキャラ?がいながら、なぜジャンプの歴史から抹殺される運命をたどったのか。私が思うに、ストーリーのむちゃくちゃな遅さだと思う。
何せ、登場キャラの何気ない会話で1・2話が終了している。話に山というものが全くない。この遅さに当時の単純なガキが耐えられるとでも思っていたのだろうか。また、美形キャラだけは全精神を注いだかのように丹念に書き込むくせに、それ以外(特に背景)には全く力を入れていないのがわかる手抜き振り。
当然、編集部も即刻打ち切りにしたのだろうが、それにしても3話はひどすぎ。編集部もよっぽどいやいや掲載していたんだということを思わせる。
その3話目、つまり最終回も登場キャラの何気ない内容で終わっている。そして最後のページでいきなり現代に戻り、冒頭のスタッフの青年が解読内容を読んでいるときに心臓麻痺で急死するところで終わっている。
そして「ファラオのたたりは今も続いていた……」という見出しが出て終了。
……私は何も言う言葉がない。
さて、この意味不明な漫画「ファラオ五千年のたたり」が書かれた背景はどんなものだったのか。同人誌に作者・郷カオリ氏のあとがきが書いてあったので、それを紹介することにしよう。
もともと郷カオリ氏は、普通の漫画家予備軍だったが、いつまでたっても芽が出ないので、これではいけないと思い中途半端ではいけないと思い、大長編漫画に取り組んだという。しかしどの雑誌にも相手にされず、やっとのことで少年ジャンプに拾われたのである。しかしそれは完全な見世物に過ぎなかった。
編集部にしてみれば、あえて連載させることで作者の無能さを世にさらけ出してやろうという思惑があったのだろう。よっぽど郷カオリ氏は厄介者ということをおもわせるエピソードである。
それにしてもこんなとんでもない作品を載せておいて、後でなかったことにするとは…… 改めて少年ジャンプという雑誌は恐ろしいということを実感させてくれる。それでもジャンプでデビューしようとする人間は多いのだから、人間というのはわからないものだ。
P.S.この文はエイプリルフール用に書かれたネタです。こんな漫画は存在しません。ありもしない漫画のネタを考えるのは疲れた……