侍魂に思うこと
私はたまに、あの「侍魂」を見ることがある。あの「先行者」や「だんご3兄弟」や「メタルギアソリッド2のわき毛」には大笑いしたし、各テキストの着眼点も優れていると思う。これが受けるサイトなのだなということを実感させられる。これからはこのサイトの模倣者(パクリ)がどんどんとできることであろう。しかし、どうしても腑に落ちない部分がある。それは、あの巨大文字や妙に長い空白である。
私は以前に別のところで、「文章のセンテンスを一部だけ大きくしたりしない」ということを基本方針として書いたことがある。その理由として、文章の内容で勝負したいというのを挙げたが、今になって考えると、「あざとさ」をそこに感じてしまうというというのもあるかもしれない。
確かに、文章を目立たせる手段としては最善かつ簡単なものだと思うし、「ホームページ」だからできる手段である。そんな便利な手段を使わない私はなんてバカな奴なんだろうと、今これを読んでいる読者は思うかもしれない。しかし、強調したい事柄をことさら大文字で表記するというのはあまりにも単純すぎるのではないだろうか。何か「私はこういうことを言いたいんだよ」と大声で叫んでいるような気がして、鼻についてしょうがない。
例えば、私がこんな文章を書いたとしよう。
だから、今でも、FF9が素晴らしいとは、胸をはっていえない。
むしろ、これをやたらに持ち上げる人間に対して強い嫌悪まで感じる。
特に、FF9のキャラクターデザインは「天野喜孝」と堂々と言い張る人間には。
正確には、
「キャラクター原案:天野喜孝、キャラクターデザイン:村瀬修功・板鼻利行」
と記すべきである。
しかし、今回カウントダウンレビューを書くにあたり、あまりにも偏見に満ちた文章をこのまま垂れ流すのも何だと思ったことと、忘れかけていたストーリーを思い出すために、もう一度リプレイをすることにした。精神的にもかなり落ち着いている現在の目から見たら、新しい発見をすることができると思ったのだ。
(ファイナルファンタジーカウントダウンレビュー「FF9」の一部より(予告編))
……書いているうちに、こんなことをしないと自分の主張が伝わらないのかと思い、だんだん気分が悪くなってきた。まるで、自分の文章が下手になったようにも思える。自分の文章が他の誰よりも優れていると言うつもりはもちろんないが、こんなことで文章を目立たせようとするのはやっぱり姑息である。せめて、一部を赤字だけにしておきたいというのが本音である。
陳腐な結論になるが、やっぱり、文字を大きくしなくても伝わる内容の文章を書くのが一番だと思う。将来文筆業に進む気がない素人ならまだしも、もの書きになりたいと思っている人間にとって、これはもっとも大事なことではないだろうか。この文を書いていて、そんな当たり前のことを思い起こした。
P.S このエッセイのみ、大文字が上の文字にかかって見づらかったので、行間を少し広げています。広げすぎると内容がスカスカになる印象を受けるかもしれないので本当はあまりこんなことはしたくないのですが……