あの作品が現代によみがえった

 私は現在、ドラマ『太陽の季節』を見ながらこれを書いている。もちろん原作は現東京都知事の石原慎太郎の芥川賞受賞作で、1955年に発表されて以来、「太陽族」という社会現象を生み出すなど一大社会的ムーブメントをもたらした作品である。
 私はこの作品がドラマ化されると聞いて、思わず「正気か!?」と叫びそうになった。はっきり言って、とても2002年の現代で受けるような話ではないからである
 この小説の内容をごく大雑把に要約すると、以下のようになる。

 ボクシングに励み、夏休みになると葉山でヨットを乗り回す金持ちのボンボンの主人公・津川竜哉が、ひょんなことなら燃えるような恋に落ちたヒロインをはらませた挙句、死なせてしまう。

 現代の視点で見たら、原作の竜哉は相当のドキュソである。高校生のくせして週末になると東京まで出てきてナイトクラブに出かけてはナンパをするし、男のアレを誇らしげに障子に突き立てるし、子供と一緒にだらしない顔をして写っているチャンピオンの新聞の写真を見て、あんなふうにはなりたくないと子供を中絶させるし……
 確かに1955年当時は衝撃的だったかもしれないけど、今の目から見たら相当やばいぞ。ゴールデンタイムでドラマにできるような話ではない。
 というわけで、私は突っ込みを入れるドラマとしてこのドラマを温かい目で見ようと思った。それに、くだらないからといってクソドラマとして切り捨てるのは私の趣味ではない。

 そして第一話目は……こんなの「太陽の季節」じゃない。滝沢秀明演ずる竜哉は、自らを金持ちだと偽って金持ちのグループに入り込み復讐をなそうとする貧乏人である。竜哉が復讐しようとする金持ちのボンボンの誕生パーティーは、あの『空から振る一億の星』の船上パーティーを思わせる、この不況下においてあまりにも現実離れをしている、豪華なパーティーである。そして何よりも、池脇千鶴演じるヒロイン・英子があまりにも清純すぎる。原作ではかなりの遊び人なのに。まあ、最後はやっぱり死ぬんだろうが。
 決めた。このドラマはやっぱり突っ込みを入れながら見ることにしよう。昭和三十年代の遺物を無理によみがえらせようとした無謀な企画として人々の記憶に残るかもしれない。それにしても英子はショックだった……

目次に戻るトップに戻る