魔性のゲーム

 最初に断っておくが、私は任天堂という会社はあまり好きではない。我が社が一番という独尊的体質は変わらないし、山内社長のカリスマ性が強すぎて後継者を作れないみたいだし(今までの功績があるから)、宮本茂氏は引退しろとはいわないけれど、もうちょっと若い人を立ててもいいと思う(今年で50歳だし)。
 しかし、そんな私でも、任天堂のソフトの質の高さを認めざるを得ない出来事が起こった。
 それは正月休みで私が実家に帰っていたときのこと。某日の夜12時ごろにリビングへ行くと、私の母(52)が、私が実家にいたときに使っていたファミコンを引っ張り出して、スーパーマリオ3をプレイしていた。聞けば、いつも夜中にこっそりとプレイしているらしい。しかも、神経衰弱のパターンを全て書き留めておくようなマニアになっていた。しかし、いつも巨大プクプクにやられているらしく3面をやっとクリアできるくらいの腕前しかないが。私はこのときは、何の気なしにその場を立ち去りそのまま寝た。
 そして翌朝の9時ごろ、私は目を覚まして朝食をとりにリビングへ入った。しかし、なぜか母がいない。その訳を父から聞いた時に私はあきれ返ってしまった。
 なんと、母(52)は、父がいつも起きてくる朝6時ごろまで必死にマリオをプレイしていたのである。そしてそのあとにやっと寝たというのである。私でも3〜4時くらいまでが限界であり、ゲームをしていて徹夜をしたという経験はない。母(52)はいつの間にか私を超えていたのである。家族全員があきれ返ったのは言うまでもない。
 今になって感じたことは、私の母(52)をここまでのめりこませるスーパーマリオというゲームの魅力というより魔性がいかに凄いものかということだろう。50代前半で孫までいる身の人間にここまでのめりこませるゲーム性の奥の深さはいうまでもないが、ゲーム音痴の人間でもやりこめば先へ行くことができるという間口の広さもこのとき感じたのである。
 このような奥深さは誰にもまねできるものではないだろう。これは、宮本氏を始めとするスタッフの努力の賜物に違いない。そんなことを考えるとやはり任天堂ソフトの質の高さを認めざるを得なくなった。今更ながら、任天堂恐るべし。

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