その六、講義編。

講義も約3/4を消化したところで、出席しているクラスの評価をしていきたいと思います。まさにこれこそリポートしなくてはいけない内容ですね。

Greek vase-painting

とりあえず一番の専門である陶器画の講義の評価から。講師は当初予定されていたKing's CollegeのK. Arafat氏から、現在オックスフォードのBeazley Archiveでアッティカ陶器のデータベースの責任者として活躍しているT. Mannack氏に変更になりましたが、陶器画研究の大家であったJ. D. Beazley氏以降、同研究の中心地で要任にある彼に変わったことはかえって良かったような気がします。

特に彼はドイツ人で、英語は流暢とはいえゆっくり話してくれるので、かなり聞き取りやすくて助かっています。質問には丁寧に答えてくれますし、内容も簡潔にまとまっていてわかりやすいです。

講義内容としては幾何学様式時代から古典末期までのギリシアの陶器、特に陶器画の発展を追うもので、アッティカやコリントスだけでなく、ほぼすべての地域の陶器を網羅しています。残りの講義数から考えて南イタリアについてはそれほど詳しくは触れられそうにありませんが。週一回二時間の講義で、数多くのスライドを示しながら、あらかじめ用意した内容を読んで説明していくという感じです。

最大の問題点はクラスが学部生と共通なので、ほとんど一からのスタートで、ほとんど知っている内容なので、個人的にはちょっと物足りない感じがします。議論を持ち掛けたり、ということもほとんどなく、どちらかといえば一方的な感じです。

それを補うために院生向けのクラスが隔週二時間行われています。内容としては各自が書いているエッセイのプレゼンテーションがほとんどで、その内容について議論をする、という予定だったのでしょうが、他の院生もあまり陶器には詳しくなくて、あまり活発な議論にはなっていません。

過去二度、大英博物館内での講義がありました。実物を前にしての講義はやはり得られる情報がダイレクトなだけにかなり充実していました。が、内容はやっぱり基本的なところだけなので...。今後二度ほどオックスフォードの博物館での講義も予定されていますが、彼のホームグラウンドということで、ガラスケースから出して実際に触れながらの講義になる予定です。これはかなり期待できそうです。

エッセイは3,000字のものを三つが必須で、院生は内容を自由に選べます。もちろん彼の許可が必要ですが、認められれば必要な文献を紹介してくれますし、メールでの質問にも答えてくれます。

総合的な評価としては、個人的にはレベルの面で物足りない面はありますが、初めて陶器画を学ぶ人には最適の内容と言って間違いないと思います。

Greek Sculpture

こちらの講義はKing's Collegeではなく、Univ. College, London (UCL)で行われていて、担当もそちらのAlan Johnston教授、彫刻だけでなく陶器にも詳しく、特に陶器に刻まれた銘文の研究では第一人者です。今回受講した中で恐らく最も内容的には濃いもので、週一度の講義のほかに大英博物館での講義がやはり週一度あり、しかも実地のでの講義に人数が多いのはよくないということで、クラスを三つに分けて行っているので、彼は週四日もひとつのクラスのために当てているわけで、その熱心さが伝わってきます。

問題はこのクラスがやはり受講していたArt and Archaeology of Early Greek Statesの直前の時間で、しかも違うキャンパスなので移動に時間がかかる、という、もう少しクラス編成を考えてくれたらよさそうなスケジュールだったのですが、お願いしたらなんと彫刻のクラスが短縮され30分早く終わることになり、急げば次のクラスに間に合うようにアレンジしてくれました。両方のクラスをとっていたのは自分一人だったので、少し申し訳ない、という気持ちもありましたが、逆に早く終わることに喜ぶ学生が多いのはどこの国でも同じかも。

学内での講義はやはりスライドを多用したもので、幾何学様式時代から古典時代末期までの彫刻の展開を追っていくというものでした。こちらも学部生と院生がともに参加しているので、やはり内容は入門編といったところ。陶器に比べれば彫刻のほうは詳しくなかったので、レベル的にはちょうどよかったのかも。言葉も割合聞き取りやすく、説明も簡潔なのでわかりやすかったです。

大英博物館内でもやはり講義と連動して、講義で取り上げた彫刻のうち、博物館に所蔵されているものについて詳しく説明していくもので、時には一般の立ち入りのできないところまで見せてもらえ、しかもやはり実物を前にしての講義ということで、とても有意義なものでした。特にただ説明するわけではなく、学生たちにまず見せて気づいた点などを述べさせてからということで、見る目を養う、ということからもよかったと思います。

エッセイの数と文字数は陶器の講義と同じでしたが、その内容はこちらで自由に選択するのではなく、決められたテーマから好きなものを選ぶというものでした。内容的には難しくないものでしたが、なかなか評価は厳しかったようです。

彼の熱心さからいっても、この講義に対する評価は高めです。あまり彫刻に詳しい方にはいまさら、というのもあるかもしれませんが、初級編としては文句のない内容といえるでしょう。

Art and Archaeology of Early Greek State

こちらの講義の担当はCathrine Morgan教授。ギリシアの初期鉄器時代(Early Iron Age)、つまり、クレタ・ミュケーネ文明の崩壊から、東方化様式時代までを扱っています。自分にとってはあまりなじみのない時代だったので、少し迷ったのですが、興味もあったので受講することにしました。

内容は美術よりも考古学的側面がかなり強く、遺物だけでなく遺跡そのものもかなり詳しく取り上げられました。時代も広く、地域もさまざまということで概説的なものになるのかと思いきや、なじみがないという点を差し引いても内容的にはかなり濃く、もっともハイレベルなものでした。何より驚いたのは彼女がメモなどをまったく見ないで講義を行っていること。すべて頭の中に入っているわけです。これはイギリス考古学界における彼女の活躍振りを裏付けているような気がします。

前期の講義では建築、アルファベットの導入と発展、葬礼、宗教儀式など、トピックごとに講義を行い、後期にはそれらを元に各地域ごとの発展を追う、というものでした。また後期には各自にテーマをひとつ与えてそれについて毎週一人が発表することになり、美術が得意というのを考慮してもらって、Island Gemsと呼ばれる、キュクラデスで作られた印章について発表しました。

エッセイの数と文字数はほかと同じですが、草稿をかなり細かくチェックしてくれたのでとても助かりました。あまり丁寧なので、それをちゃんと反映したものにすると文字制限をかなりオーバーしてものになってしまいましたが。

この講義の唯一の欠点は彼女の話すスピードが速いのと少しアカデミックな言葉を使うので、聞き取るのが難しかったこと。もちろんこれは個人的な問題で、英語ができれば何の問題もなかったのですが。

基礎知識が少なかったこともあって、全講義中もっとも有意義なものだったと思います。特にこの時代の考古学に興味のある方には絶対お勧めでしょう。

Greek Architecture

必須の講義は三つでしたが、せっかくだから建築の講義も聴講として参加することにしました。担当はGeoffery Waywell教授、ハリカルナッソスのマウソレイオンの研究で活躍し、彫刻についても詳しいようです。

こちらもスライドを中心にまずギリシアの神殿の発展をかなり時間を割いて説明した後、ストアや劇場などその他の建築物を扱っていくというもので、途中何度か博物館での講義もありました。

やはりこちらの講義も学部生と一緒なので初級レベル、話し方にあまり抑揚がなかったので少し眠くなる、ところもありましたが、何しろゆっくりと話してくれるのでとても聞き取りやすかったのが助かりました。

残念ながら終盤の講義はほかのエッセイに追われて参加できませんでしたが、とても判りやすい内容なので入門編にはもってこいという感じです。

 

こうした講義のほかに、前期に限って院生向けに毎週講演者を招いて古典考古学のさまざまな方法論を述べてもらうというものがあって、しかもそれを鵜呑みにせず、批判的な視点も養おうという、いかにもイギリスらしいものでした。内容的には、陶器の成分鑑定や人体のDNA鑑定、頭蓋骨からの顔の復元、ギリシア・ローマの碑文の見方などなど多岐にわたるものでした。

 

大学院での講義、ということでかなり覚悟していったところでほとんどが学部生レベルだったので拍子抜けしてしまったところはありましたが、全体としてはかなり満足のできる内容だったと思います。