60年代のTVCM

オロナイン軟膏…大塚製薬

 初期のテレビコマーシャルで、ペコちゃんやミツワ石鹸のお姉さん人形などと共に、私の記憶に残っているのが、番組の中で出演者が宣伝をやってしまう、いわゆる「生CM」です。
 中でも妙に印象的だったのが、大村昆や藤田まことなどの上方コメディアンの皆さんによるものでありました。
 まず、ここでは、「番頭はんと丁稚どん」(1959年)や「頓馬天狗」(1959〜61年)などに出演していた大村昆の「頓馬天狗」バージョンであります。
 私の記憶によりますと、これは、番組のちょうど中間辺りで、ストーリーとは殆ど関係なく、頓馬天狗の衣装のままの大村昆が、やにわに懐から「天狗コマーシャル」と書かれた紙を取り出し、ミニコントのようなノリで「擦り傷、切り傷にはオロナイン軟膏」とか言うものでありました。
 劇場公開番組だったと記憶している「番頭はんと丁稚どん」では、確か、大胆にも舞台上にダイハツのミゼットなんかが登場するというような生CMをやっていたはずです。
 「とんま天狗」の場合は、さらに大胆にも、番組の主題歌の中に「姓はオロナイン、名は軟膏」という荒唐無稽の歌詞が織り込まれており、その後に、「子供が大好き、僕らの仲間、とんとん頓馬の天狗さん」というフレーズが続いておりました。主題歌の唄い出しや歌詞の他の部分はもう覚えていませんが、この、「姓はオロナイン、名は軟膏、子供が大好き、僕らの仲間、とんとん頓馬の天狗さん」という部分だけ、30年以上たった今も私の耳にこびりついているわけですから、CMとしては、実に偉大な宣伝効果があったということになります。
この「頓馬天狗」と「番頭はんと丁稚どん」は同じ時間枠の同一シリーズだったように記憶していますが、当時は、大体、単独スポンサーの提供でしたから、「番頭はんと丁稚どん」がダイハツの提供で、「頓馬天狗」は大塚製薬の提供だったということでしょうか。

 大塚製薬のCMということでは、生ではありませんでしたが、便秘薬のサラリンというCMで、煙突のお姉さんが詰まってしまい、弟の煙突が心配するというようなバージョンを、「便秘にすっきり、サラサラリン」という非常に直截的で分かりやすい歌詞のCMソングと共に思い出します。
 それと、やはり、生CMではなかったと思いますが、上方俳優の浪速千栄子さんの柔らかい語り口のオロナインのCMも非常に印象的でした。
 大村昆と言えば、昭和40年代に入ってからも、オロナミンCのCMにも出演し、ごく最近まで、放映されていたように記憶していますので、同一メーカーのCMタレントとしても、ずいぶん、息が長かったということになるのでしょうか。
 この「60年代のTVCM」の本文を書く際のバイブルとも言うべき『テレビ史ハンドブック』(自由国民社)は、「番頭はんと丁稚どん」と「頓馬天狗」について、次のように解説しています。
 「船場の薬問屋を舞台に、三人の丁稚が繰り広げる涙と笑いの関西喜劇。三人の丁稚たち(大村昆、茶川一郎、芦屋小雁)が、番頭(芦屋雁之助)にいびられながらも、それをギャグで笑い飛ばす。そのドタバタと、そこに流れる大阪らしい反骨精神が共感を呼んで、同じ時間帯の人気番組『私の秘密』(NHK)を凌駕するヒット番組となった。公開生放送。丁稚の一人、大村昆がこの番組で時の人気者に。1959年9月、鞍馬天狗のパロディー、『とんま天狗』(読売テレビ・日本テレビ系)で主役の座をつかんだ。 (中略) 61年4月終了。同月24日からは、『新・番頭はんと丁稚どん』(12/25終了)がスタートした。」 









           

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