60年代のTVCM

はっぱふみふみ〜パイロット萬年筆

最近は殆ど見かけなくなりましたが、1960年代の前半には、「5秒スポット」と呼ばれる瞬間芸のようなCMが登場し、僕らの記憶に残る多くの印象的なCMが現れては消えていきました。
そうした5秒CMの代表作の一つが、この大橋巨泉によるパイロット・エリートの「はっぱふみふみ」でありました。
『名作テレビ館』(徳間書店)は、「5秒スポット」CMについて、次のように解説しています。
「昭和37年から40年にかけ、5秒スポットの洪水がCM界を襲った。5秒で勝負するために制作者たちは知恵をしぼり、さまざまなテクニックを開発した。奇抜なキャッチフレーズと評判のコメディアンを組み合わせる作り方がとりわけ重宝され、植木等『なんであるアイデアル』、伴淳三郎『かあちゃん一杯やっか』などがその代表例である」
数ある5秒CMの中でも、この「はっぱふみふみ」は、最も私の印象に残っているCMの一つです。
資料によると、このCMの放映は昭和44年、つまり60年代の最後の年である1969年であり、私は、中学2年生の生意気盛りでありまして、世の常識人を小馬鹿にしたようなナンセンスさに感心したのを覚えています。

CMは、どこかスタジオと思しきところを背景にした大橋巨泉が画面に現れるなり万年筆のキャップをとり、その万年筆で紙に何かを書くという一連の動作を行いながら、「みじかびのきゃぷりきとればすぎちょびれすぎかきすらのはっぱふみふみ」ととぼけてみせた後、「わかるネ?ブハハハハ…」と笑い飛ばすというものでありました。このCMはよく見てみると、紙が載っているのは譜面台でありまして、もともとジャズ評論などでテレビ界入りした大橋巨泉の出自を思わせるものがありますが、僕らの世代にとっての大橋巨泉は、家族で見ていた「お笑い頭の体操」や禁断の「11PM」の司会者、そして、極めつけは、このCMが放映された1969年に始まる「前武巨泉のゲバゲバ90分」の司会者として強烈に印象を残した人であります。今の20代や30代の人たちにとっては、「お笑い頭の体操」の後番組である「クイズダービー」の司会者ということになるのでしょうが。
私の場合、番組名は忘れましたが、「お笑い頭の体操」の前の番組で、「しーあわせって何だろうな、しーあわせっていいことさ…」とかいう歌詞の主題歌のホームドラマの端役で出ていた人が、突然、新番組の司会者として出てきたので、この人は一体、何者なんだろうと思ったのが、大橋巨泉との出会いでありました。

最近の氏の活動については、寡聞にして知りませんが、確か、1年の3分の1ずつをカナダやオーストラリアや日本で過ごすというような、羨ましい生き方をしているはずです。個人的な話をすると、私は、現在の海外旅行の専門出版社に入ったばかりの頃、すでに10年以上前の話でありますが、確かホテルオークラで開かれたカナダ大使館主催のパーティーで一度お話をさせていただく機会があり、非常に丁寧に受け答えをしていただき、テレビの画面の印象とはかけはなれた、その誠実さに驚いた記憶があります。それは、ともかく、マージャンや競馬、ゴルフなどの遊びの話と政治や経済など時事問題の話を同じ次元で軽妙に語り分ける洒脱さは、大袈裟に言えば、その後の、日本人の生き方やライフスタイルに少なからず影響を与えたのではないかと思ったりもするわけです。

話は脈絡もなく続きますが、パイロット萬年筆というと、思い出すのが、ノック式のキャップレス萬年筆であります。私が子供のころは、中学に入る時に萬年筆を買ってもらい、高校に入る時に腕時計を買ってもらうというのが、地域社会の根強い風習として残っていたものでありまして、僕は、子供のころからモノを無くしてばかりいる人間でしたので、子供心にも「萬年筆を持つようになったらキャップをすぐなくしてしまうだろうから、萬年筆を買ってもらう時はキャップレスがいいな」と思い、当時、発売されたばかりだったパイロットのノック式キャップレス萬年筆というのを買ってもらったのでありました。
最近は、このノック式の萬年筆というのを見かけなくなりましたが、もう製造されていないのでしょうか。


[資料編]

「テレビ史ハンドブック」(自由国民社)
■はっぱふみふみ(パイロット萬年筆)

この年、日本は大学紛争のまっただ中。東大安田講堂攻防戦がテレビで生中継され、「断絶」が大流行語となった。テレビ番組では、大橋巨泉の「ゲバゲバ90分」が大ヒット。そんな中で「みじかびのキャプリて、とれば…」と奇妙なわけのわからない言葉と共に大橋巨泉が登場するCM「はっぱふみふみ」が突然の如く出現する。このCM、わからない面白さも手伝って、感覚派の人々(特に子供達)に強力にアピールし、世間を大いに騒がせ、流行語を産む。恐らく、話題度、パワー度はTVCM史上、1、2位を争う程であったと思われる。当時の資料によると、「パイロット萬年筆は業績不振のまっただ中。しかし、この思い切ったCMの大成功により(もちろん、企業内改革の努力もあったが)超急速に売り上げを伸ばし、昨年奪われたプラチナ萬年筆の首位の」「座も、来年には奪い返す勢い」とある。しかも、面白いことに「はっぱふみふみの万年筆ください」と子供達が買い求めていったという。このナンセンス表現の走りとも言えるこのCM、大げさに言えば企業を救ったCMと言うこともできよう。

「TVグラフィティ」(講談社)
★はっぱふみふみ

「みじかびの きゃぷりきとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ」といったあとで、巨泉は「わかるネ?」という。わかるはずがない。それを「わかるね?」と押しつけてくるところに、このCMの人を食ったおかしさがあり、同時に“断絶の時代”を揶揄する批評性があった。
それはまた、モットモらしい美辞麗句を並べるばかりで、実は何も語っていない世のCMへの、痛烈な批評的表現でもあった。このCMを見たあとで、ほかのCMに目をやると、アホらしく見えてしまうのである。このCM一本で業績不振を伝えられていたパイロット萬年筆は、完全に立ち直ったという。その理由もまた「わかるネ?」といったところだろう。(パイロット萬年筆・昭和44年)









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