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既に、この「60年代通信」のトップページのコラム“60s えれじい”でも何度か書かせていただいている通り、今月(1998年8月)20日、小学館の『ドラネット』というインターネットのオンライン学習システムに新設された「ドラネット・マガジン・クラブ」のメニュー「どこでもドア」の中にある「タイムマシン」というコーナーで、この「60年代通信」をご紹介いただいたのみならず、リンクまで張っていただくという栄誉に浴することとなりました。
右の画像にあるトップページの説明によりますと、「ドラネットは小学館が提供するパソコンとインターネットを利用した会員制の学習システム」だそうでありまして、ご覧になれば分かるように、ドラえもんと一緒に小学生の皆さんが楽しみながら学習できるように工夫されたホームページであります。パソコンもインターネットもない時代に育った私としては、こんな楽しそうなホームページで学習できる今の小学生が羨ましい限りですが、ウチのカミさんは、「こんなので勉強されたら、電話代がかかって、かなわないわ」と言っておりました。確かに、このドラネットに限らず、インターネットを本格的に使おうと思ったら、つなぎっぱなしでも月20〜30ドル程度しか電話代がかからないと言われている米国並みの電話料金にならないと、日本のインターネットの世帯普及率というのは、いつまで経っても、テレビのようなことにはならないのではないかと思われます。ここは一つ、電話会社各社に頑張っていただきたいと思うわけですが、やはり、来年夏に予定されているNTTの完全民営化が実現されるまでは、そういう事態の改善を望むのは実現は難しいのでしょうか。
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その辺りは、今後も、関係者の皆さんの努力に期待させていただくことにしまして、話を続けさせていただきますと、「ドラネット・マガジン・クラブ」の中にある“どこでもドア”というのは、インターネットのリンクという機能を非常に上手く捉えたメニューでありまして、要するに、リンク集と検索エンジンを兼ね備えたページになっています。左の画像にある“どこでもドア”のトップページでは、次のように説明されています。
「どこでもドアは、インターネットの入り口だ。勉強のこと、遊びのこと、ニュースや情報(じょうほう)、インターネット上に公開(こうかい)されていることならなんでも、ここからアクセスできるよ。興味(きょうみ)のあることや、場所を調べたいなら「地球大博物館」、歴史のことを調べたいなら「タイムマシン」。キーワードでネットワーフィンできる検索(けんさく)エンジンも、使い方になれると便利だよ」
ということで、タイムマシンのボタンをクリックすると、「ドラえもんのタイムマシン」というページに飛んでいきます。
その「ドラえもんのタイムマシン」のトップページでは、さらに、次のように解説されています。
「過去や未来や、歴史に関係するカテゴリーで調べたいなら、その時代をクリックしてみよう。大昔の恐竜(きょうりゅう)のことや、中世(ちゅうせい)の時代のことや、未来のことを説明していうページにたどりつけるよ。バーチャルのタイムマシン感覚を味わえるよ」
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この「ドラえもんのタイムマシン」のページには、「未来」「ぼくらがうまれた現代」「ライト兄弟の時代」「王様がいた時代」など、おおざっぱな時代区分がされており、「ぼくらが生まれた現代」という括りでいうと、実は、私達の世代も平成の小学生の皆さんの世代も、“同世代”ということになるわけであります。
さて、その「ぼくらが生まれた現代」のボタンをクリックすると、右の画像にあるような「現代」に関わる内容をコンテンツとする色々なホームページのリンク集のページが現われまして、リストのトップには「泉谷しげるの『日本をすくえ!』のホームページ」が紹介されています。右の画像で言いますと、上から4番目には、「お父さんやお母さんが小学生だったころの流行(りゅうこう)」という見出しで、なんと、この「60年代通信」も紹介していただいているわけであります。
「1960年代に流行(はや)ったもの大集合のページだよ。TVCMや雑誌にマンガ、おもちゃや遊び、お菓子、歌謡曲(かようきょく)とか」
というのが、「60年代通信」の紹介文でありますが、今の子供達にとっては、ひょっとすると、この「歌謡曲」という言葉は、既に、死語なのかもしれないなどと思ったりもしています。
そういうことになってくると、私達が小学生時代を過ごした1960年代というのは、やはり、今の小学生にとっては、かなり、教科書的な歴史上の一時代区分というような捉え方の対象となるような時代なのかもしれないとか思ったりもしてしまうわけです。
確かに、考えてみれば、1998年の今から振り返ると、私が「1960年代」という言い方で括らせていただいている1955年から1974年までの20年間というのは、最も時代的に遠い位置にある1955年という年は、もう43年も前のことであります。最も近い1974年にしたって、24年前ということになります。
例えば、私の学年で言いますと、私が小学6年生だった1967(昭和42)年に置き換えてみると、この「60年代通信」というホームページは、何と大正13年ころから昭和18年までを対象としているという感じになるわけです。つまり、この「60年代通信」が対象とさせていただいている時代は、私達が子供の頃の場合でいうと、戦中・戦前どころか昭和以前の時期ということになってしまいます。
いつも書かせていただいている通り、60年代以降のタイムスケールと60年代以前のタイムスケールには、かなりの差異があるというのが私の持論のようになっているわけですが、例え、そうだとしても、やはり、今の小学生の皆さんにとっても、「1960年代」という時代は、間違いなく、教科書的な歴史上の一時代区分ということになってしまうのでしょう。
小学生の皆さんがどのくらい、この「60年代通信」にアクセスしてきてくれるようになるのか、見当もつきませんが、一応、小学生の皆さんを対象とする本格的なサイトからリンクを張っていただいた以上、やはり、よく冗談めかして大袈裟に書かせてきていただいている「60年代サブカルチャーの語り部」としての「60年代通信」というホームページの責任も重くなってくるのではないかと思ったりしてしまうわけであります。
とはいえ、今の小学生よりも、さらに後に生まれた私の4歳の次男でさえ、鉄腕アトムやブルーコメッツという紛れもない60年代のポップ・カルチャーを、私と一緒に疑似リアルタイムで体験し楽しんでいることを考えると、これまで通り、私なりの思い入れで「60年代」の様々な事象について、その熱を失わないように伝えることが出来れば、きっと、今の小学生の皆さんにも楽しんでいただけるのではないかと、楽観的かつ楽天的に考えてみたりもしています。
何れにしても、これからも、これまでと変わらず、私の「60年代」への熱い思いを、このホームページを通じて、出来る限りストレートにお伝えしていきたいと意を新たにしておりますので、50年代や60年代、70年代に小学生だった皆さんも、どうか、引き続き、「60年代通信」とお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。
(C)1998 Kiyomi Suzuki