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源氏ファンの助け合い(^^)
源氏物語質問箱A4 「げんじろーど」に集う 素晴らしい仲間が回答してくれました。 ありがとうございますm(__)m |
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さんの疑問 | 紫と源氏が新枕をかわした時の紫の気持ちの変化を教えて下さい。若紫から紫の上になった時の源氏に対する気持ちの変化です。 |
・祖母亡き後、無理やり二条院に連れてこられたとは言え源氏はずっと紫の君の世話をしてきました。なので紫の君は源氏のことを、父親か兄のような存在とし
て見ていました。けれど、新枕を交わしたことで源氏の本当の目的が何だったのかを知り、当然のごとく紫の君は源氏を拒絶します。源氏を父や兄のように思っ
ていた彼女にとっては新枕を交わしたことは、裏切られたも同然でした。また、同時にこれまで源氏に頼っていた自分をも愚かだったと責めるようになります。
しかし、その後、源氏が自分の事を実の父親に知らせて出自を整えてくれたり、裳儀を行ってくれたりなどなど細やかな心遣いをしてくれたので新枕の事を許
し、源氏を夫として認めるようになります。[朝月]
・朝月さんのおっしゃるとおりの内容は「あさきゆめみし」に詳しい描写があります。原作では、新枕の後、源氏の行動を恨みその人を頼りにしていた自分が情
けない、という感じではありますがその後の父宮へ消息を知らせたり裳儀をとりおこなったという描写に比べると、どうほだされていったかなどは書かれていな
いようで…。[はや]
・その後の2人の関係から推察するしかないようです。[はや]
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さんの疑問 | 源氏と藤壺との関係は、桐壺巻以後どのようになったのですか? |
・藤壺が冷泉帝を懐妊し出産して以来は、慕い続けたようですが冷泉帝のために政治的な良きパートナーの関係でした。(藤壺の出家も冷泉帝と源氏を守るため)しかし、藤壺の死後は「永遠の女性」として源氏の中に面影が残ったようです。[桜姫]
・上昇しました[(●´ω`)]
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さんの疑問 | 「源氏物語」葵巻との違いに注目しながら、「能」葵上を説明できますか? |
・あまり詳しくはできませんが、「源氏物語」における葵巻では、六条御息所は怨霊として少ししか出てきませんが、「能」では「源氏物語」よりも六条御息所の源氏を恨む心情が多く描かれています。[はつはる]
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さんの疑問 | 「上」っていうのは正室の女性についた敬称ですよね?(例→葵上)では、「御方」や「君」というのはどういう人につく敬称なんですか?(解りにくくてスミマセン;) |
・上とは正室以外にも敬うべき立場の人などを呼ぶときについたようです。(紫の上の呼び方「対の上」や宇治の中姫君の「上」など正妻以外の正妻に準ずる立
場の女性に使われている場合)女三宮は源氏の正妻ですが、たしか上とは呼ばれていなかったように感じます。内親王と言うこともあるでしょうが、身分以上に
本人の資質があまり人から敬われるという性格ではなかったからでしょうか?御方、や君は現代ならば「〜さん」といったように敬意を込めつつ、「上」ほどの
身分はない(というよりは「上」よりは気持ち的に親しみがある感じでしょうか?)と考えててよいと思われます。[はや]
・はやさん、どうも有難う御座いました。そうだったんですか、上はてっきり正室だけだと思ってましたが;そうですよね、紫の上も正室じゃないのに敬称が上ですし・・・御方や君の意味もようやく理解できました。解り易い説明有難う御座います。[サト]
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さんの疑問 | 源氏にとって、夕顔とはどんな女性だったのですか |
・源氏に限らず、夕顔という女性は男にとっては庇護欲をそそる、自分が一生その女を守って生きたいと思わせる、あるいは視は意欲を満足させるタイプの女性のようです。[はや]
・夕顔は源氏がまだ若い時に出会った女性ですよね。その頃の源氏は藤壺の宮への思いも昇華しきれず、正妻の葵の上との関係も良好ではありませんでした。そ
れに六条御息所との関係にも窮屈な思いを感じていました。そんな時に会った夕顔は、はやさんのおっしゃるように頼りなげで守ってやりたいと思わせる存在、
尚且つ葵の上や六条御息所のように気位が高くて付き合いにくい女性ではありませんでした。そんな性格の夕顔は、その頃の源氏にとっては最高の癒し系の女性
だったのでしょう。[朝月]
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さんの疑問 | 帝は桐壺更衣との間の子を、なぜ源氏にしてしまったのですか? |
・親王、あるいはその宣旨がなくとも皇子として扱っていけば、皇位につく可能性がゼロではありません。ですが源氏にはしっかりとした後ろ盾もなく、対する
弘徽殿大后と朱雀帝には右大臣一族という確たる後ろ盾がありました。そのような状況で源氏を皇子扱いのままおいておくのは才能があるためかえって危険で
す。場合によっては源氏の皇位冊立を危険視する敵対勢力に命を狙われかねません。[はや]
・それとともに桐壺帝は皇族の政治的発言権の無さも知っていたのでしょう。親王になれても品位を与えられても公卿の談義には参加できませんし、名前だけで
実際の政治に関わることは出来ません。臣下になれば親王のそういった制限にとらわれず、昇進を重ね権力中枢に入り込む可能性は高くなりますし、源氏にはそ
れだけの能力もありました。[はや]
・物語では人相を見て「帝になれば世が乱れる」といわれたことも原因の一つですが、実際に源姓にくだったことによっての利益はあったかと思われます。[はや]
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さんの疑問 | 光源氏はどのような点において優れているのでしょうか? |
・楽器なんかも全般できたようです。何より女性に対しての口説くせりふに注目してよんでみると結構言葉巧みという感じです。そういうところも源氏の優れた点と言えると思います。[はつはる]
・はつはるさんの指摘どおりなんですが、どうも、これに特化している、という以上に、神格的な存在として源氏の存在を捉える研究者も少なからず居るみたい
です。『源氏物語』以前に成立していた『竹取物語』と絡める研究が多いのですが、かぐやひめも光源氏も光を持った人物であり、その光は、かぐや姫の場合は
月の都の者であるという点、源氏においてはいまだかつてないほどの美貌と類まれな才能、運をもっているという超人的なところに由来するようです。また、こ
の「光」の問題で共通して指摘されるのが対概念となる「影」で、かぐや姫の場合は月に戻るために訪れる別れであり、源氏の場合は藤壺との密通事件とそれに
よって皇子が誕生してしまったことであるようです。詳しくは高田祐彦氏や鈴木日出男氏などの著作を読んでみてください。[若草]
・若草さんのコメントとても楽しく読ませていただきました。源氏物語論文は多くあり、さまざまな考えがあって読んでいておもしろいですよね♪鈴木氏と高橋氏はかなり有名ですよね。竹取とのつながりも今度調べてみたいと思います。感想ですみません〜。。。[はつはる]
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さんの疑問 | 光源氏はどのような点において優れているのでしょうか? |
・光源氏は、小さい時から勉強が優れていたようです。こんな短い解答ですみません。[近江の君]
・まずは容姿です。女性であったならさぞ素晴らしい女人に違いないと周りの男に思わせるほどに美しかったのです。[はや]
・歌、楽、書、画。芸術という芸術全てに優れ[はや]
・貴族でもトップクラスの名人でした。[はや]
・若い時分は浮薄な感じが否めませんが性格は人懐こく愛嬌があり、少しつれない態度をとられても思わず許してしまう可愛げがあったようです。[はや]
・女性に対しては気が多くとも一度関わった相手のことをずっと心に置いておく優しさもありました。また個々の女性の欠点を踏まえた上でその美点を愛することの出来る器量もありました。[はや]
・箇条書きであげるならばこのくらいですが、各人物の魅力は他人に聞くのではなく物語をお読みの上で自分の解釈を見つけるのが良いと思われます。他人に答えを求めた物はあまり身につきませんから。[はや]
・すぐ行ってみるとか、hするとか。強引だけど[まゆこ]
・すみません。さっきのつづきです。[まゆこ]
・、、、素直で、話しやすい。(葵以外かな)だから若いときモテてたのかな。あと、いっぱい女を持ってたから、女としては自分も他の女と競争しちゃう。でも、学問もだね。父親の厳しさもすこーしあるし。[まゆこ]
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さんの疑問 | 空蝉は光源氏の子を身籠ったのでしょうか? |
・源氏物語の中ではそのような事実はありません。源氏の子供を産んだのは、葵の上、明石の君、藤壺の宮だけです。[朝月]
・朝月さん、お答え有難うございました。多くの女性を知った割には光源氏の子が少ないような感じがしました。[明石の姫]
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さんの疑問 | 宇治十帖編では、秋好中宮様はどうなってしまったのですか? |
・「竹河」の帖に登場しています。上皇御所にて冷泉院の御息所になっています。内容については「竹河」の帖をご覧ください。 http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/version44.html[たー坊]
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さんの疑問 | 源氏物語において、藤壺はどのような役割をしているのですか?? |
・「藤壺」は物語中に3人いるので最初は「桐壺院の藤壺」ですと、最初は源氏の母親代わりとしてでしたが互いに惹かれ、子(冷泉院)が生まれるという問題
になりました。この藤壺が見方によるのですが源氏の理想の女性となります。理想から生じて紫の上を自分の妻にします。 「若菜上」の帖に出てくる藤壺は前
記の藤壺の異母妹にあたります。かつての源氏の体験(藤壺に惹かれた事)がきっかけでその娘の女三の宮を妻にします。 「宿木」の帖に出てくる藤壺は薫の
妻になった女二の宮の母親です。この藤壺は物語には深く影響はしません。なお、これらの解釈は物語を読む人次第で異なります。[たー坊]
・たー坊さんの、おっしゃっているように藤壺は源氏の理想の女性です。特に役割としては、彼女がいなければ源氏物語はあんなにも長編にはならなかったと思
います。藤壺→紫の上→女三ノ宮と源氏は藤壺の面影を追っていくわけです。源氏の恋する藤壺以外の女性はある意味すべて形代なのだと思います。[はつはる]
・藤壺は源氏の母、桐壺更衣の面影から彼女自身の移し身、紫の系譜となる紫の上、女三宮を通して物語の軸となる女性だと思います。ただ、理想の女性像とい
うものを追い求めるあまり初期の彼女については掴み所のないあやふやなイメージが付きまとっているのは否めないようです。出家して女院となってからは人間
くささが出てきて人物に厚みが出ましたが、その分読者の好き嫌いが分かれるようです。[はや]
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さんの疑問 | 源氏物語の原文(瀬戸内源氏、橋本源氏、田辺源氏などは除く)について ですが、資料や文献によって文章や解釈が異なるのは藤原定家(定家直筆本)、源融(明融本)、青表紙本系・大島本の組み合わせ方によるものなのか、「明融 本」や「青表紙本系・大島本」にも種類(散逸しているなど)が色々あるからなんでしょうか |
・それぞれの作者の方はやはりそれぞれの組み合わせなどは自分で研究したり、人物の心情、当時の風俗などから推察して自身が納得のいく作品に仕上げている
と思います。ただ、作者自身の年齢や物の見方によって異なる一つの作品の解釈が違う作品のように読めてくることもあると思います。またそれぞれ研究したこ
とを持ち寄って今まで自分の考えてきたことと照らし合わせて、それで全ての方の作品が同じ解釈、作品になるというのはそれこそ困難ではないでしょうか?[はや]
・ここ、げんじろーどに集う研究者でない人たちであっても、それぞれ個人の解釈や想像を持つのですから。そのように解釈を突き詰めていった結果として青表紙本。大島本といった系統に分かれた源氏物語が、そこからそれぞれの作者の作品が生まれていったのでしょうから。[はや]
・当時からいろいろと考えがあったのですね。お答えありがとうございました。[たー坊]
・文章が異なるのは、平安時代は印刷というものができなかった訳ですから、書き写していくうちに間違いも生まれてきます。もしかしたら書き写している人の感情なんかも入ってしまって大きく変わってしまったところもあるのかもしれません。[はつはる]
・上にあげてあるものは、この方たちが、その多くの書き写された本を自己の判断でまとめたものと思っていいと思います。[はつはる]
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さんの疑問 | いわゆる、源氏の『初めての女性』って誰なんでしょうか?正妻の葵の上?、それともこの時代の貴族なので、初夜の前に、色々準備?というか、色々教える女性、(女房)がいるのでしょうか・・・・? |
・源氏のはじめての相手は誰なのかは分かりませんが、実際にいろいろ教える女房はいました。そういう事に長けている女房がその時の男女に教えていたりしていたようです。[たー坊]
・見方によりますが、「末摘花」の帖に出てくる「大輔の命婦」はそんな感じがします。[たー坊]
・源氏の元服の年齢が今の満年齢だと11歳ということを考えると葵の上、という気もしますが葵上も側についた女房から教えられてのことだとおもいます。当
時は防音などしてませんでしたらから、仕える女房達のもとに男が忍んでくるのが分かりますので自然性行為については聞き覚える機会も多いでしょうし。知識
については乳母が教える場合がほとんどだったようです。時代が下ると乳母自身が初めての相手をする場合もあったようですし。[はや]
・たー坊さんの言うように大輔の命婦は源氏が気安く使っておりますから多分床を共にする機会はあったと思います。ですが当時は女房は主と寝ることは仕事の
一環みたいなところもありますし。源氏の乳兄弟ですから年もあまり変わらないでしょうから少し最初の相手としては…という気もします。[はや]
・「↑の『大輔の命婦』はそういう手ほどきなどをしていた女性ではないか」というのを忘れていました。m(_ _)m[たー坊]
・確かに年齢を考えると源氏の相手ではなさそうですね。[たー坊]
・「大輔の命婦」の事は「そういうことをしていた女性かと考えられる」と答えればよかったと思います。混乱させて失礼しました。[たー坊]
・たー坊さん、はやさん有難うございました。この時代の女房や乳母は、色々な意味で重要な人達なんですね〜。今の感覚では、あまり理解できませんが・・・・・。色々勉強になりました。[葵]
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さんの疑問 | 紫の上と源氏の年齢差が本によって違うんですけど。。。 |
・本の作者の考え方や使用した資料文献の違いによって異なったりします。そもそも紫式部の自筆が存在していません。藤原定家や源融が書いたのが現在の源氏物語の主流ですが(他に「河内本」とかがある)、これも本によって異なりがあります。[たー坊]
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さんの疑問 | 頭中将って葵の上より何歳年上なんですか |
・具体的な年齢記述はありません。位の進み方や源氏との仲の良いことから5〜7,8歳差ではないかと推測されているだけです。[はや]
・蛇足ですが、朱雀帝は葵の上より1つ下だと、どこかで聞きました。[まぽりん]
・>まぽりんさんのおっしゃるとおり、朱雀帝は源氏より3歳年長ですので、東宮妃と目されていた葵とは一つ違いです。[はや]
・葵の上は、源氏の君より4歳年上ですから、はやさんのおっしゃった通り5〜7、8歳位だと思います。[近江の君]
・お答え有難うございました。[rei]