2006年イタリア総選挙

イタリアの新選挙法の一口解説   =随時改稿

  イタリアの選挙法が改正されました。1993年に制定された旧選挙法は、ちょうど同時期に
 政治改革を始めようとしていた日本の選挙法改正にも大いに参考にされたものでした。
 93年の選挙法は、イタリアにおいては1992年に捜査が開始された大汚職事件「タンジェント
 ポリ」(汚職都市)のために、戦後40数年以上続いた主要政党のほとんどが解党ないし
 再編を余儀なくされ、一連の国民投票による政治改革の一環として選挙法改正が行われた
 のでした。それ以後のイタリア政治は新しい政党や選挙連合の組み合わせによって展開した
 ため、1948年の共和国憲法が継続しているにも関わらず、「第2共和制」に移行したという
 議論が多くなされました。「移行」がいつ終わったのかがなかなか定かではないのですが。

「選挙制度マニア」?のイタリア
  新選挙法の説明に入る前に、これまでの選挙法のおさらいをしておきましょう。イタリア
 は奇妙なことに、政治改革が常に選挙制度改革と同義であるような議論が続いてきました。
 私は、いまだにこのイタリア的心情の本質を解明できずにいます。ともかく、そこには、
 正しく国民が選挙で代表されれば、政治がよくなるはずだという、前提があるようです。
 日本人的感覚からすると、イタリアにせよ、日本にせよ、社会構造そのものを変えないこと
 には、どうしようもないだろうと思い勝ちなのですが、この点でイタリアとは相当温度差が
 あります。私がフィレンツェで授業を聞いたダリモンテ教授は、選挙制度を数回の講義に
 分けて説明しながら、「まったく、イタリア人は選挙制度マニアだからなあ」と冗談半分に
 ため息をもらしていたものです。

 文化としての「比例代表制」
  こんな小見出しをつけると、同業者(日本のイタリア政治研究者=結構いますよ)の先輩
 たちから馬鹿にされそうですが、戦後のイタリア共和国には、比例代表制というのは、独裁
 を避けて少数意見にもそれなりの地位を与えるという社会の大前提だった気がします。92年
 以前の国政選挙が比例代表制だったというだけでなく、労組の職場代表も、学生自治会も
 みな政治イデオロギー別に組織があって、比例代表で役員を選んでいたものです。
  92年以前の比例代表制にはもう一つ、特徴がありました。それが、もう古くなりましたが、
 あのハンガリー生まれのポルノ女優イローナ・スターレル、別名チッチョリーナを当選させた
 選好投票制度です。拘束名簿方式なのですが、一定数まで候補者個人への投票が認められ
 同じ名簿内で得票の多い候補が当選するため、小政党「急進党」から出馬したスターレルは
 人気投票的に票を集め、当選してしまったわけです。(これは下院の場合)
  しかし、この比例代表制は、ドイツのような極小政党排除の阻止率もなく、多党分裂から
 連立政権の不安定、そして何よりも国民に政党は選べるが、政権は選べないという不利益を
 増進したため、大汚職事件で連立与党の大物が次々に嫌疑を受けると、根本的な改革が望ま
 れるようになったわけです。

 93年の選挙法
  国民に政権選択を可能にするのは、どのような制度か?最も明快なのはイギリス式の完全
 な小選挙区制です。2大政党が1対1のガチンコで白黒つける、真に明快な制度です。無論、
 それこそ中学生でも知っているように、これには負けた側の死票が多すぎるという欠点もあり
 ます。多党化に慣れ親しんだイタリアが一気にこの方向に行けるはずもなく、上下両院とも、
 小選挙区75%、比例区25%の並立制になりました。
  といっても、日本とは比例区の仕組みが大きく違います。日本のような惜敗率は使いません。
 ・小選挙区候補は、比例区のいずれかのリストとの連結が必要で個人立候補はできない。
  (リストを、政党名簿とは訳せません。なぜなら、一政党でも複数政党でも作れるからです)
 ・一人の候補は一つの小選挙区、三つの比例区まで重複立候補できる。
 ・投票は小選挙区で候補者、比例区でリストに投票する二票制。
 ・比例区の議席配分は、複雑なので詳細は省きますが、議席配分は各党の得票総数そのままで
  なく、小選挙区の勝者の票数を一定程度差し引いた数をもとに配分を始める。これによって
  小選挙区の敗者側にも多くはないが一定数の議席が保証される。
  いかにも、比例代表制に長く親しんだイタリアらしい制度です。しかし、これは確かに政党
 の行動を変えました。2大政党にはならなかったけれど、少なくとも「中道・右派」と「中道・
 左派」の2大政党連合に分かれて戦うようにはなったのです。
  この選挙法で戦った過去3回の総選挙のうち、最初の94年こそ、右派、中道、左派の3派に
 分かれましたが、この中道が左右に分かれ、96年と2001年は「中道・右派」と「中道・左派」
 の2大連合の勝負になったのです。2001年には2大連合の合計は得票率で89.7%、議席数では
 97.6%に達するなど、下院比例区での阻止率(全国得票数4%以下のリストには議席配分せず)
 も効いて、2大連合に入らないことには少数政党は存続できなくなりました。
  しかし、2大連合はできても、2大政党はできずに、多数の政党が存続し続けました。少数
 政党は、小選挙区で数は少なくてもどちらかの連合の統一候補となることで生き延び、政権を
 組むときになると、ポストや政策で交渉力を維持してしまうのです。大き目の政党にしても、
 かつてのキリスト教民主党や共産党ほど大きい党はなく、小政党を排除した連合は左右とも
 ありえませんでした。結局、2つの路線はできたものの、政党の多さと連合内の内紛による
 政権の不安定さは、変えられなかったのです。
 
 2005年成立の新選挙法
  今回の選挙法改正は政治改革の高い理想に基づいたものではありません。上下両院で
 多数を持ちながら、次の総選挙で負けそうな連立与党「中道・右派」の利己的な目的による
 ものです。もう一つ、これは比例代表制なのですが、92年以前に戻ってしまうわけでもなく、
 90年代の2大連合の戦いの要素も残るという中間的なものです。
  下院では、
 ・新選挙法による比例代表制が適応されるのは、28選挙区のうち、ヴァレダオスタ選挙区
  (定数1)と外国居住者選挙区(新設、定数12)を除く26選挙区。選挙区は旧来の選挙で個々の
  小選挙区を小さい州は州で1つ、大きい州は州で複数のグループでまとめていた選挙管区
  とでも訳すべき区分が今回選挙区として使われるので、日本流の理解では、大選挙区とで
  も考えたほうが理解しやすいかもしれない。つまり、人口の多い6州=ピエモンテ(2)、
  ロンバルディーア(3)、ヴェネト(2)、ラツィオ(2)、カンパーニャ(2)、シチーリア(2)
  が複数の選挙区を持ち、ほかの州は州で1つの選挙区をなす。したがってヴァレダオスタ
  州を除く19州で26選挙区になる。
 ・候補者には投票できず、選挙区ごとにリストに投票。ただし、ヴァレダオスタ州(北西部
  の仏語使用地域の小さな自治州)は議員定数が元々1人なので、全国でここだけがこれま
  で通りの1人区となる。
 ・リストは拘束名簿式。候補者に固定的な順位がついている。候補者個人への選好投票は
  できない。
 ・議席配分はまず比例代表制を採用する26区の得票を合計し、得票数に応じて各リストの
  議席数を決定する。この第1段階の配分に参加できるリストは下記の条件が必要。
   ・一政党が単独でリストを作った場合、議席獲得には得票率で4%以上が必要。
   ・複数のリストによる連合を形成する場合、連合内の各リストは得票率2%以上が必要。
   ・複数のリストによる連合10%以上の得票が必要。
   ・連合内で2%に満たないリストの得票も、属する連合の得票とされる。
 ・もし得票数による配分で、勝者である連合に下院総議席数の54%にあたる340議席よりも
  少ない議席しか配分されない場合は、340議席まで勝者へのプレミアムとして議席が与え
  られる。過半数が316議席なので、選挙後の政権与党は最低24議席過半数を上回る。
 ・したがって、議席は勝者の連合が340議席、敗者の連合が277議席を有資格政党のみで
  比例配分する。しかし、有資格政党への配分は、各党の当選者一人あたりの得票数が
  別に計算する当選基数(理論的に当選者一人を出してもいい得票数)を下回らない数
  までで、それで残った連合内の議席は、2%以下の得票を得たなかで最大の得票を得た
  政党に与えられる。従って、2%以下の政党で最大の政党はわずかながら議席獲得の
  可能性がある。

 ・この後、各選挙区でさらに議席配分を行う。(この過程はやや複雑なので別の機会に)
  上院は、
 ・比例代表制だが、得票数の全国合計でなく州合計により配分。リストは拘束名簿式。
 ・議席獲得に必要な得票率は連合で20%、単独政党8%、連合内政党3%。
 ・下院同様、ヴァレダオスタ自治州は定員1人の特例一人区。ただし、トレンティーノ・アルト
  =アディジェ自治州
は、2自治県を各3つの1人区に分割し計6人の議員を選出したのち、
  全州レベルの比例配分に移る。その方式は旧選挙法の比例区選出同様、小選挙区の
  勝者の連合の得票を一定度差し引いた得票数で計算する。この比例配分は1議席のみ。

  なぜ、これが与党の勝手かといえば、政党数の多い野党「中道・左派」のほうがリストを
 作るのが難しいからです。与党「中道・右派」は4党に収斂しており、これらは最少のUDC
 でも5%くらいの得票率を持っているので、2%なら、すべての党が議席を得るでしょう。
 後は、それぞれがんばれよ、といえるわけです。一方の「中道・左派」は10党のうち、DSと
 マルゲリータ、再建共産党は確実ですが、ほかは小政党同士で連合を組まないことには微妙
 です。リストの組み方にも研究が必要で、せっかく予備選でプローディを統一首相候補に
 選んだ団結が、それぞれの議席獲得に緩んできます。
  世論調査は左派有利ですが、ベルルスコーニのしかけた罠に嵌らないで乗り切れるか?
 その情勢分析は、また別の機会に。

 「やそだ総研」ホームに戻る