収まりきれない何者かが‥ 救世観音(奈良 法隆寺).

両手で抱えるように持つ「宝珠」から湧き上がる火焔のように、怒りがこみ上げているのか‥

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※ここに掲載する写真はパンフレットや雑誌等からスキャンしたものです。まずかったら訴えずにまずご一報を。                                

辛かったでしょう。
悲しかったでしょう‥

千数百年もの間暗い堂内に一人、白布をグルグル巻きにされ、厨子の中に閉じ込められて‥

哲学者の梅原猛氏が『隠された十字架』で、この「救世観音」が創られた経緯を熱く論じていますが、私はそんな「経緯」よりもこの「救世観音」がどんな気持ちで閉じ込められていたが気になります‥

法隆寺には、この厨子を開ければ必ず雷鳴があるという古くからの言い伝えがあったそうです。
嘉禄3年(1227年)、「勝鬘会」(しょうまんえ)の本尊としてこの「救世観音」を模造しようとしたところ、模刻した仏師が即刻死亡するという事件が起きます。

仏像の中に潜んでいる何者かの怒りに触れたのか。

その後、元禄年間に一度だけ修復した記録がありますが、それ以外は人々は「たたり」を恐れ、秘仏扱いとして厨子の中に閉じ込めていたのでした。
そしてご存知のように、明治時代にフェロノサと岡倉天心がこの「救世観音」を法隆寺の反対を押し切り、呪縛から解き放つのでした‥


去年、私は初めてこの仏像を観る事ができました。
法隆寺夢殿‥薄暗い堂内で、厨子の中で一人立っておられる「救世観音」。
厨子の前に置かれた供物や、花などで全身は見れません。お顔だけがフッと薄暗い中で浮かび上がる情景に一瞬ゾックとしました。
私以外の拝観者も多く、わずか数十秒の対面でしたので細かいところまで観ることができなくて悔やまれます。
しかしその後、写真などでこの「救世観音」を観るたびに、その微笑とは裏腹の、「収まりきれない何者」かが潜んでいるように思えてきたのでした‥

その「収まりきれない何者」とは、伝説のように聖徳太子の怨念か、それとも‥

仏像というより、「生気」と「妖気」が入り混じって漂う不思議な像。
もしこの仏像を、正面から強い光を当てると、バックに映る影にはこの仏像ではない、恐ろしい魑魅魍魎(ちみもうりょう)が現れるのではないかとさえ、思ってしまいます。

ですからいっそのこと、この「救世観音」を薄暗い夢殿から出してあげて、あの「百済観音」と同じように保存状態の良い「大宝蔵院」の収めて、今までのように春と秋だけの公開はやめて、一年中拝観できるようにしてあげる。
そうすればこの「救世観音」に宿る何者かを、鎮めることができるのではないでしょうか‥

これこそが本当の「呪縛」から開放‥

「救世観音」自身もそう思っているのかも。
その不思議な笑みがそう訴えているように思えてなりません‥

変った衣の造形。やっぱり全身を観てみたい。「大宝蔵院」に収めてほしい。

鼻が高く、「生気」漂う人間のような顔‥
もう「仏像」とは思えません




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