京の北方の守り神 毘沙門天像 (鞍馬寺)

「鞍馬は昼なお暗し‥」と言う言葉があります。

今から15年ほど前、20代半ばの時バイクでこのあたりをツーリングしていて、真夏だったにもかかわらず、空気がやけに冷たいと感じていたのを思い出します。
別に鞍馬寺に行くつもりは無かったのですが、なんとなく立ち寄ったこの寺ではじめてこの国宝「毘沙門天」を見たときに受け衝撃は今でもよく覚えています。

山門あたりでバイクを置いて、ケーブルカーに乗らず、ヘルメットとツーリングバックを担ぎ、きつい山道を歩いて鞍馬寺をめざしました。

真夏なのに山の冷気のためかそれほど汗をかかずに伽藍に到着。「霊宝殿」(と言う名だったと思う)という所でこの「毘沙門天」と対面しました。

「毘沙門天」はご存知の通り多聞天のことでもあり、北方を守る天部に属します。

その昔平安遷都の頃、京の北方から押し寄せてくる悪魔の気配(邪気)を食い止め、都を守る為に京の北に位置し霊験あらたかな鞍馬山に北方の守り神である「毘沙門天」を祭ったのが鞍馬寺の始まりといわれています。

脇侍に后である吉祥天(恥ずかしながら毘沙門天と夫婦とは知らなかった)と善膩師童子を従え、手をかざし遥か彼方を見据えたその風貌に恐ろしさを感じたのをよく覚えています。

カヤノ木の一本彫りで作られているのですが、木の温かみは全く感じられず、冷たく、塊(かたまり)感があり、威厳高く、それでいてすさまじい威圧感を発し続けており、見るものを圧倒しています。仏師もそう意図して製作にあたったのでしょう。

そして東大寺戒壇院の四天王や新薬師寺の十二神将像のように人間に近いリアルさはないのですが目つきが鋭く、特に「眉間のしわ」が深く、ここに風貌、凄みが集約されていると感じます。

「昼なお暗い鞍馬山」で一人、今も京を守護する為北方に睨みを利かせて立ち続けるこの毘沙門天‥

「どんなヤツでもこの睨みで追い払ってやる‥」そう言っているようでなりません。

今になって写真や仏像解説の本でこの「毘沙門天」を再び見ていても凄い威圧感を感じられ、もう一度じっくり逢いに行きたく思い、なおかつ我が家にも一つこういう邪気を払いのけるような「守り神」が居てくれたら頼もしいなあと感じるこの頃です。

この厳ついまなざし、眉間の皺を見よ。

右脇侍が「吉祥天」
左脇侍が「善膩師童子」

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※ここに掲載する写真はパンフレットや雑誌等からスキャンしたものです。まずかったら訴えずにまずご一報を。
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