大威徳明王の水牛にやられた石馬寺

会社から長期連休を頂きました。
5年前の長期連休と同様に2泊3日で一人巡礼ツアーに出かけた私。
今回は5年前と同様、1日目は琵琶湖周辺、2日目は奈良ですが、3日は特に決めておらず成り行きに任せたツアーとなりました。
まずは湖東にある石馬寺。かつて聖徳太子がこの地を訪れ、乗ってきた馬を降りて周囲を散策して帰ってくるとなんとそれまで乗ってきた馬が石になっていたという伝説。現在も石になった馬は池の中に沈められて、背中だけは見えるそうな。メインの仏像も二体の「十一面観音」をはじめ「大威徳明王」や「役行者(脇侍に二鬼像)」・丈六の「阿弥陀如来坐像」など見所は満載だそうです。今回の一人旅には是非加えておきたいお寺です。

姫路を朝の
6時に出発して、高速度尾路を走り続け8時半にようやく到着した石馬寺。駐車場から果てしなく続く石段にまず滅入る。まずはその前に駐車場脇にある『石馬の池』を拝みます。確かに馬の背中に似た石が池の中央に沈められているのが解ります。しかし遥々斑鳩の地から聖徳太子を乗せてきたのに、こんな地で石にさせられて挙句の果てに池に沈められたお馬さんが可哀想でなりません…意を決し石段を登ることに。石段下には「どうぞ使ってください」と杖が何本か用意されていましたがあえて使わず登ることに。わずか100段程度の石段でしたが、石の大きさがバラバラなので歩きにくいこと…石段を登りきるとまだ拝観時間の9時まで20分以上あったので、お堂をバシバシデジカメで撮っていると30歳くらいの女性が石段を上がってきました。「拝観の方ですね、姫路ナンバーの車が停まっていたので」と話しかけられたので恐らく大黒さん(ご住職の奥さん)でしょう。
社務所から渡り廊下で繋がる収蔵庫を空けてもらっていざ入ります。
収蔵庫の中央には丈六の「阿弥陀如来坐像」。両脇に二体の「十一面観音立像」。十一面さんのそれぞれ脇には「二天王立像」が。その反対面には「大威徳明王」・「役行者および前鬼後鬼像」という素晴らしいメンバーたちです。特に私が気になった「大威徳明王」。シンプルな彫り方ですが、東寺の本家のお方以上の迫力です。特に大威徳さんを乗せている水牛が荒々しい。首と片方の前足を持ち上げて今にも立ち上がろうとしているように思えてしまう。しかも目が怖い!「八方にらみ」のようにどの角度から見ても睨まれているように思えてしまう。鼻息も荒く、殺気に満ちた怖い水牛です。「大威徳明王」の入り口を挟んで右側に居られる役行者さんも怖い!リアルな表情で右手に持っている杖を急に振りかざしそうに思えるほどリアル。左右を固める夫婦と言われている「前鬼・後鬼」も躍動感があってイイ!役行者たち三人に圧倒されていると、何かどこからか視線を感じる。ふと左を見ると向こうのほうからあの大威徳の水牛が首を伸ばして「オイッ!」ってこっちを睨んでいるではないか!恐れおののき慌てて他の仏像に移動します。中央の「阿弥陀如来座像」の両脇に居られる二体の「十一面観音立像」(二体とも重文)。向かって右側のお方は口をギュッと閉じて力が入っている表情で男性的なお方。左側のお方は優しい表情で女性的です。最後に中央に折られる藤原期の丈六「阿弥陀如来坐像」(重文)を見る。おおらかな表情で対峙するすべての衆生たちを包み込むやさしささえ感じます。口が少し開いているので今から素敵な説法が聞けそうな気がします。
社務所の戻ると大黒さんが「菓子とお茶を用意しましたので、庭を見ながら休んでください」とお茶とお菓子を出してくれました。手入れの行き届いた庭を鑑賞しながら過ごしていると御住職が社務所にやって来られました。お礼を言い、仏像の感想を熱く語ると「仏像に詳しいですね、あなたもお坊さんですか?」と聞いてくる。「いえいえただの仏像好きですよ」と答えて社務所を出ようとすると「あっ、良いもの差し上げますね」と石馬寺の絵葉書や資料を頂きました!ご住職も大黒さんも優しくて仏像も素晴らしい「引き出しの多い」石馬寺、着てよかった。


「十社権現」にやられた己高閣・世代閣

次に向かうのは湖北地方。何度か十一面観巡りとして訪れた地なので、今回はまだ行っていないお寺を中心に訪ねます。
まずはかつて湖北の地にあった鶏足寺や法華寺の寺宝を保管している己高閣・世代閣。ナビにインプットして石馬寺から1時間くらいで到着。
己高閣・世代閣の共通券を買って己高閣から入ることに。中央には細身で美しい「十一面観音立像」。肌が白く貴婦人を思わせるが水瓶を持つ手は指が開いておらず五本の指でしっかり握っておられる、右足の親指も上がっており力強ささえ感じてしまう。
次に「七仏薬師」。七体揃っているのは全国的に珍しいとのこと、補修時の墨の描き方によるのか、口元が上がったり、たれ目ぎみになったりと、ユーモラスな表情にこちらもニッコリしてしまう。そして「目の無い」謎の多い「兜跋毘沙門天」。破損が酷く二鬼は無く、地天女の表情もまったく判りません…破損が酷いだけに謎が謎を呼ぶ不思議な像です。次に世代閣。まず目に入る「魚藍観音」。上半身裸形で左手に魚籠を下げた珍しいお方。その左隣には逞しい「薬師如来立像」(重文)。黒光りした地から強いお方で、太ももが太いのはやはり天平時代の特色か。そして私が一番印象に残ったのは「十社権現像」。すべて私が初めて見る神像ばかり。「横山台権現」は多面多臂の異形なお方で、水牛に乗らない大威徳明王ぽいお方。「熊野大権現」は阿弥陀如来か。「日吉大社大権現」はお猿さん。「金峯大権現」はまるで不動明王のよう。十体全てから不思議なオーラが感じられ「神像」の深さを目の当たりにしました。次に向かったのは石道寺(しゃくどうじ)。あの井上靖の小説「月と祭り」では「村の若い娘に変化して現れたかのような…」と絶賛された可愛すぎる観音さまです。以前は観音さんを交替で世話をする「世話方」さんに連絡を取らなくは拝観できませんでしたが、今は人気が出たためか、お堂を随時開放して拝観できるようになったらしい。これは行かなくてはなりません。


赤い口元の十一面観音にやられた石道寺

己高閣・世代閣の駐車場から車でわずか
5分で到着。お堂の横の受付に向かうと、丁度お昼時でご近所のおばさま二人がお弁当を食べている最中でした。私の姿を見て慌てて食事を中止して、一人のおばさんが本堂内に私を案内してくれて厨子を空けていただきました(本当にスイマセン)。
湖北の十一面観音ではお決まりのカセットテープでの説明を聴いてから、いよいよ近づいての見仏です。聞いてきたとおり唇の朱が残っていてとても可愛らしい。そして小顔。井上靖の小説「星と祭り」で書かれていた通り、、観音様が村の小娘に変化したかのような可憐なお方。そしてお顔の表面の塗料か木漆が流れ出たためか、涙を流しているように見えて、見ているこちらも思わず構ってあげたくなる、そんな素敵な可愛らしい観音様です。「この観音様の御利益もすごいですよ」とおばさんも自慢げに話すものだから「どんなご利益があるのですか?」という私の質問に「私なんか首に出来たポリープが治りましたんよ」という返事。おばさんの顔を見るといつの間にかもう一人のおばさんに替わっていた。多分お昼時に私が着たものだから、私が観音様にうっとりしている間に「今食べ終わったから替わってあげる」と入れ替わったのでしょうね。おばさんたちも観音さんと同様に変化(へんげ)したのか…つまらない事を考えている場合じゃないので「そろそろ次に行きたいお寺がありますので出ます、食事時間に着てすいませんでした」とお堂を出ようとするとおばさんの一人が「本当はお厨子の中にもう一体、観音さんが居られるんですが現在、『長浜城歴史博物館』で仏像の展覧会をしているのでそこにお出まし中です。よければ足を運んでください」と開催中の展覧会の割引券を頂きました。



千手千足を初見仏!西野薬師堂〜高月観音の里民俗資料館

次に向かうは「西野薬師堂」。ここには重文の「薬師如来立像」と「十一面観音立像」が居られます。世話方さんの連絡先は調べてあったので直接電話をかけてお堂の前で待ち合わせします。電話をかけて5分くらいでおばさんが到着。
「あの〜現在十一面さんは長浜の博物館にお出ましで、お堂にはお薬師さんしか居られませんがよろしいでしょうか?」と…頭の中で「ガーン」と鳴りましたが世話方さんにわざわざ来てもらったし私もここまで来たので「いいですよ。時間があれば長浜の方にも行ってみますから」と言って承諾。早速お堂を開けてもらいます。お決まりの説明テープを聴いている間に厨子を開けていただきました。説明のテープでも言っていましたが、薬師なのに左手に持つ「薬壷」が無く、しかも阿弥陀如来の印相をしていますがこれは後期に修復時に何らかの理由で手が変わってしまったかも(?)とのことらしい。己高閣で見た薬師如来のように太ももが太く、重量感・安定感のあるお方。表面の黒光りも「線香や蝋燭の煙をいっぱい浴びてきたのでしょうね」の世話方さんの解説に納得。

そして「いま『高月観音の里歴史民族資料館』でもこの辺りの観音さんが展示されていますよ」

「どんなお寺の観音さんたちが来ているのですか?」

「この近くにある正妙寺や…」
「ええ!?正妙寺ったらあの『千手千足』の??」
「はいそうですよ、あの珍しい観音さんの」
という世話氏の方さんの言葉に歓喜する私。千手千足観音は異形中の異形な仏像で、いつかは会いたいと思っていたお方。この西野薬師堂から近くにあるってことは知っていましたが、正妙寺の世話方さんにはまだ連絡を取っておらず、急に連絡を取っても会えるかどうか判らなかったので躊躇していたところでした。しかし長浜にある博物館にお出ましの十一面さんにも会いたいし、高月の千手千足さんも気になるし…「『高月観音の里歴史民族資料館』は渡岸寺の隣にあるから国宝の有名な観音さんに会うついでに行ってらっしゃい」の言葉に「いい情報をありがとうございます!」と感謝の言葉とともに高月の方面に向かうことに決定。早々に薬師堂を出る私。
西野薬師堂からは15分くらいで到着。
渡岸寺と兼ねた駐車場に車を放り込みます。まずは高月観音の里歴史民族資料館に突入。
1階では絵画や経典、出土品などが展示してありました。そしていよいよ千手千足の居られる2階に上がります。2階の入り口、人気があるためか単独にガラスケースに展示されていました「千手千足観音立像」。初めてマナで見た瞬間何故か宇宙服を着ているように見えてしまった私。仏像というよりSF系フィギュア的なオーラが出ている感じがします(仏像に対して失礼な言い方だ…)。単独のガラスケースなので後ろからもバッチリ見ることが出来ます。両脇から出ている脇手は背中に背負っているランドセルのような四角いボックスもから出ています。ダブル杓杖で額には第三の目が…ふとももの両脇から生えたような千本の足も奇抜な表現です。全身の金箔が完全に残っており、まばゆいくらいに輝いています。江戸時代の作成らしいので当時の仏師の想像の産物かと思いましたが、解説文を読むとある経典に「千手千足」についての一文(儀軌)があるということらしい…後から二階に上がってくる入場者の人たちのうちほとんど人がこの仏像を見て「これこれ、見たかった仏像」って言っているのを見ると以外に人気者であるということですね。


今回はじっくり見ることが出来ました、渡岸寺の国宝「十一面観音立像」

資料館を出て隣にある渡岸寺に歩いて向かいます。5年前に来たときは観光客の団体に紛れてしまってじっくり国宝の十一面観音を拝むことは出来ませんでしたが、今回は見渡す限り観光バスは停まっていなかったのでチョイ期待して収蔵庫に突入します。
収蔵庫内は私と解説をするブレザー姿のオジサンの二人きりでした。
360°じっくり時間をかけて見ることができます。解説のオジサンも私が何か訊いてきたら答えてやろうとこちらに視線を向けてくるのが解りますが、私が真剣に仏像と向き合っているのを見て何も話しかけてきませんでした。おかげでこちらも時間をかけて堪能できました。横から見ると凄まじい前傾姿勢。しかし前から見るとそれほど前傾姿勢を感じない。逆に再び横から見るとそれほど右足を前に出していないにもかかわらず正面から見るとすでに歩き始めているように見える。相当技量のある仏師が作成したのは言うまでもありません。それと初めて気づいたのですが、頭上の十一面それぞれに「化仏」が備わっている。なぜ気付かなかったのかと思っていると5年目に来たときよりも照明の数が増えて明るくなっていました。特に後ろに回ると人気の「暴悪大笑面」専用のスポットライトが照らしているではないか。よりよく見せたいという気持ちはわかりますが、すこし明るすぎないか?という疑問が沸いてきます。興福寺の阿修羅同様、暴悪大笑面さんもきっと眩しく感じているでしょう。15分位経った時にドドっと観光客の集団が収蔵後になだれ込んできました。ブレザーのオジサンも集団相手に「ハイ、そこに座ってくださいね」と団体の人たちに並べられたパイプ椅子に順番に手際よく座ってもらっています。そしてマイク片手に解説を始めます。一人浮いた状態になった私は堂内で居場所が無く、しょんぼり出る羽目に…


時計は午後4時過ぎ。道の駅「湖北みずどステーション」に向かいます。
今回琵琶湖を訪れたもう一つの目的、5年前のツアーと同じく「琵琶湖の夕日を撮る」ためです。
道に駅に車を停めて三脚とデジカメを担いでロケハンをします。5年前に撮影したポイントは水鳥生息地保護のため立ち入り禁止となっていたので、別のポイントを探します。しかし天気予報の快晴とは裏腹に太陽は分厚い雲に覆われて全く見えません…結局日没時刻(5時25分)になるまで太陽は姿を見せず、辺りは暗くなってしまった(残念無念)…

翌日も5年前と同様に夜明け前の奈良東大寺を撮るために早く寝ることに。

石道寺へ向かう参道で見つけた彼岸花。
石道寺の十一面観音の唇を思い出す色…
そろそろ彼岸花の季節も終わりか…

西野薬師堂に掲げられた手作りの看板。
「他におられない 十一面千手千足観音」という文句に惹かれます!

「高月観音の里民俗資料館」。渡岸寺のすぐ隣。
ここであの「千手千足観音立像」を初見仏!

石馬寺の立派な収蔵庫です。

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琵琶湖の夕景。
厚い雲に覆われて夕日が全く見えませんでした。

「石馬の池」に沈められた馬の背中です。
遥々斑鳩の地から大使を乗せてきたのに石にされて池に沈められた馬が可哀相です。
  2012年10月10日 湖東〜湖北めぐり
   (石馬寺 己高閣・世代閣 石道寺 西野薬師堂 高月観音の里民俗資料館 渡岸寺)

「長浜城歴史博物館」と「高月観音の里民俗歴史資料館」の2会場に分かれて行われていた『特別展 湖北の観音』(西野薬師堂前のポスター)。
私は「千手千足観音」の居られる高月の会場に行ったのでした。

山の中でひっそり佇む石道寺本堂。
とても静かな場所でした。こういう雰囲気好きだなぁ…

ご存じ己高閣。このときはまだ晴れていました。

拝観後庭を見ながらお茶とお菓子を頂く。




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