多禰寺本堂。丸い屋根が珍しい。

宝物館。デカイ仁王さんが待っている。

多禰寺山門。以前入っておられた仁王さん達は宝物館に移られたので、今は「無住」です。

松尾寺境内で見た、石仏の「馬頭観音」。石仏フェチの私にはたまりません。

松尾寺本堂を出た後、もう一度振り返って合掌するN隊員。彼は今回のツアーで仏像からパワーを貰ったのだろうか…

本堂の廂の彫りものにグッと来ました。天女と竜。

階段を上り切って三重塔を上から望む。いい眺めです。

三重塔脇には、本堂に向かう100段以上階段が…

宝物館。この中に私が逢いたかったお方たちが…

マニアック舞鶴ツアー

今回は最初からいつもと違う方面、つまり奈良や京都など中央の仏像ではなく、地方だけどグッとくる仏像を見ようとするツアーを企画。
他のメンバーに案内メールを送ると、早速N隊員からの返信メールは、
「今回は、いつになく、仏様に、パワーを頂きたく、思っております。」
といつものように意味深な返事…
もう一人のT隊員は所用のため不参加の返事…
何故か奈良以外の行先になると急用が入って参加できなくなる彼。
「やっぱりオイラは奈良以外には縁がないんかな…」なんて言いながら、
「可哀そうだと思うなら、車買って」なんて商売上手なディーラーのセールスマンの彼を残して、N隊員と行く先は舞鶴に決定。
金剛院で快慶作の「執金剛神」と「深沙大将」を見て、山寺の多禰寺(たねじ)で重文の「金剛力士」などを見仏予定。金剛院と多禰寺の仏像は、以前から丸山尚一さん著、「地方仏を歩く」を読んで気になっており、以前から逢いたと思っていました。そして時間があれば西国三十三霊場の29番札所、松尾寺(まつおのでら)でなんと77年ぶりに開帳される馬頭観音を見ようと企画、ということで今回はマニアックな仏像を求めての舞鶴ツアーとなりました〜
しかしN隊員との二人ツアーになるといつも車中でマニアックな話になります。サービスエリアでは休憩所で缶コーヒーを飲みながら、「空海と法華経の関係について」や「偶像崇拝を禁じた釈迦の真意」など、誰が聞いてもマニアック過ぎる話を熱く展開。休憩所を掃除に来た係のオバサンやオジサンたちが煙たがるのをものともせず時間を忘れて話に熱中。丸刈り姿のオッサン二人が休憩所で熱くマニアックな話を展開している姿は、他の人に異様に映ったのでしょうね(お恥ずかしい)…


ガツンと来た金剛院

金剛院に到着。早速に社務所に向かって宝物館の拝観をお願いする。
拝観は前もって金剛院の副住職さん(多禰寺の副住職も兼ねておられます)に予約していたので、すぐに案内していただきました。
まずは宝物館の奥、中央に座する重要文化財の「阿弥陀如来」。藤原期の如来像らしく、ゆったりした体躯。しかし眼は、一般的な阿弥陀如来のように三昧(さんまい)に入った閉じかけような眼ではなく、しっかり開いていてまっすぐ前を見据えている。これにより一般的な阿弥陀さんには無い「力強さ」が滲み出ている…
左右には重文の「多門天」と「増長天」。本当に怖いお方たちでした…
二人とも目が中央に寄り気味で、眉間のしわと合わせてそれが不気味ささえ感じられる。塊(かたまり)り感、重量感のあるお二人にぺったんこに踏まれた邪鬼が対照的にユーモラスなのがイイ。
そして左右をこれまた重文の、真っ赤な「金剛力士」が守っています。

そして以前から逢いたかった快慶作のお二人、まずは「深沙大将」。
まず一見してその迫力に圧倒される。どう表現したらいいのか、とにかく存在自体に圧倒されるのです。
まずは正面から深沙大将と目が合う位置でにらめっこ。飛び出した目玉がこっちを睨んでいる。一瞬視線を逸らしてもいつまでもこちらを追い詰めるように睨んでいる。正直恐ろしささえ感じられる、そんなお方でした。
造形をみても凄いの一言。今は彩色がなくなり木目が露わになっていますが、その木目を生かした彫り方…快慶の仕事の凄さに溜息。そして今にも動き出しそうな怖い予感さえ感じてしまうリアルなお方。リアルと言っても人間の人体を忠実に表したリアルではなく、「本当にこの世に深沙大将が存在しているんじゃないか?」と思えてしまうリアルさ…経典では三蔵法師を守護したとありますが、このお方が守ってくれるのなら誰も手出しはできないと断言します!そう思えてなりません。そしてこの像を見た鎌倉時代の人々はどう思ったのだろうか?独特の髪型といい、当時の日本人が見たことのない象(深沙大将の足は象の口から生えている)など…この像を初めて見た当時の人々の驚く姿を想像してしまいます。
次は「執金剛神」。一見してバランスの良さがよく分かります。金剛杵の構え方、腰の捻り方…足元だけを見ると重量感がなくふわりと岩座に立っているように見えますが、全体的に見るとどしっと体重を足元にかけて構えているように見えてしまう。このバランスの良さはどこから来ているのだろうか?副住職のお話によると、全体を造ってから、一度胴体を腰から切り離して、捻りを入れてから接合したと考えられるそうだとか…凄いぞ快慶!
同じ慶派の、興福寺の国宝「金剛力士」のような内面に力が漲るお方ではなく、外に向かって力のオーラが、ビンビンび発せられるお方たちと 直感的に見ました。ある意味西洋美術に通じる二体だとも…だから外国でも出品されたんでしょうね(深沙大将は海外でも出品されたそうです)。
実はこのお二人は、丸山尚一さん著「地方仏を歩く」によると、なんと快慶がまだ無名時代の作だそうです!
溜息ばかりの宝物館でした…
あと多禰寺と松尾寺の2寺行きたかったのでそろそろ出ることに(本当は一日中居たかったけど)。丁寧に各仏像の説明をしてくれた副住職にお礼を言って、三重塔を見に行くことに。
茅葺屋根の重要文化財の三重塔。バランスがよく、どっしりとした造りに感心します。三重塔横には本堂に向かう階段が。しかし宝物館でガツンと来たためか、少し疲労感が漂う私は本堂に続く100段以上の階段を見て、「三重塔だけにしようか?」と思わず弱気。しかし本堂にもお参りしたそうなN隊員をみて上がることに…
しかし本堂まで上がって、下にそびえる三重塔を上から見た時の眺めの良さに癒されました。
N隊員が本堂、扉が閉まっていましたが外から本尊の「波切り不動」ににお参りしている間、私はボーツと緑に囲まれた美しい境内を見ていました…
金剛院、来て良かった…


「金剛力士」&「皆既日食」にガツン、「普賢菩薩に」癒され…

金剛院から車で30分。霧の中の狭い山道をビビりながら登ってようやく着いた多禰寺。
駐車場に車を停めて時計を見ると11時位。
私「もうそろそろやな」
N隊員「あっそうか今日は『あの日』か、でも雲で全然見えへんで」
と二人で空を見上げる。今日は日本で46年ぶりに見られる皆既日食の日。
時より雲が薄くなって見える太陽は、少し欠けていました。写真をポチリと撮って境内に入ります。
受付のオジサンに朱印を貰って宝物館の鍵を開けてもらう。
入ってまず目に入る(と言ってもイヤでも目に入る)巨大な重文の金剛力士のお二人。
3mを超えるお方たちが「よく来たな」って凄まじい「気」を発しながら、私たちを出迎えます。寄木造りなのに継ぎ目が全く見当たらない。寺伝によるとなんと運慶作とか…たしかに東大寺の運慶作の仁王さんに通じる力強さ。その力強さを最も表しているのが「つま先」だと見ました。分厚い足の甲、そして足の指先を少し曲げて足先に「気」を集中させているかのようなお方たち。この二人の視線が丁度合う場所に立つと、本当にビビります…とふと視線を前に向けると小さな可愛い「普賢菩薩」(舞鶴市指定文化財)が。アニメチックな顔の象の上にチョコンと座っている合掌する、女性的なお方でした。普賢菩薩にしては珍しく二人の童子を従えている。
「仁王さんに睨まれて恐かったでしょう、私が癒してあげます」なんて言ってくれているように思います。
「この普賢さん、イイですね〜」って言うと、オジサンも「実は私も好きなんですよ」なんて嬉しそうに言う。オジサンは早速分厚い解説本を取り出して説明してくれます。解説本によると平安期、この地の権力者の妻(か娘)の自念仏であったと推測される、ということです。そして平安期最古の普賢菩薩でもあるとも。
オジサンと仏像談義している間、ふとN隊員を見ると彼は東大寺法華堂に居る時のように、座り込んで目を閉じている…いつものように仏像と交信してパワーを貰っているのか…?暫くそーっとしてあげようと、彼には目もくれずオジサンと話を続ける私でした。


舞鶴の名物を食べたい

多禰寺を出た時はお昼過ぎ。そろそろ腹が減ってきました。
私「何食べる?」
N隊員「何でもいいや」
私「舞鶴の名物って何だ?やっぱ海産物かな?」
N隊員「そうでしょう、でも海産物でなくてもなんでもいいよ」
なんて車中で会話しながら走っていても、中々イイお店が見つかりません。途中『岸壁うどん』なんて看板を掲げた、チョイ寂れた(失礼)うどん屋を見つけたからすぐ喰いつく私たち。
私「岸壁うどんってなんだ??『岸壁の母』とかけたんだと思うけど、謎のある店名やな…名前の通り、岩ノリなんかが入っているんやろか?」
N「岸壁の味がするのでしょう」
私「岸壁ってどんな味だああ!??」
なんてくだらないオッサンたちの会話を展開していても中々イイお店が見つからず結局、回転寿司の『かっぱ寿し』に入ることに。
私「なんで舞鶴まで来て回転寿司に入らなきゃいけないのか?ってツッコミはやめましょう」
N隊員「一応、海産物だしね」
なんてくだらない会話をしながら回転寿司に突入する私たち。結局腹が減っていたので、どこでも良かったのです。


バスツアーのオバサン達に紛れ込む

松尾寺(まつおのじ)に到着。
松尾寺は西国三十三ヵ所の29番札所で、本尊の「馬頭観音」が77年ぶりの御開帳の時期です。この時期を逃す手はありません。
本堂前で蝋燭と線香を買い求めて、火を付けている時にドドーッとバス巡礼ツアーの人たちが境内になだれ込んで来ました。
ツアー添乗員のお坊さんが「ハイハイ、まず本堂の御本尊にお参りしますから入ってくださいよ〜」なんて言うので、ツイツイ私たちもつられて(というより人並みに押されて)本堂に入ります。堂内に全員揃ったところで読経が始まります。本尊の真言に続き「開経偈」、「般若心経」、「回向文」と巡礼のワンセットが終わるとお坊さんが「さあ、御本尊のそばまで行きましょう」って言うではないか!
ツアーの人たちの後方で聞いていた私たちですが、
私「えっ、ワシらも内陣まで入ってええの??ツアーじゃないけど」
N隊員「イイでしょう、行きましょ行きましょ」
とオバサン達に紛れ込んで内陣まで入ります。おかげで本尊の「馬頭観音」のそばまで近づいて見仏できました!
秘仏で長い間厨子の中に居られたためか、金箔はしっかり残っておりまず煌びやかな印象。憤怒のお顔というより、何故が口を開けて「喜んでいる」ように見えてしまう。77年ぶりに外の景色を見れたので嬉しかったのか?
「馬頭さん、77年ぶりに見る下界はどんな感じですか?」なんて聞こうと思っても、次からくるツアーのオバサン達の波に押されて、じっくり見仏出来なかったのが悔いでした。内陣を出ると、もう次のツアーの人たちが本堂の外で待っている。押し出されるように本堂をでます。
私「どうだった?金ピカ過ぎてつい最近出来た仏像のように見えたけど」
N隊員「でもやっぱ77年ぶりってのは凄いよ、次は33年後だろ?俺たち生きていないかもね」
私「そうやな…その時はもうヨレヨレの80歳か…その時は今以上に『ありがたや、ありがたや』って思うんだろうな」


煩悩の塊のオッサンになる

帰りも高速道路を走ります。
車の中での会話
N隊員「ほら、多禰寺に向かう山道ですれ違った軽四の運転していたポニーテールの女の子、結構可愛いかったやろ」
私「狭い山道ですれ違ったのであんまり見れなかったなぁ〜しかしアンタよく見てるなぁ〜動体視力バリバリにイイじゃん」
なんて仏像から距離を離れれば離れるほど、「煩悩の会話」で盛り上がる私たち。ただのエロいオッサンか。
私「こんな煩悩の話をして…舞鶴に向かう間にしたマニアックな真面目な話は何だったのか…」
N隊員「それでこそ人間でしょう」
私「ある意味当たっています…」

こんな話をしながら姫路に車を走らせました。

今回はガツンとくる仏像の出会い、皆既日食などいつも以上に盛りだくさんのツアーになりました。

家に帰ると早速T隊員から
「面白かったか?あれっ、俺への土産無いの?何でや!」って電話が…

本当に「煩悩の塊」の見仏クラブですな。

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46年ぶりの皆既日食といい、77年ぶりの馬頭さんの御開帳といい、ガツンとくる金剛院のお二人の出会い等、記念に残るツアーとなりました。
多禰寺境内で見た皆既日食、月で欠け始めた太陽です。

金剛院の重文「三重塔婆(三重塔)」。
どっしりした安定感バリバリの造りに、しばしボーツと眺めていました。

松尾寺本堂。巡礼者が後を断ちません。

金剛院の山門。

09年7月22日 第13回見仏ツアー  ガツンと来ました舞鶴で
(舞鶴 金剛院〜多禰寺〜松尾寺)

多禰寺で貰った朱印「薬師殿」。
そしてお守り「秘密血脈」、真言密教系のお寺で時々貰う独特のお守りです。




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