白象が近所の子供たちに引かれて町内を練り歩きます。象の背中には「誕生釈迦仏」が。「花祭り」の始まりです。

デジカメのファインダーを覗きながら甘茶をかけると失敗しました…お釈迦さんスイマセン(反省)。

とりあえず海に出て甘茶で乾杯!
向こうはヨットハーバー。

善慶寺では「キリシタン灯篭」を見る。
しかし「キリシタン風」なところは発見できず。

レトロな網干の商店街。「にっこり坊や」看板が時代を感じさせる…
こういう雰囲気、好きです。

大覚寺に到着した時は、行列は出発したところ。

大覚寺の屋根から本堂を守るカメ達。
牙を剥いてまるでガメラのよう。

永念寺では「甘茶かけ」初体験。
そして甘茶をゲット!!

私の住む場所から近い駅(山陽電車手柄駅)。GWの朝7時はやはり誰もいない。

09年5月5日  一人ご近所見仏 甘茶で乾杯花祭り  
(姫路網干地区 大覚寺〜永念寺〜善慶寺)

ご近所なのにテーマは「遠くへ行きたい」

姫路市にある網干地区。ここでは通常は4月8日に行われる「花祭り」(お釈迦様の誕生日を祝う)は、子どもの日の5月5日に行われます。
地元の子供たちと一緒に祝おうと、網干のお寺の組合が中心になって色々なイベントが開かれるそうです。
朝8時に大覚寺から子どもたちが白象の「張りぼて」を引いて町内を回り、お寺のスタンプラリー、拝観の特別公開、お寺でのプチコンサートなど地区をあげての催しが行われます。
ということで行かねばなりません(と一人勝手に決め込む)。

今回のテーマは「遠くへ行きたい」。
御存じの通り日本テレビの長寿番組で、タレントがラフな服装で、ショルダーバッグ一つ持ち、マイナーでもしみじみするような場所へと向かう、旅情を掻き立てる一人旅。
ご近所(市内)ながら網干地区にはあまり行ったことがなく、私もカーキ色のジャケット、ジーンズ、キャップを被ってのラフな格好に、デジカメの入ったワンショルダーを一つ担いで7時6分発の電車(山陽電車)に、「知らない街を歩いてみた〜い」(遠くに行きたいのテーマ曲byダ・カーポ)を心の中で口ずさみながら、私以外誰もいない手柄駅から乗り込みます。
朝まだ早いので、各車両に1人から2人くらいしか乗車していない。
「おっ、旅情を掻き立てるシチュエーションだ」とまるでストレンジャー気分。飾磨駅で網干線に乗り換えて、各駅停車路線の終着駅、網干駅に到着。


「ホワイトエレファント」出動

駅から歩いて15分くらいで第一の目的地である大覚寺につく予定が、途中で出会ったレトロな商店街や街の懐かしい風景に見とれて、時間が過ぎ、大覚寺に着いた時には白象はまさに出発したところ。
慌てて後を追います。近所の子供たちが手綱を引いて網干全町を引き回すそうです。そして象の背中にはなんと花に飾られた小さい「誕生釈迦仏」が居られるではないか!
この白象の巡行路には、所々にボーイスカウトの子供達が交通整理をしていて、いかにも地域を挙げてのイベントという感じが伝わってきます。
しばらくバシバシとデジカメで写真を撮りながら付いて行きましたが、あんまりしつこく付いて行くと邪魔になるかな?と思って白象の出発地点の大覚寺に戻りました。
鶴立山大覚寺(かくりゅざんだいかくじ)。案内板によると、13世紀に真言宗のお寺(光接院)として創立されたが、戦火で焼かれてその後、16世紀に浄土真宗のお寺として再興されたとか。再興した堯淳(ぎょうじゅん)上人が鶴に導かれてこの地を選んだため、鶴立山とうい山号が付いたそうです。
以前から調べていましたが、寺宝として鎌倉時代の「毘沙門天立像」。静岡の願成就院に居られるあの運慶作の毘沙門天像と同じ意匠だそうで、慶派仏師の作であると言われている。
そして奈良時代の銅製の「誕生釈迦仏」。8cm程度の小さい仏像ですが、大覚寺のHPを見てグッと来ました。
このお二人に是非会いたくて、この花祭りに合わせてやってきた次第。


網干のお寺をブラブラと

門を潜って本堂の前に立つ。本堂の屋根、正面には鬼瓦の代わりにカメの瓦が。しかしこのカメ達は「ヤル気」です。牙があり、向かって左のカメは口を閉じ、右のカメは口を広げて威嚇しているように見えます。まさに仁王の代わりに「阿吽の呼吸」で本堂を守っていると見ました。ガメラのような迫力で本堂を守るカメ達に挨拶して本堂に上がらせてもらいます。
中にはご住職が居られたので色々お話をさせて頂きました。
白象の意味は、お釈迦さんの母親(マーヤー)が釈迦が誕生する前の晩に、6本の牙を持った白い象が現れた夢を見たそうで、そこから白象であること。そして象の背中に乗っているのは奈良時代の「誕生釈迦仏」ではなく、甘茶をかける「誕生釈迦仏」だそうで、私の会いたいそのお方は現在、たつの市の歴史文化資料館に保存されていそうです。
そう話しているうちに、近所の子供たちがご住職の所にぞろぞろ集まってくる。
花祭りのパンフレットを見ると8時30分から本堂にて「童話とゲームの会」と書いてあったので、忙しい時にご住職に付き合ってもらったみたいで、申し訳なく思い本堂を出ることに。「毘沙門天さんは拝観できますか」なんて聞くことも忘れて大覚寺を出ました。
次に向かうは永念寺。情報によると、ここで甘茶を頂けるようでさっそく向かうことに。
歩いて5分くらいのところで到着。境内では近所のオバチャン達と思われる人たちが花祭りの準備(お昼過ぎに偉いお坊さんの法話があるそうです)をやっていました。私を見つけた一人が「どうぞ、お釈迦さんに甘茶を掛けてください」と導いてくれました。実は私は初めての体験。デジカメを片手に撮影しながら「誕生釈迦仏」に甘茶をかけました。しかしファインダーを覗きながらなのでうまくかからず失敗。周りを見て、誰も見ていないことを確認して「申し訳ありません」ともう一度ちゃんとかけてあげました。そして合掌して本堂に上がらせてもらいます。
本堂の中の正面には阿弥陀如来立像、左右に親鸞聖人像、聖徳太子像(絵画)等が。ゆっくり見仏したかったけど、境内で花祭りの準備で忙しいさなかに申し訳ないと早めに出ることに。本堂を出るときにオバチャンが「甘茶、持って行きなさい」と言って、甘茶を頂きました(ヤッタね)!オバチャンにお礼を言って次の目的地の善慶寺に向かいます。
またまた歩いて5分くらいで善慶寺に到着。パンフレットを見ると、このお寺では「キリシタン灯篭」といわれる灯篭があるらしく、それを目的にやってきました。境内はひっそりとして、お手伝いのオバチャンが庭の掃除をされていたので「スイマセン、『キリシタン灯篭』ってこのお寺で拝観できると聞いたのですが」と尋ねると、掃除の手を休めてご丁寧にその場所まで案内してくれました。
境内の墓地に中にあった「キリシタン灯篭」。見た目では灯篭ではなく何かの石碑のようです。お地蔵さんのような像も彫られて、裏にでも十字架でも彫られているのか?と隈なく探しましたが「キリシタン」らしいものは発見できず。キリシタンは弾圧されていた時代なので、見た目には分からないようにしていたのは分かりますが…案内してくれたオバチャンも「わたしもこれを教えてもらうまでは、ホンマによう分からなかったんですわ〜」と言う。
オバチャンにお礼を言って善慶寺を出る。
そろそろ帰る時間に…


海辺(?)で釈迦に乾杯!

このまま網干駅に向かおうと考えましたが、ふと今回のテーマが「遠くへ行きたい」であることを忘れていました。
喉も乾いてきたので、このままブラブラ歩きながら貰った甘茶を飲んでいると「旅情」も何もへったくれもない!
「遠くへ行きたい」では最後は景色のいい場所に出て、「この町で人ととの触れ合いができた」とか「この町は私の隠れ場所にしよう」などとお決まりのセリフを言います。
それにならって景色のいい場所に出よう…
どこがいいか?
そうだ海だ!
海は観音浄土へ続く。その海に向かってお釈迦さんの誕生を祝って貰った甘茶で乾杯しようではないか!?
「心地よい潮風に吹かれながら、甘いお茶で締めくくる今回の一人旅」なんてコメントすればまさに「遠くに行きたい」の世界ではないか!?
なんて締めくくりを決めて南に歩きだします。

しかしここから地獄でした。
小学時代の記憶では、確か網干の街中を南に抜けるとすぐ海だったはず。しかし中々海が見えてきません。このあたりは以前は塩田があったはずですが、埋め立てが進んだようで、学校やグラウンド、公園、新しい住宅地が続くのみ。その間に日差しが強くなって汗がにじみ出てきました。
まさに苦行。
ようやく辿り着いた「海」は人工の「なぎさ公園」とヨットハーバーになっていました。
防波堤に立って、時より前を横切るクルーザーやジェットスキーを横目に、甘茶で「お釈迦さんに乾杯!」と心の中で叫んで甘茶を飲み干します。疲れた体には甘いこのお茶、本当に「慈悲」ですね〜
「心地よい潮風」はあまり感じませんでしたが、最近運動不足で歩いていなかったので、この歩きの「苦行」もお釈迦さんのお導きか?と思って今回の「プチ遠くへ行きたい」を締めくくりました。

さあ、帰ろう…

また汗をかきながら「これも苦行」と思って網干駅まで歩いた歩いた…

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