「北条薬師堂」にて。
子供っぽいお顔のお地蔵さんと石仏群。

お地蔵さん、今回はお賽銭上げましたから(セコイ)…

今回は自転車に乗ってブラブラと…

ゴールデンウィークに突入しました。
いつもは車に乗ってアッチコッチのお寺を巡っていますが、今回は自転車に乗ってご近所をブラブラします。
自転車ならではの機動力を持って、ご近所の素敵な石仏との出会いを楽しみに行ってまいりました。
まずは私のウォーキングコースでもある、姫路駅南東にある三左衛門堀(さんざえもんぼり)沿いにある「庄田地蔵尊」にご挨拶。
いつもは夕暮れから夜にかけてウォーキングがてらご挨拶しますが、昼間に訪れたのは初めて。
いつもはお賽銭などは上げずにお参りしますが(セコイ!)、今回はお賽銭を上げて鐘をならしてお参りします。そして写真を撮ろうとすると、私のすぐ後ろで近所の人と思われるオバアサンが待っていることに気付きました。
「すいません、どうぞ」とオバアサンに先に譲ってあげて、オバアサンのお参りが終わるまで隣接する神社をブラブラして、時間潰し。オバアサンがお堂を出るときを見計らって、写真をポツリ。
しかしこのお地蔵さん、何時見ても癒されます。通常のお地蔵さんとは違い、平面的な独特なお顔。手に持っている錫杖(?)が木製で、今までにあまり見たことがない珍しい形状です。
次にそこから東に向かって自転車を走らせます。目指すは北条地区にある、「北条薬師堂」です。
ネット(mixi)で知り合ったある方に、この「北条薬師堂」のお地蔵さんを教えていただき、以前からお逢いしたかったところでした。


北条薬師堂にて

薬師堂は扉が閉めてあったので、格子戸の隙間からを覗く。正面奥の厨子には金色の小さい薬師如来立像(たぶん)がぽつんと居られました。
そして「北条薬師堂」横には、江戸時代末期の弘化4年(1847年)に北条村の念仏講の人々が願いを込めて造られた(案内板による)お地蔵さんが居られました。さらに案内板を読むと、戦中の空襲で北条地区は焼け野原になり、40年以上野ざらしになったお地蔵さんを地元の人が復元したそうな…
先ほどの「庄田地蔵尊」のお方とは打って変わって、まん丸顔&分厚い唇でまるで子供のようなお顔。赤い頭巾が目まで覆っているので目の表情は分かりませんが、先ほどのお地蔵さんと同様に左手に宝珠、右手に特徴のある木製の錫杖(?)を持って居られました。しかしこの錫状(?)気になります。先が木のコブのように丸くて、通りがかりのオジサンも「このお地蔵さん、変わったやつ持っておるやろ」って言って去っていました。
お地蔵さんの横には西国三十三か所の本尊の石仏が並んでいます。数えると8体のみで、他の本尊たちは空襲などで、あるいは風雪で破損したしまったのか?残っている石仏たちも結構痛みが進んでいました…
その奥には「開祖 花○院法○(字が削れて見えない、多分花山院法皇でしょうね)」と記された僧形の石仏も見られました。
今はお地蔵さんや石仏群とお堂が一つだけですが、昔は現在よりも大きい境内のお寺があったことを偲ばれます。
さあ次の目的に向かって行きましょうか…
と言ってもそこから先は全く行き先を決めていませんでした。
ここからはあちこちにあるお地蔵さんや石仏との出会いを求めてブラブラ自転車で行くことに…


ひっそりと「道しるべ地蔵」

南下して走っていると、ある中学校の前に立つ「文化財マップ」の看板が目にとまりました。
気になる石仏がないか?と見ているとその中で「道しるべ地蔵」と半肉彫の「大日如来像」あるではないか!?これ行かねばなりません。

案内板から1km位の距離、一級河川である市川の川土手にひっそりと建つ、お堂に祀られていた「道しるべ地蔵」。最近誰もお参りやお供えもされていないようで、お堂の中は少し荒れていました。
中を覗くと、細長い石板上部にお地蔵さんが半肉彫にされていて、石板中央に「左○○、右○○(赤い胸掛けが掛けられていて見えない)」と彫られていました。先ほどの案内板によると、「左かめやま 右ひめじ」と彫られているそうです。
丁度このあたりに、江戸時代まで市川の渡し(「阿成渡し場」)があり、川の向こう岸から来た旅人の道案内の役目をこのお地蔵さんはやっていたのでしょうね。
半肉彫にされた小さいお地蔵さんは痛みが激しく、輪郭のみが識別できるだけ。どんな表情でこれまで「道案内」してきたのか想像を掻き立ててしまいます。
今は橋が掛かり、鉄道や車が交通手段となって、現在は役目を終えた「道しるべ地蔵」、これからもドンドン忘れ去られていくのではないか?という不安を残して最後の目的地、大日如来像のある「大日堂」を目指します。


海に程近い「大日堂」

「大日堂」は更に南下して、海に程近いグリーンベルト地帯(浜手緑地)にありました。
さっそくお堂を覗く。正面には1mくらいの高さで半肉彫された大日如来が居られました。
お顔は表面の剥落が進んでほとんど表情は伺えません。
しかしお堂の中は綺麗に掃除されていて、供えてあった花はまだ新しく、小さく握られた「おにぎり」も供えられていて「今でも拝まれているなぁ」が第一印象。
今は埋め立てられて工場や緑地公園になっていますが、、昔はこの辺りまで海が迫っていて、当時の漁師や船乗りたちの安全を守っていたのだろうか?
この「大日堂」のそばには神社(中島天満宮)があって、境内で遊んでいる子供たちの声が聞こえてくる。
風が吹くとかすかに潮の臭いがしてきたようで…


今回の石仏めぐりでは地元にも色々な石仏があり、その歴史背景も合わせて見ていくと新しい発見ができ、意外に石仏も「深い」ということが分かりました。
これからも「自転車石仏めぐり」、新しい出会いを求め徐々に範囲を広げていこうかと思う。

「庄田地蔵尊」。独特なお顔のお地蔵さんで来るたびに癒されます。手に持つ錫杖が気になります。

「庄田地蔵尊」が居られるお堂。
お堂はまだ新しく、おそらく戦後に建てられたようです。飾られている花も新しかった。
天気も良くてまさに「石仏めぐり日和」でした。

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「大日堂」。
こういうお堂は、やっぱり新しい花がよく映えます。きっと地元の人によく拝まれているんでしょうね。

09年4月27日 自転車ご近所石仏めぐり  
(庄田地蔵尊〜北条薬師堂〜阿成道しるべ地蔵〜中島大日堂)

「道しるべ地蔵」。
うっかり見過ごしてしまいそうな川土手にひっそりと立つお堂に祀られていました。




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