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『ストレイト・ストーリー』
【感想】 ★★★★☆ H25.9.1
 「ブルーベルベッド」や「ロスト・ハイウェイ」など、悪夢的迷宮世界を描き続ける、鬼才デヴィッド・リンチ監督の『ストレイト・ストーリー』を観る。1994年のニューヨーク・タイムズに掲載された実話をもとにしたストーリーらしいが、初めて本作を観たとき、あのリンチがこんなにもハートフルな素敵な作品を作ったんだと驚きだった。そしてやはりリンチの、作ろうと思えばこんなハートフルな作品も簡単に作れるのさと言わんばかりの、監督としての力量を再認識させられた作品だった。

 アイオワ州ローレンス、のどかな昼下がり、73歳になるアルヴィン・ストレイトは家の中で倒れてしまい、そのまま起き上がれずいた。娘のローズに無理やり病院へ連れて行かれたアルヴィンは、医者から突きつけられた病状の数々に、自らの老いを再認識させられる。そんなある日、10年来口も利かず絶縁状態だった兄が、病に倒れたという電話が入る。アルヴィンはみんなの反対も聞かず、兄が住むウィスコンシン州マウント・ザイオンへと、時速8Kmの芝刈り機にまたがり560Kmあまりの旅路へと出発する。

 見渡すばかりの広大なトウモロコシ畑に、どこまでも遠くまっすぐに伸びていく道路を、ゆっくりゆっくりと走っていく芝刈り機。自分のたどってきた道、そしてこれからも進んでいく道。そこのけそこのけで強引に抜き去っていくトラックに、自転車にまたがり軽々と走り去っていく若者たち。ゆっくりと進んでいたからこそ感じる自然の風や美しい風景。旅の途中で出会う、家出した少女や、芝刈り機の修理の間庭を開放し世話をやく男との、何気ない会話。そして今まで語ることができなかった、過去の悲痛な記憶を、吐露しあう老人。行きずりだが、だからこそ素直に通い合う心の温もりが、なんとも心地よい空気に癒されていく。
そしてやはりリンチ監督に「その役のために生まれてきた役者」と言わしめた、79歳のリチャード・ファーンズワーズの、豊かな表情からにじみ出てくる優しさと、気高い魂を感じさせる威厳がとにかく素晴らしい。厳しくも優しい眼差しに、シンプルだが発せられる一言一言に、人生の深みと優しさを感じ、しみじみと自らの人生を顧みる。ラストの言葉少なにぎこちなく見つめあう兄弟の姿に涙。傑作です。