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『クラッシュ』
【感想】 ★★★★ H18.11.11

クラッシュ さまざまな人種が入り乱れる多民族国家アメリカが抱える人種差別の問題を、正面から捕らえ衝撃と感動を呼んだ群像劇『クラッシュ』を観る。監督のポール・ハギスは「ミリオンダラー・ベイビー」でのアカデミー賞脚本賞ノミネートに続き、本作で第78回アカデミー賞の作品賞・脚本賞・編集賞を受賞する。

 ロサンゼルス、深夜のハイウェイで後ろから追突された黒人刑事のグラハム(ドン・チーゲル)は、隣に座る恋人のリサ(ジェニファー・エスポジト)に向かってつぶやく。「ほんとはみんな触れ合いたいのさ・・・」。車を降りた先に群がる警官とパトカー。グラハムは偶然に出くわした事故現場で、信じられない光景に愕然とする・・・。

 アメリカ社会の日常で、いたるところで繰り広げられる人種差別による衝突。その様々なエピソードが複雑に絡み合う抜群の構成と、それを違和感なく見事に調和へと導く脚本と演出を両方手掛ける監督ポール・ハギスの見事な手腕が光る。そしてサンドラ・ブロックやブレンダン・フレイザーなど、名前を挙げればきりがないほどの豪華出演陣は、それぞれが短いシーンながら最高の演技で監督に応え、見ごたえ十分の作品に仕上がっている。

それぞれのエピソードがどれも悲劇を予感させ、観る者に不安と時に嫌悪感をも感じさせる。多分それがアメリカ社会で実際に起きている事件であり、深刻な問題であることがリアルに伝わってきて、そのカオスのような空間で生きている人たちの怒りと心の闇に、空恐ろしい気持ちになり身震いする。そんな黒人をはじめスペインやアジア系の人々が交差するエピソードの中で、ドン・チーゲル演じる黒人の刑事と、その弟のことばかりを気にかける母親のエピソードが印象的だった。人種間はおろか親子の間でさえも分かり合えない、通じ合えない人の業の深さが悲しくも切ない。さらに劇中で良心の象徴であったライアン・フィリップ演ずる警察官の、第三者的には正しい判断を下すことが出来たのに、直接遭遇した時に呼び起こされる偏見で起きてしまう悲劇に胸が詰まる。
しかし物語りはほんの少しのきっかけと奇跡により、“何か”が連鎖のように反応し、それぞれが心に張った頑なな氷を、静かに溶かし始める。それは人間の可能性を垣間見させ、希望の光を投げかける。見終わった後は、優しさと不思議な安堵感に包まれる。お伽噺のような甘さを感じるが、こういう救いのあるラスト・・・好きだなあ。

アカデミー受賞作品でありながら、私はその扱っている人種差別というテーマから、深刻で悲惨な物語を連想し、多分暗い気持ちになるだろうとあえて観ることを避けていた作品だった。でもこの作品を観て、自分の無意識に避けようとするこの意識に、差別に対する根深さを実感させられ、小さなショックを受ける。誰もが人種差別のない世界を望んでいるはずなのに、拒絶し敵対する心の壁をまるで本能のように築いている。監督のポール・ハギスが「この映画を観て感動し、そして傷ついてほしい」と言う。
人種差別ではないが、身近に直面する日本社会で増大し続けるモラルの崩壊。誰もがほんの少しのきっかけと奇跡を信じ続けていればと、願わずにはいられない。