レトロゲームレビュー/名作、クソゲー等ファミコン時代から網羅

「ドラゴンクエストVII〜エデンの戦士達〜」

Media :PlayStation
Maker :ENIX
種 別:非リアルタイム2D RPG
発売日:2000年


 ドラゴンクエストIIIの発売直後のことだろうか。
ディスカウントショップで「ドラゴンクエストIV予約受付中」という張り紙も
見たことがある。
勿論、発売も何もやっとIIIが発売されたばかりの頃で、IVなど影も形もある筈
はない。
この頃はドラクエが最も勢いのあった時期なので、いつ発売になるかはともか
く、次回作が発売されることはまず間違いなく、しかも品薄になることも決定
的なドラクエの次回作の予約者を今の内から募ってしまおう、ということだっ
たのだが、実際にIVが発売された二年後に、そのリストに載っていた予約希望
者達に本当に連絡がついたのかと想像すると、なんとなく滑稽でもあり微笑ま
しい気もする。

 さて、ドラゴンクエストVIIである。
前作のVIが発売されたのが1995年のことで、毎回発売までのスパンが長いドラ
クエシリーズの中でも5年というのは最長で、ありプラットフォームもはじめて
任天堂機から離れてプレイステーションでの発売となった。

 ・・・が、残念なことにおいらはVII発売時の巷の熱気をまるで記憶していな
い、発売日に買えた、買えなかったはともかくとしても、II以降VIまでは発売前
から「発売日に買おう」と思っていたし、それにまつわる発売時の悲喜こもご
もな思い出も持っているのだが、VIIに関しては、発売日に自分がどこで何をし
ていたのかすら記憶していないのだ。
理由は、所有していたプレイステーションが壊れてかかっていたから、なのだ
が、それ以上においらはこの時期テレビゲームから離れていて、たとえドラク
エの最新作が発売されたからといっても本体を修理に出したり、または新たに
本体を購入してまでやりたい、とは思わなくなっていた。

 そんなおいらがドラクエVIIに出会ったのは、翌年、つまり2001年の夏前のこ
とで、中古ショップで値段がこなれてきたのを確認してなんとなく購入したよ
うな気がする。
昨年のままで、相変わらず半分壊れたようなプレイステーションで、なんとか
エンディングまで遊び、クリア後のおまけダンジョンで遊ぼうかと思っている
うちに本当にプレイステーションがピクリとも動かなくなってしまった。
以降、おいらがプレイステーションのゲームで遊んだのは、二年後にPS2を購入
してからのことになるので、個人的には最後にPS1で遊んだゲーム、ということ
になる。

 VIのレビューでも書いたが、VIとVIIには驚くほど共通点が多い。
二つの異なる世界を行き来し、冒険を繰り広げるというストーリーは、VIの夢
と現実、VIIの過去と現在という性質の差はあれ非常に類似しており、特にVII
では、過去の歴史の変更が現在に影響を及ぼすという意味で、両者の関連性は
より顕著になっている。
また、VI独自の新転職システムも、ほぼそのままVIIが引き継いでおり、今作で
は一般職に加えてモンスター職の種類が飛躍的に増えている。
勿論、モンスター図鑑や、モンスターパーク、移民の町などVII独自の追加要
素も少なくはないが、それらはいずれもおまけ的な性格の強いもので、ゲーム
システムの根幹に関わるようなものではない。

 仮にVIIはVIのアップグレード版なのか?と聞かれれば、ある意味ではそうだ
とも言えるし、ある意味では全く違うとも言える。
それは「石版システム」の存在である。
VIIでは、ある街や城の過去に行く為には、現在、または過去に散らばる石版の
かけらを集める必要がある。
一揃え集めてはじめてある街や過去に移動することが出来、そこでまた新たな石
版を探し、その街の歴史を変える。
歴史が書き換わったことで、現在にあらわれた同じ街にも石版があらわれている
可能性があるので、そこでのイベントもこなし石版を探す。
石版が集まればまた別の過去に・・・と、基本的にはこういった順番でゲームは
進められていく。

 これがVII独自の「石版システム」の概要なのだが、初プレイ時、正直言って
このシステムには随分と悩まされた。
VIIは非常に長いシナリオを持つゲームであり、多くの城、街が存在する。
その上、ひとつの街や城につき複数の石版が存在するのだから、注意している
つもりでもどうしても取りこぼしが出てしまうのだ。
石版を集めることで、過去に行けるとは言うものの、実際には石版の取れる順
番はシナリオに支配されており、「次に行くべき過去」は常に固定されている。
つまり、プレイヤーの自由にシナリオを進めることは出来ない為に、次に行く
べき過去の石版をひとつでも取りこぼしていれば、その時点から先には進むこ
とは出来ないのだ。

 仮にそれが序盤の方なら、探索すべき場所も限られているのだが、ゲームが
進めば進むほど歩いてきた道も長くなり、また、必ずしも直前のシナリオに次
に必要な石版があるわけではない為に、後戻りして石版を探す苦労は並大抵の
ものではなくなってくる。

 そんなわけで、初プレイ時、おいらはこのシステムでかなりストレスを溜め
ることとなった。
実際、過去の作品と比較してもこのシステムのお陰で、かなり難易度の高いも
のになっており、また、それは単に戦闘バランスが厳しいだとか、謎解きが難
しいといったこととは異質な、たとえて言うなら、ジグソーパズルのピースを
散らかった部屋に撒き散らして、ピースを探しながら作るジグソーパズル、く
らいにイライラさせられるものになっているのだ。


 そもそも、この「石版システム」なるものが「システム」と呼べるシロモノ
なのか、というのがおいらの疑問である。
世界に散らばる石版の欠片を集めて、新たな冒険の扉を開く、という石版シス
テム本来のセールスポイントに立ち戻って考えるのならば、集めた石版の種類
によってもっと自由な冒険ができるものをユーザーは想像するのではないだろ
うか?

 しかし、実際のVIIは強硬に固められた一本道RPGである。
だとすれば、そもそも石版システム自体必要のないものだし、むしろそれがあ
ることで、ユーザーに要らぬ苦労を強いている節すらある。
では、石版システムとは一体何なのか?

 その疑問も漠然としたまま、いつしか忘れ去り、最近まで思い出すことさえ
なかったのだが、最近ある読者の方とメールのやり取りをする中で、「(VIIの
石版システムは)自分の自由に進められる、という触れ込みだったはず・・・」
という話を聞いた。

先述したようにドラクエVII発売当時、ゲームそのものと距離を置いていたおい
らは、このゲームの発売前の情報などをあまり知らずにいた。
しかし、もしメールの通り本来あのシステムがプレイヤーに自由な冒険を楽し
ませる為のものだったとしたら、おいらには思い当たることがあるのだ。


 その頃のことを知っている人なら常識かもしれないが、VIIは元々、Nintendo
64専用磁気ディスクシステム(64DD)で発売される筈のタイトルだった。
当時の雑誌の記事で、任天堂山内社長(当時)が、直々に「堀井雄二氏に開発
を頼んだ」と意気揚揚と発表するくだりを読んだことがある。
ところが実際には、その一年後にエニックスがPlayStationでのドラクエVIIを
発表し、発売に至ることになる。
元々任天堂の発表は大風呂敷であることが多いので、全てを鵜呑みにはできな
いし、VII自体実に五年もの歳月をかけて開発されたものなので、これはあくま
でもおいら個人の勝手な推論になるが、もし、仮に「石版システム」のイメー
ジが、PlayStationでの発売が決まる迄に出来上がっていたものだとすれば、
石版システムの存在意義や、「自分の自由に進められる」という触れ込みも充
分に納得がいく話になるのだ。

 64DDは、64MB程度の記憶容量を持つ磁気ディスクにゲームを記録し、それを
読み出す装置だが、ファミコンのディスクシステム同様に、読み出しだけでは
なくデータの記録にも使えるという特性がある。
PS1のメモリーカードなどに比べ、遥かに広大なセーブエリアが確保できるので、
パソコンでハードディスク専用となったアートディンクのルナティックドーン
のような、プレイヤー毎に全く違った展開を楽しめるゲームのセーブデータで
も記録することが可能となる。

 仮に、VIIが石版システムと連動した自由な冒険を標榜したゲームであったと
するならば、当時としては受け皿になり得るハードは64DDしかなかった。
随分と妄想をたくましくしてしまったかもしれないが、64DDというハード特性
を活かして、作られたのがVIIだったのかもしれない、とおいらはそう思ってい
る。



AXL 2003

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