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「ドンキーコング」


Maker :任天堂
Media :アーケード、FAMILY COMPUTER,GAME&WATCH等
発売日:1982年
種 別:画面固定型アクションゲーム


 任天堂といえばマリオといわれるほどのドル箱スター、マリオが初登場した
作品である。
念のために書いておくと、スーパーファミコン以降にシリーズ化されたスーパ
ードンキーコングや、ドンキーコング64とはキャラクターを使っている他は
特に関連性が無い。

 ゲームを簡単に説明すると、主人公マリオは、ドンキーコングにさらわれた
レディを救出する為、建設現場の鉄塔などを昇りステージをクリアしていく。
ステージは、ドンキーコングが転がす樽をジャンプで避けながら梯子を昇って
いく1面、廃棄物(?)を運ぶベルトコンベアーのある2面、エレベーターが
存在する3面、鉄塔の接合部を外すことが目的とななる4面からなっており、
4面をクリアすると、ドンキーコングが墜落し、マリオとレディが対面するデ
モ画面が流れる。


 今となっては、マリオ、ドンキー共に「スーパー」の方が有名だが、このド
ンキーコングは、任天堂のアーケード業界における初期大ヒット作品で、日本
だけでなく、海外でも売れまくった。

 当時はゲームに関する著作権が非常に曖昧で、コピーした基盤を改造してタ
イトルや、メーカー名を変えただけのものが当たり前のように市場に流れてお
り、ヒット作となったドンキーコングにも「クレイジーコング」なるコピー版
が存在していた。


 基本的にゲーム内容は全く同じだが、BGMが多少変わっている点、そしてマリ
オがジャンプしたときに「ホヤッ!」という掛け声を出す点が「クレイジーコ
ング」の特徴である。

 実はおいらがリアルタイムでプレイしていたのは、殆どクレイジーコング基
盤だったらしく、ファミコン版を購入したときに、マリオが掛け声を出さない
ことに落胆した覚えがある。


 任天堂がアメリカの現地法人である、Nintendo of Americaを設立したのも
この頃で、主に海外でのコピー基盤排除が最初の仕事だったらしい。


 おいらもご多分に漏れず、このゲームをかなりやり込んだが、ドンキーコン
グを初めて見たときに一番驚いたのは、ゲームに「ストーリー性」がある、と
いうことである。
勿論、それ以前のゲームの多くにも、ストーリーは存在していたが、マリオが
ドンキーコングからレディを救出する、という物語の進行に添ってステージが
構成されている点や、基本的に1ステージループが当たり前だった当時にあっ
て、まがりなりにも4つの異なったステージから成り、オープニングと4面ク
リア時にストーリーに添ったデモ画面が表示される等、当時としては画期的な
作品だった。


 初期任天堂を象徴するゲームであり、任天堂の主力ゲームだったファミコン
や、ゲーム&ウォッチにも移植されている。
ファミコン版は容量の都合か、ステージ2がカットされているのが残念だが、
単調なゲームしかできないと思われていた、ゲーム&ウォッチで1面だけとは
いえ、ゲーム性を損なわずに移植し、こちらも大ヒットとなった。


 ゲームデザイナーは、スーパーマリオやゼルダの伝説等で知られる宮本茂氏
とされている一方、ドンキーコングは任天堂の自社開発ソフトではない、とい
う説もある。
1983年当時、ドンキーコングを実際に開発したとされる某社が任天堂を相手取
って裁判を起こした、という説である。
これに対して任天堂は「開発料は既に支払っている」と反論したとされている。
この任天堂の反論により、ドンキーコングは任天堂の自社開発ソフト、つまり
宮本氏の作品ではないということを自ら認めたことになる、というのがこの説
の論拠となっているが、実際にその裁判が行われたというはっきりした証拠と
なるべきものを、少なくともおいらは発見できなかった。

もし仮に任天堂が某社に開発を委託したのだとすれば、任天堂がドンキーコン
グを販売したことに対して裁判を起こすのもおかしな話である。

 任天堂のソフトに関しては、これは以外にもゼルダの伝説も実は下請けが開
発したもので、宮本氏の仕事とされるものの多くは実はその下請け会社の天才
プログラマーの手によるもので、任天堂の圧力により自ら名前を明かすことが
できなかった。
という噂もあり、半ば都市伝説化しているが、おいらとしてはあまり信憑性が
あるとは思っていない。



AXL 2001

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