レトロゲームレビュー/名作、クソゲー等ファミコン時代から網羅

「ロマンシア」

Maker :日本ファルコム
Media :PC-88SR,FM-7,X1,FAMILY COMPUTER
発売日:1986年
種 別:・・・・よくわかりません(^^;


 以前、バンゲリングベイのレビューを書いた時、他の多くのレビューがあの
ゲームをクソゲーとして扱っていることに驚いた、と書いた。
ゲームには個人の好みや思い入れが反映されるので、必ずしもそのゲームで遊
んだプレイヤーの評価が一致するとは限らない。
ただ、世間的にあまり評価されていないゲームに対して本当は面白いんだ、と
力説することは実はそれほどエネルギーを使わないのだ。

 問題は、世間的に一定の評価を得ているゲームに対して否定的なレビューを
書く場合、である。
おいらは、この「ロマンシア」というゲームのレビューを書くにあたって試み
にいくつかのページでレビュー記事を読んだ。
その結果は驚くべきものだった。
「それほど難しくはない。」「名作である。」
少なくとも、ある程度以上のレベルのゲーマーにとっては、それほど難易度の
高いゲームではなく、しかも名作として数えられるゲームらしいのだ。

 誰しも自分の好きなゲームの否定的なレビューを読むのは良い気がしないは
ずだ。もしこのゲームが本当に多くのゲーマーから「名作」として支持されて
いるとすれば、下手なことは書けない。
そんなわけで、ごく普通の紹介記事でお茶を濁そうかな、などと考えもしたが
よくよく考えたら、これは「おいら的あの頃ゲーム」なのだ。
裸の王様よろしく提灯記事を書くようになってはおいら的である意味がないで
はないか。

 そこで、やはり「おいら的」にはっきりと言わせて貰おう。

このゲームは確実に狂っている。

 このゲームを買ったのは、ついに憧れのちゃんとしたパソコンであるところ
のPC-88FRを手にいれてからすぐのことだった。
今でも覚えているが、実はその時のおいらはこのゲームを1本買ってしまうと
当分の間、小遣いがかなり心細いことになるような状態だった。
それでも新しいハードを手にいれると、色々なゲームで試してみたくなってし
まうのが人情というものである。
新しいゲーム機が発売されるたびに、憧れのキラーソフトの影に隠れていかに
つまらなそうなソフトが2、3本必ず発売される裏には、こういう心理を利用
した販売戦略があるのではないか、とおいらは勝手に信じている。

 そんなおいらが目をつけたのがロマンシアだった。
おいらは、とにかく難しいといわれるゲームに弱い。
ハイドライドは友人にクリアしてもらったし、ザナドゥは早々に放棄した。
しばらくあの手のゲームに近寄るのはよそうと思っていたが、ザナドゥと同じ
日本ファルコムが発売したこの「ロマンシア」というゲームは、パッケージイ
ラストのタッチからして硬派なザナドゥとは違い、いかにも親しみやすそうで
あった。
ゲーム画面も明るくコミカルでこれなら面白そうだ、と思い全財産に等しき散
財をしておいらはこのゲームを手にいれた。
早速、起動してオープニング画面を見るとアニメ調の主人公とお姫様が並んで
いるイラストが表示され、曲も悪くなかった。
こりゃ面白そうだ、とプレイを始めたまでは良かったが・・・。


 自分の決断に後悔したのはゲームをはじめて2時間もしてからだろうか。
はっきり言って何をどうすれば良いのか皆目見当がつかないのである。
敵を攻撃すれば、今までブタだったものが突然じいさんになって飛んで行く。
何故か天国につれていかれて文字通り雲の上を歩く。
そしてそれらの理由がまるで分からないのだ。

 このゲームの理不尽さと破綻ぶりは、あの「たけしの挑戦状」に勝るとも劣
らないものだとおいらは思っている。

 ハイドライドのところでも書いたが、この手のゲームの問題点は「そもそも
何が謎なのかということすら分からない」という点に尽きる。
例えば、前の日に恋人に今夜電話をするよと約束したものの、仕事が忙しくて
すっかり忘れたまま、翌日恋人に会う。
会った恋人は理由も言わないまま、いかにも不機嫌な態度を取っているとしよ
う。勿論この場合は悪いのは男かもしれないが、そもそも男は電話をすること
を完全に忘れているのだから、そこに気づきようがない。
にも関わらず理由を言わず、いつまでもグズグズと拗ねられては事態は悪化す
るばかりではないか。
長くなった割にかなり強引な例えになってしまったが、つまりこの手のゲーム
はそういうタイプの女と同じなのである。


 ただ、おいらがハイドライドやザナドゥではなく特にこのロマンシアという
ゲームに対して恨みを持っている理由は、まあ、これを買ったおかげで当時財
政面でかなりの苦労を強いられた、ということもあるが、何よりもその外見の
コミカルさと内面の理不尽さのギャップがあり過ぎるから、である。

 例えば、ザナドゥのパッケージを見て、「あ、これ簡単そうだなぁ」と思っ
て買ったのならば買った奴が悪い。
しかし、ロマンシアを一目見て「これは手強そうなゲームだからやめておこう」
と思えるか?というここのところをおいらは言いたいのだ。

 当時中学生でなければ、おいらは間違い無くロマンシアのパッケージを持っ
て国民消費者センターに駆け込んでいたところである。

 しかし、外見の可愛らしさに惑わされてお近づきになってみたら、実は大き
な勘違いだった、というこのロマンシアの教訓は大人になった時にある程度生
かされることとなるので、そういう意味では勉強になるソフトかもしれない。



AXL 2001

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