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「アッポー」

Maker :SEGA
Media :アーケード(別名でPC88,FM-7,MZ-2500等に移植)
発売日:1984年
種 別:プロレスゲーム


 おいら的にいうと「第二のプロレスゲーム」である。
最初のプロレスゲームはデータイーストの「ザ・ビッグ・プロレスリング」だ
が、ボタン連射で技を「選ぶ」というシステムの「ザ・ビッグ・プロレスリン
グ」には、プロレスゲームとしての躍動感は少々欠けていた。
また、主人公のタッグチームが固定で、そのキャラクターもアントニオ猪木と
藤波辰巳と前田明(新日時代)を足して3で割ったようなキャラクターでいま
ひとつ個性も無かった。

 そんな時にゲームセンターで初めて見た「アッポー」は衝撃的だった。
勿論、実名ではなかったが、どこからどうみても猪木や馬場、ハンセンやブッ
チャーにしか見えないキャラクターが必殺技もそのままに、熱戦を繰り広げて
いるのである。
正直、ゲーセンターのゲームで出来ることならテーブル筐体ごと購入したい、
と思ったのはこの「アッポー」が初めてである。

 しかも、このゲームの特徴は必殺技を放つ時や試合前に半分以上のキャラク
ターが「喋る」ということである。
それも猪木ながら「ナンダコノヤロー」、ホーガンなら「イッチバーン!」と
いったように実在のレスラーそのままの台詞を、である。

 このゲームに出会った頃、おいらは小学校5年生だったが、このゲームやり
たさに毎日のようにゲームセンターに通い詰めた。
ところが人気ゲームだった為、下手をするとおいら達がゲームセンターに行っ
た時には既にどこかの高校生がテーブルを占領し、意地の悪いことにはテーブ
ルの上にはどっさりと50円玉を積み上げているのだ。
ストリートファイター2のブームに火がつき始めた頃もこの手の輩はいたが、
アッポーの当時は小学生。
高校生に文句も言えず黙って待っているしかなかった。

 その為、毎週日曜日は朝一で友人とゲーセンと駆け込み、思う存分アッポー
で遊んだ。休日の朝、まだ人気の少ないゲームセンターに入って店の奥に置い
てあるアッポーのテーブルが空いているのを確認した時は、テーブル筐体がま
るで輝いているような気さえした。


 このようにおいら的に非常に思い入れの強いゲームだが、思い出だけではレ
ビューにならないので簡単に内容を説明しよう。
試合形式はシングルマッチのみで、常に3本勝負。試合時間は3分間である。
リングアウトか3カウントを取れば勝ちとなり、2本取れば次のステージに進
めるが、負け、もしくは引き分けの場合(1vs1で3本目が両者リングアウ
トや時間切れになった場合)はゲームオーバーである。

 選択できるキャラクターと、必殺技、喋る言葉は以下の通りである。

・アントニオの猪木      延髄斬り        ナンダコノヤロー
・ジャイアント馬場      ココナッツクラッシュ  アッポー
・タイガーマスク       ローリングソバット   台詞無し
・スタン・ハンセン      ウェスタン・ラリアット ウォー
・ハルク・ホーガン      アックス・ボンバー   イッチバーン!
・アンドレ・ザ・ジャイアント ジャイアントプレス   台詞無し
・アブドーラ・ザ・ブッチャー ヘッドバット      ワパッ!(?)
・上田馬之助         竹刀攻撃        台詞無し


以上、80年代のプロレス黄金期の華やかな面々である。
他のメンバーに比べると上田馬之助だけが少々アレな気がしないこともなかっ
たり、馬場の必殺技はやはり32文ロケット砲といわないまでも、ジャンピン
グネックブリーカーの方が良いのではないか?とか、だとするならば、タイガ
ーの必殺技も、スペースフライングタイガーアタックとまでは言わないまでも
タイガースープレックスが良いのではないか?とか、はたまた、ハンセンは誰
がどう聞いても「ウォー」ではなく「ウィー」ではないのか?などなど、少々
気になる部分もあるが、それでも、生まれてから2度目に出会ったプロレスゲ
ームでここまで豪華なゲームに出会えたのは本当に幸せである。

 ちなみに、このゲームは基本技がブルドッキングヘッドロックという少々変
わったゲームだった。
ヘッドロックのまま走るので、目の前にコーナーポストがあると相手の脳天を
コーナーポストに打ち付けることが出来る、しかもこの方法だと相手の体がコ
ーナーポストに当たった瞬間からこちらのキャラを動かすことができる上、場
所がコーナーポストに最も近いため、相手にあらかじめある程度のダメージを
与えておけば、そのままトップロープに登ってダイブ技を仕掛ける事が出来る。
おいらはこの一連の攻撃パターンを、なぜか「上田馬之助スペシャル」と名づ
けてよく使っていたが、何故よりによって馬之助の名前を冠したのかは今もっ
て謎につつまれているが、マリオブラザーズで2人プレイをする時も予め、「
おいらは絶対にルイージしか使わないから、お前はマリオやれ!」と宣言する
ほどの変わり者だったので仕方ないのかもしれない。

 ただし、お気に入りのキャラは馬之助ではなく、個人的に今でも大好きなホ
ーガンだったが、このゲームのホーガンは青い目が繋がっている為、見ように
よっては「キン肉マン」に出てきたネプチューンマンにも見え、ホーガンをモ
デルにしたネプチューンマンのファンでもあったところのおいらにとっては2
度美味しいキャラだった。


 しかし、あんなに愛した「アッポー」だが何故か家庭用ゲーム機に移植はさ
れなかった。
メーカーがセガだった為、もしこのゲームが移植されていたら、当時持ってい
なかったセガのハードごと買ってしまったのは間違いないが、その後もセガの
ハードでこのゲームが発売されることは無かった。

 ところが、1985年に何とパソコン版で発売される。
対応機種は、PC-88,FM-7,MZ-2500で、名前は「アッポー」ではなく、「チャン
ピオンプロレス・スペシャル」となり移植したのはマイクロネットだった。

おいらがPC-88を購入したのは、1986年のことだが、その時、かなり真剣にMZ
-2500とPC-88のどちらを買うべきか悩んだ要因のひとつに、ハードの基本性能
からいえば、PC-88版よりMZ-2500版のこのゲームのクォリティが高いはずだと
思ったことがある。

 結局はPC-88版で手にいれることとなるが、「スペシャル」を名乗っている
割に登場選手から馬場と馬之助は削られているし、喋らなくなっているし、
それに何よりもキャラクターが小さくちまちましていて何がなんだか分から
なかった。
その上、コントローラーではなくキーボードでの操作となるともうお手上げ
である。
根気よく何度か挑戦したが結局まるで勝てずにストレスを溜めるだけで、い
つしか忘れられて押入れの奥底に消えていってしまった。



AXL 2001

(2002.1.18追記)

浅野さんからブッチーの必殺技は地獄突きではなくヘッドバットである、とい
う情報を頂き、必殺技欄を修正いたしました。
浅野さん、ありがとうございました(^_^)

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