酒杯
キュリクス / Kylix / ΚΥΛΙΞ

キュリクスは水平の把手を持つ高坏で、ワインを飲むのに用いられた。キュリクスという名称はスキュフォスなどを含む酒杯の総称として用いられていた。

キュリクスには口縁部や把手、脚部の形式によっていくつかに分類される。最初に現れたのはやや深い坏部とやや外反する口縁部との間に稜線があり、水平に伸びる把手と短い脚部を持つコマストカップで、これに続くのがコマストカップに近いが口縁部と脚部がやや高くなったシアナカップである。また同じ頃には口縁部との区切りがなく内湾した坏部を持ち、鳥の鎖骨(ウィッシュボーン)状の把手を持つメリーソートカップが出現した。次いで現れたのはさらに口縁部と脚部が高くなり、口縁部と坏部との区分が明確でなくなってきたものがリトルマスターカップで、その初期の時代にはシアナカップのような脚部を持ち、口縁部がやや内湾するゴルディオンカップも見られた。またその後期の時代と重なるのが細く短い脚部とやや厚い口縁部を持つドゥロープカップである。

リトルマスターカップと入れ替わるようにして内湾する坏部を持ち、太くやや短い脚部を持つA型カップが現れ、これまでの例とは異なり赤像式でも描かれた。やや遅れてA型に近いが口縁部から裾部までが連続した輪郭を持つB型が現れ、黒像式の例は多くないが赤像式では最もポピュラーなものとなった。このほかにカルキス式のキュリクスを真似た脚部の短いカルキス式カップは黒像式でも赤像式でも製作されたが、その数はいずれもきわめて少ない。またA型の脚部を極端に短くしたようなステムレスカップも製作され、黒像式の例は少ないが、赤像式では特に五世紀の後半になって盛んに製作された。  装飾はそれぞれの器形によって異なるが、外面には両面にフリーズ状の画面を配し、内面にはトンドと呼ばれる円形の画面を配するのが一般的である。

コマストカップ / Komast Cup

キュリクスの中でもやや深い坏部とやや外反する口縁部との間に稜線があり、水平に伸びる把手と短い脚部を持つもので、コマスト(酒宴で踊り騒ぐ人物)が頻繁に描かれたことからこの名称を持つ。

製作期間はおよそ590-570年に限られ、シアナカップに発展していった。画面は坏部にフリーズ状に配置され、口縁部には植物の装飾が描かれることが多い。
Cf.Harvard 1925.30.133 (Perseus Project).

大きさ:幅20cm前後。

シアナカップ / Siana Cup

キュリクスの中でコマストカップのようにやや深い坏部とやや外反する口縁部との間に稜線があり、水平に伸びる把手と短い脚部を持つが、口縁部と脚部がやや高くなったもので、この形式のカップが発見されたロードス島の墓地遺跡の名前から名付けられた。製作されたのは六世紀の第二四半期に限られ、ゴルディオンカップを経てリトルマスターカップに発展していった。

装飾には主に二通りの手法がある。一つはオーバーラップと呼ばれるもので、口縁部と坏部にまたがったフリーズ状の画面を持つものである。もう一つはダブルデッカーと呼ばれ、画面は坏部のみに配され、口縁部には蔦などの植物文が描かれるものである。また両者とも内面にトンドと呼ばれる円形の画面を持つことが多い。
Cf. Harvard1954.142 (Perseus Project).

大きさ:幅20−30cm前後。

ゴルディオンカップ / Gordion Cup

キュリクスのうちシアナカップリトルマスターカップとの中間的な形式を持つもので、560年前後に製作された。ただし口縁部が内湾する点でほかの器形と異なる。
Cf. Berlin V. I. 4604 (Perseus Project).

装飾はバンドカップのように把手の段をフリーズ状に残し、それ以外を黒で塗りつぶすものが多い。

大きさ:幅20−30cm前後。

リトルマスターカップ / Little Master Cup

キュリクスのうち口縁部と坏部との間に稜線があるが、その区分が明確でなくなってきたもので、口縁部と脚部はシアナカップゴルディオンカップよりもさらに高くなっている。この名称はこのカップが細かな像を描くのに優れていた画家たちによって好まれて描かれたことから名付けられた。製作期間はおよそ560-530年で、数多くの作品が残っており、陶工や画家のサインが記されていることがしばしばある。赤像式の例は全く存在しない。

装飾のパターンによって名称が異なり、一つはバンドカップと呼ばれ、把手の位置する段にフリーズ状の画面を配し、それ以外を黒で塗りつぶしたものであり、内面にトンドと呼ばれる円形の画面を持つものと持たないものがある。Cf. Harvard 1960.320 (Perseus Project)。 もう一つはリップカップと呼ばれ、口縁部と把手の段を地のままに残し、口縁部に一人から三人程度の像を描くもので、内面のトンドを持つことが多い。Cf. Rhode 34.858 (Perseus Project)。また形式にはほとんど区別が付かないが、やや小型のものはカッセルカップと呼ばれ、坏部全体に装飾が施される。Cf. Oxford 1934.297 (Beazley Archive)。

大きさ:幅20−30cm前後。

ドゥロープカップ/ Droop Cup

キュリクスのうち坏部がやや浅く、細く短い脚部とやや厚い口縁部を持つもので、550-510年頃に製作された。しかしいずれも黒像式で、赤像式のものはない。

この名称はこのカップを研究した学者の名前から付けられたものである。装飾はバンドカップのように口縁部を塗りつぶして把手の段にフリーズ状の画面を配するが、その下の段に細かな装飾を施す点が異なっている。
Cf. Droop cup from Vix (University of Virginia).

大きさ:幅20cm前後。

カルキス型カップ / Chalkidizing Cup

キュリクスのうち口縁部に区切れがなく、脚部が短くがっしりとしているもので、カルキス式のカップの形式と装飾を真似たものである。六世紀の第三四半期に現れ、その後も生産はされたが、赤像式の例はきわめて少ない。

装飾はカルキス式のものと同様両面に二つずつの目を描くもので、その間に像を描いたものもある。赤像式ではほかのキュリクス同様のフリーズ状の画面で目は描かれていない。
Cf. Malibu 86.AE.50 (Perseus Project).

大きさ:幅20−30cm前後。

メリーソートカップ / Merrythought Cup

キュリクスのうち口縁部との区切りがなく内湾した坏部を持ち、鳥の鎖骨(ウィッシュボーン)状の把手を持つもので、六世紀の中頃に製作されたがその数は少ない。Cf. Boston 99.518 (Perseus Project)。 またかなり形式は異なるが、同じような把手を持つキュリクスが五世紀中頃にいくつか製作され、いずれも内面が白地になっている。

画面は幅の広いフリーズ状で、坏の底部や把手には蔦の文様などが描かれている。

大きさ:幅20−30cm前後。

A型カップ / Cup type A

キュリクスのうち口縁部との区別がなく、内湾する坏部を持ち、太くやや短い脚部を持つものがA型で、六世紀の半ば過ぎに現れ、六世紀の末頃から盛んに製作されるようになり、赤像式でも数多く描かれ、特に外面を赤像式で、内面を黒像式で描いたバイリンガルという手法によるものが特徴的である。しかし五世紀にはいるとほとんど見られなくなり、B型が一般的になった。

装飾として最も一般的なのは坏の両面に二つずつの目を描いたもので、アイカップと呼ばれ、眉毛やまれには鼻まで描いたものもある。また内面はトンドと呼ばれる円形の画面を持つことが多い。初期の例に比べると後になるとやや坏部が浅く、脚部が長くなっている。
Cf. Rhode 22.214 (Perseus Project).

大きさ:幅20−30cm前後。

B型カップ / Cup type B

キュリクスのうち口縁部から裾部までが連続した輪郭を持つもので、六世紀の半ば過ぎに現れ、黒像式の例は少なく、また赤像式でもA型が主流であったが、五世紀にはいると生産が盛んになり、最もポピュラーなものとなった。しかし五世紀の半ばを過ぎるとステムレスカップに押されてあまり生産されなくなった。

外面にフリーズ状の画面を、内面にトンドと呼ばれる円形の画面を配するのが一般的だが、外面を黒で塗りつぶしたもの、内面全体を白地にして描いたもの、トンドの周りにフリーズを配したものなど例外も多い。形式的な変化はあまり見られないが、五世紀の半ば頃には実用に適さないような大型のものがいくつか製作されている。
Cf. Harvard1895.248 (Perseus Project).

大きさ:幅20−30cm前後のものが一般的だが、五世紀中頃には幅70cmを越える巨大なものも作られた。

ステムレスカップ / Stemless Cup

キュリクスのうち脚柱部がなく、直接脚部が付くもので、六世紀の後半になって現れた。赤像式でも引き続き生産されたが、五世紀の半ばを過ぎると活発に製作され、数多くの作品が残されている。

装飾は黒像式ではバンドカップのような装飾のものなど様々だが、赤像式ではほかのキュリクスのように外面と内面とに装飾を持つものが一般的であった。五世紀の後半になると内面の装飾の代わりにスタンプ状の文様を記したものが一般的になり、大量に生産された。黒像式では僅かながら脚柱部が残っているが、赤像式では坏から直接脚部になっている。
Cf. Berlin F2542 (Perseus Project).

大きさ:幅20cm前後。

スキュフォス / Skyphos / ΣΚΥΦΟΣ

スキュフォスまたはコテュレ(Kotyle / ΚΟΤΥΛΗ)と呼ばれ、深い椀型の胴部に短い脚部と水平の把手を持つもので、ワインを飲むのに用いられた。文献などからこの器形がスキュフォスと呼ばれていた可能性が高く、一方コテュレという名称はカップ全般を挿すものとして使用されていたようである。

最初に現れたのはコリントス式のスキュフォスを真似たコリントス型のスキュフォスで、水平方向に伸びた把手とやや小さな底部が特徴である。六世紀の中頃には陶工ヘルモゲネスによって作られたヘルモゲネス式スキュフォスが見られ、把手がやや上向きに伸び、脚部が細く、裾が滑らかに広がるものである。また同じ頃に把手が斜めに伸びて脚部ががっしりとしたヘロン型スキュフォスが出現した。またこれに近いがカップのように浅いものはカップスキュフォスと呼ばれ、黒像式だけでなく赤像式でも生産され、五世紀の末まで存在した。赤像式の時代になるとコリントス型のように把手が水平に伸びるが底部の大きいA型が現れ、四世紀の初頭まで生産され続けた。またやや小型で、把手の一方が垂直に付いたB型も六世紀末頃に現れたが五世紀の半ばには姿を消した。

スキュフォス(コリントス型) / Korinthian Skyphos


スキュフォスのうちコリントス式のスキュフォスを真似たもので、全体的に小さく、水平方向に伸びた把手とやや小さな底部が特徴である。黒像式の初期から存在し、赤像式の五世紀後半まで製作されたが、両者ともそれほど数は多くない。

装飾は年代によってかなり異なるが、黒像式では六世紀の終わり頃には胴部に白鳥と簡単な装飾のみを描いた雑な例が数多く生産された。赤像式ではほかのスキュフォスとあまり違いはないが、小型のものが多いため多少描写は雑なものが多い。
Cf. Rhode 25.072 (Perseus Project).

大きさ:10−20cm前後。

スキュフォス(ヘルモゲネス式) / Hermogenian Skyphos

スキュフォスのうち陶工ヘルモゲネスによって作られたもので、把手がやや上向きに伸び、脚部が細く、裾が滑らかに広がるものである。ほとんどは六世紀の第三四半期に属し、赤像式の例はない。

装飾はバンドカップに近く、把手のある段にフリーズ状の画面を配し、それ以外の部分を黒く塗りつぶすのが一般的であった。
Cf. Missisipi 1977.3.70 (Perseus Project).

大きさ:10−15cm前後。

スキュフォス(ヘロン型) / Skyphos (Heron Type)


スキュフォスのうち把手が斜めに伸びて脚部ががっしりとしたもので、六世紀の後半に登場し、特にその末から五世紀のはじめにかけて大量に生産された。中には背景を白地にした例も見られる。

装飾は口縁部に植物の文様を描くことが多く、胴部の両面に像が描かれる。
Cf. Harvard 1960.321 (Perseus Project).

大きさ:15−20cm前後。

カップスキュフォス / Cup Skyphos


スキュフォスのうちヘロン型スキュフォスとステムレスカップの中間に位置するような形式のもので、把手は斜めに伸び、胴部が短く、口縁部と胴部が区分されている。

黒像式では六世紀の中頃に出現するが、特にその末から五世紀の始まりにかけて大量に生産された。赤像式ではその始まりから五世紀の後半まで生産されたがその数は少ない。  装飾は黒像式では特に後の時代のものほど雑で、刻線を用いなかったり、何を描いているのかわからないものまである。赤像式ではほかのスキュフォスとそれほど変わらないが、画面の幅が狭いために雑な描写になることが多い。
Cf. Paris, Louvre A479 (Perseus Project).

大きさ:10cm前後。

スキュフォス(A型) / Skyphos type A

スキュフォスのうちコリントス型のように把手が水平に伸びるが、全体的に大きく、底部の幅も広いものである。黒像式には存在せず、五世紀の初頭に出現し、四世紀まで生産され続けたが、最も盛んだったのは五世紀の後半であった。

装飾はほかのスキュフォスに比べて丁寧なものが多く、画面の上下にはしばしばメアンダー文が描かれている。年代的な違いはあまりないが、五世紀の終わり頃になると胴部の下半が窄まって伸びた形式のものに変化した。
Cf. Missisipi 1977.3.104 (Perseus Project).

大きさ:15−20cm前後。

スキュフォス(B型) / Skyphos type B

スキュフォスのうちやや小型で、把手の一方は水平に、もう一方は垂直に付いたもので、六世紀の終わりから五世紀の中頃まで生産された。

装飾は簡素なものが多く、特に女神アテナのシンボルであるフクロウを描いた例が大量に生産されている。
Cf. Tampa 86.92 (Perseus Project).

大きさ:10cm前後。

カンタロス / Kantharos / ΚΑΝΘΑΡΟΣ

カンタロスは高く上に伸びた垂直の把手を持つ高坏で、坏部は深く、脚部は細く長い。カンタロスは黄金虫を意味する語であるが、この器形の陶器に対しても用いられた可能性が高い。
Cf. Boston 95.36 (Perseus Project).

カンタロスは黒像式の初期から存在し、赤像式でも五世紀の終わりまで生産され続けたが、酒器としてはそれほど一般的ではなく、むしろディオニュソスのアトリビュートとして陶器画の中に描かれることが多い。またその形式は年代などによって様々なものがあり、脚部の短いものや把手の短いもの、把手が一つしかないものなど様々である。また女性やヘラクレスサテュロスや黒人などを型取ったカンタロスも多い。画面として用いられるのは胴部のみで、装飾もその上下に描かれる程度で簡素なものが多い。
Cf. Malibu 83.AE.218 (Perseus Project).

大きさ:10−20cm前後。

リュトン / Rhyton / ΡΥΤΟΝ

リュトンは本来雄牛などの角を型取った角杯を指すものだが、動物の頭部を型取った坏に対しても用いられる。その動物は雄牛を始め羊やロバ、鹿や山羊、猪など様々であり、垂直の把手が付く。
Cf. Paris, Louvre H65 (Perseus Project).

六世紀の前半から存在はしているが、数多く生産されるようになったのは赤像式の時代になってからである。何も描かれないものもあるが、フリーズ状にして頚部に画面を配置するものも多い。しかしその場合でも黒像式のものはほとんどなく、赤像式ばかりである。

大きさ:20cm前後が一般的だが、複雑な作りのものは30cm前後。

マストス / Mastos / ΜΑΣΤΟΣ

マストスは乳房の形をした坏に一方は垂直の、一方は水平の把手が付くもので、脚部はなく底は尖っている。マストスは女性の乳房を意味し、文献からこの名前で呼ばれた酒杯が存在することがわかっているため、この器形がこれにあたることは明らかである。
Cf. London B376 (Perseus Project).

最初に製作されたのは六世紀の第三四半期で、世紀末になると大量に生産されるようになった。赤像式では極端に数が少なく、初期の例と五世紀第二四半期の例がそれぞれ数点存在するのみである。装飾は簡素で、胴部の広い画面の下の部分に描かれる程度である。

大きさ:10cm前後。

チャリス / Chalice

深く外へ広がった鉢状の胴部の左右に水平の把手がつき、裾の広がる脚部を持つものである。キオス島をはじめとする東部ギリシアの陶器に見られる形式であるが、黒像式の初期にしか存在せず、その数も極めて少ない。
Cf. Wuerzburg L128 (Perseus Project).

装飾は胴部をいくつかのフリーズ状の画面に分割し、当時の流行であった動物の文様を描くことが多い。

大きさ:15−20cm前後。

ラカイナ / Lakaina

古代の記述から、ラコニアの酒杯に用いられた名称と考えられる。考古学では深い坏の底に近い部分の左右に水平の把手のついた陶器に対して用いられている。

大きさ:10cm前後。