3 - 1 - 1 赤像式の誕生


 赤像式はすでに述べたように、図像の輪郭を描いてその外側を黒く塗りつぶし、内側を描線で描く技法であるが、その可能性は黒像式に比べてはるかに大きいものであった[1]。まずなによりも描線で描くことにより細かな表現が可能になったことがあげられる。刻線に比べて曲線を描くことが容易なだけでなく、太さを変えたり、あるいは濃度を変えたりして強弱を与えることが可能になり、骨格や筋肉が自然な感じで描かれるようになった。

 衣服においても、黒像式では文様を描くことに力が入れられたが、赤像式では褶の表現に重点が置かれ、立体感が現されるようになった。また髪や髭なども描線によって自然に描かれるようになり、特に目の表現は黒像式のアーモンド型からより現実的なものとなり、人物の表情や心理状況まで描き出すことが可能となった。さらには黒像式では表現しにくかった像の重複関係もすっきりと描くことができた。これによってアッティカ陶器は工芸からより絵画的なものとなり、真の芸術の域に達することになる。

 この赤像式を発明したとされるのがアンドキデスの画家(Andokides Painter)である(図1)[2]。彼は陶工アンドキデスとともに活動したことから名付けられたのだが、彼はまだこの赤像式の可能性を完全には生かし切れていない。彼の作品は、たとえばボストン美術館所蔵のベリィアンフォラのように、一方の面を黒像式で、他方を赤像式で描いた、バイリンガルと呼ばれるものが多く、描かれている主題も構図もほとんど同じものである[3]。これはこの画家が黒像式を反転した段階にとどまっていることを意味しているのだろう。しかしその描写は優れていて、エクセキアスの伝統がその後の黒像式の画家ではなく、赤像式の画家に引き継がれたことはあきらかである。



図1

 これら一連の陶器の黒像式の方は、アンドキデスの画家が描いたとする説と、別の黒像式の画家、つまりはリュシッピデスの画家(Lyssipides Painter)によって描かれたとする説があるが、赤像式は黒像式の存在なくしては生まれなかったし、赤像式の発明者も当然黒像式を学んでいたはずで、またの地の赤像式の画家も時に黒像式を取り入れているから、同一人物によって描かれたとするのが正しいように思う。彼はこのほかにも、胴部は赤像式で描き、口縁部に白で上塗りをし、そこに黒像式で描いたベリィアンフォラや、外面の一方を黒像式で、他方を赤像式で描いたキュリクスなども残している。

 彼にやや遅れて活動したのがプシアクス(Psiax)である[4]。彼もまたバイリンガルのアンフォラを描いているが、そのほかキュリクスもいくつか描いている。その中でスイス個人蔵のキュリクスは、その人物像に対して、表現はまだ幼稚であるものの野心的な姿勢が試みられている。彼の試みは次の世代になって大きく実を結ぶことになる。

[1] 赤像式の画家およびその陶器の一覧は、Beazley, J. D., Attic red-figure vase-painters, 2nd edn., (1963)およびParalipomena, (1971)参照。赤像式の画家の概説は、Robertson, M., The art of vase-painting in classical Athens, (1992), Boardman, J., Athenian red-figure vases: the archaic period, (1975), Athenian red-figure vases: the classical period, (1989), Simon, E., Hirmer, M. and Hirmer, A., Die griecheischen Vasen, (1976)参照。
[2] アンドキデス及びアンドキデスの画家については、Marwitz, H., "Zur Einheit des Andokidesmalers", OJh 46, pp.73-104, Bothmer, D. v., "Andokides the potter and the Andokides Painter", BMM 24, pp.201-212, Knauer, E. R., Die Berliner Andokidesvase, (1965)参照。
[3] バイリンガル陶器およびその画家については、Cohen, B., Attic bilingual vases and their painters, (1978)参照。
[4] Smith, H. R. W., New Aspects of the Menon painter, (1929), Richter, G. M. A., "The Menon Painter=Psiax", AJA 38, pp.547-554参照。